陰陽Gメン警戒中!




















「……で。コレが、早速罠にかかったお馬鹿ちゃん?」

バックヤードで、店長の松山がニコニコと笑いながら問うた。掌を蠅のようにすり合わせていて、どこか怖い。

「そうです。天津君特製、式神発生呪符の被害者第一号です」

引きずってきた万引き少年を休憩室から持ってきたパイプ椅子に座らせる。逃げられないよう、暦と栗栖は少年のサイドに立ち、少年の真正面に松山がどっかりと座った。古めのパイプ椅子が、ギシリと悲鳴をあげる。

「さて……じゃあまずは、君の名前と、保護者の連絡先を教えてもらおうか?」

「……」

保護者に知られてなるものか、とでも思っているのだろうか。少年は口を閉ざしたまま、一言も発しようとしない。貝になった少年を前に、松山は大きくため息をついた。

「ダンマリかぁ……。自分から素直に言えば、小指の爪の先の切り損ねた欠片ぐらいは容赦してあげようかなーとか思ったり思わなかったりしてたんだけどなぁ」

それ、容赦する気ありませんよね。というツッコミを胸の奥に仕舞い、暦は事の成り行きを見守っている。松山が、もう一度ため息をついた。

「……仕方が無い。本木君、天津君」

「はい」

「任せてください!」

頷き、栗栖が素早く少年の肩を抑え込んで立てないようにし、暦は電話機へと駆け寄った。腕力的には逆の方が良いような気もするが、栗栖に電話をかけさせるのは何となく怖い。

暦は受話器を取り上げ、素早くプッシュボタンを押した。その手には、少年の鞄から失敬した生徒手帳。少年が「あっ」と声をあげた時には既に遅く、高校への通報はアッサリと完了する。

「何、勝手に人のモン持ってってんだよ! ドロボー!」

「先に泥棒したのは、君の方だよね?」

ニコニコと笑いながら、松山が言った。笑ってはいるが、声音は真冬のオホーツク海を思わせるほどに冷たい。少年が、一瞬怯んだ。

「ん? 何、その顔? 不満そうだねぇ。何が泥棒だよ、ちょっと漫画を万引きしたぐらいで大袈裟なんだよ! ……とか思ってる?」

「……」

図星のようだ。松山が、冷たいオーラを纏い出した。今の松山は、RPGなら氷使いの術者といったところなのだろう。……いや、そんなカッコ良いものではないか。雪男と言った方がまだしっくりくる。

「残念ながら、大袈裟じゃないんだよねぇ。万引きは、窃盗罪だよ? 立派な犯罪なの。例えば、今僕達が警察に連絡すれば、君には前科がつくわけ」

前科と聞いて、少年の顔色がサッと変わった。

「冤罪の怖れがあるならこんな事言わないけどさー。君の場合は真っ黒だから言っちゃうよ? 君の成績がどんなものかは知らないけど、どれだけ成績が良くても、前科がついたらかなりハンデがついちゃうよねぇ。まぁ、それでも試験の出来が良ければ、良い大学に入る事はできるんだろうけど。問題は、その後だよね。前科者を雇ってくれる上場企業なんてあるかなぁ? 無いだろうなぁ。公務員も無理だね。身内に地域の有力者がいるなら話は変わってくるけど、それでも高給取りの役職には就けないだろうなぁ。……ところで君、何年生? 見たところ、二年か三年だよね? 三年生ならまだ良いけど、二年生だったら地獄だねぇ。卒業するまで一年以上、あいつは前科者だ、って後ろ指を指されるわけなんだから。何か問題が起きたら、例え君は悪くなくっても、先生や周りの子達はまず君を疑うだろうね。何せ、前科者なんだから。本当に君が悪ければ、「ほら、やっぱりそうだよ。あいつ前科者だもん」って言われて。悪くなくても「紛らわしいんだよ。疑われるような事をするから悪いんだ。前科者のくせに」と言われて。キッツイよねぇ。けど、今の学校にいるままなら、隠す事も難しいよねぇ。人の口に戸は立てられないって言うし。黙っていても、いつの間にかどこからか漏れているのが噂ってものだし。バレていない時には、いつバレるかと気をもみ続け、バレたら侮蔑の視線に晒されて針のむしろ。キッツイよねぇ」

確実に四百字詰め原稿用紙を二枚以上は使うであろう量の言葉をつっかえる事無くすらすらと――しかし適度な間を取り、聞き取りやすいよう非常にゆっくりと――言ってのけ、そこで松山は盛大なため息を吐いた。顔は、晴れ渡る青空のような笑顔のまま。オーラは身を切り刻む冬のオホーツク海のままだ。

「キッッッッッツイよねぇ」

三度目の「キッツイよねぇ」を、力を込めて今まで以上にゆっくりと丁寧に言う。少年の顔は、あまり明るくない事務所の中でもわかるほどに青褪めている。

一番キッツイのは松山の嫌味攻撃だろうと思うが、暦はあえて口にしない。正直なところ、栗栖の式神よりも松山の言葉攻めの方が一生消えないトラウマが残るんだろうな、と思うが、それもあえて口にしない。万引きなどという愚行を犯さなければ、こんな言葉攻めを受ける事も無かったのだから。自業自得だ。

少年がガチガチと震え始めた。怖くなったのだろう。何せ、松山の言葉を真に受ければ、少年の人生は既に八割方詰んでいるも同然なのだから。

少年が震えている間、松山も、暦も、栗栖も。誰一人として動かない。声を発しない。ただ少年が震える事で起こる、ギシギシと言うパイプ椅子の音が聞こえるだけだ。空気が、鉛のように重い。

その空気を破ったのは、そこにいる誰でもなかった。バタンとやや乱暴に扉が開く音がして、スタッフの一人――足立が顔を覗かせる。大柄で体格の良い男性スタッフだ。大学で柔道サークルに入っているらしいのだが、そうとは思わせないほど大人しい性格である。

「店長ー。近所の零梅高校の先生がいらっしゃってますよ。何でも、こちらから電話があったとか」

「あぁ、ありがとねー。通してくれる?」

どうやら、万引き少年が通う高校の教師が到着したようだ。暦はチラリと壁の時計を見る。電話をしてから、十五分。近所とは言え、かなり早い到着だ。

白のワイシャツにオリーブグリーンのネクタイ、上着にベージュのジャージ。数学か社会科を担当しているイメージの服装をした三十代と思われる男性が中に入ってきた。その後には、目じりを吊り上げた四十代半ばほどの女性がついてくる。

第二ラウンドの開始を予感しながら、暦は二人を迎え入れるべく、扉へと足を向けた。











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