贄ノ学ビ舎
































とても長く感じた一日が終わった。夕日に染まるグラウンドの横を、奉理は一人、とぼとぼと歩く。

竜姫静海とは、取り分け親しいわけではない。必要な事があれば話をするが、必要が無ければ特に話す事も無いような間柄だ。だが、それでもこの一月半、同じ教室で学んできた仲である事に変わりは無く。その彼女が一週間後には生贄として命を落とすという事態に、納得がいかなかった。

だが、納得がいかないのであれば、どうすれば良い? どうすれば自分は、納得ができる?

自分が静海の代わりに生贄になるか? 却下だ。まだ死にたくないし、何より怖い。

静海の介添人になるか? それは、いずれは生贄に選ばれやすくなる道だという。それも、怖い。

ならば、物語のように。静海を何とか連れ出し、逃げるか? ……話にならない。あっという間に捕まって、二人揃って早々と生贄にされてしまうのがオチだ。

そうなると、やはり奉理にできるのは……納得いかない気持ちを無理矢理抑え込み、何事も無かったかのように日々を過ごす事に尽きるのか。

ぐるぐると。思考の迷路に彷徨いこんだ事に気付かぬまま、奉理はぼんやりと歩き続ける。行く先に人影が無いのが幸い、誰にぶつかる事も無く、ただまっすぐに歩み続けた。

本来曲がるべき角を曲がらず、林に足を踏み入れてしまった事も気付かずに。ただひたすらに歩き続け。木に正面衝突して我に返った時には、既に林の奥深くへと迷い込んでしまっていた。

「やばっ……。ここ、どこだろう……?」

辺りはもう薄暗い。鎮開学園の敷地内である事は間違い無いだろうが、こんな林の奥まで来た事は無い。当然、人影も、人の気配も無い。辺りを見渡しても、見覚えのある物は何一つとして見付からない。

「どうしよう……」

顔から血の気が引いていくのが、自分でもわかった。今日一日の事でただでさえ不安になっているのが、更に増幅していく。胃がキリキリと痛み、脂汗が出始めた。

思わずその場にしゃがみ込み、不安と緊張で荒くなった呼吸を何とか整えようと、口元を手で覆う。だが、呼吸は中々収まらない。

今の自分は、傍から見たらどれほど惨めで滑稽なのだろうと。そんな考えが頭を過ぎる。それと同時に、情けなさで涙が出た。

「うっ……うぅっ……えぐっ……うあぁう……」

自分には、己に降りかかろうとする災難を振り払う力も無く。命を落としそうになっているクラスメイトを救う手段も無く。それどころか、迷子になってしまった状況から抜け出す力すら無い。悔しくて、情けなくて。涙があふれ、嗚咽が漏れた。

「あの……大丈夫ですか?」

「!?」

突如背後からかけられた声に、奉理は目を見開いた。驚きで、あふれていたはずの涙がぴたりと止まってしまう。涙同様に止まりかけた呼吸を何とか継続させ、奉理は恐る恐る振り向いた。

そこには、色白で華奢な少女が一人、立っていた。制服ではないのではっきりとは言えないが、顔立ちや体つきから考えて、中等部の生徒だろうか。黒く長い髪は、小柄な背中の半ばまである。膝に手をついて屈み込み、心配そうな表情で奉理の顔を覗き込んでいる。

「えっ……あ、その……」

見詰められた恥ずかしさと、情けない姿を見られた恥ずかしさと。二つの恥ずかしさから、奉理は顔を赤くし、俯いた。その様子が、少女に更なる心配を与えてしまったのだろうか。少女は、地に膝をつき、更に深く奉理の顔を覗き込もうとした。

「あっ! その、大丈夫! もう大丈夫だからっ!」

声が上ずり、裏返り。思わず立ち上がり、後ずさる。自らの慌てっぷりに、更に恥ずかしくなり。今までにも増して赤面した。

そして、何をやろうとこれ以上恥ずかしくなる事はあるまいと、妙な覚悟を決め、改めて少女の顔をまじまじと見詰めた。










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