Dark NABE






「あら? 白菜が傷みかけてるわ」

思えば、この言葉が悲劇の始まりだったのかもしれない……。




# # #




「白菜? たくさんあるの?」

食材袋を覗き込んでいたリノに、シンが問う。

リノは頷きながら、指を折って「2」を示した。

「2つもあるとなると、炒め物では消費しきれないな」

「えぇ、漬物にするには傷み過ぎているし……」

「なら、鍋にしたらどうだ? この人数で鍋なら、白菜の2つぐらい簡単に無くなるだろ?」

弓の弦を張りかえながらサーサが言えば、後から「賛成」の声が挙がる。

「じゃあ、お鍋にしましょうか。けど、お鍋にできそうな食材が少ないわね……」

香辛料や根菜類はたくさんあるのだが、葉物野菜や鍋に合う魚類肉類があまり無いようである。

「なら、僕が今から何か獲ってくる。弓の調子も見たいしな」

言いながらサーサが立ち上がれば、フェイも

「よし。じゃあ俺は魚を獲ってきてやる」

と言って立ち上がる。

「あ、フェイさん似合いそうですよね。魚獲り」

「? どういう意味だ?」

「こう、川に入って、視界に入った魚を手でバシッと」

「俺はクマか!?」

憤慨するフェイに、チャキィは「冗談ですよ」と言いながらやはり立ち上がる。

「ボクもお手伝いします。キノコとかを探して来れば良いですか?」

「そうね。お願い」

チャキィとリノの遣り取りを眺めながら、ホースが笑顔で言った。

「皆で材料を探してくるのね。何か、闇鍋みたいねー」

「……」

瞬間、その場の空気が凍り付いた。

そんな中、シンもゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、私も何か探してくるよ」

「あぁ」

リアンの返事に、シンは「ん?」と首を傾げた。

「あれ、ちょっと意外。誰か一人ぐらい「お前は何かを仕掛けそうだからここにいろ」って言うと思ったのに」

「ロシアンルーレットならともかく、鍋でそんな事はしないだろう?食材を無駄にするのは、お前も本意ではないはずだ」

リアンに言われて、シンは「まぁね」と苦笑した。

こうして、各自が何か正体のわからぬ嫌な予感を胸に抱えつつ、食材集めにと旅立った。




# # #




夜――と言っても空に被ったラースの影響で昼夜の差はさっぱりわからないのだが――

一同は一つの鍋を囲み、それぞれが持ち寄った食材を放り込んだ。

「心配してたけど、まともな物ばかりで良かったわ」

「失礼な。リアンも言ってたでしょ。食材を無駄にするのは私も本意じゃないよ、リノ」

「そろそろ……煮えて、きた……みたい、です」

「なぁ、早く食べようぜ。僕もうお腹ぺっこぺこだよ」

「ボクもです!」

「ほら、二人とも乗り出さないで。危ないよ」

皆がめいめいに喋り、盛り上がってきた時だ。

ホースがふと何かを思い付いたような顔をし、木を登り始めた。

「ちょっと、何やってるのよ、ホース!?」

「うーん……ちょっとね」

言いながら、ホースは鍋の真上に釣るしてあったカンテラを枝から取り外す。

上から照らす灯りが無くなり、辺りの光源は鍋を煮る炎だけとなった。

当然の事ながら、逆光で鍋の中身は全く見えない。

「……あえて訊く。何のつもりだ?」

「闇鍋」

不機嫌そうなリアンの問いに、ホースは事も無げに答えた。

「おかしな物は入ってないもの。問題は無いわよ。ルールは、一度器によそった物は死んでも食べる事! 勿論、苦手な食材でもよ!」

どうやら、闇鍋を利用して苦手な物も食べさせてしまおうという作戦のようだ。

ただ単に状況を楽しみたいだけのようにも思えるが。

ホースの発言にリノとウィス、アストが納得してしまい、

シンとフェイも「面白そうじゃない?」「面白そうじゃねぇか」と賛同し、

チャキィ、サーサ、ルナといった楽しい事が大好きなお子様組に反対する理由もある筈が無く。

暗くてリアンの苦虫を噛み潰したような顔も見えない事から、

そのままなし崩し的に闇鍋を始める事となった。




# # #




「何だろう……この食感は。……キノコかな?」

「あ、これイノシシの肉ですよね? 大当たりです!」

「んあ? おい、汁しか掬えねぇぞ?」

大分進んだところで、フェイがおたまで鍋の中をかき回しながら言った。

「まだ鍋に入れていない食材はある筈だぞ」

「えぇ。確か、ホースのいる辺りに……」

リノの声に、ホースが「あ!」と声を上げた。

「これね? 鍋にそのまま入れちゃえば良いの、リノくん?」

「え? えぇ。……私が入れましょうか?」

ホースの問いに、リノは遠慮がちに言う。

だが、ホースは「大丈夫大丈夫」と笑いながら言った。

「入れるだけだもの。いくら私でも、炭にしたりはしないわよー。

それに、リノくんとリアンくんが焦がさないようにしっかり見てくれるだろうし」

そう言いながら、ホースは「えいっ」という掛け声と共に何かを鍋に加えた。

どぼん、ぼちゃぼちゃっ、という音がする。

そして数瞬遅れて、辺りに甘い香りが漂った。

「え!? 何、この臭い!?」

「……人工的な、りんごか、ぶどうの……香りが……します」

むせ返るような臭いの中、アストが呟いた。

「ホース……何を入れた?」

睨み付けるような声音のリアンに問われ、ホースは「あれー?」と首を傾げた。

「言われた通り、ここにあった食材を入れたわよ? 袋の中身全部」

「袋? 食材は全部切って、お皿に盛っておいたはずよ?」

リノの言葉に、シンとリアンが辺りにあった木の枝を掴み煮炊きの火に突っ込んだ。

即席の松明をかざし、ホースの手元を確認する。

「……これ、食材袋じゃなくてアイテム袋だよ、ホース……」

「やってくれたな……」

シンが呆れた声で呟き、リアンが不機嫌そうに眉根を押さえた。

「つまり……アイテム袋に入ってたアップルグミとグレープグミを入れちまったって事か……?」

フェイの顔が引き攣る。

「サーサ……今日アイテム袋の整理をしていたのはお前だったな……?」

リアンの言葉に、サーサが「うっ……」と言葉を詰まらせる。

「これ……食べられるんですか?」

意味も無く鍋の中をかき回しながら、チャキィが問う。

その問いにシンとリアンは顔を見合わせ、そしてチャキィからおたまを受け取ると

ウィスとフェイの器にそれぞれ盛った。

「食ってみろ、ウィス」

「フェイ、毒見よろしく」

「……何で僕?」

「何で俺なんだ!?」

抗議をする二人に、シンとリアンは言う。

「一番丈夫そうだから」

「丈夫で且つ回復魔法を使えない奴が食え」

「……」

黙り込みながら、ウィスとフェイは器の中身を匙で掬い、口に運んだ。

そして、即座に悶絶する。

「……ごめん、無理」

無理矢理一杯だけ食べ切り、今にも死にそうな声でウィスが呟いた。

フェイはフェイで、今から煮る筈であった生の野菜を口直しと言わんばかりに齧っている。

「やはり無理か……」

「ひょっとしたらとも思ったんだけどね」

残念そうな顔でシンとリアンは言った。

「……やっぱり、こうなったらもう捨てるしかないかしら?」

勿体無さそうな顔でリノが言う。

それはそうだろう。

グミだって安くはない。

無駄にしてしまったのは仕方ないとしても、せめて誰かの胃に収めたいところだ。

「あら、甘くて美味しいですわ」

突如聞こえてきた声に、一同はハッと鍋の方に振り向いた。

見れば、ルナが勝手に鍋の中身をよそい、パクパクとグミ鍋を食している。

「ルナ……」

「何でも美味しく頂ける、幸せな舌を持つ者、だったな……そう言えば」

シン、リノ、フェイ、サーサが頼もしいような呆れたような顔で。

ウィス、リアン、チャキィ、アスト、ホースが頼もしいような驚いたような顔で。

皆が注目する中で、ルナはあっさりとグミ鍋を完食してしまった。

「ごちそうさまでした。美味しゅうございましたわ」

空になった鍋を前に手を合わせるルナに、一同は思わず手を合わせた。

そして、食材袋を覗きながらリアンが言う。

「根菜を香辛料で煮込むぐらいなら残りの食材でもできそうだ。食い足りない奴はいるか?」

すると、その問いに一同は口々に言う。

「作ってもらえるんなら、ありがてぇ。正直、あれだけじゃ足りねぇからな」

「僕も。口直しに何か食べたいし」

「足りないワケじゃないですけど、ボクも食べたいです」

「あ、僕も」

「私も食べたいですわ」

「まだ食べるのか!?」

ルナの発言に、思わず一同はツッ込んだ。




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翌日の朝。

誰が書いたのか鍋のレシピには「封印」の文字が記されていたそうである。











Fin




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