舞踏会の夜に





「信じられない……。ヒモトちゃんと結婚決まってから、どんだけ経ったと思ってるわけ? なのに、キスもまだとか! 手を繋ぐのが精いっぱいだとか! ピュア通り越して異常よ、異常!」

「声が大きい! というか、余計なお世話だ!」

ヘルブ国の王が住まう城の一角に、久々に賑やかな声が響き渡った。それだけで、あぁ、バトラス族のヨシが来ているんだな、と誰もが思う。実際、来ている。

テア国へ親書を届けに行く役目を終えた後、ヨシはバトラス族族長後嗣として学ぶため、それまで逗留していたヘルブ街の王城を後にした。だが、時々はワクァ達の様子を見に来るし、その時には以前と変わりなくワクァと接し……そして大体からかっている。

そして今回は、こうだ。

既に今日の話なのだが、近隣諸国のお偉方を招いた舞踏会が行われる。それには、当然王子たるワクァも出席せねばならない。

招待客をリストアップする段階で、折角だからヒモトも招こう、と王が言いだし、それは簡単に実現。ならば、バトラス族を初めとした三部族の族長とその後嗣も招こうか、という話も、あっさりと通った。

そして、やってきたヨシが早々にワクァに問うたのだ。

「で? ワクァとヒモトちゃん、今どこまでいってんのよ?」

その問いに対して、ワクァが

「ヒモトとどこかに出掛けた事は無い。強いて言うなら、テア国へ行った際に一緒に武器屋へ行ったぐらいだ」

 と、お約束の天然ボケをかました。当然、ヨシの顔は「は?」と引き攣る。

「そういう事を訊いてるんじゃないのよ。ほっぺにチュー止まりか、ディープキスまでいったか、まさかの婚前交渉までいっちゃったかって事を訊いてんの!」

「はぁっ!?」

どストレートな問いにワクァが素っ頓狂な声を発し、次いで顔を赤くする。

「どれもこれも、するわけないだろう! テア国の倫理観では全て問題外だし、それでなくても恥ずかしくてできるか! それより何より、下手な事をしてヒモトを泣かせるような事になったらどうする!」

「こんのヘタレ王子ぃぃぃっ!」

頭を抱えて、ヨシは叫んだ。そして、冒頭の言葉に続く。

「この際、テア国の倫理観的に駄目だとか、ヒモトちゃんを泣かせたくないとか、それは良いわ。けど、恥ずかしいって何、恥ずかしいって! 本当に男? 今からでもヘタレ王子改めヘタレ王女に呼び方変えましょうか? ……あ、でもそれだとヒモトちゃんが可哀想か。王女様の元に嫁ぐ王女様とか、不名誉だものね」

ガンガン責め立てた挙句、勝手に自己完結したヨシに、ワクァはため息を禁じ得ない。「俺は男だ」とか「誰が王女だ」などというツッコミを入れるいとますら無かった。

そうこうしているうちに、トゥモが小走りでやってくる。

「ワクァ、スプリィが呼んでるっスよ。ヒモト様の衣装合わせが終わったから、今度はワクァの番だそうっス」

その言葉に、ワクァは心底うんざりと言った顔をする。衣装係のスプリィは、人を着飾らせるのが大好きだ。普段は「地味で良い」「シンプルで良い」と言って逃げ続けているが、今日は近隣諸国のお偉方を招いての舞踏会。ここぞとばかりに

「舞踏会で着飾らない馬鹿がどこにいるです? いくら殿下が地味好みだと言っても、今回ばかりはキラッキラに飾らせてもらうです! 最っ高に気高く! 美しい姿になってっ! 近隣諸国のお偉方を圧倒するです!」

などと言って張り切っている。何だかんだでスプリィはセンスが良いし、常識を超える予算を組んだりはしない。傍から見ておかしな事にはならないだろう。派手な物が苦手、注目されるのが苦手、褒められるのも苦手、と三拍子そろったワクァがどう感じるかはともかくとして。

「早く行かないと、罰ゲーム並みにアクセサリーを増やされるっスよ」

苦笑するトゥモに言われ、ワクァはやや項垂れながら部屋へと向かう。その後ろ姿を見送りながら、ヨシとトゥモは揃って苦笑した。

「大変よねぇ、王子様は」

「舞踏会、大丈夫っスかね? 服もそうっスけど……ワクァ、踊れるんスか?」

「相手の呼吸を読んで動く事ができるわけだし、何とかなるんじゃないかしらね?……と言いたいところだけど。相手がヒモトちゃんの時はぎくしゃくしちゃって何だか動きがカクカクに、それ以外だと上手い事エスコートができずに赤っ恥、ってところじゃないかしらね?」

その様子が容易に想像できたのだろう。トゥモは三度苦笑し、そしてワクァの後を慌てて追った。





# # #





そうこうしているうちに、舞踏会が開催される夜がやってきた。ワクァに言わせるなら、やってきてしまった。

会場の大広間には各国からの招待客がひしめき合い、華やかな様となっている。貴公子も貴婦人も、皆華やかに着飾り、どこを見ても空気がキラキラと輝いているように見える。

「予想以上に華やかねぇ。ドレス、もうちょっと派手にしてもらっても良かったかも」

そう言いながら、ヨシは己が纏うドレスの裾を摘み上げる。流石に、このような場でいつものコートに鞄という姿でいるわけにもいかない。王の厚意とスプリィの趣味により、ヨシにもオレンジ色のドレスが与えられている。

「良いか? この場で下手な事をすれば、一気にどこかの国との関係が悪化しかねないんだ。今回ヨシは、何があっても大人しくしていてくれ。良いな?」

そう言って念を押したワクァは、挨拶のために引っ張っていかれ、現在やや離れた場所で遠くを見詰めるような目をしている。これでダンスの時間が始まってしまったら、どうなる事やら。

「ヒモトちゃん、大丈夫? 慣れない恰好で苦しくない?」

ヨシが気遣って傍らのヒモトに問えば、ヒモトは微笑んで頷いて見せる。

「普段からきつめに帯を締めておりますので、それほどは。体の線がはっきりとわかってしまうのが、少々恥ずかしくはありますが……」

そう言って頬を赤らめるヒモトのドレスは、やはりスプリィが用意した物だ。露出は少なく薄ピンク色を基調としていて、ところどころをレースやリボンで飾った可愛らしいデザインとなっている。都合、ワクァ、ヨシ、ヒモトの三人分の衣装を用意したスプリィは、非常に満足そうな顔をしていた。

それにしても、ワクァが戻ってくるのが遅い。どうやら挨拶すべき相手が多いのと、一人一人の話が長引いているようだ。

「どうしましょうねぇ……。勝手に動いたところで、特に面白い物は無さそうだし……」

「私も、一通り挨拶は終えたのですが……このような場は初めてで、あとはどうすれば良いのか……」

二人揃って、困ったように首を傾げる。いつもであれば好き勝手な事をして時間を潰すのだが、このような外交、社交の場では何をしても良くて、何をしたらまずいかもよくわからず、身動きが取れない。もっとも、ワクァがいたところでそれは同じ事だろうが。

「おや、お嬢さん方。お暇そうですな?」

突如、酒に酔ったような声がかけられた。二人が振り返ってみれば、顔を赤くした中年の男が立っている。服装からして、どこかの国の招待客のようだ。

酒に酔っているからか、それが素なのか。品定めをするような目で、ヨシとヒモトの事を見てくる。あぁ、久々にこういう酒に酔ったエロ親父を見たな、とヨシは顔を引き攣らせた。

「お暇なようでしたら、こちらでお喋りでもいかがですかな? 何なら、この後のダンスもご一緒しましょう」

「いえ、ご心配なく。ダンスの相手は、もう決まっておりますので」

ヒモトがきっぱりと言うと、男は不機嫌そうに鼻で笑った。

「相手というのは、この国の王子殿下の事ですかな? テア国王女、ヒモト=チャシヴァ様。しかし、奴隷として育ったという王子殿下に、果たしてダンスのエスコートなどできるものやら……」

その言葉に、ヨシとヒモトは揃ってムッとした。自分達で言うのは構わないが、ワクァの事をよく知りもしない人間に言われるのは面白くない。

「ちょっと、あんたねぇ……」

「ヨシ様、ここで騒ぎにするのは……」

ヒモトの怒りながらも困ったような声に、男に突っかかろうとしていたヨシはハッと動きを止めた。ここで下手に騒ぎを起こせば、外交問題になる。せっかく今まで色々な物を積み上げてきたワクァの立場を、危うい物にしかねない。護衛としてこの場にいるトゥモも、同様だ。一兵士が下手に口を出せる場面ではない。

男も、それをわかっているのだろう。だからこそ、酔いの勢いも手伝って、こうしてヨシとヒモトに絡んできているのだ。

「言っちゃなんだが、私のエスコートは中々の物ですぞ。ダンスだけじゃない。ご希望とあらば、ベッドまででもエスコートして差し上げますが?」

そう言って、男はヒモトの肩に向かって手を伸ばしてくる。それが、ヒモトに触れるか触れないかという時だ。

バシッという鋭い音がして、男の手が払われた。そして、サッと一人の人間が男とヒモト達の間に体を割り込ませてくる。ワクァだ。

ワクァは振り払った男の手首を掴むと、相手を睨み付ける。

「テア国のヒモト姫と、バトラス族のヨシ殿……。二人に何やら強引に話しかけていらっしゃったようですが、この二人に、何か?」

静かに、淡々と、これまでにない丁寧な言葉遣いで。ワクァがゆっくりと問うた。そのいつにない様子に、ヨシは背中にぞくりとした寒気を感じる。似た気配を感じ取ったのか、トゥモが恐る恐る近付いてきた。

そんな二人の様子に気付かぬまま、男は「ほぉう」と馬鹿にしたような声を発する。

「あなたが、ヘルブ国のワクァ王子殿下ですか。なるほど、噂通り美しいお顔ですな。ホワティアの王が籠絡されたというのも納得だ」

わざとやっているのではないだろうかと思えるほど、この男はまずい発言を連発している。……いや、わざとなのだろう。この発言の結果、何が起こるかを知らないのだ。無知とは、本当に恐ろしい……。

だが、と同時にヨシは思う。いくらワクァでも、この場で「美人と言うな!」などと言ってキレる事はできないのではないだろうか。ここは外交の場でもあって、今のワクァには立場というものがある。だからこそ、ヨシに「大人しくしていてくれ」などと言ったのだろうから。

騒ぎに気付いたのだろう。会場にいる者達の目の殆どが、こちらに注がれている。こんな中でキレてしまえば、今までの努力は全て水の泡となってしまうかもしれない。

冷や冷やしながら、ヨシはワクァの顔を覗き込む。そして、凍り付いた。

ワクァが、笑っている。それも、にっこりと。一番付き合いの長いヨシですら、今までに見た事も無い極上の笑顔で。

その顔に、何も知らない者達はほぅ……と見惚れている。だが。

ワクァの性格を知っているヨシ、トゥモ、ヒモトは、恐ろしい物を見た気がして仕方が無い。王と王妃、三部族の族長達、フォルコとウトゥアも、不穏な気配を感じ取ったのか、こちらの様子を慎重に窺っている。

そんな中、ワクァは口を開き、ゆっくりと噛み締めるように言葉を発する。

「随分とお酒を召していらっしゃるご様子。いくら楽しむための場とは言え、度が過ぎましょう。強制はいたしませんが、一度外の風に当たられ、酔いを醒まされる事をお勧めいたします」

ここまで丁寧に喋るワクァを、ヨシ達は一度も見た事が無い。人によっては、「何だ、やればできるんじゃないか」と思うかもしれない。

だが、ここまで丁寧に喋ったところで、普段のワクァを知らなければ効果は無い。当然、酔っ払い相手に通じるわけがない。男は、はんっ! と鼻で笑った。

「あまり調子に乗らない方がよろしいのでは? 馬鹿丁寧な話し方をなさっていらっしゃいますが、そんな物はどうせ虚飾でしょう? 無礼だとお思いなら、素を出して怒鳴りつけてみたらいかがです? 外交の場で下手な手を打ち、折角手に入れた居場所を失っても良いのなら!」

それだ、と、ヨシは心中舌打ちをする。それが心配だから、誰もこの酔っ払いに手を出せずにいるのだ。

ワクァは、黙ったままだ。その態度に、腹が立ったのだろう。男がワクァの胸倉を掴み上げた。

「何とか言ったらどうなんだ!」

その瞬間、今まで恐ろしいほどの笑みを浮かべていたワクァの顔がキッと引き締まり、己の胸倉を掴んでいた男の腕を捕まえて前へと押し出した。

相手の力を利用して、男の体を放り投げる。男の体は宙で弧を描き、ズドンという音と共に床へと叩きつけられた。

ワクァは一時期、テア国へ体術を学びに留学している。その時に覚えた技だろう。

「な……な……」

何が起きたのかわからないらしい男の前に、ワクァは真っ直ぐに立ちはだかる。そして、刃を抜く事無くラクに手をかけると、顔を向ける事無くヨシに言った。

「ヨシ……さっきの言葉、撤回する。お前やヒモトが嫌な思いをする必要は無いんだ。何かあったら、思う通りにやってくれ」

「そうこなくっちゃ!」

ヨシはニッと笑い、すぐさま近くのテーブルからカトラリーを数セット拝借する。両手に、都合四本ずつ、ナイフとフォークを構えた。トゥモも、もしもの時に備えてナイフに手を遣っている。

ワクァは、男を見据えたままに言う。

「楽しむのは大いに結構だが、誰かを不快にさせてまで自分だけが楽しむのは感心できないな。居場所が無くなる? 上等だ。ヘルブ国が大切な人を守ろうとした者が責められるような国なのだとしたら、そんな居場所は、俺は要らない。幸い、旅慣れているし、生活の術も知っている。ここに居られないのなら、別のどこかへ行くだけだ。お前の国と、ホワティアと……それ以外の国なら、どこへだって行ってやる!」

「心配せずとも、ワクァ様がヘルブ国にいられなくなったとしたら、迷わずテア国が受け入れるように致します。ワクァ様の剣の腕前でしたら、欲しがる国はいくらでもございましょう。ならば、遠くへ行かれる前にテア国に迎え入れるまで」

援護するように、ヒモトが言った。いつの間にか、どこからか雪舞を取り出し、いつでも抜ける体勢になっている。

「そういう事なら、ワクァさえ良ければ、バトラス族でも受け入れてやるぞ。見知った仲だ。遠慮するこたぁねぇ」

「フーファ族も同様だ。美しさと強さを兼ね備えた血を我が部族に戻す事ができるなら、これほど喜ばしい事は無い」

「ウルハ族の子ども達は、ワクァさんに非常に懐いています。来てくだされば、皆喜びますよ」

三部族の族長達が、それぞれ一歩進み出た。すると、ウトゥアとフォルコが不敵に笑う。

「まぁ、その前に私達が、こんな事で殿下の居場所を奪ったりするなんて有り得ませんけどね」

「正否は明白。ここで殿下を責め立てるようであれば、某も殿下と共に、この国を見限りまする」

最後にヨシとトゥモが、ワクァの横に並び立った。

「ワクァがまた旅に出るなら、今度は自分も付き合うっス! 一人にさせたりはしないっスよ!」

「バトラス族としても、ヨシ=リューサー個人としても、ワクァの事は全面的に支援するって決めてんの。アンタ一人のためだけに、ワクァにまた辛い思いをさせたりなんかしないわ」

「……だ、そうだ」

ワクァが、一歩進み出た。男は酔いが醒めたのか、赤かった顔は今や青くなっている。そんな男の顔を下に睨みながら、ワクァは一言一言、己に言い聞かせるように言う。

「ヒモトは、一人で多くの事を抱え込んで壊れそうになっていた俺を支えてくれた。バトラス族のリオン、フーファ族のフォウィー、ウルハ族のショホン……三人とも、困った時にはさり気無く力を貸してくれて、俺の事を導いてくれた。ウトゥアとフォルコは、形は違えど、俺が戸惑った時、手を差し伸べてくれた。ヨシとトゥモは、今も昔も変わる事無く、傍にいてくれる。俺は俺でいて良いんだと、教えてくれる。皆、俺の大切な人達だ。その大切な人達が形作るヘルブ国を……彼らに支えられてできあがった今の俺を、あまりナメるな!」

怒鳴り声に、辺りはシンと静まり返る。そんな中、ヘルブ国王が静かに進み出、男の横に立った。男は青褪めた顔で、王の顔を仰ぎ見る。王は、淡々と、しかし厳しい声音で言った。

「聞いての通りだ。我が国の世継ぎはこの通り、支えてくれた者がいる事を知っている、その事を感謝する事ができ、守る事ができる人物であると。王族として学んだ時間は短くとも、他国の王子に引けを取らない世継ぎであると。早々にご帰国頂き、貴国の王に伝えて頂けるだろうか?」

その言葉に男はこくこくと激しく頷き、慌てて立ち上がると何度も転びそうになりながら会場を駆け出ていく。その後ろ姿を見送り、そこで初めて、ワクァはホッと息を吐いた。その様子に、まずはヨシとトゥモに、ヒモト。そして三部族の族長と、次第に安堵が伝搬していく。

最後に誰かがほぉっと息を吐いたところで、会場の空気はようやく元の温かみを取り戻したのだった。





# # #





月明かりに照らされたバルコニーの一角。石造りの腰掛けに、ワクァとヒモトは揃って腰を下ろし、ほっと溜め息を吐いた。

室内からは、ダンスの曲が聞こえ始めているが、今は踊る気分ではない。元々、ダンスには気乗りではなかった事だし。

「大丈夫だったか?」

ワクァがそう問えば、ヒモトは優しく微笑んで頷き、助けられた事への礼を言う。すると、ワクァが顔を曇らせた。

「折角ヘルブ国まで来てもらったのに、嫌な思いをさせて済まない」

「ワクァ様や、ヘルブ国の皆様のせいではございません。それに、貴方様を支えてくださる方があんなにいるという事を知れて……貴方様に守って頂けて……嬉しく感じたほどです」

そう言われて、ワクァは困ったような、照れたような顔をする。そして、気持ち顔を赤らめると、少し口籠るような声で言う。

「その……今更かもしれないが……似合っている」

指差したのは、ヒモトが着ているドレス。清楚さと可愛らしさを引き立てながら、決して幼く見せるような事をしない。スプリィの腕は大した物だと、思わずにはいられない。

ヒモトは一瞬きょとんとして、それからくすりと笑い、礼を言った。そして。

「……ヨシ様に、服装を褒めるように、とでも入れ知恵をされましたか?」

からかうように問うてみれば、目を逸らしている。どうやら、図星だ。

「……褒めるように言われたのは事実だが、言った事は本心だ」

消えそうな声で言い、そして慌てて「それよりも」と話を誤魔化すように言った。

「さっき……急にユキマイが現れたように見えたんだが。一体どうやって?」

問われて、ヒモトは「あぁ」と顔を綻ばせた。相変わらず、剣の話になると嬉しそうな顔をする。

「スプリィ様が、雪舞を隠し持てるよう、ドレスに細工をしてくださったのです。今も、こうして」

そう言って、腰の辺りに手を遣る。たしかに、言われてみれば少し不自然な膨らみがあるようにも思える。本当に、スプリィは良い仕事をする、と感心せざるを得ない。

ヒモトはドレスの裾を摘み、そして少しだけ気恥ずかしそうにしながら、言う。

「ヘルブ国のドレスを着ていると、まるで己が既にヘルブ国の者になったかのように思わされますね。……嫁入りは、まだ先の話ですのに」

そう言って、恥ずかしそうな顔のまま笑い。それから少しだけ考えると、「あの……」と呟いた。

「ワクァ様。少し……お顔を貸して頂けますか?」

「? こうか?」

首を傾げながら、ワクァは顔をヒモトに近付ける。するとヒモトは身を乗り出し、二人の顔が重なった。ちゅ、と軽い音がしたかと思うと、ヒモトはすぐに顔を離す。

「な……?」

顔を耳まで真っ赤にしながら、ワクァは口に手を遣る。唇には、まだ湿った感覚が残っている。

「ヒモト……?」

「……これでも、嫁入りする国の文化の事は学んでいます。ヘルブ国の女性は、婚姻前であっても、大切な殿方に口付ける事があると、書物に……」

ヒモトの顔も、相当赤い。「このドレスを着ている間は、嫁入り前でもヘルブ国の人間ですから……」と、囁くような声で言った。その様子が、本当に可愛らしくて。

「ヒモト」

ワクァは呼ぶように、優しく名を呼んだ。ヒモトが顔を上げたところで肩に手を遣り、抱き寄せる。

月明かりの下、静かに抱き合い。今度は、ワクァの方から唇を重ねる。

邪魔をするものは、何も無い。ただ、柔らかな舞踏曲だけが、室内から微かに漏れ聞こえていた。












(了)













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