しあわせに





「こうして並べてみると、お前達二人……案外似合っているんじゃないか?」

「はい!?」

「何を仰いますの!?」

この会話をしたのは、ホワティア国にまたもちょっかいをかけられ、ワクァが身を張って危険な賭けに挑んでいた時だっただろうか。あの時は、その場の思い付きでからかっただけのつもりだったのだが……。

「まさか、本当にニナンとファルゥが結婚する事になるとは思わなかったな……」

自室でヒモトと茶を飲んでいる時に、ワクァはぽつりと漏らした。すると、横で同じように茶を飲んでいたヒモトが、呆れた様子で溜め息を吐く。

「ワクァ様。その話、今日だけでもう何回目ですか? お二人の結婚式に行きたかった気持ちはわかりますが、もう今からタチジャコウ領に向けて出発したところで間に合わないのですから、そろそろ諦めた方がよろしいかと」

言われて、ワクァは不満げに茶を啜る。声にこそ出さないが、「何で行ったら駄目なんだ」と顔に書いてある。

「ニナン様は気を使われたのでしょう? タチジャコウ領はワクァ様にとって、辛い記憶の多い土地。だから来るには及ばないと……」

「そうだとしても、ニナン達を祝う為なら喜んで出向く。それと、どう見てもあれはニナンが気を使うより前に、ファルゥが妨害していたような気がするんだが……」

結婚が決まった事を報告しに来た時の二人の様子を思い出し、ワクァはため息を吐いた。「何故なんだ」という言葉が吐息と一緒に漏れる。

ニナンは、ワクァにとっては辛い時期を精神的に支えてくれた恩人で、弟のような存在だ。ファルゥとの付き合いも、もう長い。ファルゥの義弟のシグとは、今でも時々、トヨも交えて剣の手合わせをする事がある。

そんな、特別な存在の二人が結婚するのだから、当然ワクァは嬉しい。なのに、結婚式を見に来るなと、二人は言う。これは、落ち込まずにはいられない。

落ち込んでいる様子が流石に哀れに思えたのか、ヒモトは苦笑しながら言った。

「ファルゥ様の性格と心情を思えば、ある意味仕方が無いかもしれません。ワクァ様が結婚の場に行ったら、様々な意味で目立ち過ぎますから」

「……前に、ヨシにも同じ事を言われて、同じように参加を断られたな……」

そう、数年前に、ワクァに少々遅れをとりながら、ヨシも結婚している。相手は、同じバトラス族のセイ。

以前ホワティア国の陣地に乗り込む作戦を共に決行し、その後もヨシ程ではないが、ワクァとの交流は続いている。

その二人の結婚式の時にも、ワクァは行こうとした。……が、ヨシに断られた。ヨシ曰く。

「あのねぇ……アンタ、自分がどういう人物かわかってんの? ヘルブ国の国王陛下! 最高権力者! でもって、十年前の救国の英雄! おまけに、未だに衰える気配が無い、その美貌! アンタが来たら会場の話題全部掻っ攫って、主役の筈の私が霞むじゃない! 絶対来ないで」

実際は、即位してまだ一年しか経っていないワクァに余計な負担をかけたくない、という理由もあっただろう。それに、いくらワクァが強くとも、国王が来るとなれば警備の強化をしなければならず、祝いの席が物々しくなりかねないという危惧もある。

そんな事は百も承知だし、ヨシがその後「本当は招きたかったのに!」と悔しがっていたという話も知っている。だが、それでも最後の言葉は流石に堪えたと、ワクァはこぼす。その様子に、ヒモトは更に苦笑した。

「一般的に、女性が人生の中で最も憧れる場ですから……建前とは言え、ヨシ様が危惧なさったのも、仕方が無い事かと。それが原因で花嫁が不機嫌になって、その後の夫婦生活に支障をきたしたりしたら申し訳ありませんでしょう?」

「……俺は、そんなに目立つか……?」

納得がいかない様子のワクァに、ヒモトは力強く頷いた。

「それは、もう。服こそ落ち着いた物を心掛けていらっしゃいますが、それだけでは不十分であると言い切れる程度には。それに、ヨシ様が仰られた、断りの理由。それらが、全てを物語っているかと」

見た目の件を置いておいても、肩書が派手過ぎるのだ。おまけに、お忍びで行こうにも、ワクァの顔は多くの人に知られている。バトラス族の集落でも、タチジャコウ領でもだ。

ぐうの音も出ないのか、ワクァは茶器を手にしたまま、完全に押し黙る。それを宥めるように、ヒモトはワクァの顔を覗き込む。

「今回は、代わりにトヨを行かせたのですから。それで良いではありませんか」

「……自分で直接祝いたかったんだが……」

本当に残念そうに言い、そして「だが……」と呟く。

「ヨシ達が幸せになれるなら、まずはそれで良しとするか……」

そう言って、ベッドの脇を見る。ベッドの横には、普段はそこに置かれていない大きな揺り籠。ワクァは立ち上がるとそれに歩み寄り、中を覗き込んだ。

そこには、すやすやとよく眠る男女の双子。三ヶ月前に生まれたばかりの、新たな王子と姫だ。

その寝顔を見ていると、自然と落ち込んでいた気持ちが軽くなる。辛い時にはいつでもヒモトが横にいてくれるし、結婚式からトヨが帰ってくれば、また五人家族になる。

「……贅沢を言っちゃいけないな」

ぽつりと呟き、苦笑した。

「ヨシ達のお陰で、今の俺の幸せがあるんだ。だから……あいつらが幸せになるなら、俺はただ、それがずっと続くように願う。それは、結婚式に出なくてもできる事だ」

気持ちを切り替える事ができたのだろうか。その言葉に、やせ我慢しているような気配は無い。

本当に、心からそう願っているワクァの様子を見て。ヒモトは嬉しそうに、微笑んだ。







(了)










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