「ねえ、ワクァ。これ不老不死の薬っぽくない?」

 さんさんと太陽が降り注ぐ中、街道から少し外れた場所で、対照的な二人組が歩いていた。

 片方はライオンの鬣色の髪を一つのみつあみにして、袖まくりをして小麦色の肌を惜しげもなくさらし、元気に走り回っては屈んで何かを探し、屈んでは捜しを繰り返している。対するもう一人は、髪は鴉の濡れ羽色で、透き通るような白い肌を覆いかくすように黒い服に身を包んでいる。身に不釣り合いなほど大きな剣を携え、動き回る相方に目を向けていた。

 強いて二人に共通していることを言うならば、見た目が少女のようだということだけだろうか。

「ヨシ、よく考えろ。そんなものがこんな場所に落ちているわけないだろうが! いい加減、次の街へ行くぞ」

 ワクァと呼ばれた若者が我慢の限界とばかりに、青筋を立てていた。

「ワクァには夢がないね。見て、この色、このとろみ! どこをどう見ても不思議な薬っぽいじゃない!」

 ヨシという呼びかけに反応した方は、どうだとばかりに胸を張って、その手に収まるような小さな小瓶をワクァの方へと突き出す。見れば、ヨシの言うとおり瓶の中には黄色がかったとろりとした液体が入っていた。ワクァはその瓶を一瞥すると、もう興味はないとばかりにそっぽを向いた。

「俺には剣の磨き油に見えるけどな」

「わかってないなぁ。この瓶のふたを開ければ……わあ、すごいにおい! 強烈ね」

「やっぱり古くなった油のにおいだろうが」

「え~。でもいいわ。何かに使えるかもしれないから持っていこ」

 そう言って瓶のふたをしっかりと閉めるとカバンにしまい込んだヨシをワクァはあきれた目で見送った。

 そしてまた、しばらく進むと前を進んでいたヨシがぴたりと足を止めた。

「ね~、ワクァ」

「今度はなんだ?」

「これは、拾うべきよね」

「はあ?」

 ヨシが指さした先を覗き込むと、黒髪の青年がうつぶせに倒れていた。






ガラクタ枷の拾い鍵






「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

 行き倒れになっていた青年が頭を下げた。青い胸当てをつけて、見る限り身なりが良い。ここを通りかかったのがワクァとヨシでなかったのなら、身ぐるみはがされていてもおかしくなかった。それを含めてのお礼なのだろう。

「僕はシン・ガルディアと申します。どうぞ気軽にシンと呼んでください」

「ヨシよ。こっちの不愛想なのは、ワクァ」

「不愛想っていうな!」

「ヨシさん、ワクァさん、改めてありがとうございました」

 シンと名乗った青年がニコニコと笑いながら、再び頭を下げた。たったそれだけの動作ではあったが、育ちの良さが充分にうかがえた。

「そんな風にかしこまらなくていいわよ。見たところ、年も同じぐらいみたいだし」

「いいの? それじゃ、お言葉に甘えることにするね」

「それで、お前はなんで一人でこんなところにいる」

 ワクァの指摘に、シンがビクリと肩を揺らした。これは厄介事の予感がすると、ワクァが頬をひきつらせると、それを知ってか知らずか消え入るような小さな声でシンが答えた。

「……あの、仲間と、はぐれ、ちゃって」

「はっは~ん。君、もしかして迷子だな?」

 ヨシの元気な声にしぶしぶといった様子でシンが肯いた。よっぽど認めたくなかったらしい。

「あ、あの! 次の街まで二人の護衛をさせてくれないかな?」

「護衛?」

「うん。お礼代わりに。助けてもらったのに何もしないっていうのは騎士の名折れだよ。でも、今、僕なんにも持ち合わせなくて。それにお金でお礼って言うのも失礼だし。だから、せめて街まで護衛させてほしい」

「シンって騎士なの?」

 ヨシの疑問にシンがこくりと肯いた。騎士ならば、おそらく貴族だろう。それでこの身なりの良さも説明がつく。おそらく、そのはぐれた仲間というのも貴族か、あるいは部下か。

 このシンという青年は貴族にしてはやけに腰が低い気もするが。

「別に礼なんかいらない。礼が欲しくて助けたわけじゃないしな」

「でも、それじゃ僕の気持ちがおさまらないから」

「迷子なんだろ? 仲間が捜してるんじゃないのか?」

「……うん。そうなんだけどね。僕、すごい方向音痴らしくて。だから、その、できれば護衛を兼ねて街に連れてってもらえると嬉しいんだけど……。街まで行けば、なんとか連絡取れると思うんだ。かさねがさね、ごめん」

 見るからに小さくなってしまったシンの姿に、ワクァとヨシは顔を見合わせた。

「いいんじゃないの。悪い人じゃなさそうだし。連れてってあげましょうよ」

「仕方ないか」

 ワクァはため息をついた。仲間を捜してくれと言われなかった分、良かったのかもしれない。

「ありがとう。このあたりは盗賊が多いと聞くから、女性二人をこのまま見送るなんて、僕にはできないし」

 今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。ワクァはこめかみをぴくぴくとひきつらせた。

「何だって?」

「うん?」

「あ~あ」

 息を大きく吸い込む。そして――

「俺は男だ!!」

 力いっぱいシンに向かって叫んだ。




 目の前にいるワクァはとても綺麗な人で、シンは一目見て女性だと判断したのだが、どうやらそれは大きな思い違いだったらしい。それも言ってはいけない言葉だったようだ。当然だろう。シンだって女性に間違われれば、いい気分はしない。だから、噛みつかんばかりの勢いで睨みつけられているのも仕方ないことだ。

 降参と両手をあげて、ワクァと一緒に旅をしているヨシなら止められるかと視線で助けを求めた。しかし、逸らされてしまったあたり、止める方法は無いのかもしれない。

 自力でどうにかしないといけないのかと腹をくくったとき、突然、空気が変わった。肌に感じられるほどの殺気が辺りを支配する。

「ワクァ、下が――」

「シンから離れなさい」

 言いかけた言葉が最後まで紡がれることはなかった。聞きなれた凛とした声がかぶせられたからだ。そして同時にさっきまでワクァが立っていた場所にナイフが突き立っていた。

「誰だ?」

「シンに危害を加えさせない」

 声とともにリフィが姿を見せた。流れるような動作でシンの脇を駆け抜けると、剣を構えたワクァの方へと細剣を鞘から抜きながら走っていく。しっかりナイフも回収していく辺り、まぎれもなくリフィだった。

「待って、リフィ!」

 シンの制止を聞くことなくリフィがワクァに剣を突きいれた。

「行くぞ、リラ」

 リフィの剣を難なくかわした上に、反撃に転ずるワクァの姿に驚いた。確かにリフィのそれは牽制のように見えた。しかし、リフィの剣がそんなにたやすく避けられるところを見たのは初めてといってもいいのかもしれない。

「ヨシ、もしかしてワクァって強い?」

「そうね~。君のところのお姉さんも強いみたいだけどね」

「僕、二重で失礼なこと言ってたんだね」

 あの腕なら護衛など必要ないだろう。余計な申し出をしてしまったことになる。

 そもそも二人旅をしている時点で気付くべきだったのだ。よっぽど腕に自信がなければそれこそ護衛を雇うだろう。それをしていない時点で、どちらかが、あるいは二人ともが手練であることが予想できたはずだ。

「そんなことより、二人を止めなくちゃ」

「ちょっとシン。あそこにつっこんでいくの危ないわよ」

「大丈夫」

 二人とも集中していてただ叫ぶだけでは、シンの声は届きそうにもなかった。ならば、シンの取る道は一つだ。右手に剣、左手に短剣を構えて二人の間に飛び込む。

 左手の短剣でリフィの剣の側面を弾き、右手の剣でワクァの剣を受けた。重い。リフィの剣ではない。ワクァの剣だ。小柄な見た目に反する重さに、右手だけでは支えられない。シンの手から飛んだ剣がくるくると宙を舞って、すとんと地面に刺さった。

 ワクァの剣がシンの喉元でぴたりと止まった。

「二人とも落ち着いて!」

 驚いて目を見開くワクァに背を向けて、リフィを振り返った。状況を理解したわけではないだろうが、すでに剣を鞘に納めていた。とにかく止められたことに安堵して、シンはため息をついた。




「ごめんなさい。早とちりをしたわ」

 一通り事情を説明すると、リフィは謝罪した。なんでも、シンに詰め寄るワクァを見て、危険だと判断したらしい。

「僕からも謝らせてください。リフィは僕の護衛をしてくれてるから」

 そして、シンも加わって、二人揃って頭を下げる。

「もう良い。別に怪我もしてないし、させてないしな」

「そうそう。お姉さんだって、仕事に忠実だっただけなんでしょ」

「なんでお前が答える?」

「いいじゃない。ワクァのことは、私のことってことで」

「なんだそれは」

 笑うヨシとため息をつくワクァを見て、リフィがくすりと笑みをもらした。

「仲がいいのね」

「どこがだ!」

「ひどい。一緒にアレこれした仲だって言うのに」

「ここまで旅してきたってだけだろ! 紛らわしいこと言うな!」

 ワクァが青筋を立てながら、怒鳴りつける。だが、それを見てシンはリフィ同様、仲がいいな、という印象を抱いた。

「ね、お姉さんもそう思うよね」

「ごめんなさい。名乗り遅れていたわね。アリフィアス・ルナフォードよ。リフィと呼んで」

「リフィも、ワクァのことひどいと思うよね~」

 楽しげにヨシに返事をしようとしたのか、リフィが口を開きかけた瞬間、全員が動きを止めた。そして、ワクァがため息をついた。

「今日は厄日か何かか」

「これ、私のせいだわ。さっき、絡まれて撒いてきたの。遊んでる暇なかったから」

「その気持ちわかるわ。めんどくさいわね」

「わざわざリフィを追いかけてきたんだ……」

 いつの間にか現れた盗賊達が四人を取り囲んでいた。息が上がっている男がまぎれているあたり、全力で走ってきたのだろう。

 三、四十人はいるだろうか。囲む男たちは誰もが刃物を手にして、こちらへと敵意を明らかにしている。

「おい、よく見りゃ上玉ばっかじゃねえか」

「ねえ、ワクァ。どうして、こういう小者っておんなじ台詞ばっかり吐くんだと思う?」

「さあな。言葉を知らないんだろ」

 取り囲まれているという、どう見ても不利な状況にもかかわらず、四人は落ち着いていた。

「おい、お前ら俺たちを馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

「女どもは、三人まとめて色街に送ってやるからな」

 一人の男の発言に、あ、と声をこぼしたのは、シンとヨシだった。リフィは不思議そうに小首をかしげた。

「人数が合わないんじゃないかしら。ここにいるのは男二人、女二人よね」

「おお。リフィがワクァの性別を当てたわね」

「骨格が違うもの。間違えないんじゃないかしら」

「ごめん、僕は間違えた」

 感心するシンとヨシをしり目に、男たちも好き勝手に話を続けていた。

「あの男の方も売れるんじゃないか?」

「……ない…………」

 急に変わったワクァの雰囲気に気が付いたのは、一体何人いたのだろう。少なくともシン、ヨシ、リフィは気がついていた。

「俺は、女じゃない! 男だ!!」

 ワクァが走りだしたのをきっかけに、他の三人も目の前の敵に向かって走り出した。




 それは一方的な戦いだった。

 数的不利をものともしないだけの実力が四人には備わっていた。

 ワクァが力強くも繊細な剣さばきで、男たちの足の腱を断っていく。

 リフィは敵の攻撃を華麗にかわし、出来た隙を狙って男たちを地面へと倒す。

 綺麗に昏倒させられている男たちは、シンが相手にした男たちだ。

 そして、倒れて鼻血を吹いている男たちには、もれなくヨシの投げた石が命中していた。

「あ、そうだ」

 誰に言うでもなく何かに気が付いたヨシが自分の鞄をあさる。そして取りだしたのは、小さな瓶だ。それを空中に放り投げた。

「リフィ!」

 振り向いたリフィは意図を察したのか、ナイフを構えて投げた。ナイフはまっすぐ飛んで、瓶に当たって瓶を砕いた。

「うわ。くっせぇ!」

「何だこれ」

 空中で割れた瓶の中身が、破片とともに真下にいた男たちに降り注ぐ。辺りに強烈なにおいが広がった。

「古い油のようね」

「うわっ! いつの間に」

 男が短剣を構える。

「覚悟は、いいかしら?」

「なにが?」

「剣と剣がこすれて火花が散ったら、油に引火するかもしれないから、気をつけてね!」

「そういうことよ」

 油を全身にかぶっていた男たちは、一気に青ざめた。そして、刃物を放り投げると各々逃げ出して行った。

「数が減ったわね。助かったわ、ヨシ」

「いえいえ、こちらこそ」

 戦いのさなかにもかかわらず、二人は笑みをかわしあった。




 シンが突きいれた瞬間、右が開いてしまった。間の悪いことに、そこには刃物を構えた男がいる。

「しまっ……」

 怪我の一つを覚悟した直後、構えていた男が刃物を取り落とした。

「ぼさっとするな」

「ワクァ、ありがとう!」

 少し離れた場所で、男たちが走って逃げていくのが見えた。リフィとヨシが話をしているように見えるあたり、二人の仕業だろう。

 頭を二つにしようと繰り出された刃を、上体を少し後ろにそらすことでかわす。そして、無防備な腹へ剣の柄を思い切り打ちこんだ。

「がっ……」

 それきり前へと倒れる男はそのままに、振り返ってワクァの背中を狙っていた男のふとももに剣を突き刺した。

「悪い」

「お互い様だよ」

 そうしてお互いの見えない部分を補いながら、男たちを次々と倒して行く。

「お前は不思議がらないんだな」

「なにを?」

「俺が自分の剣をリラと呼ぶことを」

「僕の親友が鍛冶屋の息子でね。きっと、ワクァのこと聞いたら喜ぶと思うんだ。そこまで剣を大事にしてくれる人も珍しい、創り手冥利に尽きるってね」

「そうか」

「うん」

 心なしか、二人とも剣のキレが増した。男たちには恐怖にしか映らなかっただろうが。

 あっという間に数の不利をひっくり返して、最後にシンとワクァの前に指示を出していた男が一人残るのみとなった。四人の強さを前にして、その男の心も既に折れている。ガタガタと震える男に向かって、切っ先を突きつけた。

「あなたで最後です」

「一緒に来てもらう。街の憲兵に突きだす」

 シンの優美な長剣とワクァの大きな剣であるリラとの二本の切っ先にさらされて、男は腰を抜かしてへなへなとその場に座り込んだ。それから、取れるんじゃないかと思うほど勢い良く首を何度も縦に振った。




 リフィが魔水晶に入れて持っていた紐でその場に残っていた男たちを縛りあげると、ヨシとリフィが街へと応援を呼びに行った。シンが行くと主張したが、また迷子になるからとすげもなく却下されたのは余談である。

 盗賊団を憲兵に引き渡せば、懸賞金がかかっていたらしく礼金をもらった。

「これは、二人が受け取って」

「そうね。ずいぶん迷惑をかけてしまったもの」

 シンとリフィがそう口にすれば、ワクァとヨシが首を振った。

「全員で倒したんだ。均等に分けるべきだろう」

「四等分にして当然よ」

 ヨシが笑みを浮かべて、シンとリフィのそれぞれの手に四等分にした礼金を握らせた。

「わかった。ありがとう」

 シンが笑みを浮かべながら礼金をしまった。リフィもまたそれを鞄にしまう。

「私たちは、このまま元来た道に戻って他の仲間と合流するつもりだけれど、あなたたちはどうするの?」

「このまま憲兵さんと一緒に街に入るわ。ね、ワクァ」

「勝手に決めるな」

「でも、その予定だったでしょ?」

「まあ、そうか」

 ワクァが疲れたように肩を落とした。

「なら、ここでお別れね。短い間だったけれど、お世話になったわ」

「ありがとう。二人がいなかったら、危なかったよ」

 シンとリフィが差し出した手をワクァとヨシが取って握手を交わす。

「いえいえ、こっちも楽しかったわよ」

「そうだな」

 ワクァが少しだけ意地悪そうに笑った。

「シン、もう迷子になるなよ」

「うっ! ……善処します」

 みるみるうちに小さくなってしまったシンを見て、残りの三人が笑った。




 時たま振り返って小さな人影になってしまったワクァとヨシに手を振りながら、シンとリフィは来た道を戻る。

「ねえ、シン。素敵な人たちだったわね」

「そうだね。また会えたらいいな」

「旅をしているみたいだから、もしかしたら会えるかもしれないわ」

「そうだったらいいなあ」

 これからに思いをはせながら二人は歩く。

「ヨシって拾ったものを使って戦うんですって。私も拾いものしてみようかしら。案外役に立つかもしれないわ」

「えと、それは、ヨシの特権なんじゃないかな」

「それもそうね」

 リフィがほほ笑むのを青い瞳に写して、シンもまた笑うのだった。