君達の影
もしもシン達トルス組がサイスイへ行く前にサブトへ行っていたら……のifストーリーです。
「副都サブト、か。やっぱり、町の見た目はこっちの世界とあんまり変わらないね」
町の中を見渡しながら、シンが言う。
「って事は、ミラージュ……そっちのサブトも、やっぱり学問の町なのか?」
サーサの問いに、シンは頷いた。
「図書館も博物館も充実してるし、大学もいくつかある。
王都ミャコワンも学問には力を入れているみたいだけど、サブトはそれ以上かな」
そう言いながらシンはキョロキョロと視線を泳がせると、通りすがりの親子に声をかけた。
「すみません、図書館はどこにありますか?」
「俺達に何の相談も無く行き先図書館に決定かよ!?」
フェイが不満そうに言うと、シンは「何の問題が?」とでも言いたげな顔で頷いて見せた。
「どちらの世界も同じ本があるのか見てみたいし。
あぁ、それとこっちの世界の魔法学の教科書も読んでみたいな。
あとは、ゴドの孤児院で子ども達に教えてもらった冒険小説も探してみないと……」
「シン……本来の目的、覚えてるわよね……?」
リノの問いに、シンは「勿論」と頷いた。
覚えてはいるが、それでも好奇心が勝るらしい。
「あのー……図書館へ行くんですか?」
先ほど道を訊かれた女性が、少し困ったような顔をして問うた。
「? はい」
シンが頷くと、女性は困った顔のままで言う。
「今は止めた方が良いですよ。図書館の中、散乱していて利用し辛くなっていますから……」
「? 何でまた……」
「何でも、優秀な司書さんが出張で長期間留守にしているらしくって……。他の職員の方も頑張ってはいるんですけど……」
「……」
顔を見合わせ、一同は首を傾げた。
そして、仕方無く図書館へ行く事を諦め、とりあえず広場へ行ってみる事にする。
広場へ行く途中、何人かの学生とすれ違った。
「ねぇ、ラースタディ教授の神話学、レポートやった?」
「まだ。けど、ラースタディ教授って今長期出張中でしょ? まだ大丈夫だよ」
「だよね。それに、ラースタディ教授の事だからきっと、間に合わなくても「仕方無いなぁ」って許してくれるよ」
「私もそう思うー!」
学生達の言葉が耳を通り抜けていく。
更に歩くと、通り沿いに食堂が見えた。
だが、戸や窓には板が打ちつけられている。
今はもう営業していないようだ。
「随分古い建物みたいね……」
「うん。それに、板を打ち付けてからかなり時間が経ってるみたい。
板や釘の劣化具合から考えると、10年以上……15年ぐらい?」
「おや、この食堂の前に人が集まっているなんて、懐かしい風景だねぇ……」
突如老婆に声をかけられ、一同はびくりと振り向いた。
「懐かしいって……」
サーサが首を傾げると、老婆は言う。
「ここの食べ物は、定食もデザートも、何もかもが美味しくてねぇ。特に、ケーキセットに付いてくるココアは絶品だった。毎日昼と夜の飯時には、大勢の人が行列を作っていたもんさ。けど、15年前だったか、経営していた夫婦が二人揃って流行病で亡くなってしまってねぇ……。一人遺された坊やはゴドの孤児院に引き取られたって話だけど、今頃どうしているのかねぇ……?」
「あら、残念ですわね。そんなに美味しいのなら、一度味わってみたかったですわ」
ルナが本当に残念そうに言い、サーサとフェイも「だな」と頷く。
リノも、口には出さないが残念そうだ。
老婆との話を適当に切り上げ、一同は再び広場へと向かう。
広場に着くと、そこでは旅の大道芸人達が芸を披露している真っ只中だった。
熱気に包まれる中、見物をしていた子どもが横にいた母親に言った。
「ねぇ、ママ。この前お手玉をしてたピエロさんがいないよ?
ぼく、あれまた観たかったのになー。大玉に乗って、その上でお手玉して……」
「あら、本当ね。あのかわいいピエロさん、ママも観たかったのに……どうしちゃったのかしら?」
母子の会話を聞き流しながら、シン達は静かに大道芸人達の活躍を見守っていた。
# # #
「……って事が、サブトであったよ」
食事時、シンのその話に、ラースから来たサーサを除く四人は顔を見合わせた。
「……その学生、顔の特徴とか覚えてる?」
「残念ながら。人の顔を覚えるのはあんまり得意じゃないんだよね……」
どことなく胃が痛そうなウィスに、シンは少しだけ申し訳無さそうに苦笑した。
その横ではチャキィが少しだけ寂しそうな顔をしている。
「そうですか……皆、ボクの芸を楽しみにしてくれているんですね」
「散乱……早く、戻って……何とか、したい、です……」
いつになく焦った様子の顔で、アストが暗く呟いた。
「だったら、早いトコ色々と解決しないとよね。
その為にもたくさん食べてたくさん寝て、体力つけましょ!」
そう言ってホースがおかわりをして見せれば、一同は揃って苦笑をし、倣うように食べ始める。
その様子に満足した様子で頷きながら、ホースは横に座っていたリアンに小声で言った。
「戻ったら、一度実家へ帰ってみたらどうかしら?少なくともそのおばあちゃんは喜んでくれると思うわよ?」
「ふん……」
ホースの言葉に、リアンはそっぽを向く。
だが、たき火の明かりで見えるその横顔は、少しだけ笑っているように見えた。
「さぁ、食べたらもう寝ましょう? 明日も早いわよ?」
リノの言葉にその場にいた者全てが頷き、誰からともなくテントへと戻っていく。
せめて、夢の中では故郷にあろうとするかのように。
Fin