アウトプットマシーンを使ったら













「完成したぞ、作家Aくん!」

 バタンと大きな音を立てながら扉を開け、隣室の自称発明家が上がり込んできた。

 ちゃんとかけておいたはずの鍵は、こいつの作った発明とやらで簡単に開錠されてしまうのはいつもの事。アパートの大家に言ってもまともに対応してくれない。

 実害は無いとは言い切れないが、身と財産の危険は無い奴なので、最近は色々と諦めている。

 どうでも良いけど、この自称発明家はいつになったら俺の本名なりペンネームなりを覚えてくれるんだろうか。……俺も自称発明家呼ばわりで名前を憶えてないからお相子か。

 さて、この自称発明家。今回は何を作ったというのだろう? 丁度原稿に煮詰まっていたところだし、気分転換に見てみるのも悪くない。

 そう思って、俺は何を作ったのかと問うてみた。すると自称発明家は、腹立たしいほどの笑みを浮かべて、胸を張って見せてくるじゃないか。

「ふっふっふ。聞いて驚きたまえ、作家Aくん!」

 そう言って、自称発明家はヘッドセットらしき物を取り出した。

「見よ! これが吾輩の新たなる発明品! 名付けて、アウトプットマシーン〇四弐号だ!」

 その数字は、四十一台試作品を作ったという解釈で良いんだろうか。……いや、その前に。

 アウトプットマシーンって何だ。すごくわかりやすい名前のはずなのに、微妙にわからない。なんだ、このモヤッとした感じの名称。

「作家Aくん。文筆業を営む君であれば、一度ぐらいは思った事があるだろう? 頭の中で思い描いた物語を、己の手を介さずに一瞬で紙に出力してくれる機械があったなら……と!」

「……!」

 図星を突かれた。たしかに、頭の中にある物語をそのまま紙に出力してくれる機械があれば良いのに、とは一度どころか何度も考えた事がある。

 俺の手が追い付かないばかりに原稿が進まず、苦しい想いをした事が何度あった事か!

「ふっふっふ。その顔を見るに、どうやら吾輩は、迷える子羊に救いの手を差し伸べる救世主となってしまったようだな……!」

 形容しがたい奇妙なポーズを取りつつ陶酔している姿には腹立たしさしか覚えないが、今はそれよりも興奮の方が強い。

 使ってみたい。とにかく、これを使ってみたい。今まさに、原稿に詰まってるから、尚更。

 その意思を伝えると、自称発明家は目を細め、鼻の穴を最大限に開いて、満足そう且つ偉そうに言った。

「その意気だ、作家Aくん! さぁ、このアウトプットマシーン〇四弐号を頭に装着したまえ! そして想像し、創造するのだ! ものの数分で、君は君の思い描いた通りに書かれた完成原稿を手にしている事だろう!」

「おう!」

 俺は勢いよく返事をして、ヘッドセットのような機械を頭に装着した。

「たまには違う文体で書いてみたいと思うようなら、作家選択モードがあるぞ! 近現代の有名作家は勿論、近松門左衛門に紫式部、稗田阿礼になりきって書く事だって可能だ!」

「最後、作家じゃなくて編纂者じゃないのか? 俺のジャンル、ライトノベルだって前に言ったよな? 古事記風に書かれるライトノベルってどんなんだ?」

「細かい事は気にするな!」

「気にするわ。……と言うか、気になるわ」

 本当に、すごく気になる。……が、今は作家選択モードで遊んでいる暇は無い。こうしている間にも、締切は刻一刻と迫っている。

「さぁ、アウトプットを開始するぞ、作家Aくん! 思う存分、創造を楽しみたまえ!」

 俺は頷き、原稿を終わらせるべく、想像と創造の世界へ飛び立った。





  ◆





 数分後。俺の目の前には、白くない、文字で埋め尽くされた紙の束が鎮座していた。

「おぉ……おぉおお……!」

 感動で言葉が出ない俺の様子に、自称発明家は満足そうに頷いている。……いや、これはもう自称発明家なんて呼んだらいけないな。発明家って呼んでやらないと。

「吾輩の偉大さに気付いたようだな、作家Aくん! さぁ、更にその偉大さを噛み締めるためにも、まずは自分の原稿を読みたまえ! 自分が書いた物なのに、自分が初めての読者になれる経験などこれまでに無かっただろう?」

 発明家の言葉に必死に頷きながら、俺は一心不乱に原稿に目を通す。そして。

「……?」

 目を通すうちに、段々首が横に傾いでいく。疑惑はやがて確信となり、俺は一旦原稿を置いた。

「……なぁ。この原稿……シーンがあっちこっち飛んでるんだけど……」

 そう、飛んでいた。盛り上がるシーンがあり、ページをめくったらまた別の盛り上がるシーンが始まっている。盛り上がるシーンと盛り上がるシーンの接続部分が無い。盛り上がるシーンしか無い。これは……読んでいて意味がわからないし、疲れる。

 俺がそう訴えると、発明家はしばらく考えた。そして、うむ、と偉そうに唸る。

「さては作家Aくん……アウトプットを行う時、書きたいシーンしか考えていなかったな?」

「!」

 言われて、俺はハッとした。そうだ、たしかに書きたいシーンしか考えていなかったように思う。……と言うか、そもそも原稿が行き詰まっていたのは、その接続部分にあたるシーンが思い付かなかったからだ。

「装着者が創造しなければ、さしものアウトプットマシーン〇四弐号でもアウトプットはできないぞ、作家Aくん!」

 仰る通りで。……いや、だったらそれ先に言ってくれよ! 知ってたらこの機械使う時間で原稿書いてたっての! 書けたかどうかはわからないけど!

「さて、どうするかね、作家Aくん。もう一度、全てのシーンを考えた状態でアウトプットしてみるかね? 同じ文章量を一からタイピングするよりは速いと思うが」

 アウトプットして、またシーンの想像漏れがあったら一からやり直しになるじゃないか。だったら、諦めて自分で書いた方が良い。

 そう言って、俺は自称発明家の提案を辞退した。自称発明家が「うむ、その意気やよし!」なんて言っているのは、聞かなかった事にしたい。その意気やよしと思うなら、なんでこんな機械を作って、あまつさえ俺のところに持ってきたんだ。

 そんな愚痴を心の中でこぼしたところで、何も進展しない。俺は諦めて、再びパソコンの前に座る。

 画面はほぼ真っ白。締切までの時間は、もうほとんど残っていない。

「まぁ、つまりはこういう事だな。今回アウトプットできたのは、楽をしようとすると逆に遠回りする事になるという教訓だった、というわけだ」

 やかましいわ、と返す気力も無い。その意味を込めて、俺は深い溜め息を吐いた。












(了)













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