贄ノ学ビ舎



























「えー、新入生の皆さん。本日は、この鎮開学園への入学、おめでとうございます。来る有事の際にはこの国を救うため、立派な生贄となれるよう、切磋琢磨し、己を高めていってください」

高等部長の挨拶が、奉理(まつり)の耳を右から左へ、立ち止まる事無く通り過ぎていく。講堂のライトは万遍なく点灯しているはずなのに、世界がとても暗く見えるのは何故だろう。

それはひょっとしなくても、ここが……この鎮開学園が、生贄を育てるための学校だから。

虚ろな目で宙を眺める二百二十八人の同期生達に興味を示す事もできず、奉理はぼんやりと……他の二百二十八人と同じように、宙を眺めた。





# # #





今から、三十年ほど前の事。突然、それらは現れた。化け物……そう呼ぶに相応しい形相であったのは、今と変わらないらしい。

太陽光を遮る巨大な怪鳥、飛沫と共に現れる龍。姿を見せる事無く、木霊でのみ不吉な予言や用件を告げる山神。

それらは二十一世紀の日本において、昔となんら変わらぬ事をした。即ち、田畑を干上がらせ、川を氾濫させ、凶暴な獣を山に溢れさせたのだ。

人々は節水を余儀なくされ、水害に悩み、食料は尽く値上がりし、人員の減った猟友会では対応しきれず獣は街中へと現れた。

自衛隊や他国の軍が化け物達を討ち果たそうと出動し、最新の科学を駆使しても、相手が普段どこにいるのかわからない。結局、攻撃をせぬうちから反撃を喰らい、無駄に死傷者を増やしただけに終わった。それどころか、軍の出動に化け物達が怒り狂い、災害は増える始末。

このままでは、日本は滅ぶ。多くの人が恐怖し、頭を抱えるようになったその頃。誰かが言い出したのだ。

「奴らが昔ながらの災厄をもたらすのであれば、こちらも昔ながらの方法で鎮めれば良い」

その昔ながらの鎮め方というのが、生贄を差し出す、という物だった。当然多くの者は反対したのだ。

人権問題だ、時代錯誤だ、そんな事で災害が収まるものか。そんな言葉が、テレビのニュースで、新聞で、ワイドショーの街頭インタビューで。怒涛のごとく噴き出した。

だが。

「ならば、他の解決策を考えてくれ」

こう言われると、彼らは皆一様に黙ってしまったという。

後押しするようにネット上では生贄支持の声が高まった。現に化け物が現れているのだから、案外生贄を出すというのは妙案なのかもしれない。時代錯誤と言うのであれば、あの化け物どもをさくっと退治して、日本を現代に戻してくれよ。ネット世界での生贄支持派は日に日に増えていき、遂にはテレビの世論調査でも支持が七十パーセントを超えた。顔や名前が出なければ、人々は正直だったのだ。

そして、その日は来た。来てしまった。世論を抑えきれなくなった政府は、遂にある災害に対し、実験的に生贄を差し出す事を決定。過去の文献と知名度の高い占い師たちの意見を参考に、最も生贄に適していると思われる者が国民の中から選ばれ、そして生贄として捧げられた。

この時点で既にかなりの問題がある。だが、更なる問題はこの後だった。幸か不幸か……生贄は効を奏してしまったのだ。生贄を捧げられた災厄は収まり、その地に住む人々には平穏な時が戻ってきた。

こうなると収まらないのは、未だに災害に悩まされ続けている地域の人々である。彼らは、自分達の災厄にも生贄を捧げるよう、政府に要求。命と生活がかかった要求を拒めば暴動が起きかねず、政府はやむなく、その要求に従った。

そしてあとは、転がり落ちるように……。

しかし、いくら生贄を捧げ続けても、国内の災厄は減らなかった。あっちで収まれば、こっちで新たに発生する。一度は収まった災厄も、時が経てば再び人々を苦しめ、新たな生贄を必要とした。

だが、その都度生贄を選定していたのでは、時間がかかり過ぎる。それに、生贄が必要となる度に全国民が候補となるので、人々の心はどんどんささくれていった。

その問題を解決するために創設されたのが、生贄を育て上げる学校……鎮開学園だ。

この学園で教育を受けた子ども、若者達は、有事の際には真っ先に生贄の候補となる。勿論、自ら入学を希望する者など滅多にいない。籍を置く生徒は、全国各自治体が責任を持って選び出し、選ばれた者に入学の拒否権は無い。

逆に言えば、初等部、中等部、高等部に大学部。それらへの進学時期に選ばれなければ、その後生贄に選ばれる可能性は限りなく低くなるという事だ。

鎮開学園というシステムの出現により、人々の心はようやく落ち着きを見せる。そして、それからというもの、このシステムは次の世代、その次の世代へと、脈々と受け継がれていった。

誰一人、止める者がいないままに。












web拍手 by FC2