陰陽Gメン警戒中!




















「有り得ない! ホンット、有り得ない! フツー言う? 大衆の面前で、あんな事!」

バックヤードで椅子に座らされた女子高生は、先ほどまでの青褪めた顔はどこへやら。顔を真っ赤にして怒り出した。まぁ、気持ちはわからなくもない。

「え。ストレートにホモ本コーナーって言った方が良かったですか?」

「良くないし!」

「ですよね。男性同士の恋愛、つまり衆道は、我が国でも昔から文化として根付いていました。それをホモと一言で呼び表し、あたかも異常で気味の悪い性癖であると言わんばかりに見下すのは、千年の歴史を持つ天津家の者としても、いつかそのような感情に目覚める可能性がある男としても、問題を感じずには……」

「天津君、今の問題はそこじゃなくてね?」

疲れた顔で暦が栗栖の口上を遮れば、栗栖は「そうなんですか?」ときょとんとしている。これは、万引き犯と話す前にこちらを何とかしなければ更に面倒な事になりそうだ。

「あのね。まず大前提として、万引き犯を捕まえても、他のお客さんにわからないように連れてこなきゃ駄目でしょ。あんな大きな声で万引き万引き言いながら連れてきたら、他のお客さんにこの子が万引きしたんだって事が丸わかりじゃない」

「それの何がいけないんですか?」

がくりと、今まで以上に深く暦は肩を落とした。

「確かに万引きは窃盗罪で許されざる事だけど、犯罪の規模としては小さい物でしょ。いきなり市中……じゃなくて店内引き回しはやり過ぎだって言ってるんだよ。あんな事したら、この子、この先この辺りで生活し難くなっちゃうじゃない」

「客用の扉には、店を一歩出たらこの店で万引きした者の顔や個人情報はどう頑張っても思い出せないように結界を張ってあります。ですから、問題ありません」

「陰陽師の常識で語るな、頼むから」

「本木さん。多分これ、天津家のみの常識で、陰陽師業界でも常識じゃないと思います」

二川の淡々として冷静な口調に、本木はハッと我に返った。どうやら、大分毒されてきている。慣れとは恐ろしいものだ。

「たしかに、大声で万引き犯を捕まえたー! とか言うのはまずいねぇ。捕まえたとは言え、「この店は警備がぬるくて、店員やGメンの目さえ注意しておけば万引きしやすい」って教えてるようなものだしね」

珍しく松山がまともな事を言い、栗栖は納得したのか頷いた。

「わかりました。次からは、目立たないようにバックヤードに連れてきます」

次が無いのが一番なのだが。そう言いたいのを飲み込んで、暦は頷いた。そして、もう一つの問題をさっさと解決しようと試みる。

「それから、捕獲場所の報告ね。あんなに詳細に言わなくて良いから。あんな風に大きな声で捕獲場所を言ったら、他のお客さんがそのコーナーに行き辛くなるでしょ。……と言うか、それ以前の問題で。詳しく言わなくても、BL本で通じるから。あんな詳細な表現をしたら、人目を引くでしょ。あとね……本のジャンルにしてもそうだけど、相手が一般人であれ万引き犯であれ、人の趣味を大声で晒すような事はしないようにするのが大人としてのマナーじゃないのかな?」

「……はい」

やっと理解してくれたらしく、栗栖はしょんぼりと項垂れた。暦はホッと息を吐き、万引きをした女子高生に向き直る。これでやっと、本題に入れるというものだ。

松山も「仕事をするか」と言うような顔付きで立ち上がり、近寄ってくる。これから松山と栗栖によるトラウマ植え付けタイムが始まるのかと思うと、ため息が出てくる。

とりあえず制止役を二川に任せ、暦はいつも通り警察に通報した。そして、惨状を覚悟しながら振り向いてみれば……。

「……あれ?」

思わず、首を傾げてしまった。机の上には、女子高生が万引きしようとしたらしい本が数冊。犯人の正面には松山。背後には栗栖。サイドには二川。特にいつもと変わらないフォーメーションだ。……が、何やらいつもと、空気が違う気がする。

いつもなら、そろそろ松山が嬉しそうな顔をして軽い口調の――それだけに心にぐさりとくる――説教をフィーバーさせている頃だ。

そして栗栖がそれに同調して犯人を煽り、その結果悪霊のようなものが発生して、それを調伏する。

二川を初めとする女性アルバイトが同席していれば、時に犯人を宥め、時に松山をどつき、時には白い目で栗栖を見てから、暦に「何とかしろよ」という視線を向けてくる。しかし、大抵こういった場合、暦は振り回されっぱなしで何とかしようにもできない事が多い。

そんな具合に、音妙堂での万引き犯対応は嫌な感じに賑やかになる事が多い。なのに、今は。

不気味なほどに静かだ、と、暦は気付いた。

二川は詰まらない物を見た、という顔で犯人の女子高生を見下している。松山は面白くなさそうに体を横に振り、メトロノームのようになっている。テンポは四分の三拍子だ。

そして、あろう事かあの栗栖が渋面を作って腕組みし、黙り込んでいる。栗栖が雇われてから一ヶ月。今まで、このような顔は見た事が無い。

「あの……俺が電話している間に、何があったんですか……?」

暦が恐る恐る声をかけると、三人は視線を寄せ、「あぁ……」「うん……」と曖昧な声を投げてくる。栗栖が、ちょいちょいとロッカールームまで手招きして見せた。

「ねぇ、何があってこんな静かになってるの……?」

棚の影でひそひそと問うてみれば、栗栖は「厄介ですよ……」と呟いた。

「厄介って、何が」

「彼女……西園エレンさんというそうですが……。あ、名前の字は愛に、恋と書いてエレンと読むそうです」

「これまた、色々な意味ですごい名前が来たね。……で?」

再度問われて、栗栖は答え難そうに頷いた。

「あの西園さん……心の中に、とてつもない闇の元を飼っているようなんです」

だから、言い方。

「闇の元って、どういう事? 何か心の中に不安とか抑圧した物を持っていて、いつ何が切っ掛けでそれが暴走して天津君が言うところの邪悪なるモノみたいな化け物が生まれ出ちゃうかわからない、とか……そういう事?」

とりあえず、漫画やライトノベルでありがちな設定を口から出まかせに言ってみた。すると、栗栖は真剣な面持ちのまま頷いて見せるではないか。

「そう……本木さんが仰る通りです。彼女の心は、僕達にはわからない、不安と恐怖に支配されているみたいで……」

自分が出版社で編集を担当する身であれば、そんな展開が出てきた瞬間に「ありふれている」と切り捨てて没にするだろう。……が、残念ながらこれは漫画ではなく現実である。

「……というわけで、本木さん。後はよろしくお願いします」

「は?」

思わず、声が裏返った。目を丸くして言葉を探している暦をロッカールームの外へ向け、栗栖は背中を押した。

「まずは、本木さんも最初から話を聞いてみてください。僕だけじゃない。松山店長も、二川さんも。本木さんが彼女を救ってくれるのを望んでいるんですよ!」

「待って、待って。どうしてそんな話になってるの!?」

声を抑えながらも必死の形相で問う暦に、栗栖は「何と言いますか……」と言い難そうにしている。

「僕にも、はっきりとは言えません。ただ、本能が告げているんですよ。この案件は、本木さんに一任するのが良い、と。松山店長と二川さんも、同じように感じているようです」

その二人は、単純に面倒事を暦に丸投げしたいだけなのではないだろうか。松山が嬉々として煽っていない事から考えて、恐らく繊細な問題だ。

今後の展開に気が重くなるのを感じながら、暦はロッカールームの外へと足を踏み出した。











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