アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ

花兎(「アクセスエラー」収録)













高校生になって、はや九ヶ月……。

何がいけなかったのか、私には未だに、友達と呼べる人が一人もいない。

年賀状が一枚も届かなかった寂しい正月が終わったある日、窓の外を見れば、深々と雪が降っていた。





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ギュッギュと雪を固めて、南天の実で目を、葉っぱで耳を作る。

静かな住宅街の一角にある、一軒家。その門扉の横に、可愛らしい雪うさぎが姿を現した。その出来栄えに、美雪は満足し、小さくガッツポーズをする。

「これで、よし! 今年最初の雪うさぎ完成! ……我ながら、良い出来じゃない?」

そう、本当に良い出来だった。つぶらで赤い眼を持った雪うさぎは、今にも動き出しそうだ。そのためだろうか、何やら、この雪うさぎに名前をつけなければいけないように、美雪は思った。

「名前は……」

考えながら、改めて雪うさぎを見る。

「白くて、丸くて、美味しそう…………雪見」

思わず、アイスクリームの名前が出かかった。そこで、美雪はぽん、と手を打つ。

「雪見……うん、雪見にしよう!」

それで満足すると、美雪は道具を片付け、家の中へと戻っていった。辺りは、静かで、薄暗くて、寒い。雪は、まだまだ降りそうだった。





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その夜、私は夢を見た。

そこは、雪が降ったように真っ白い世界。けれど、寒さを感じない。

まるで雪ではなくて、花びらの海を踏んでいるような……不思議な世界……。





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夢の世界をぼんやりと眺めながら、美雪は首を傾げた。夢だからだろうか、思った言葉が、ついつい口に出る。

「何だろう、ここ。……夢、だよね? どう考えても……」

首を傾げたまま、どうしたものかと考え込む美雪。その後から、白い何かが飛び掛かってきた。

「こーんばーんはー!」

「きゃっ!」

驚いて振り向けば、そこには白くて二足歩行のウサギが立っている。夢ならではの登場人物、という感じだ。

「こ、こんばんは。あの……あなたは?」

問うと、ウサギは嬉しそうに笑う。

「僕はね、雪見」

「雪見? 雪見、雪見……アイスクリームの仲間?」

名前から即座にアイスクリームを連想し、口にしてみる。すると、ウサギ――雪見は、がくりと肩を落とし、不満そうに頬を膨らませた。

「違うよー。君が付けてくれた名前じゃない。忘れるなんて酷いよ!」

「私が付けた?」

そこで、美雪はハッとした。昼間の、自分の行動が頭を過ぎる。そして、白くて丸くて、美味しそうで可愛いあの姿も。

「まさかあなた……昼間作った雪うさぎ!?」

正解だったのだろう。雪見は嬉しそうに、力いっぱい頷いた。

「そうだよ。君が作ってくれて、君が名前をくれた……君の友達だ」

「友達……私の友達?」

呟く美雪の声を、雪見は聞き逃さない。

「うん、そうだよ! ……ねぇ、君の名前は? 教えてよ」

「私?」

そう言えば、まだ教えていなかったな、と美雪は思う。作っている時に自分の名前を口ずさんだりはしない。本当に、雪見は知らないのだろう。

「私は……美雪」

「美雪?」

今度は、雪見が首を傾げた。そして、「美雪……美雪……」と何度も繰り返し名を呟き始める。

「美雪……美雪……みゆき、ゆきみ、雪見……あ! 僕の名前とそっくりだ!」

引っ掛かった原因に気付いたのだろう。雪見が、とても嬉しそうに言った。名前がそっくりという事実に、美雪は思わず目を丸くする。

「あ。言われてみれば……」

美雪の反応に、雪見は「あははっ!」と楽しそうに笑った。

「すごいや! ねぇ、美雪。美雪は何で僕を作ってくれたの? 何で僕に、名前をくれたの?」

「それは……」

答えようとして、美雪は言葉に詰まった。そして、表情を暗くする。

「私には、友達がいないから……」

そうだ。友達がいれば、新年早々、雪の降る中一人で雪うさぎを作ったりせず、友達と遊びに行っただろう。雪うさぎを作らなければ、名前を付けるなんて事もあったわけがない。

美雪の答に、雪見は再び不思議そうに首を傾げた。

「友達がいない? 僕がいるじゃない」

「!」

目からうろこと言うのは、こういう時の事を言うのだろうか。美雪は目を丸くし、そして微笑んだ。胸の中が、暖かくなってくる気がする。

「そっか。……そうだね。……うん、友達がいなくても、私には雪見がいるね」

雪見が、三度首を傾げた。

「変な美雪。僕は友達だって言ってるのに」

「ごめんごめん、そうだよね。雪見は、私の友達だよね」

訂正した美雪の言葉に、雪見は「うん!」と元気よく頷いた。そんな雪見に、美雪は問う。

「ねぇ、雪見。私、明日もここに遊びに来ても良い? 友達と喋るのって、久しぶりだから……とっても楽しいの!」

雪見の顔が、パァッと輝いた。

「勿論だよ! 美雪は僕の友達なんだから。いつだって、来て良いんだよ!」

「本当ね? 約束よ?」

念を押す美雪に、雪見はにっこりと微笑み返した。

「うん! 待ってるよ!」





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こうして私は、雪うさぎの雪見と友達になった。

夢の中でしかお喋りできない、不思議な友達。

そんな雪見と会う時間が、私には楽しくて仕方がなかった。





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「ねぇ、美雪。お願いがあるんだけど」

出会ってから数日が経ったある日、いつもの夢の中で雪見が言った。すがるような目つきに、美雪は首を傾げる。

「なぁに? それって、私にできる事?」

「うん。美雪にしかできない事」

「私にしか?」

少しだけ驚いた顔をする美雪に、雪見は頷く。

「僕の体を、大きくして欲しいんだ。最近、あったかくなってきたからね。……このままだと融けて、どんどん小さくなっちゃうよ」

その言葉に、美雪は思い出した。そうだ、今は冬だが、この国は四季のある国だ。冬はいずれ終わりを迎え、暖かくなる。それに、美雪の住んでいる地域は、冬だからと言ってずっと雪が降っているほど寒い地域でもない。放っておけば、小さな雪うさぎなど、冬の間でも融けてしまうだろう。

「お安いご用よ。すぐに大きくしてあげるから、待っててね」

そう言って、笑って。美雪は雪見と、約束の指切りをした。





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「……とは言ったものの、どうしよう? 今はまだ雪が残っているから、大きくしてあげる事は簡単だけど……雪が無くなったら、どうすれば良いのかな?」

翌日の昼前。門扉の横で、雪見に雪を付け足しながら、美雪は考えていた。年明けに降った雪はまだ残ってはいるものの、その量は大分少なくなり、綺麗な雪はもうほとんど残っていない。

「……あ、そうだ。かき氷を作って、使ってみるとか……」

「あれ、春田さん?」

突然の声に、美雪は跳び上がらんばかりに驚いた。振り向けば、美雪と同年代の少女がそこに立っている。

「あ……辻村、さん?」

そこに立っていたのは、美雪のクラスメイト、辻村絵里だった。彼女は、珍しげな顔で美雪と、美雪の家を眺めている。

「へぇ、春田さんの家って、ここなんだ。ところで……何やってるの?」

「え? あ、その……」

思わず、美雪は手元の雪見を隠した。だが、雪見は美雪の両手で隠しきれるようなサイズではない。隠そうとした事で逆に絵里の目を引いてしまった。

「あ、雪うさぎ! 可愛い! ……ねぇ、これ、春田さんが作ったの?」

「え? う、うん……」

図らずも続いた会話に、美雪は戸惑いながらも頷いた。絵里は、美雪の戸惑いには気付かないまま、雪見を眺めている。

「可愛いなぁ。……ねぇ、春田さんって、こういう可愛い物を作るのが好きなの? あ、ひょっとして人形とか作ったりする?」

「……うん。編みぐるみとか、フェルトのマスコットとかなら……」

美雪が答えると、絵里は「すごーい!」と興奮して叫び、手を打った。

「ねぇ、今度私に、作り方教えてよ!」

絵里の言葉に、頬が紅潮したのがわかった。美雪は照れながらも「うん」と頷き、それからしばらくの間、二人は取り留めのない会話を楽しんだ。





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その後、彼女……辻村絵里とは学校でもよく話すようになり、私には高校生になって初めての友達ができた。

彼女を通じて、他の子達とも仲良くし始め、私は次第に、雪見の夢を見なくなっていった。

それでも、融けるのは嫌なので……私は雪見を、春になる前に冷凍庫に保存した。

そしてそれっきり、雪見の夢を見る事はなくなった……。





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『……ねぇ、美雪。どこ? どこにいるの? ここは真っ暗で怖いよ。寂しいよ……』



「……っ!」

息が詰まるのを感じ、美雪はガバリと身を起こした。辺りを見渡せば、そこはいつもの教室だ。机が並び、窓からは春の光が差し込んでいる。

「……夢か……」

ホッと息を吐いた途端に、チョークが飛んできた。額にぶつかるコツンという音と共に、教師の声が聞こえてくる。

「春田ー。授業中に居眠りするなよ」

「あっ……す、すみません!」

慌てて頭を下げて、教科書を開き直す。教室が和やかな笑いに包まれる中、美雪の顔は晴れない。

先ほどの夢が、心に引っ掛かる。

「……どうしたんだろう? もう最近、雪見の夢を見る事はなくなっていたのに……」





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「美雪ー。どうしたの? ぼーっとしちゃって」

帰り道で絵里に話しかけられ、美雪はハッと我に返った。

「絵里。……ちょっと、うさぎがね……」

「うさぎ? 美雪、うさぎなんか飼ってたっけ?」

少しの間だけ首を傾げてから、「まぁ良いや」と絵里は言う。そして、美雪の顔を覗き込むようにして問うた。

「そのうさぎが、どうしたの?」

「何て言うか……元気が無い、のかな……?」

授業中に見た夢を思い出しながら、美雪は言葉を選んで絵里に言う。すると絵里は、腕を組んで「うーん……」と唸った。

「うさぎの元気が無い、ねぇ……。あ、ひょっとしてそのうさぎ、一匹だけで飼ってたりする?」

「え? う、うん……」

飼っているわけではないが、他に雪うさぎは作っていない。一匹と言えば、一匹だ。

「駄目だよー。うさぎはさ、一匹だけだと、寂しくて死んじゃうんだって。だから飼う時は、必ず二匹以上で飼うようにしないと」

「そうなの!?」

「らしいよー」

「そうなんだ……」

考え込む美雪をよそに、絵里は既に別の方向へと意識が向いている。「あっ、見て!」と叫び、前方を指差した。道端の桜並木から、たくさんの花弁が舞い落ちている。

「凄い花吹雪! 雪も融けたし、もうすっかり春だねぇ」

「そうだね……」

頷くと同時に、あの夢の声が脳裏を過ぎった。



「ここは真っ暗で怖いよ。寂しいよ……」



「……」

しばし桜吹雪を眺めて、思案して。そして美雪は、絵里へと顔を向けた。その顔は、真剣そのものだ。

「ねぇ、絵里。ちょっと、手伝って欲しい事があるんだけど……」





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美雪は、走った。後からは、絵里も追いかけてくる。全力で走り、家に駆けこんで。靴を脱ぐ間ももどかしいと言わんばかりにキッチンへ行くと、冷凍庫の扉を勢いよく開け放った。

「雪見! ……!」

冷凍庫の中を見て、美雪は息を呑んだ。その様子に眉を顰めながら、絵里が冷凍庫を覗き込む。そして「あちゃー……」と呟いた。

「冷凍庫に長く入れ過ぎたね。もうすっかり小さくなっちゃって、ほとんど氷の塊じゃない」

冷凍庫の中には、辛うじて南天の実と葉がへばりついている、氷の塊。これを見せられて、雪うさぎだと即座にわかる人間は、どれだけいるのだろうか。

「私……私が冷凍庫に入れっぱなしにして、忘れたりしたから……。ごめんね、雪見。暗かったよね。寂しかったよね……一人にして、ごめんね……」

冷凍庫に佇む氷を前に、美雪は泣きながら、鞄に手を入れた。





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……美雪?

美雪の声だ……嬉しいなぁ。

美雪の声が聞こえるなんて、どれだけぶりだろう。



「雪見。私ね、雪見が寂しくないように、もう一匹うさぎを作ったよ。ほら。だからね、もう……寂しくなんかないよ……」



あれ?

何だろう、この子……。

雪うさぎ?

けど、不思議だな。

この子、僕と違って、ちっとも冷たくない……。



「花びらを濡らして固めた、桜の花の花うさぎ。雪見とおんなじ、白くて綺麗なうさぎだよ」



すごいなぁ……。

そんなにたくさん花びらを集めるの、大変だったんじゃないのかな?



「絵里がね、花びらを集めるの、手伝ってくれたんだよ。絵里とは、雪見のお陰で仲良くなれた。今の私があるのは、雪見のお陰だよ……」



何だか照れちゃうなぁ。

……あれ?

美雪、何で泣いてるの?

……嫌だなぁ。

これじゃあまるで、僕が泣かせちゃったみたいじゃないか。



「雪見……友達になってくれて、ありがとう。雪見とは、これからもずっと、友達だよ。ずっと、ずっと……」



勿論だよ。

僕は、美雪の友達。

それはこれからも、ずっと変わらないよ。

ずっと……ずっと……。





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翌日、雪見は完全に融けて、消えてしまった。

そして、その日のうちに花うさぎもまた、崩れて茶色くなり、うさぎとはわからなくなってしまった。

花うさぎも、うさぎ仲間がいなくなって、寂しかったのかもしれない。

……来年の冬は、絵里と一緒に、たくさん雪うさぎを作ろうと思う。

うさぎ達が寂しくないように、たくさん、たくさん……。





(了)








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