夫婦喧嘩タイフーン





「聞いてよ! セイってば酷いんだから! 自分は割と不器用で、戦う時は長物を振り回すの一辺倒になりがちの癖に、私がご飯作ってるの見て、見た目によらず器用だよな、とか言うのよ! 信じられる!?」

「ヨシ……まさかとは思うが、夫婦喧嘩の愚痴を言うためだけに、わざわざ謁見の手続きを取ったのか……?」

玉座を目の前に鼻息荒く叫ぶヨシに、ワクァは頭痛を堪えるような顔をしながら問うた。

場所は、ヘルブ国王の居城、謁見の間。玉座に座り呆れ返った顔をしているのは、この国の若き王、ワクァ=ヘルブ。その前で息巻いているのは、ヘルブ国最強と言われる戦闘民族、バトラス族族長のヨシ=リューサー。

今でこそ王と族長という肩書で顔を合わせているが、元々は共に旅をしていた仲間であり、気安く話せる間柄だ。

旧知の気安さからか、ヨシは頻繁にヘルブ街まで遊びに来る。昔働いていた酒場で街の者達と言葉を交わし、旧交を温め。それからふらりと城を訪ねてくるというパターンが多い。

訪ねてくる時も、今回のように門前で名を告げて謁見の間に来る事もあれば、昔滞在していた時のように知り合いの兵士を見付けて入れてもらい、個室や中庭に突然現れる事もある。どちらで来るかは、実際に来るまで全く読めない。

謁見の間にやってくる時と、突然プライベート空間に現れる時。どちらであっても、重要な話を持ってくる事もあれば、ただ雑談をしに来る事もある。時には、雑談に見せかけて重要な話を持ってくる事もあり、本当に読めない。

しかし、どうやら今回は純度百パーセントの雑談のようである。それも、酷く個人的な雑談だ。

ヨシの言うセイとは、数年前に結婚したヨシの夫の事である。ヨシと同じバトラス族で、ヨシとは幼馴染でもある。隣国、ホワティア国との戦争が起こった時、ワクァも共に戦った事があった。

今でも時折、ヨシも交えて会話をする事がある。逞しい体を持ち、話す口調もはきはきとしている。頼もしく、爽やかな好青年、と言える男だ。

そのセイと、ヨシは現在夫婦喧嘩の真っ最中らしい。そして、何を考えたかわざわざヘルブ街までやってきて、謁見の手続きを取り、謁見の間で国王を目の前に憤慨しながら愚痴を溢している、という状況だ。

どういう状況なのかと、思わず頭を抱えたくなる。そんなワクァの、「愚痴のために謁見の手続きを取ったのか?」という問いに、ヨシは大きく頷いた。

「そうよ! だって謁見しなきゃ、話の場に書記官さんがいないじゃない!」

「……は?」

思わず間抜けな声を発した。見れば、書記官は「え?」と言わんばかりの怪訝な顔をしている。それはそうだろう。この書記官は、今までヨシと、謁見中に顔を合わせた事はあっても、言葉を交わした事は一度も無い。親しいわけでもないのに、書記官の存在を求めるとはどういう事なのか。

すると、ヨシはフン! と大きく鼻息を吐いて、言う。

「夫の気が利かないとか、妻の話を聞いてないとか、ついうっかり褒めたつもりで妻をバカにしてしまったりとか、夫婦喧嘩の原因は何百年も前からずーっと一緒! 記録に残しておいて、そうならないように結婚前から男を教育しておかないからこんな事になるのよ! だったら、喧嘩の原因を後世に残るよう記録に残して、警鐘を鳴らさなきゃいけないじゃない!」

「ペシル、頼むから今すぐに下がって休憩してくれ」

真顔で言うワクァに、書記官――ペシルは苦笑しながら頷き、退室する。その様に、ヨシが「あーっ!」と残念そうな叫び声を発した。

「ちょっと、書記官さん下がらせないでよ! 記録に残してもらうんだから!」

「不本意ながら愚痴なら聞いてやる! だからあまり阿呆な発言を後世に残してくれるな! 頼むから!」

「阿呆な発言とは何よ! すっごく重要な事でしょ! そりゃ、結婚して十年以上経つのに未だにヒモトちゃんとラブラブなワクァにはわからないだろうけど!」

「恥ずかしい言い方をするな! 大体、夫婦喧嘩ぐらい、俺達だってする!」

「ふぅーん」

そこで、ワクァはハッと我に返った。ヨシが、楽しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「夫婦喧嘩、するんだ? どれくらい?」

答えたくない。……が、今のヨシは非常に面倒だ。答えなければ、更に鬱陶しく絡んできそうな気がする。

「……二、三ヶ月に一度くらい……だな……」

「あら、案外多いわね。因みに、勝率は?」

「……七対、二対、一……だな……」

「それ、どの数字が誰?」

「お前、わかってて訊いているだろう……?」

尚、二は引き分けらしい。そしてワクァは、昔から口喧嘩に非常に弱い。惚れた弱味とやらで、ヒモトに手を上げる事などできるわけがない。後は、お察しである。

ワクァの回答に、ヨシは満足そうに頷く。

「なぁんだ、おしどり夫婦の聞こえが高い国王陛下夫妻でも、結構喧嘩はするのねぇ。そして、夫は負け気味、と」

「満足したなら、迎えに来た夫と一緒にさっさと帰れ」

「え?」

驚いた顔をして、ヨシは振り向いた。いつの間にか、謁見の間後方にセイが控えていて、苦笑している。

「ちょっと、セイ! いつ来たのよ!?」

「いつって……ヨシが、夫婦喧嘩の原因を記録に残したいとか叫びだした辺りからかな?」

そう言って、セイはつかつかと謁見の間の中央へと進み出る。ヨシと並ぶと、その体躯の逞しさがより一層わかりやすい。苦笑していたセイの顔が、真面目そのものな表情に変わった。

「無神経な言い方をして、悪かった。同じような言い方をしないように今後気を付けるから、ひとまず機嫌を直して、許してくれないか?」

そう言って頭を下げるセイに、ヨシは「むー……」と唸り声をあげる。そして、どこか機嫌良さそうに、大袈裟な溜め息を吐いた。

「仕方ないわねぇ。ちゃんと謝ったし、迎えに来たから、今回はこの辺りにしといてあげるわ! 次やったら、枕の中にギンナンぐらいじゃ済まないわよ!」

「あれな……本当にもうやめてくれ……。今までの制裁の中で、一番堪えた……」

セイはそう言って、ヨシに謁見の間からの退出を促す。そして、自身は一度振り返ると、ワクァに向かって深々と頭を下げた。

「陛下……本当にご迷惑をおかけしました!」

迷惑だったのは確かだが、そのお陰で昔のように怒鳴り合いの喧嘩を味わえた事も確かで。苦笑しながら、ワクァは首を横に振った。

「セイが気にする事じゃない。……と言うか、今は書記官もいないのだし、その陛下というのをやめてくれないか? 昔から馴染みのある奴らにそう言われると、今でも妙な気分になるんだ」

そう言えば、セイは一瞬だけきょとんとして、それから「わかりました」と笑って見せる。爽やかで、人好きのする笑顔だ。

「それにしても……ワクァさんも、夫婦喧嘩はするようで。ヨシに聞いた話から、てっきり年中無休で仲が良いものだと」

「その話も聞かれていたか……」

ガクリと項垂れ、ワクァはため息を吐く。そして顔を上げると、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

「お前達の喧嘩の話を他人事と思わないように、気を付ける。流石にヒモトは、枕にギンナンを入れるような事はしないと思うが……」

「さぁ……ヨシがこの後、ヒモト様に茶飲み話で語ったりしたら、どうなる事やら……」

「おい、怖い事を言うな!」

顔を顰めたワクァに、セイは「冗談ですよ」と笑って見せる。そして、もう一度頭を下げると、扉の前でセイを待っていたヨシと共に帰っていった。

その後ろ姿を見送り、ワクァは大きく息を吐く。

「嵐か、あいつらは……」

見れば、辺りで控えていた兵士達も苦笑している。どうやらこれは、明日には己の夫婦喧嘩の勝率が街中に広まっているな、と悟り、もう一度深い溜め息を吐く。

そして、次の謁見希望者を通すため、休憩中の書記官、ペシルを呼び戻すのだった。










(了)











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