転生の雛





「私は死んで……転生した?」

 目を覚ますなり、燕(エン)雛憐(スウレン)は呟いた。

 先ほど昼寝で見た光景は、夢であると同時にただの夢ではない。前世の己の記憶だと、妙な確信を持っている。

 前世の雛憐は、日本と呼ばれる国で生まれ育った。日本での名は、雛子。一般的な家庭で大過無く育ち、就職して社会人となった。

 そして、二十七歳で事故死した。

「記憶を持ったまま別の世界で生まれ変わって人生やり直すなんて……そんなのアリ?」

 首を傾げながらも、雛子──雛憐は鏡の前で髪を梳いた。少し目付きはきついものの美しく、それでいて可愛らしい顔だ。歳は十五。雛子の死んだ時の歳よりも一回り若い。

 今の名前や衣装、部屋の調度品から、中華風の世界なのだという事は想像がつく。また、燕雛憐として生まれてからの記憶も失っていないため、この世界がどのような世界なのかという知識もあった。

 結論から言うと、ここは中華風のファンタジー世界だ。過去の時代も含めて、現実の中国ではない。

 まず第一に、魔法が一般的な文化として存在する。そして衣装や調度品は時代を感じさせるデザインなのに、衛生状態は令和の日本並みに清潔で綺麗だ。食事も、「なんか中華っぽい味付け」だけではなく、肉まんや春巻きのような「ザ・中華料理」とでも言うべきメニューがずらりと並ぶ。ラーメンを味わえる店まであるのは驚きだ。

 これらの情報から、ここはファンタジーの世界で、且つゲームの世界なのだろう、という仮説が立った。違う世界とは言え、あまりに環境が日本人向け過ぎる。あと、ラーメンは厳密に言えば中華料理ではなかったと思うので、恐らくスタッフの遊び心によるものだろう。

 そして、この世界での雛憐のポジション。水資源が豊かな村を治める村長の娘だ。その美しさのため、常日頃から求婚者が後を絶たない。だが、娘を溺愛している村長はその誰にも嫁がせる気は無く、我が娘であれば後宮入りも狙えると考えているらしい。

 そんな比較的恵まれたポジションだからか、客観的に見ると雛憐は傲慢でわがままな性格に育ってしまった。雛子の記憶を思い出した今、雛憐はそう思わざるを得ない。そして、「待てよ」と呟く。

「ゲームの世界に転生して、わがままな性格のお嬢様になったって事は……ひょっとして私の役割って」

 最近一部界隈で流行っているらしい、悪役令嬢という奴ではないか? と雛憐は思い至った。

 いわゆる恋愛シミュレーションゲームで、ヒロインにいじわるをし、時に命を狙ってくる事もあるらしいお嬢様。最終的には悪事が露見して、国外追放されたり処刑されたりするパターンが多いらしい。

 それを阻止するために、前世の記憶が蘇った時点からヒロインを導いて自分も含めた全員が幸せになるハッピーエンドを目指し奮闘する……という展開が近頃流行っていると聞いた事がある。

 恐らく、今の自分もそれなのだろう、と雛憐は分析した。

「それにしたって、なんで村長の娘なのかしら? 聞いた話だと、伯爵家の令嬢とかもうちょっと身分の高い家に生まれるものみたいだけど……」

 悪役令嬢は最初王子と婚約しているパターンも多いと聞くが、村長の娘では流石に無理だ。父親は娘の後宮入りを狙っているらしいが、村長の娘程度では万が一入れたとしても皇帝のお渡りは望めまい。身分的にも金銭的にも厳しすぎる。

 そんなお山の大将レベルの権力で、ゲーム内でどんな大ごとを発生させられると言うのか。

 残念ながら、前世では恋愛シミュレーションはおろか、ゲーム自体と縁の薄い生活を送っていた。ゲームの知識は、中学生の頃でストップしている。無いと言っても過言ではない。友人から暇潰しに聞いた話だけで、この世界が恋愛シミュレーションゲームの世界であるらしく、雛憐が悪役令嬢のポジションだ、と判断できただけでも奇跡に等しい。

 兎にも角にも、雛憐に雛子の記憶が蘇ったという事は、ここからが本番なのだろう。恐らくそろそろ、何かが起こる。雛憐と、このゲームのヒロインを結びつける、何かが……。





  ◆





「聞いた? 都から役人が来るんですって」

「役人? どうしてまた……」

 燕家に仕える女達の噂話が聞こえてくる。来たか、と心の中で身構え、雛憐は読書に勤しむふりをしながら、彼女達の話に耳をそばだてた。

「最近、川下の村が水害に遭ったでしょ? 川の水が溢れたとかで……。それだけじゃなくて、川に死んだ魚が浮かんでいたり不漁が続いたり……川による禍や不吉が続いているらしいのよ」

「それが何で、うちの村に都から役人が来る事に……まさか」

「多分、うちの村が何かしたんじゃないかって疑われてるのよ。それで調査に来るんだと思うわ。だって、同じ水系なのにうちの村は何の被害も出ていないんだもの」

 女達は声を潜めているつもりらしいが、話の内容が丸聞こえだ。本来なら眉をひそめるところだろうが、少しでも情報を得たい今ばかりはありがたい。

「大方、河伯を怒らせるような事でもしたんじゃないの? だとしたら、うちの村を調べたところで何が出てくるわけでもないのに……その役人、何考えてるのかしら?」

「偉い人が何を考えてるかなんて、私達にわかるわけないでしょ。ただ、そうね……原因が河伯だった場合はどうなるか……ぐらいはわかるわね」

「……そうね。何事も無く終われば良いんだけど。河伯を鎮める、なんて事になったら、生贄を出さなきゃいけなくなるものね」

 生贄。

 その言葉が聞こえた瞬間、雛憐は思わず手にしていた竹簡から目を離してしまった。ファンタジーや歴史を題材としたドラマや小説であればよく見聞きする言葉だが、現実のものとして聞くと酷く違和感がある。

 その違和感からか、あまりに長く考えすぎたようだ。雛憐が竹簡から目を離している事に、女達が気付いた。

「あ、雛憐様……これは……その……」

「決して、サボっていたわけでは……」

 ……いや、するべき作業をせずにお喋りに興じていたのであれば、それは残念ながらサボりだろう。せめて喋りながら作業も進んでいればフォローのしようもあったのだが、手も完全に止まっていたのでもうどうしようもない。

 雛憐は深いため息を吐くと、「もう良いわ」と呟いた。

「今から真剣に仕事をして頂戴。その調子じゃ、いつまで経っても終わらないわよ」

「はっ、はい!」

「申し訳ございません!」

 頭を下げ、女達は慌てて持ち場へと去っていく。その去り際に囁き合った彼女達の声が、やはり雛憐の耳に届く。

「……ねぇ。雛憐様、様子がおかしくない?」

「そうね。普段なら絶対に叱責されて、嫌みや罵倒を延々と聞かされるのに」

 その言葉に、雛憐は先ほどよりも大きなため息を吐く。あんな事を言われるとは……雛子の記憶が蘇るまでの雛憐の素行、悪過ぎやしないだろうか? 父親はそれで本当に後宮入りを狙えると思っていたのか?

 それと、女達。怒られた直後にまた雛憐に聞こえるような声量でお喋りをするのは職務態度が悪過ぎはしないだろうか?

 様々な言葉を飲み込んで、雛憐はもう一度、ため息を吐いた。





  ◆





 それから数日後。女達が懸念していた事態が起こった。

 都から来た役人達は、川下の村に起こった厄災を河伯によるものだと結論付け、生贄を捧げる必要があると判断する。そして、彼らの連れてきた巫女が占った結果、生贄は何故か、川下の村ではなく雛憐の村から出すべしとの指示が下った。

 生贄になるのは誰か。それももう、巫女の占いによって決まっている。村の外れに住む梁(リャン)愛玲(アイレイ)という十四歳の少女だ。両親とも既に亡く、一人で暮らしていると聞く。

 恐らくだが、この愛玲という少女がこのゲームのヒロインなのだろう。生贄にされるというだけで漫画やゲームのヒロイン感満載だし、名前もどことなくヒロインっぽさがある。

 それに加えて、雛子の記憶が戻る前の雛憐はこの愛玲の事をしばしば虐めていた。親無し子、貧乏人、と蔑み。村の若者達をけしかけて怖い思いをさせた事もある。

 更に決定打として、愛玲には普通では考えられないほどの霊力──いわゆる魔法の力が備わっているらしい。世界観によっては、聖女としてあがめ奉られる存在になった事だろう。残念ながらこの世界では、恐れ忌避されるようだけれども。

 ただここで、雛憐は一つの懸念を覚えた。状況はどう見てもゲームの世界で、愛玲は物語のヒロイン。これから旅の勇者が現れるなり、愛玲と親しい男性が彼女を助けようと奮闘したりする事で物語が動くのだろう。

 だが今のところ、そんな男性が現れる気配が微塵も無い。愛玲と親しくしている男性がいるという話は聞かず、都から来た役人達以外に旅人がいるという話も聞かない。

 ここで、雛憐は状況を整理した。

 一つ、ここは恐らく恋愛シミュレーションゲームの世界で、雛憐はいわゆる悪役令嬢というポジションである。

 一つ、悪役令嬢は通常悲惨なエンドを迎える傾向にあるため、何とかヒロインとヒーローの仲を上手く取り持って身の危険を回避する必要がある。

 一つ、生贄に選ばれた愛玲という少女がヒロインと思われる。

 一つ、転生云々を抜きにして、愛玲を助けなければならない。

 一つ、常識的に考えれば、物語をハッピーエンドにするため、愛玲を助けるのはヒーロー──いわゆる攻略対象となる男性でなければならない。

 一つ、現時点で、攻略対象と思われる男性が一人も思い当たらない。

 割と絶望的な状況だな、と雛憐は頭を抱えた。誰か一人でも攻略対象となる男性の目処が立っていれば、あとはその男性が愛玲を助けるように仕向ければ良いのである。

 雛憐は村長の娘であるので、その立場を利用すれば手引きをしたり人手を準備したりと、サポートをする事ができるだろう。過去の雛憐が愛玲にいじわるをしていた事については、謝罪の言葉の他に心を入れ替えた理由を考えなければいけないだろうが。

 愛玲を助け出すヒーローがいなければ、そもそも物語が動かない。ヒロインが死んでしまっては、ハッピーエンドにはなり得ないのだ。

 そこまで考えたところで、雛憐は「ん?」と首を傾げた。

 愛玲を助け出すヒーローがいなければ、物語が動かない。……という事は、悪役令嬢ポジションである雛憐が悲惨な末路を迎える事も無いのではないか?

 そもそも、その悲惨な末路とやらは大抵ヒロインと結ばれたヒーローによってもたらされるものらしい。つまり、悪役令嬢に悲惨な末路をもたらすヒーローがヒロインと結ばれなければ、雛憐の身は安全なままなのではないか?

 だが、雛憐はぶんぶんと力強く頭を横に振った。我が身は可愛いが、だからと言って生贄にされそうな少女を見殺しにする事はできない。

 少なくとも雛憐──雛子は、そんな考え方を良しとする世界で育ってきた。ここで愛玲を見殺しにしたら、きっと今後一生、どんなに幸せな事があっても素直に喜べなくなってしまうだろう。この幸せは、愛玲を見殺しにしたから得る事ができたものだと、意識してしまうだろうから。

 どうするべきか。頭の中で葛藤がぐるぐると巡り続け、雛憐は唸った。だが。

「こうなったら、やるしかないわよね……」

 そう呟くと、立ち上がる。その目には緊張と、強い意志の光が宿っていた。





  ◆





 夜闇の中、いつまでも灯りの消えない建物がある。酒場を兼ねた、この村唯一の宿屋だ。

 その宿屋に現在唯一宿泊しているのが、例の都から来た役人達である。機密事項が漏れる恐れがあるからという理由で宿の主人に大金を渡し、滞在中は酒場を開かないよう厳命していた。

 役人達は主人に酒盛りの準備だけさせると、追い払うように下がらせた。そして、自分達以外は誰もいない酒場で酒を飲みつつ、談笑をしている。誰かが何か喋る度、他の誰かから下卑た笑いが生まれた。

「やれやれ。まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったな」

「まったくだ。河伯の名を出すだけで、何一つ疑わずに生贄を差し出すなど……この村の人間も川下の村の人間も、自分の頭で考えるという事をしないらしい」

「少し現場を見て考えりゃ、人為的なものだって気付きそうなものなのにな。川が溢れたのは、少しの間だけ堰き止めていた水を一気に放流したから。魚の死骸はよそから持ってきたのを投げ込んだだけだし、不漁が続いているのは仕掛けをして他の流域から魚が入ってこれないようにしたから。不思議な事など、何一つありはしないというのに」

 村の人々を馬鹿にする笑いで、彼らはどっと沸いた。そして、やがて一人の役人が笑いを収めて首を傾げる。

「それにしても……なんでここまでして、あの娘を手に入れたがってたんだ、我らが主上は」

「たしかに。不思議な事など何一つ無いが、あれらを仕掛けるのは都から連れてきた兵達を使っても骨が折れた。そこまでして手に入れる価値が、あの娘にあるのか?」

 その疑問に、リーダー格であるらしい役人が「あぁ」と呟いた。

「お前達は何も聞かされてないんだったな。あの娘はな、生まれた時からその身に膨大な霊力を秘めているのだそうだ。手に入れてその力を思いのままにする事ができれば、それだけで他国への牽制となる。……いや、そんな可愛らしい話じゃないな。一夜にして諸国を滅ぼし、我が国の傘下に置く事が可能なのだよ」

「へぇっ。そんなすごい力を持った娘を、どうして今まで放っておいたんだ?」

「これまで主上は、強大な力をそれほど求めていなかった。だが、近頃近隣諸国が力をつけ始めただろう? 我が国が優位に立つには、今以上の力が必要だ。どうするべきかをお気に入りの占術師に相談して占わせたところ、あの娘が見付かった……というわけだ」

 その説明に、役人達は「なるほど」と首肯する。

「しかし、あの娘もなんで抵抗しなかったんだろうな? そんなに強大な霊力を持っているのなら、我らを振り切って逃げ出す事も容易かろうに」

「貧しい育ちだ。霊力の制御についてちゃんと学べていないのだろう。下手をしたら村を滅ぼしてしまうかもしれない。それに、逃げたところで行く当ても無い。家族も、一人で生き抜く力も無い娘の辛いところだな。どうせ最後は死ぬ事になると諦めて、抵抗も無く我らについてきたといったところか。……お陰で、至極楽だった」

「たしかに。あとは明日あの娘をこの村から連れ出して……」

「そう。この村でも川下の村でもない場所で、生贄を捧げる儀式をしたフリだけする。勿論、人払いをしてな。誰にも、我らがあの娘を生かして連れ帰る事を気付かせるな。我らの真の目的が外に漏れたりしたら、大ごとだ」

 全員が、「そうだな」と口々に呟き、頷いた。そして、そのうちの一人が鼻の下を伸ばしながら問う。

「ところで……あの娘、中々可愛かったよな? どうだ。連れ帰る前に、今夜一晩かけて、我らで調教しておくというのは」

 役人達が、ごくり、と喉を鳴らした。

「そっ……そうだな。今後何があっても我らに抵抗する気など起きぬように、その体に覚え込ませてやるのも一興……」

「一人だけ楽しむんじゃないぞ。順番だ、順番」

「おい、やる時に手足の枷と、口の札が外れないように気を付けるんだぞ。あれは娘に霊力を使わせないための封印なんだからな」

 最後の言葉に、揃って「わかってる」と言って笑った、その時だ。

 ガタンという音がして、役人達はハッと音のした方を見た。そこには二階へ上がるための階段があり、今まさに一人の少女──雛憐がそこを上ろうとしているところだった。

 村長の娘という立場を利用して宿屋の主人から裏口の鍵を無理矢理借り出し、あとは物陰に隠れながら少しずつ進んでいたのだが……詰めが甘かった。まさか階段の前に空いた酒壺が転がしてあるとは……。

 ……否、と雛憐は頭を過った己の言葉を否定する。酒壺が転がっているのは想定外だが、それに気付かず蹴飛ばしてしまったのは己の不注意だ。自ら動くと決めた以上、全ては自己責任。少なくとも、今この場で彼女を助けてくれる者はいないのだから。

「あの娘はたしか……燕家にいた……」

「村長の娘が、何故こんなところに……」

 役人達も、動揺している。それを見て取った瞬間、雛憐は一気に階段を駆け上がった。役人達から「あっ」という声があがる。本当は諸々罵倒してやりたいところだが、今はそんな事をしている暇は無い。……というか、したところで己が追い詰められるだけで何も良い事は無い。

「まずい……今の話を聞かれたぞ!」

「あの娘を生かしてはおけん! 捕まえろ!」

「そうだ! 明日の見せかけの儀式では、あいつを生贄として川に突き落とそう! その方が儀式に信憑性も増すだろう!」

 役人達が口にする物騒な言葉を背に受けながら、雛憐は階段を駆け上り、通路を走る。

 部屋の一つ一つに扉があるわけではない。出入り口にそれぞれ目隠し布がかかっている程度だ。全ての部屋を覗く事も、いずれかの部屋に隠れる事も可能。だが、どちらにしても時間は無い。愛玲が捕らえられているであろう部屋を、一発で見付ける必要がある。

 愛玲に逃げられたら彼らが困る事、今からいかがわしい行為をしようとしていた事から、この建物にいる事はほぼ間違い無い。逃げられたり、誰かに逃がされたりしないよう、一階には閉じ込めていないのではないだろうか。なので、いるとしたら二階。

 そして、先ほど聞いた話によると、愛玲は足枷を着けられているらしい。だとすると、上手く歩く事はできまい。それでも逃げようとしたところで、出入り口──否、階段までの道のりが遠かったら? それだけで無理だと悟り、逃げる気が失せるのではないだろうか? それに、大事な物はできるだけ奥深くに隠しておきたくなるのが人間のサガではないだろうか。

 ……となると、恐らく愛玲がいるのは二階の一番奥の部屋。そうアタリをつけて雛憐は最奥まで一気に走り、出入り口の目隠し布を剥ぎ取った。

 当たりだ。少女が一人、寝台の上に転がされている。両腕両足には枷が着けられ、その上には念入りに霊力を封じる札が貼られている。こんな有様では、歩く事はおろか、立つ事すらろくにできまい。口には、同じ霊力を封じる札が直接貼られている。

 怖いのだろう。少女──愛玲の目には涙が溜まり、盛り上がっていた。その様子に、雛憐は己の思い違いを窘める。

 愛玲が怖がっているのはたしかだろう。こんな仕打ちを受けて、明日には生贄として殺される。ひょっとしたらこれから役人達の慰み者にされるかもしれない。怖いと思う方が普通だ。

 だが、それと同時に。きっと、雛憐の事も怖がっている。前世の記憶が戻るまでの雛憐は、愛玲に酷い事をしてきたから。今ここで、まるで抵抗できない愛玲を更に苛みに来たのではないかと恐れていたとしても不思議ではない。

 それを念頭に置き、雛憐はできる限り優しく、声をかけた。

「怖かったでしょう? 今助けるわ」

 その声に、言葉に。愛玲の目が見開かれている。驚いているのだろう事は、容易に想像できた。

 苦笑しながら、まずは口の札を剥がす……つもりだったのだが、糊を使ってしっかり貼り付けているらしく、中々剥がれない。強く剥がそうとすると、愛玲が痛そうな顔をする。

 その様子に、雛憐は青筋を立てた。

「女の子の顔に……なんて事するのよ!」

 愛玲には悪いが、あまり時間をかけたくない。雛憐は役人達への怒りを込めて、札を一気に剥がした。愛玲から小さな悲鳴が聞こえ、次いで大きく呼吸をする音が聞こえる。札を剥がした事で、息がしやすくなったのだろう。

「あ、あの……雛憐、様……」

 戸惑いと緊張と恐怖が混ざったような、小さな声で。愛玲は雛憐の名を呼んだ。そんな彼女に対し、雛憐は「話は後!」と短く言う。まだ、愛玲の手足に着けられた枷が外れていない。

 枷はどちらも木でできている。二枚の板を組み合わせた物だ。ならば、工夫次第では女の細腕でも壊す事は可能ではないだろうか。

 急いで辺りを見渡し、鎚の代わりになる物を探す。卮(し)──飲み物を飲むための青銅器──があった。

 護身用の短剣を取り出し、足枷に刃を当てる。そして、短剣の柄を卮で思い切り叩いた。

 愛玲のような少女であれば頑強な枷は不要と思ったのだろうか。枷に使われている木は少々古く、それ故に簡単に刃が通った。楔を打ち込まれた形となった枷は、木目に沿って一気に裂けていく。ものの数秒とかからず、枷は愛玲の足から外れた。少々時間がかからなすぎのような気もするが、そこは〝ゲームの世界だから〟という状況を甘受しておこう。

 目隠し布の向こう……先ほど雛憐が駆け上った階段をドタドタと駆け上る足音が複数聞こえた。少々遅い気もするが、雛憐と異なり激しく動く事を想定した格好をしていなかったし、歳もこちらの方がうんと若い。向こうは酒も入っている。それにより生じたハンデといったところだろう。

 だが、逃げるだけならともかく、対峙する事になるとそんな事はハンデでもなんでもなくなってしまう。単純に、力だけで言えばあちらの方が強いし、人数もいる。酒が入っている分抑制が効かず、力の限り殴られる恐れだってある。

 だからこそ、早く逃げねばならない。逃げた後どうすれば良いのかなんて思い付かないが、とにかくまずはあの役人達から離れなければ、と思う。

 焦る己を宥めながら、雛憐は愛玲の手枷も同じように破壊した。手足が自由になった愛玲を立たせ、大きな怪我が無いかを目視で素早く確認する。どうやら、目立った外傷は無いようだ。

「逃げるわよ。走ったり跳んだりする事になりそうだけど……構わないわね?」

 口早に言う雛憐に、愛玲は「は、はい……」と気圧されたように頷いた。それからハッと我に返り、「けど……」と呟く。

「雛憐様が、何故私を……?」

 声にはまだ警戒の色が滲んでいる。それはそうだろう。今までいじわるをしてきた人間が助けにきて、逃げようなどと。逃げた先に、もっと酷い事が待ち受けているのではないかと考えてしまってもおかしくない。

 こんな時に、なんという難題に挑まねばならないのだろうか。ただ単に「目が覚めたから」「知っている人間が生贄にされるのを見ていられなかったから」などと聞き心地の良い言葉を口にしたところで、信じてはもらえまい。口で言うだけなら何とでも言える。綺麗な言葉を信用して貰えるほどの関係を、雛憐は愛玲との間に築けていない。寧ろ、これまで徹底的に壊してきたと言える。

 ……で、あれば。愛玲から見た雛憐が言いそうな言葉で、逃げる事を促すしかない。前世の記憶が戻った自分にできるだろうかと一瞬迷い、即座に迷っている場合ではないと己を叱咤した。やれなくても、やるしかない。

「別に。今までろくに力仕事もできず村の役に立たないあなたをお父様が情けで村に住まわせてあげていたのに。生贄に選ばれたとは言え挨拶もせずに村を去ろうとするあなたに腹が立っただけよ。私、そういう礼儀知らずって嫌いなの」

 だから一言文句を言うために忍び込もうとした、と雛憐は言った。

「けど、さっきのあなたの姿を見て、あの役人達の話を聞いて……気が変わったわ。私、礼儀知らずは嫌いだけど、人をあんな風に拘束して、あまつさえ慰み者にしようとするようなけだものはもっと嫌いなの。権力を振りかざしてうちの村から有無を言わさず生贄を出させたのも気に食わないわ」

 そう言ってから、雛憐はちらりと愛玲の様子を見た。困惑はしているが、先ほどよりは納得している顔だ。

「わかったなら、さっさとここから逃げるわよ。あの役人達、終わらせたはずの仕事が振り出しに戻って、慌てふためけば良いんだわ」

 愛玲の手を引いて、窓から外を見る。通路に逃げるのは駄目だ。もうすぐそこまで、役人達が迫ってきている音がする。

 窓の外には木。張り出した枝が、窓スレスレまで迫っている。危うさはあるが、これを伝って降りるしかあるまい。

 まずは逃がすべき愛玲を先に窓から脱出させ、枝を伝って木に掴まらせる。続いて、雛憐も脱出しようと枝に足をかけた。その時だ。

「この小娘!」

「逃がすか!」

 役人達が、遂にこの部屋に辿り着いてしまった。一刻も早く逃げようと、雛憐は急いで枝に乗り移った。その性急さが、良くなかった。

 バキリという音がして、枝が折れる。体が一気に重力に引っ張られる感覚を覚え、雛憐は「あっ」と小さく叫んだ。

「雛憐様!」

 愛玲が叫ぶ声が、みるみる小さく遠くなっていく。そして、全身に強い衝撃が走り、遅れてドスン、という音が耳に届いた。

「……っ!」

 全身を襲う痛みに、思わずうめき声をあげる。幸い、骨は折れていないようだ。だが、打ち身はあちらこちらにできている事だろう。落ちた時の衝撃がすぐには体から抜けず、呼吸をすると胸が痛む。この状態では、起き上がってもすぐには走れまい。

 宿の中から、ドタドタと音が聞こえてくる。雛憐が落ちたのを見て、役人達はすぐに一階へ降りる事にしたようだ。このままでは、二人とも掴まる。

「愛玲! すぐに逃げなさい!」

 胸が痛むのを堪えて大きく息を吸い、雛憐は叫んだ。木から下りようとしていた愛玲が戸惑った気配が、暗闇の中でも伝わってくる。

「……けど、私だけ……」

「わからないの? あなたは狙われているのよ! 生贄なんて真っ赤な嘘! 全部、あいつらがあなたの霊力を利用するために仕組んだのよ!」

 雛憐の言葉に、愛玲が動揺をするのはもう何度目だろう。ままならぬ状況と全身の痛みに苛つきながら、雛憐は胸が痛むのも構わずに言葉をぶちまけた。

「これであなたがまた捕まったら、何のために忍び込んだのかわからないじゃない! 良いから、早く逃げなさいよ! グズグズしないで! 察しが悪い人間と鈍臭い人間は嫌いなのよ! 早く私の視界から消えて!」

 あぁ、これは元々の雛憐だ。前世の記憶が戻る前は、たしかにこんなキツい言葉を遠慮無く口にしていた。そんな事を考えながら、雛憐は咳き込みつつも上体を起こす。だが、逃げるのは無理だ。既に役人達に、囲まれている。

「……娘。貴様、自分が何をやったかわかっているのか?」

「生贄を逃がそうなどと……」

「我らは皇帝陛下の命で動いているのだぞ。今ここで我らに逆らう事は、皇帝陛下に逆らうも同じ事。反逆の罪で処刑してくれようぞ」

 あぁ、これは本格的にピンチだ。そう思うものの、雛憐の体は思うように動かない。痛みもあるが、本能が恐怖を感じているのがわかる。誰かに助けて欲しい気持ちでいっぱいだが、愛玲相手に啖呵を切った手前、大きな声で助けを求めるのも気が引ける。それが聞こえてしまったら、愛玲が気に病むではないか。

 そう言えば、愛玲はちゃんと逃げる事ができただろうか。それが気になり、雛憐はちらりと木の上を見る。そして、目を丸くした。

「雛憐様っ!」

 叫び声と共に、愛玲が木の上から飛び降りてきた。逃げるどころか、役人達の眼前に姿を現すとは。……いや、驚くのはそれだけではない。先ほどまでと違い、愛玲の声に勢いが……覇気がある。目の前に飛び出してきたその顔を見れば、目にも力強さが宿っている。

「……愛玲? あなた……」

 恐る恐る声をかけた雛憐に、愛玲は「雛憐様を置いて逃げたりはしません!」ととはっきり言った。

「たしかに、以前雛憐様にはいくつか嫌がらせをされました。けど……今、私を助けに来てくれたのは、間違い無く雛憐様です。……他の人は助けに来てくれなかった。私が連れて行かれる時に、守ってもくれなかった。雛憐様だけが私を助けようとしてくれた! その雛憐様を置いて逃げるなんて、私にはできません!」

 そう言う愛玲の両手が白く光り輝いている。そして目には、美しくも妖しい、青い光が灯っている。

 魔法だ。愛玲が、魔法を使おうとしている。役人達にも、それがわかったのだろう。急に腰が引けた様子を見せ始めた。

「まっ……まずい……!」

「魔法を使われたら、敵うような相手じゃないぞ!」

「一旦退こう! 死んだら元も子もない……!」

 口々に言うや踵を返し、脱兎の如く逃げ出した。子ども向けアニメの悪役を思わせる、潔い逃げっぷりだ。だが。

「逃がしません!」

 そう叫ぶや否や、愛玲は両手を役人達に向けて振り切った。白い光球がいくつも放たれ、役人達の足元や周囲に直撃する。ズドドドドドドドォォォォン! という、花火を何十倍にも大きくしたような爆発音が辺りに響いた。そして、周囲は一瞬のうちに炎の海と化す。

 その光景を、雛憐はぽかんと呆けた顔で見詰めていた。なるほど、これは国のお偉方が兵器としての利用を考えるわけだ。愛玲一人のために、辺り一帯が怪獣映画で破壊し尽くされた土地のようになっているではないか。

「……と言うか愛玲、あなた……。そんなに強い魔法が使えるなら、最初からそれを使って逃げれば良かったじゃないの……」

 呆然として呟くと、愛玲は「そうですよね」と言って苦笑した。

「けど、こんな事をしたらきっと、村にいられなくなりますから。村から追い出されて、その後一人で生きていくのが怖くて……」

 だから躊躇ってしまった。そうしているうちに、手足の枷や封印の札を施されてしまったのだと言う。そうしたら、雛憐が助けに来てくれた。

「それで私、雛憐様だけは信用できる、助けたい、と思ったんです。そうしたらもう必死になってしまって……村から一人追い出されたら……なんて考える余裕、なくなっちゃいました」

 そう言って笑う愛玲の顔は可愛らしく、そして……ちょっと怖い。それでつい愛玲の顔から目を逸らし、そこでハッとした。

 今の爆発音が村人達に聞こえないわけがない。村人達が次々に状況を確認しにやってきた。

 少し向こうには、死んではいないようだが黒焦げになって倒れている役人達。ここには夜、勝手に家を出た雛憐と、生贄として引き渡されたはずの愛玲。

 誤魔化すのは、至難の業だ。

 これをどう乗り切れば良いのか。都合の良い知恵がすぐに湧いて出るわけもなく。

 この後を想像して、雛憐は思わず、ため息を吐いた。





  ◆





「なんという事だ……。まさか、皇帝陛下のお遣いを黒焦げにしてしまうなど……」

 辛うじて生きてはいるものの消し炭同然となっている役人達を見て、村長は頭を抱えた。

 本来なら怒鳴りつけたいところなのだろうが、相手は溺愛している愛娘。しかも先ほどこの役人達に殺されそうになった、危ないところを愛玲に助けられた、などと言われてしまえば、もはや怒りの言葉はしぼり出す事すら難しい。役人達の企み──川下の村の厄災は全てこの役人達の仕業であった事まで知ってしまっては、尚更だ。

「かと言って、このままお前達をこれまで通り住まわせるわけにもいかない。皇帝陛下のお遣いに逆らった、というのは事実だからね」

 苦しそうな声で、村長は呟いた。それは、そうだろう。

 いつまでもこの役人達をこの村に拘束しておくわけにはいかない。かと言って、殺すわけにもいかない。都の皇帝は彼らがこの村に愛玲を捕らえに来た事を知っているわけで、いつまでも戻らないとなれば村の様子を探るだろう。遅かれ早かれ、雛憐達のした事は露見する。

 だから、と村長は済まなそうに言った。

「お前達二人には、村を出てもらう。お遣いの方々に攻撃をした後、逃げた事にするんだ」

 そう言うと、村長は近くにいた村民に目配せをした。村民は頷くと、雛憐と愛玲に一つずつ包みを渡した。柔らかいが、ずしりと重い。首を傾げた二人に、村長は言った。

「旅をするのに適した着物と、当面の路銀。それに食料だ。……済まないね。私の力では、これ以上の事はしてやれない」

 俯く村長に、雛憐は「そんな事!」と叫んだ。

「十分よ。……私こそ、面倒事を父上に全て任せてしまって……ごめんなさい」

 こうべを垂れると、村長は目を丸くした。それから、柔和な笑みを浮かべる。

「何があったのかは知らないが……ここ数日で急に変わったね、雛憐。以前のお前なら、私達を思う言葉などきっと出てこなかっただろうに」

「……」

 それは、前世の記憶が蘇ったから……とは流石に言えず、雛憐は押し黙った。そんな雛憐に、村長は優しい顔で首を振る。言わなくても良い、という顔だ。

「さぁ、もう行きなさい。いつになるかはわからないが、ほとぼりが冷めたら、帰ってきなさい。私達は、いつでも……いつまでも、待っているからね」

 そう言う村長──父親に頷き、背を向けて。雛憐は前を向いて歩き出す。それを見た愛玲は村長達に頭を下げると、慌てて雛憐の後を追いかけて行った。

 その様子に、村民達は不思議そうに首を傾げる。

「あの二人……いつの間に仲良くなったんだ……?」

 その疑問に、答えは返ってこない。誰も彼もが同じような疑問を抱いた顔で、小さくなっていく二人の後ろ姿を見詰めていた。





  ◆





 何やら色々おかしくないだろうか。歩きながら、雛憐は首を傾げた。

 雛憐の後ろには、愛玲が足早についてくる。遅れないようにしようとしているのはわかるのだが、そもそも何故、愛玲がついてくるのだろう。

 たしかに雛憐は村民の中で唯一、愛玲を助けに行った。だが、それだけで元々は自分を虐めていた人間と旅を共にしようと思うだろうか?

 そもそも、助けに行ったとは言え、最後は逆に雛憐の方が愛玲に助けられた。村長の娘と親のない貧民、という立場がなくなった今、強いのは間違いなく魔法を使える愛玲だ。

 皇帝が狙っているのも霊力が高い愛玲だという事を考えれば、愛玲は一人で旅をした方が良いだろうと思う。どちらを執拗に追うかと言われたら、愛玲だ。つまり愛玲は今後、追っ手と遭遇する場面が何度も訪れるであろう事が予想されるわけで。雛憐が一緒では、足手まといになってしまう。

 そう考えるにつれ、愛玲の事が心配になってきた。雛憐は愛玲の方に振り向き、「ちょっと」と声をかける。

「どこまでついてくるつもり? 父上は別に、一緒に逃げろとは言ってなかったわよ?」

 そう言うと、愛玲は「そうかもしれませんが……」と顔を暗くした。

「私のせいで、雛憐様まで村を出る事になってしまいましたから……」

 責任を感じているようだ。今後の旅で、雛憐の従者なり護衛なりを務めるつもりでいるらしい。真面目が過ぎるのではないだろうか。

「私が一緒だと、足手まといになるわよ。ただでさえ、あなたはその霊力を狙われているんだから」

「構いません!」

 愛玲から大きな声が出て、雛憐は驚き目を丸くした。愛玲自身も驚いたのだろう。「あ、えっと……」と、しどろもどろになっている。そして、顔をまた暗くして、愛玲は問うた。

「あの……雛憐様はお嫌ですか? 私と一緒に行くのは……」

 そのどこか泣きそうな表情と声音から、雛憐は察した。愛玲は一人でいるのが寂しいのだ。そう言えば最初に抵抗する事無く捕らえられたのは、村から追い出されて一人で生きていくのが怖かったから、だったか。

 それを思い出し、雛憐はため息を吐く。

「……好きにしなさい。けど、一緒に来るのであれば、私の事を雛憐〝様〟だなんて仰々しく呼ぶのは止めてくれる? 目立って仕方がないわ。令嬢と侍女だとでも思われたら、どんな悪党に目をつけられるかわかったものじゃないもの」

「えっ……けど、なら何とお呼びすれば……」

 戸惑う愛玲に、雛憐は「仰々しくなければ何でも良い」と伝えた。

「呼び捨てでも良いわ。あと、敬語もやめて頂戴。私とあなたは歳もほとんど変わらないんだし。友人に接するように話しかけてくれれば良いのよ」

「えぇぇっ!」

 愛玲は、顔を赤くしておろおろし始めた。正直、可愛いと雛憐は思う。そして、だからこそ思うのだ。

 こんな可愛いヒロインが捕らえられているのに、助けにくる男性が一人もいないとは。仮にも恋愛シミュレーションゲームの世界だろうに、どうなっているのだ。

 そして、雛憐はこの世界が恋愛シミュレーションゲームの世界で、自分はいわゆる悪役令嬢ポジションであると判断した。悪役令嬢は国外追放されたり処刑されたりする末路を辿る事が多いと聞く。

 ゲームの知識はあまり無いが、愛玲とこうして会話ができている状況はそれなりにポイントが高いのではないか、と思う。なのに、村を出る事になった。端から見たら、村を追放されたように見えるかもしれない。

 ヒーローが現れなかったので、代わりというわけではないがヒロインを助け、対等に会話もできるようになりつつあって。これでも追放されるのなら、どのような行動を取れば平穏な生活を送れるというのだ。

 頭を抱えながら唸る雛憐を、愛玲が不思議そうな顔で眺め。そして二人で当ても無く歩く。

 時には悪漢や魔獣に襲われ、愛玲が魔法で撃退。守られるだけは性に合わない雛憐は知恵を使って愛玲をサポート。

 そんな旅の中で、この世界は恋愛シミュレーションゲームではなく、RPG(ロールプレイングゲーム)の世界であるという事に雛憐が気付くのは、まだ先の話。そして。

 実はこのゲームのヒロインは愛玲ではなく雛憐で。愛玲は主人公ポジションだ、という事に雛憐が気付くのはいつの話になるのやら。それは、まだ誰も、知らない。





(了)











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