陰陽Gメン警戒中!









26










「臨める兵、闘う者、皆陣列ねて前に在り!」

栗栖が九字を切り、呪符による攻撃を全て防ぎ通す。栗栖は立て続けに印を結び、栗庵に向けて放った。

「臨める兵、闘う者、皆陣破れて前に在り!」

衝撃波とも言えるような勢いの風の塊が栗庵に向かい、彼はそれを紙一重で避ける。避けざまに呪符を幾枚か投げ放ち、それに対抗するように栗栖も呪符を放つ。

中空で呪符がぶつかり合い、派手な光と音を生み出した。

「ちょっと、これ大丈夫なの!? 近所の人に通報されたりするんじゃないの!?」

ここに来てから、栗栖も栗庵も結界を張った様子は無い。暦達がするっと入ってこれたり、ダンプカーが行き来しているところを見ると、この空地や横の道に結界が元から張ってあるという事も無さそうだ。

「結界は難しいです! これだけ互いに攻撃を繰り返し、しかもそれを躱しまくっているとなると……張っても、すぐに内部から壊れてしまいます!」

「結界など不要です! 言ったでしょう? あなた方は袋の鼠だと!」

栗庵の叫びに、栗栖が動きを止めた。互いの攻撃が止み、辺りがシンと静まり返る。

「……含みのある言い方ですね。どういう意味ですか……?」

険しい顔をする栗栖に、栗庵は勝ち誇った顔をする。

「結界も無いままどれだけドンパチ派手にやろうとも、通報される事は無いという事ですよ! 何しろ、この場所を中心とした半径二キロメートル以内は、全て裏天津家の者が住む家で埋め尽くされているのですからねっ!」

暦と栗栖は唖然とした。目の前の大きく小洒落た家と、今いる空地。そこが裏天津家の根城だと思っていた。まさか、半径二キロなどとは思わない。つまり、今視界に入っている家々は全て裏天津家の関係者が潜んでいるという事か。

「……天津君。これだけ集まってても、気付かないものなの……? と言うか、ここに来るまでの二キロで、何か変だなーとかも思わなかったの?」

「……まさか、ここまで群れているとは思わなかったので……。栗庵の物と思わしき気配だけに集中していました。それに、辺りに邪悪な気が点在しているのでちょっとした気配は誤魔化されますし……」

面目ないと言いたげな顔で、ずらずらと言い訳を並べている。その様子に、栗庵は非常に嬉しそうだ。どことなく松山を髣髴とさせる笑みに、苛立ちを隠せない。

「まぁ、表天津家が気付けなかったのも、無理はありませんね。辺りで働いている業者全てに裏天津家の息がかかっていますし。それにそちらが察している通り、わが裏天津家の者達は皆、悲願成就の為に出払っています。留守なんですよ。気配がしないのも当たり前ですね!」

「あの……裏天津君? 敵方の俺が言うのも何なんだけど……完全に留守って事、バラしちゃって良いの? 俺だったら、本当に留守でもそれは隠して、いるかいないかわからない、って状況にするよ。それで相手にプレッシャーをかけるけど……」

暦が思わず言うと、栗庵の目がハッと見開かれた。

「あなたは何という策士なのですか、本木さん……!」

感心されても困る。寧ろ、それぐらいは誰でも思い付いて欲しかった。栗栖は栗栖で、尊敬の眼差しで暦を見ている。キラキラと輝く瞳が、逆に痛々しい。

仕切り直すように、栗庵が一つ咳をした。

「まぁ、我が一族の者が皆出払っている事が知られたからとて、私が有利である事に変わりはありません。何しろ、ここは私達、裏天津家のホームなのですからね!」

言うや否や、栗庵はずっと左手に持っていた壺の連なる縄を宙に放り投げた。呪符を一枚取り出すと、「疾っ!」と叫んで壺へと投げる。呪符は宙で弾け、落下しようとしていた全ての壺を砕いた。

ここからが自分の本番だ、と暦は思う。松山は言っていた。邪悪なるモノを裏天津家が養殖する際には蠱毒を作り、それと雑霊や悪霊を混ぜ合わせるのだと。蠱毒を作る時は、壺に何十、何百もの虫を閉じ込めると。つまり、今砕かれた壺に入っているのは……。

「本木さん、出ました! 邪悪なるモノです!」

薄暗闇の中でもわかる。暦の倍はあるだろう背丈の、黒い巨人。それが所狭しと、この場所に出現している。暦と栗栖は、それ以上の声をかけ合うでもなく、自然に背中合わせとなった。

「まず、僕が一体ずつ調伏します! 本木さんは……」

「うん。残滓の愚痴聞きに徹するよ。俺が聞くから、天津君は聞かなくて良い。ただ、一気に来られるのはやっぱ嫌だから、できるだけゆっくり一体ずつ調伏してくれるかな?」

「難しいですね……調伏している間に、裏天津家が邪魔をしてくるかもしれませんし。けど、頑張ってみます!」

うん、と頷き合った。うっかり離れないよう、背中合わせのまま腕を組む。互いの熱が、背中から伝わってきた。

「いきます! 臨める兵、闘う者、皆陣破れて前に在り!」

栗栖が九字を切り、最も近くにいた邪悪なるモノを一瞬で消し去る。残滓が湧き立ち、栗栖に向かってきた。

そのタイミングを計って、暦は足と腕に力を入れる。栗栖の華奢な体が数センチだけ宙に浮き、その瞬間に暦は勢いよく回れ右をした。結果、残滓は暦にぶつかってくる。

ぶつかられた瞬間に視界が暗くなり、ネガティブな呟きが暦の耳に届き始めた。男の声だ。



アノクズ野郎ガ。何デ俺ガアンナクズノタメニ苦労シナキャイケネェンダ。



どうやら、問題児である知人に振り回されたようだ。程度がわからないので、どっちが悪いのかは判断できない。……いや、今ここでどちらが悪いのか判断する必要は無い。必要なのは、彼の愚痴を聞く事、必要があれば同意する事。それだけだ。

「なるほど……大変な目に遭ったんだね。なのにあなたは、その大変な事から逃げずにぶつかって行ったんだ……。すごいね……強いんだ」

すごい、と。逃げなかった、強い、と。そう言われたのが嬉しかったのだろうか。視界が少しだけ明るくなる。

聞いては同意し、聞いては感嘆し。その繰り返しだ。その繰り返しで、残滓となった負の感情は晴れていく。視界が、クリアになっていく。視界が明るくなると、聞いているうちに暦の胸に溜まっていたモヤモヤとした物も、少しだけ晴れていく。

「本木さん! 次、いけますか!? 多分、あと一撃で調伏できます!」

どうやら、いつもよりも弱い攻撃を仕掛け続けて、少しずつ弱らせる戦法にしたらしい栗栖が問うてくる。暦は深呼吸をして、頷いた。

「いけるよ。遠慮しないで」

そう返した途端に、栗栖が真言を唱えたのが聞こえた。本当に遠慮無しだな、と苦笑しながら、暦は再び栗栖を持ち上げて回れ右をする。再び視界が暗くなった。









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