贄ノ学ビ舎















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「……知襲?」

「外……誰か、来ます!」

そう言う知襲の顔は、どこか悲しそうで。まるで、見る前から誰が来たのかわかっているような風だ。

奉理は、急いで準備室から飛び出す。狭く、扉も一つしか無いこの場所にいては袋の鼠だ。理科室ならば、教室の前方と後方に扉がある。

メモ帳を胸ポケットに仕舞いながら奉理が準備室を出るのと、理科室前方の扉が開いたのは、ほぼ同時だった。ガラリという音に、奉理は心臓が飛び出しそうになる。油の切れたブリキの人形のように、奉理は首を扉の方へと巡らせた。

「あぁ、やはりここでしたか」

ゆっくりとした優しい、しかし、張りのある声が、静かな理科室に響く。その声には、奉理の何倍もの時を生きてきた者特有の重みがあった。

扉を開けて姿を現したのは、スーツを纏い、かくしゃくとした老人。六十代にも七十代にも見える。鎮開学園理事長、白羽滉一郎その人だ。

「あ、し……しらは、理事長……先生……」

「柳沼くん。私は、理事長室に来るように、と言ったはずですよ。山元先生から聞かなかったのですか?」

声音は優しいのに、どこか冷たい。奉理は、思わず身構えた。

「……あぁ、大丈夫。ここに来ているのは、私一人だけですよ。他の先生方は、この場所は知りません。三十年前に埋め立てられた学校に、今でも入れる事を知っている、生きている人間は、私と君。そこにいる知襲の三人だけです」

白羽はわざわざ「生きている」という言葉を強調した。その抑揚が意味する事は、ただ一つ。この場にいる三人以外で、この場所を知っている者は、皆、命を落としたという事。例えば、そう……理科準備室にあの毒薬を遺した、堂上明瑠のように。

「堂上さんは、本当に惜しい事をしました」

奉理の心を読んだように、白羽は呟いた。その顔は、本当に残念そうだ。

「彼女の化学、生物に関する知識と探究心は、素晴らしいものでした。彼女が学び、更なる知識を得るためならば、学校側も特別扱いで援助をする事が惜しくありませんでした。生き残れば、必ずや歴史に名を残す研究者となり、この国の将来に大いに貢献してくれたでしょうに」

そして、深いため息を一つ、つく。

「本当に……この場所の事さえ知らなければ、生贄に選ばれる事なんて絶対に有り得ませんでしたのに」












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