未来から来た魔女


















「えーっと……つまり、スフェラさんのお父さんは、その……さびどぅりあ鉱石? を誰よりも早く、たくさん手に入れるために、この時代にやって来た、って事ですか?」

サクサクと、青空の下、草原の中を歩きながらイヴが話をまとめるように言った。スフェラは頷き、そしてどこか遠いところを見るような目をする。

「えぇ。私達の時代では、限られたサビドゥリア鉱石を少しでも多く手に入れるために、科学者達が争いを繰り返してきたわ。時には、国家権力を巻き込み、戦争になった事もある。それでも……最終的に多くの鉱石を手に入れる事ができるのは、ごく一部の金持ちだけ……」

スフェラの顔は、どことなくさびしそうだ。元の時代で、その争いが原因で色々と辛い事があったのかもしれない。その〝争い〟や〝色々〟に怒りを感じつつ、セロは「フンッ」とうなった。

「ばっか馬鹿しい。そんなモン使わなくても、魔法が使えりゃそれで良いじゃねぇか。魔法なら、威力は自分次第だからな。石ころ巡って、くだらねぇ争いなんかしなくて済むぞ」

「ですが、魔法では一部の魔法使いしか使えない上に、一定の効果を安定して望む事ができません。だからこそ、機械科学は発展し、魔法使いは絶滅致しました」

どことなくムッとした様子のリッターの言葉に、セロもムッとした。軽くにらみ合いになった二人の間にスフェラが割り込み、ため息をつく。

「やめなさい、リッター。ロボットであるあなたと、魔法使いのセロが論争したところで、話は平行線に終わるだけよ」

「かしこまりました」

即座に言葉を収め、リッターは一歩後へと下がった。その様子をまざまざと見つめてから、イヴは視線をそろそろとスフェラへ移していく。

「あの……ろぼっと、って事は、リッターさんは、あの鉄人形と……」

「えぇ、同じよ」

少しだけおびえている様子のイヴに対して、スフェラはアッサリと頷いた。そして、「大丈夫よ」と言いたげに笑って見せる。

「……人間に作られ、人間のために働く存在。それが、ロボットよ。……けど、リッターをあの鉄人形達と一緒だと思ってもらったら困るわ。鉄人形達は、ただ父の手足となって働くためだけに増産されたロボットなのに対して、リッターはあらゆる危険から私を守るために作られた護衛ロボットよ。優れた人工知能も持っているし、性能だって鉄人形達とは比べ物にならないわ」

熱の入ったスフェラの説明に、リッターが「お褒め頂き、光栄です」と頭を下げた。どことなく、照れているようにも見える。

そう言えば、鉄人形達は人形らしく感情という物を持っていないように見えるが、このリッターは多少の感情なら持っているようだ。先ほど、セロに対してムッとした様子も見せた事だし。

人工知能という物は、言いかえれば魂のような物なのだろうか、とセロは考える。そうだとしたら、すごい事だ。このリッターを作り出した人間は、大魔法使いでさえ為し得ない、魂を生み出すという行為をやってのけたのだから。

そこまで考えて、セロは「……ん?」とある事に気が付いた。

「……待てよ。鉄人形達を作ったのがスフェラの親父って事は……」

「えぇ。リッターを作ったのも、父。レクスよ」

スフェラは否定するでもなく、アッサリとうなづいた。否定するどころか、その顔はどことなくほこらしげだ。その顔に、セロは「へぇ……」とつぶやいた。

「同じ人間が作ったとは思えねぇくらい、見た目も能力も差があるんだな」

「本当……リッターさんが人形なんて、信じられないくらい。そんなにすごい護衛を作ってくれるなんて、スフェラさんのお父さんは、本当にスフェラさんの事を大事に思っているんですね」

イヴの言葉に、スフェラがピクリと反応した。先ほどまでほこらしげだった顔が、みるみるうちにくもっていく。先ほどまで熱を持っていた目も、今では冷ややかだ。

「……どうかしら? 大学で歴史を専攻している娘に「生の歴史を目撃しよう」だなんて嘘をついて、過去まで連れてきて。その目の前で世界征服をしようとしているのよ? 本当に大切なら、そんな事をするかしら?」

イヴが反論に困り、「それは……」と言葉をつまらせた。セロもかける言葉が見付からず、スフェラも黙り込んでしまう。

三人が一言も発しなくなった中、ただ一人だけ会話に加わらず黙々と歩いていたリッターが、ぴたりと足を止めた。

「皆様、お静かに。レクス様の研究所に着きました」

「研究所? ……アトリエみてぇなもんか」

先ほどまでの話と語感から、セロは聞きなれない言葉を、聞きなれた言葉に置きかえた。口には出さなかったものの、イヴもそうだったのだろう。未来のアトリエとはどのようなものだろう、という好奇心に満ちた目で、前方を見る。そして、「……え?」とつぶやいた。

「ちょっと待って。ここって……」

明らかに困惑している様子のイヴに、スフェラは首をかしげた。

「? どうしたの?」

聞けば、イヴは少しの間だけどうしようかと迷った顔をしてから、口を開く。

「あの……私達の間に伝わっている話なんですけど……。昔、悪い魔女に世界を支配されていた時代があったんです。魔女は、天の女神様が地上につかわした勇者によって倒されて、それで……」

「! そうか。倒された魔女が封印されたって言われてる場所が、確かここだったな」

「!」

イヴとセロの話に、スフェラの顔が一瞬険しくなった。

「……スフェラ?」

怪訝な顔をするセロの声に、スフェラはハッとし、そして考える顔をしながらリッターを見た。

「これは……単なる偶然なのかしらね、リッター?」

「皆目見当がつきません。よって、現在それを論ずるのは無意味であると思われます」

リッターの発言に、セロとイヴが納得したように頷いて見せる。

「……それもそうね。行きましょう。中に入って、まずは父を説得するわ。それが駄目なら……あなた達の力を借りる事になるかもしれない……」

スフェラの言葉に、セロとイヴはごくりとつばを飲み込んだ。そして、リッターにうながされるまま、恐る恐る研究所の中へと足を踏み入れていく。後には、スフェラだけが残された。

「……スフェラ様、お早く」

リッターの声に、スフェラはハッとした。

「えぇ。今行くわ」

返事をしてから、スフェラは辺りを見渡し、そして研究所を見上げた。

「本当に……これは、単なる偶然なのかしら……?」

そのつぶやきは、誰に聞かれるでもなく、風の中へと消えていった。





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