宵時罰ゲーム





「はい、上がり! 今度も私の勝ちだね。そして、最下位はワクァちゃん、っと」

手にしていた札をテーブルの上に置き、楽しそうな声でウトゥアが言った。その声を受けて、ヨシが「ちぇっ」と残念そうに呟きながらやはり手札をテーブルに置いた。そして、ワクァは不機嫌そうな顔をして手元の札を睨み付けている。

「ワクァー? 睨んでも負けは覆らないわよ?」

「そんな事はわかっている」

いつになく低い声で言い、ワクァも手札をテーブルに置いた。全ての札をヨシがまとめて、さっさと箱に片付けていく。

「さて、と。勿論、約束は覚えているよね、ワクァちゃん? 最下位の人は、一番の人の言う事を何でも一つ聞く。私が一番で、ワクァちゃんがぶっちぎりで最下位なんだから、今から私の言う事、一つだけ聞いてもらうよ?」

楽しそうに言うウトゥアに、ワクァはムスリとしたまま、片付けられたカードを睨み付けた。





# # #





「ワクァ、リィさん。いるー?」

時は、数十分前に遡る。ノックもせずに扉を開け、ヨシとウトゥアが部屋に入り込んできた。

昼間の占い師騒動で街は閉鎖され、いつ出られるかもわからない。辛うじて確保できた宿屋で、後は休むだけという時間帯だ。

ヨシもウトゥアも、楽そうな格好に着替えている。そして、その手にはカードゲームの箱。どうやら、宿の備品であるらしい。木箱の外側には、この宿の名前が焼き入れてある。

「宿の人に貸してもらったのよ。ねぇ、折角ゲームがあるんだし、たまにはこういうので遊んでみましょうよ! いつ閉鎖が解除されるかもわからないんだし、遊んで気晴らししておく事も大切よ!」

「理屈を並べてはいるが、お前が遊びたいだけだろう」

「うん、そう」

頷き、ヨシはワクァ達の可否も聞かずにカードを箱から取り出している。

「私は、若者のノリについていく自信が無いからな。遊んでいる様を眺めて楽しむだけにさせてもらおう」

リィが早々に参加を拒否し、テーブルの上を眺める事ができる位置に移動した。ヨシとウトゥアは、少しだけ詰まらなそうな顔をしてから、ワクァの方を見る。

二人の目が、「お前はやるよな?」と言っていた。

「……少しだけだからな」

渋々ワクァが承諾すると、ヨシとウトゥアは顔を見合わせてニヤリと笑った。何だか、酷く嫌な予感がする。

「そうそう。さっきウトゥアさんと相談したんだけどね。……罰ゲーム、設定しない?」

「……罰ゲーム?」

ワクァが顔を顰めると、二人は「そう!」と楽しそうに言う。

「最下位になった人が、一番になった人の言う事を何でも一つだけ聞くの!」

「勿論、常識の範囲内でね」

「二人の常識が俺の知っている常識と同じ物なのかが非常に気になるところなんですが」

ワクァが逃げ腰になりながら言うと、二人は「えー?」と楽しそうに笑う。これは、非常にまずい展開だ。

「あのですね、ウトゥアさん。俺は、このゲームは知識として知ってはいますが、やった事はありません。俺が最下位になるのが目に見えているのに、受けるわけがないでしょう!?」

「あ、私もこのゲーム、やった事は無いよ?」

「私、このゲームのルールはさっき教えて貰って初めて知ったわ」

「……」

嘘か本当かわからないが、罰ゲームを断る口実はあっさりと消滅した。そこで、ヨシが再びニヤリと笑う。

「勿論、逃げたりしないわよねぇ? ここで逃げたら、男じゃないもの。まぁ、女の子だって言うなら仕方ないけど?」

「ヨシ……お前、色々とわかってて言っているだろう……?」

いつものように「俺は男だ!」と叫びそうになったのを堪え、眉間に皺を寄せつつ言う。すると、ヨシとウトゥアは「で?」と声を揃えて問うてきた。

「どうするの? 逃げるの?」

「……」

黙り込んだが、既に逃げ道は跡形も無く消え失せていた。





# # #





「……というわけで、私からの罰ゲーム。今日寝るまでの間、私の事を〝お姉ちゃん〟と呼ぶ事!」

「……は?」

ワクァの顔が、嫌そうに歪んだ。その顔に、ウトゥアは「嫌そうー」と笑いながら言う。

「別に、お姉さまでも、姉上でも、何でも良いよ。とにかく、私の事をお姉ちゃんという意味合いの言葉で呼ぶ。今夜だけね」

気恥ずかしい命令ではあるが、予想外に常識の範囲内だ。そもそも、既に夜。食事も終わっていて、後は寝るだけなのだ。今この場だけやり過ごしてしまえば、それで終わる。

そして、だからこそ拒否し難い。

ヨシはニヤニヤと笑っているし、リィは興味深そうにこちらの事を見ている。そしてウトゥアの目は、何故か期待に満ちている。ここでもやはり、逃げ場が無い。

覚悟を決めようとし、しかしその決心は中々つかず、ワクァはしばらく口を開閉させながら目を泳がせている。彼にしては、珍しく見ていて面白い様子となっていた。

そして、ようやく観念したのだろう。顔を耳まで真っ赤にして、目を逸らしながら、消え入りそうな声で言った。

「わかりましたよ。やれば良いんでしょう? ……姉さん……」

本当に小さな声だが、それでもよく聞こえた。その言葉に、ウトゥアは酷く嬉しそうな顔をする。

「んー? ちょっとよく聞こえなかったかな。もう一度言ってくれる?」

声が、弾んでいる。よっぽど楽しいのか。それとも、子どもの頃に弟が欲しいという願望でもあったのだろうか。

意地の悪い言い方に、ワクァが一瞬口籠った。そして、少々自棄になった様子で、ヨシとウトゥアを回れ右させ、扉の方へと押していく。

「どう見ても聞こえているじゃないですか! ゲームに付き合ったんだから、もうヨシも姉さんも良いだろう! 明日も早いんだから、俺はもう寝ます!」

余程テンパっているのか、普段の言葉遣いと敬語が入り乱れている。その様子にウトゥアが

「照れちゃってー。可愛いなぁ、ワクァちゃんってば」

などと楽しそうに言っているが、もうツッコミを入れる気力も無い。

ぐいぐいと二人を押し出し、やや乱暴に扉を閉めた。そして、そのまま扉にもたれてずるずると座り込む。

「どうした?」

リィが問うと、ワクァは赤くなったままの顔を、少しだけ上げた。

「……姉さんという呼称を実際に相手に向かって口にする事が、こんなに照れ臭い事だとは思いませんでした……。俺は……両親と会う事ができた時、ちゃんと父さん母さんと呼ぶ事ができるんでしょうか……?」

「慣れもあるだろうし、何と言っても彼女は血の繋がらない赤の他人だ。本当の両親相手なら、また違うかもしれんだろう。……考えても仕方のない事だ」

どこか慰めるような響きを持つリィの言葉に、ワクァは「そうですね……」と呟き、立ち上がった。

「もう寝ましょう。ヨシ達を追い返す口実なだけじゃなく、本当に明日も早いですし」

「そうだな」

頷き、二人はそれぞれのベッドへと身を沈める。ワクァの傍らで、マフが「まふぅ」と小さく欠伸をした。










(了)












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