護龍の戦士〜夜遊び皇帝と氷下の賢老〜





■四■





村と言われて、どういう情景を想像するだろう? 忠龍は、自問した。そして、自答する。

まぁ、地域の気候とかによっても差はあるだろうけど、とりあえず田畑は多かれ少なかれあると思う。あとは……街に比べて木が多かったり、路地を鳥とか犬とか猫とかが徘徊してたり? それと、何か人々の仲が良さそうだ。

そこまで答えて、忠龍は周囲から逃集村≠ニ呼ばれるその村を再び見た。

周りが勝手に呼んでいる村名である為、当然村の名を示す碑や塚はどこにも見当たらない。もはや再生は不可能であろうと思えるレベルで枯れ果てている木々。急ごしらえの井戸は辛うじてあるが、田畑なんぞは一つも無い。動物の姿も無く、人々は暗い目でこちらをぼんやりと見ているか、他人と目を合わせようとせずそそくさと家の中に入っていくかのどちらかだ。村を取り囲む獣除けの柵はあるにはあるが、少し触れただけでも倒れそうで本来の役目を果たせているのかどうかは甚だ怪しい。

とにかく、活気とか覇気とかいう物が一切無く、村と言うよりは地獄の入口もしくは流刑地であると言われた方がまだ納得しそうな雰囲気だ。

「ここが逃集村……で、間違い無いんだよな……?」

「はい。……その筈です……」

忠龍の確認に、智多がおずおずと答える。その答を聞いて忠龍が再び村内に目を向けると、村人達は目にも止まらぬ速さで家の中に隠れてしまった。これでは、取り付く島も無い。

「……何てこった。確かに先の戦乱は長く酷い物だったが、まさかそれが原因でこんなに追い詰められている人々がいるとはな……」

苦り切った顔で放風が呟く。すると、非難がましい声で奏響も呟いた。

「そんな物だよ。何だかんだ言ったところで、本当に民の実情を知っている為政者やその配下なんてものはいないに等しいんだ。為政者と民の間には、身分と言う名の高くて厚い壁があるからね。その壁を越えて民の生活の奥深くまで入り込まない限り為政者は民の実情を知る事はできない。逆に、壁を乗り越えて為政者達の奥深くまで入り込む事ができない限り、民が自分達の訴えを本当に為政者達に届かせる事はできない」

そこで、一度言葉を切る。そして、唇を湿した奏響は「それに……」と言葉を続けた。

「同じ民でも、この実情を知っていて、尚且つ認めている人はそんなにいないと思うよ。自分がヒエラルキーの上位に属していない事を知っている人間は、逆に自分は最も厳しい境遇に置かれている人間であると思いこみたがる傾向にあるようだから」

自分が最も厳しい境遇に置かれているのだから、援助のような救いの手はまず自分に差し伸べられるべきだと思いたがる。もしくは、盗みなどの悪事を働いても許される。そう思う事で、希望や自我を保っているのだろう。その為には、自分より酷い境遇の人間の存在は邪魔なのだ。そんな者がいたら、自分が救われるのは後回しになってしまう。

そして、どう足掻いても自分の方が境遇がマシだとわかると、今度は何とかして自分が先に救われるべきであると思う為の口実を作り始める。つまり、自分より境遇が酷い人間がそうなっている必然性を見付けようとする。

「例えば、彼らは先祖の眠る土地を捨てて逃げ出したのだから、貧しい暮らしをする羽目になったのも自業自得だ、とかね」

そう言って長い言葉を締め括り、奏響は村の中に視線を巡らせた。そして、ぽつりと誰に言うでもなく呟く。

「周りの人々がこの村の事を何と呼んでいるかを思えば、何となくわかるだろ?」

「……逃集村、か……」

戦乱に追われた人々が逃げ集まってできた村。先祖を敬う事を第一とするこの国では最優先で守るべきである筈の、先祖の土地を捨てて逃げ出した者が集まった村。周囲の村の人々は、何を思ってこのような名を付けたのか……。自分達の村の復興を優先する為か。はたまた、逃げてきた人々を本気で侮蔑しての事か……。

「それで納得がいったわ。文叔が何で正規の役人ではなく、護龍隊を派遣しようと思ったのか。圧倒的に人手不足とは言っても、皇帝である文叔が気になると言えば調査の為に一人や二人を派遣するくらいできる筈よ。それをしなかったのは、この村が逃集村≠ニ呼ばれて忌み嫌われているから」

冷たい声で、月華が言った。その声には抑揚が無く、怒っているようにも聞こえる。

「例え一人でも、正規の役人を派遣する為には大臣達の認可が必要になるわ。けど、こんな小さな村……それも、先祖伝来の土地を捨てて逃げるような人間が集まってできた村の行方不明事件の捜査の為に人を派遣する事に大臣達が良い顔をするとは思えない。かと言って、勅命でごり押ししてまで調査するほどの事件でもない」

「そういう事か……。俺達なら、何処の機関を通す事も無く文叔の意思だけで動かせるからな……」

放風が、暗い面持ちで呟く。

「そう。それに……この件に関しては、下手に役人が調べるよりも護龍隊が調べた方が良いと思うよ。僕は」

「何故ですか?」

奏響の呟きに、智多が首を傾げた。

「護龍隊は多少貧富に差はあれど、市井の民が半数を占めているよね? 例えば、智多君と理道は商家、輝火は猟師の息子だし、芳萬だって家に帰ればしがない酒屋の姑。忠龍に至っては字すら読めない低所得層出身だ」

「その話はもう良いっての」

忠龍が憮然として言った。それを気にする様子も無く、奏響は言葉を続ける。

「つまり、市井の人々の気持ちがわかる人間が、護龍隊には多いと思われる。だから、護龍隊が調査を行った方が人々の為にも、王朝の為にも良いって事だよ」

奏響が言葉を結ぶと、忠龍達は納得したように頷いた。だが、その後に顔を曇らせて放風が言う。

「だが、これからどうする? 村人達はこの通り、俺達と目を合わせただけで隠れてしまう。周囲の村に話を聞こうにも、今の話だと周りの連中はこの村の事を良くは思っていない。ろくな話が聞けるとは思わないが……」

その言葉に、一同はう〜ん……と唸った。と、その時だ。

「母ちゃん! 誰か母ちゃんを助けてくれ!」

幼い子どもの声が、辺りに響き渡った。忠龍達は、ギョッとして声のした方を見た。村人達も驚いたのか、戸口の隙間や窓から外の様子を窺っているような気配がある。

村の奥から、八〜九歳の、智多と同じか、もしくは少しだけ年長であろう年頃の子どもが走ってきた。その顔は青ざめ、目からはぼろぼろと涙を流している。

「野盗か!?」

忠龍がすかさず腰の剣に手を遣る。放風も背負った弓に手を伸ばし、智多は顔を強張らせる。だが、奏響と月華、それに芳萬は特に緊張した様子は見られない。

「違うんじゃないかな。空気が全然殺気立ってないし」

「違うみたいよ。物騒だから武器を仕舞いなさいよ」

「子どもを怖がらせるような顔するんじゃないよ! ほら忠龍、とっとと下ろしな!」

忠龍と放風を怒鳴りつけながら、芳萬が大儀そうに忠龍の背から降りる。そして、走り寄ってきた子どもをその広い体でドンと受け止めると、落ち着いた優しい声で尋ねた。

「どうしたんだい、坊や?」

すると、子どもは尚も泣きながら言う。

「母ちゃんが……母ちゃんが、生まれそうだって! 誰か大人を呼んで来いって!」

その言葉に、忠龍と放風の顔が青ざめた。智多と奏響、月華は自分達の専門外であるらしい事柄に困った顔をしている。そんな中、芳萬だけは顔を綻ばせると、すっくと立ち上がった。

「おやまぁ、子どもが産まれるのかい!? そりゃあ大変だ。だったら、すぐにアタシが手伝いに行ってやるよ! 何、心配する事はない。これでもアタシゃ、七十三年の人生の中で八人の子どもを産んでるし、よそ様の子どもだって何十人と取り上げてんだよ。大船に乗ったつもりで構えてな!」

言うや否や芳萬は茫然としている子どもに道案内を促し、ズンズンという効果音と共に歩いて行ってしまった。

後に残された忠龍達は、芳萬の素早さにただただ茫然としていた。







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