おじゃまします





「こんにちは、おじゃましまーす!」

朗らかな声で挨拶をしながら、ヨシが店に入ってきた。

入ってきた、と言ってもオープンカフェなので空間は開けているし、空も見える。

「こんにちは。迷ったりしませんでしたか?」

「平気平気! いつも地図もほとんど見ないで、町から町へ旅をしてるもの」

アキラの気遣う言葉にヨシが笑顔で返し、その間にリューマがテーブルから椅子を引き出した。

「いやぁ、それでも遠くから来てお疲れでしょう? 何飲みます? ここのコーヒー、結構おすすめっすよ」

リューマの顔が心なしかいつもより嬉しそうなのは、ゲストが女子だからだろうか。アキラの顔が、どこか苦笑しているように見える。

「そうなの? じゃあ、それで」

薦められるままにコーヒーを注文し、ヨシは椅子に腰かけた。そして、嬉しそうに鞄を漁り始める。

「忘れないうちに渡しておくわね。お土産を持ってきたのよ」

「え、お土産っすか?」

「わ、何でしょう?」

期待に目を輝かせながら、アキラとリューマがヨシの手元を覗き込む。

そして、彼女の鞄からは……謎の木片が姿を現した。

「……」

「……」

二人は、思わず黙り込む。

木片である。

紛う事無く、ちょっとした林にでも行けば入手できそうな手のひら大の木片である。

「……あの、何ですか、これ……?」

「木片だけど?」

アキラの問いに、ヨシは事も無げに返答した。そういう事ではないのだが、当人は気付いていない。それどころか、目を輝かせている。

「一見ただの木片だけど、凄いのよこれ! こんなに理想的な木片は見た事が無いわ! 色々な事に使えるわよ! ねぇ、そう思わない!?」

「え……」

同意を求められ、リューマは固まった。

ここで「いや、意味わかんねぇっすよ」と返す事は簡単だ。

だが、せっかく持ってきてくれたお土産。しかも女性に対してそれを言い放つのは、彼の矜持に反する。

「そ……そうっすね。釣りする時に浮きの代わりに使えそうだし、ほらこの……一部平らになってるから、ちょっとしたメモぐらいなら机の代わりになりそうだし……? あとは、えぇっとその……先をちょっと磨いて丸くすれば、握って使える打撃武器になりそう……とか……?」

かなり苦し紛れだ。しかも、案を出せば出すほど自信が無くなっていくのか、声がか細くなっていく。

しかし。

「そうそう、そうなのよ! さっすがリューマくん! 普段アニマイズで発想力を使っているだけあるわね!」

どうやら正解だったらしい。ヨシが満足気に頷いている。

「それに引き替え、ワクァと来たら。そんな物を持っていっても迷惑になるだけだからやめておけ! ですって。木片に失礼よね。こんなに使い道がある素敵な木片なのに!」

木片に失礼かどうかはさておき、彼女の旅の相棒は非常に真っ当な選択をしただけだと思う。

会った事も無い人物に対して、リューマは同情を禁じ得ない。

そうこうしているうちに、ヨシの頼んだコーヒーがやってきた。

ひと口飲んで、「たしかに美味しい」と顔を綻ばせる。そんな彼女に、アキラが「そう言えば……」と言葉をかけた。

「今日は、ワクァさんは一緒に来なかったんですか? 一度お会いしてみたかったんですが」

「あー、ごめんね。ワクァ人見知りだから、知らない人と交流する場所には積極的に行きたがらなくて」

「それ、よく旅ができてますね……。しっかし残念だなぁ。もの凄い美人だって言うから、俺も会ってみたかったんですけどね」

「……一応言っておくけど、あいつ男よ……?」

「え」

固まるリューマを余所に、アキラは残念そうな顔を継続している。

「ワクァさんが男性だという事は、アキラは事前に物語を読んで知っていましたよ? だからこそ、興味があったんですが……」

「アキラちゃん、恋多き乙女だものね」

「そうなんですよ! 男性なのに美人で、冷静沈着で強いとか、興味を持たないわけがないじゃないですか! あ、勿論一番はハナハナ先輩ですけど!」

やや興奮した様子のアキラに、ヨシは「そっかー」と笑った。

「そう言えばそんな設定だったわね、あいつ」

「設定て」

リューマのツッコミを聞きながら、ヨシはにこりと笑顔をアキラに向けた。そして、彼女の両肩を掴む。

「……良い、アキラちゃん? 例え今後会う事があったとしても、あいつはやめておきなさい」

色々面倒だから、という最後に付け足された言葉に、アキラは色々と察した。

そして、「わかりました」と頷くと、テーブルに置かれていたデザートメニューに手をかける。

「せっかくの機会ですから、ケーキを食べながら色々とお話ししましょう? ヨシさんはどんなケーキがお好きですか?」

「うーん……ケーキなら何でも好きかしらね? あ、そう言えばアキラちゃんって、お菓子作りが上手いんだっけ? 今度一緒に作りましょうよ」

きゃっきゃとはしゃぎながらケーキを選ぶ女性陣を、リューマが幸せそうな顔をして眺めている。

その手には、先ほど土産として手渡された木片。

彼がこれを今後どうするのかは、今のところ、誰にもわからない……。














(了)