銀河混沌冒険団











18











 目の前が白くぼやけている。それでもって、頭がガンガンするし、耳鳴りもする。

 強烈な体調不良と戦いながら、俺は何とか体を起こした。

「おい、クルル! ミル、ピューレ!」

 声をかけると、周りに倒れていた三人も頭を押さえながら、または身震いをしながら起き上がった。

「何が、どうなったんだ……?」

 目を瞬かせながら、クルルが外の様子を窺った。すると、その目がどんどん丸く見開かれていくじゃないか。

「え、どうしたのクルル?」

「何か、おかしな事が……?」

 クルルに続いて、ミルとピューレも外を見る。そして、二人ともがギシリと固まった。

「え、嘘……」

「こんな事があるんですか……?」

 三人の反応が気になって、俺も外を見てみた。そして、俺も凍り付いた。

 そこには、何も無かった。

 ……いや、何も無い、と言うと語弊がある。スペースデブリは、たくさんあった。たくさんどころか、気を失う前の何十、何百倍もの数があるように見える。

 けど、それ以外に見える物が無かった。

 動かなくなった人工衛星も、掃除屋の船も、月も、地球も。

 同じ位置から見えていた物が、何も見えなくなっている。角度を変えれば、太陽や他の惑星は見えるかもしれない。けど、地球はたしかに、この場所からそれなりに至近距離に見えていたのに。

 全員で首をかしげていると、あの蛍のような光が、ふよふよと踊るように飛び始めた。その飛び方は、何やら妙に誇らしげに見える。

 その様子を見ていたクルルが、ハッと顔を引き攣らせた。

「ひょっとして……地球が爆発して、掃除屋の船を巻き込んだ……のか……? いや、まさか……」

「え……」

 あまりにあまりな説に、全員が唖然とした。だが、実際に外に地球も掃除屋の船も見えないわけで。

「え、けど地球の寿命ってまだ先じゃなかったっけ? 環境が滅んだも同然って言っても、星自体の寿命は別で……」

 困惑しながらミルも言って、そこではた、と固まる。ピューレと見詰めあったかと思うと、二人揃って、俺――というか俺の肩の上で飛んでいる光を見た。

「地球の、神様……」

「最後の地球人である、ショウを助けるために……?」

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がする。まさかそんな、地球人一人を助けるために地球そのものが自発的に爆発するなんてあるわけが……。

 光の力強く宙で飛び跳ね始めた。何と言うか、誇らしげと言うか。顔があれば、どや顔が見えたかもしれない。とにかく、そんな感じの飛び跳ね方で……。

「……クルルの推測、当たりみたいだね……?」

 辺りが、シンと静まり返った。沈黙はしばらく続き、全員が間が悪そうに顔を見合わせる。そして。

「とりあえず……ショウ」

 クルルが、少しぎこちない口調で声をかけてきた。俺が振り向くと、クルルは地球があった空間を指差しながら、言う。

「この後、お前もついてくるって事で良いな? その……地球、無くなったわけだし……」

「え? あ、うん……」

 曖昧に返事をしてから、俺はハッと我に返った。こんな返事じゃ駄目だ。これじゃあ、仕方のない状況に流されて仕方なくついていくんだと思われてもおかしくない。

「いや、その……タイミング悪くて、何か地球に住めなくなったから仕方なくついてく、みたいな流れになっちまったけど……その、掃除屋達と戦ってる途中ぐらいから、決めてたからな。一緒に行くって」

 言い訳めいて聞こえただろうか? 全員が、きょとんとしている。俺は、増々慌てだした。

「だ、だってさ。もっと一緒にいたいって、思ったんだよ! ピューレにもっと色々教えて貰いたいし、ミルのステージとか観てみたいし、同じ地球で育った共通点があるんだからクルルとはもっと色々地球について話したいし! だから……本当に、もっと一緒にいたいんだ!」

 叫んだら、再び辺りが静まり返った。……自分でも、こっ恥ずかしい事を口走ってしまった自覚はある。けど、全部本音だ。

 クルル達は、しばらくぽかんとしていた。……けど、誰からだろうか。「ぷっ」という、噴き出す声が聞こえた。……かと思うと、三人全員がくすくすと笑いだす。

「わかってる、わかってる。掃除屋達に俺とミルが追い詰められた時に言っていたしな。一人ぼっちになるのは嫌だ、みたいな事」

「嬉しいなぁ! ボクのステージが観たいって言って貰えるなんて、何年ぶりだろ? もちろん、お望みとあらばいつでもどこでも、単独ライブ開催しちゃうよ!」

「私も、ショウと同じで寂しがり屋ですから。前にも言ったように、操舵室で一緒にいてくれると本当に嬉しいです。ですから……こちらからも、お願いします。ショウ、私達と一緒に、来てください」

「え、ちょっと待てよ。俺、別に寂しがり屋ってわけじゃ……」

 慌てて否定したけど、周りから「そんな事言ってー」という言葉が次々と投げかけられてくる。

 しばらくの間は「やめろよ」と言って否定していたけど、結局は折れて「そうだよ、悪いか!」と居直った。居直る事ができる、空気だった。

 大丈夫。ここでなら、きっとやっていける。そう確信して、ホッと息を吐く。そんな俺に、クルルが言った。

「ところで、その……神も、一緒に行くのか……?」

 そう言う目は、相変わらず俺の肩の上で飛び跳ねている光に向けられている。そりゃ、そうだろう。地球が無くなってしまったんだから、地球の神様も居場所がなくなってしまったわけだし。

「だったらさ、名前、あった方が良いんじゃないの? 神、とか神様、とか呼び難いしさ。ショウ、つけてあげなよ、名前」

「……何で俺……?」

「神様が名乗られないのなら、こちらで名付けるほかありませんし。なら、最後の地球人で、神様が率先して助けてくれたショウが名付けるのが筋というものじゃないでしょうか?」

 そう言われて、俺は困惑気に光を見た。光は、「それで良い」と言いたげに俺の鼻先に停まる。

「……じゃあ……」

 俺は、少しの間だけ考えた。……けど、神話に出てくるような大層な名前なんて考えられないし、かと言って犬猫みたいな名前を付けるわけにもいかない。

 しばらくの間、うんうんと唸って。それで、決めた。

「じゃあ、蛍で」

 見た目が、蛍みたいだから。それでいて、ちゃんと名前っぽいから。

 すごく単純な理由だが、どうやら気に入ってくれたらしい。光――蛍は、俺の頭の周りをぐるぐると跳ねながら回り始めた。

「おい、やめろって。目ぇ回る!」

 俺が抗議しても、蛍は跳び回るのを止めなくて。それを見て、クルル達が笑って。それにつられて、俺も結局笑いだして。

 あぁ、何だか楽しい冒険になりそうだな。

 そんな予感を抱えながら、俺はミルに返してもらったスマホを見た。最後に撮った地球の写真を見て、それからカメラ以外のアプリを全て消した。スマホの容量が、一気に増える。

 地球人と、地球人を滅ぼしたバイキングのような異星人と、猫耳を生やした宇宙のアイドルと、スライムと、守るべき星を失った地球の神様。あまりにもメンバーが混沌としていて、知らない奴から見たら謎の集団にしか見えそうにない。

 そんな銀河混沌冒険団とでも言うべき謎の集団との思い出が、これから増えていくのかな……などと考えながら。俺はスマホの空き容量を見て、思わず微笑んだ。












(了)











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