未来から来た魔女





















セロが言い終わるのを待っていたかのように、分厚そうな壁に亀裂が入った。そして、落雷音のような破砕音を響かせながら、壁を破壊し、現れた物がある。

鳥のひなが卵の殻を破るようにして現れたそれは、全長がセロの三倍か、ひょっとしたら四倍はあった。姿形は鉄人形を丸々と太らせたような感じで、顔は先ほどのモルテのように趣味のよろしくない仮面のようだ。

「……!」

「でっ……でかっ! 何だこいつ!?」

声無き悲鳴をあげるイヴと、目を丸くするセロ。そんな二人の反応を満足そうにながめながら、レクスは巨大な鉄人形の横に移動した。

「紹介しよう。この時代に来る前から私が開発を続けてきた戦闘ロボット……D‐08C号だ」

「……リッター」

すぐさま、スフェラがリッターに何かをうながした。リッターは頷き、しばらくの間あの何かを思い出そうと集中している顔をする。ピピピ……という音が微かに聞こえた。

「……データベース中に開発初期のデータを発見しました。D‐08C号……全長五メートル、リモコンによる遠隔操作及びコックピットに搭乗する事での直接操作が可能です。パワーショベルと同等のパワーを持ち、グレネードの攻撃に耐えうる防御力を有しています。機体のいずこかに配置されたサビドゥリア鉱石によって、常に安定したパワーを出し続ける事が可能です」

リッターが淡々とつむぎだす言葉の羅列に、セロは目を白黒させた。初めて耳にする単語が多過ぎて頭が追い付かない。

「……よくわかんねぇけど、とにかく強ぇって事だな? ……上等だ!」

威勢良く叫び、抜き放った剣を構えた。レクスが、あざけるように笑う。

「面白い。魔法使いが、未来の科学力で生み出されたロボットに挑むのか? それがいかに無駄な足掻きであるか……今ここで、思い知らせてやろう!」

高らかに叫び、レクスは懐から何やら黒く光沢のある板を取り出した。そしてその上で滑らせるように指を動かすと、パパパッという音が鳴る。

それとほぼ同時に、巨大な鉄人形――D‐08C号の両目部分が赤く光った。そして、まるで猿の化け物を思わせるような動きで両腕を振り上げる。

「……来ます」

淡々としたリッターのつぶやきに、セロはごくりとつばを飲み込んだ。そして、キッと眉を吊り上げる。

「先手必勝! くらえぇぇぇっ!」

叫び、駆け出し、力強く床を蹴る。勢いをつけて飛び掛かり、セロはD‐08C号にためらい無く思い切り剣で斬り付けた。

ガキンッという鈍い音が響き、セロの両腕がじぃんとしびれる。

「くっ……! 鉄人形以上に硬ぇ……!」

一旦距離を取り、涙目になりながらしびれる腕を振って痛みをごまかす。剣の刃が欠けなかったのが不幸中の幸いだ。

「今までのロボットと同じだと考えないで! 剣で傷付けるのはまず無理よ!」

そういう事はもっと早く言って欲しかったなぁと思いつつ、セロは「なら!」とつぶやき剣をD‐08C号に突き付けた。

「鉄の剣で傷付けられないなら、別の剣で斬るまでだ! ……風の剣(つるぎ)に裂かれて果てよ! ブラストセイバー!!」

唱え終わると同時に激しい風が吹き荒れる。冷たく身を切るような風は、まるでするどい刃物のようだ。不可視の剣は轟々と音を立て、D‐08C号に吹き付ける。避ける暇(いとま)は与えない。

「やったか!?」

「いえ、まだよ!」

スフェラが声を張り上げたのと時を同じくして、風が止む。そして、風のうなる音の代わりに、あのガション、ガション、ガション……という重く無機質な音が聞こえてきた。

傷一つ無いD‐08C号が、次は我が番と言わんばかりに向かってくる。

「なっ……無傷!?」

「そんな……!」

ショックを隠しきれないセロとイヴの顔に、レクスは満足そうにほほ笑んだ。

「これでわかったろう? 魔法使いがロボットに挑むのが、いかに無意味であるのかが。……さぁ、今度は私の番だ」

そう言って、レクスは先ほどの板の上で再び指を滑らせた。パパパッという音と共に、D‐08C号の目が緑色に光る。そして、ピピピ……という音と共にカパリと開かれた口が白く光り始めた。

「あれ……! リッターと同じ……!?」

セロは林で見た、リッターが戦う姿を思い出す。あの時は、リッターの指が白く光った。そして……

「当たったらひとたまりも無いわ! 避けなさい、セロ!」

スフェラの声が耳に突き刺さる。そして同時に、冷たい響きを含んだ、レクスの声も。

「……死ね」

ビビーッという不快な音が鳴り響き、D‐08C号の口から、リッターのそれの何倍も太い光線が発射された。

光線は、まっすぐセロに向かって突き進んでくる。

「セロっ!!」

「……っ! 守りの力よ、顕現せよ! ソリッドウォール!」

光線がセロを呑みこもうとする一瞬前に、セロは何とか唱え切った。

光の壁が光線よりもわずかに早くセロの身体を包み込み、セロが光線によって焼かれるのを防ぐ。光の防護壁によって標的を失った光線はセロの周りの床に降り注ぎ、激しい爆発音を生み出した。

やがて防護壁は消え、あとには肩で息をするセロだけが残される。ゼェゼェと呼吸をし、脂汗を流すその姿は病人のようだ。

その姿を、レクスは少しだけ感心したように……だが、やはり馬鹿にした様子で眺めている。

「ほう……バリアを発生させ、攻撃の軌道を逸らしたか。魔法も、中々侮る事はできないな。だが、やはり安定感や燃費が悪過ぎる」

言いながら、レクスはゆっくりとセロに近付いた。D‐08C号もそれにともない動く。巨大な体に牽制され、スフェラやリッターは隙を狙うも動けない。

セロの鼻先までやってきたレクスはしゃがみ込み、セロの顔をのぞき込んだ。それに嫌悪や、少々の恐怖を覚えながらも、セロは思うように体が動かない。

「体内の魔力とやらを使い果たしたか?」

セロは、反論をする事ができない。言葉を発しないまま、ただギリ……と奥歯を噛んだ。その行動を、レクスは肯定の意と受け取る。

「ならば、もう魔法は使えまい。無駄な足掻きはやめ、おとなしく……」

その時、ビシリ、という音が辺りに響いた。その音に、その場にいる全員がハッとする。

「……何の音だ?」

レクスが辺りを見渡し、同じように見渡していたイヴがハッとする。

「セロ! 上!」

「上? ……!」

見上げたセロの目には、大きなひびが入り、パラパラと粉を噴く天井が映る。

「天井が崩れかかってる……!」

「何だと!?」

レクスも天井を見上げ、苦々しげに顔をゆがめた。

「魔法にレーザー光線……建築当時の想定をはるかに上回る事態が続いているからな……建物自体が耐え切れなくなったのか……くそっ!」

毒づきながら、レクスはサッとその場から走り離れる。セロは、まだ立ち上がる事ができない。

ビシビシビシッと亀裂が大きくなっていく。そして、ついにガラッという音がしたかと思うと、最初のひと欠片……小さいが、それでも握りこぶしほどの大きさはある欠片がはがれ落ちた。こうなれば、天井の崩落は時間の問題だ。

「崩れるわ!」

スフェラが叫び、その場にいる全員に避難を呼びかける。だが……

「……っ……外に! ……駄目だ、間に合わねぇっ!」

魔力を使い果たし、立ち上がるのもやっとのセロには、安全な場所まで走れる余力が無い。それを見てとったのか、スフェラがセロの元へと走り寄る。

「! 馬鹿、スフェラ! 来るんじゃねぇっ!」

「スフェラ!」

娘が自分から危地へと向かっている。それを目にしたレクスが、悲鳴をあげるようにスフェラの名を呼んだ。

「スフェラ様!!」

リッターが、スフェラを追い、そしてセロとスフェラに覆い被さった。それとほぼ同時に、天井がついに耐え切れなくなり、崩れ出す。崩れた屋根は重力に従い、まっすぐにセロ達に降り注いだ。

「セロっ! ……守りの力よ、顕現せよ! ソリッドウォール!」

果たして、早かったのはイヴが唱える声か、セロ達の上に積み上がるガレキか。

ガラガラガラ……と大きな音を立て、地響きを生みながら、ガレキはセロ達の姿を隠していく。

「……スフェラ? スフェラっ!」

レクスが顔色を変え、叫ぶ。だが、その声は天井が崩れ、ガレキが積み上がる音にかき消され、誰の耳に届く事も無かった。





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