ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅
STEP3 手がかりを拾う
2
行く手を塞ぐ盗賊達は倒しつつ、急ぎに急いでトヨ達はウルハ族の集落へと辿り着いた。バトラス族族長であるヨシの顔はウルハ族内に知れ渡っており、すぐに族長であるショホンの元へ通される。
「ヨシさん、それにトヨ殿下。ようこそいらっしゃいました」
いつも通りにこやかに応対するショホンに、ヨシ達はホッと息を吐く。
「集落にいてくれて良かったわ、ショホンさん。実は……」
「ワクァさんの事、ですね?」
先回りして言われ、トヨ達は顔を見合わせると頷いた。ウルハ族にも、王が倒れたという話は届いているはずだ。ならば、この時期にヨシ達がウルハ族の集落を訪れるのはその話に関係があると思うのが自然だろう。
ショホンは、族人達に言いつけると、飲み物と菓子を用意させる。それを勧めながら、痛ましげな顔をした。
「話は伺いました。まさかワクァさんが倒れるとは思っていませんでしたので、ただただ驚くばかりで……。バトラス族やフーファ族とも連絡を取り合って、明日にでもヘルブ街に行こうと思っていたところなのですよ」
危なかった。一日遅れれば、入れ違いになるところである。
「……って、あれ? バトラス族とも?」
バトラス族の族長であるヨシは、ずっとヘルブ街にいた。そして、バトラス族の元に帰る事無く旅に出たので、連絡が取れない状態だったはずである。
「代理として、リオンさんから返事がありましたよ。ヨシさんが既にヘルブ街にいるから良いとは思うが、息子を心配するあまり先王様まで病気になるんじゃないか心配だから個人的にヘルブ街に行く、という事でした」
早ければそろそろ着いている頃だろうと、ショホンは言う。つまり、ヨシがトヨを連れ出して旅に出た事も、リオンの知る事になるだろうという事だ。帰ってから何を言われるか想像するだけで、気が滅入る。
「さて。それで……病床の国王陛下の愛息を連れてきたとなると、ただ事ではありませんね。一体どんなご用件でしたか?」
ショホンの問いには、トヨが自ら答えた。医師に、ワクァの病が重く、もう三年も生きられないだろうと言われた事。それが嫌で、何とかワクァを救いたいと思っている事。
夢のような話だが、どんな病気でも治すような薬は無いかを知りたい。あるのであれば、どんな場所であっても取りに行く。だから、もし知っていれば教えて欲しい、と。
そして、ヨシとシグには己の我儘に付き合せたのであり、ワクァや、他の大人達にはヨシ達を怒らないように取り成して欲しいという事も伝えた。
ショホンは目を細めて聴いていたが、やがて「なるほど」と言って立ち上がった。
「夢物語のようで、本当にあるかどうかもわからない。それでも良いから、情報が欲しい。……そういう事ですか」
「……うん」
俯くトヨの頭を、ショホンは優しく撫でた。そして、トヨに向かって微笑んで見せる。
「ぼんやりとした話でも良いという事であれば……お力になれるかもしれません。少し、お待ち頂けますか?」
そう言って、ショホンはその場から出て行ってしまう。その後ろ姿を見送りながら、トヨはぽかんと呟いた。
「嘘みたい……。本当に、知ってるんだ……」
「うん……私も流石に驚いたわ……」
「ぼんやりとした話……と仰っていましたよね。……言い伝えか何かでしょうか?」
憶測を話し、三人で唸る。……と、テントの外がざわざわし始めた。何事かと思っていると、何人かの若者が、テントの中に入ってくる。
「ヨシさん、お久しぶりです!」
「あ、その子がワクァ兄さんの息子さんですか?」
「うわ、本当にワクァ兄さんそっくりですね!」
ウルハ族の若者達が、トヨを見て口々に言い始める。目を白黒させるトヨに、ヨシは「あぁ……」と苦笑した。
「そっか。私とワクァが初めてここに来た時、ワクァに遊んでもらった子達だっけ?」
ヨシの言葉に、若者達は「はい」と頷いた。
「あの時のワクァ兄さんは、まだ自分探しの旅の途中でしたよね」
「自分探しって」
苦笑するヨシに、言った若者も「言い方を間違えました」と苦笑した。
「後から聞いたんですけど……ワクァ兄さん、あの時まで一度も、子どもと遊んだ事が無かったんですよね。なのに、俺達があれやりたい、これやりたい、あれしようこれしようと、やかましく言い募った遊びに、一々付き合ってくれて」
「一緒におやつも食べて、昼寝もしました。一度だけだったけど、今でもよく覚えてます」
「それが、倒れたって聞いて……。小さかった俺達の相手を懸命にしてくれた兄さんが苦しんでる時に、何もできない自分達が不甲斐無くて……」
ウルハ族の若者達は、泣きそうな顔になっている。その様子に、トヨは泣きそうになった。ヨシも、顔を伏せている。若者達は、トヨの手を、肩を、掴んだ。そして、真剣な面持ちで、涙を含んだ声で、言う。
「殿下、話は外で聞きました。殿下は、ワクァ兄さん……陛下の病を治せる薬を探すために、旅に出られたんですよね?」
「……こんな事を殿下に言うのは、酷かもしれません。けど、言わずにはいられません。頑張ってください……。陛下を……兄さんを……ヨシさんの仲間を……貴方の父親を、失う事が無いように。頑張ってください……!」
「……うん」
トヨは、頷いた。頷くしか、できなかった。
新しくワクァの一面を知る事ができた事が、嬉しくて。ワクァが、多くの人に慕われている事が、嬉しくて。その反面、ワクァを失いたくない気持ちと、己に希望を寄せる人々の気持ちに応えなければと感じる事が、重くて。
「……ヨシ……」
小さな声で、呟いた。顔を上げたヨシに、トヨは、ヨシにしか聞こえないほど小さな声で言う。
「期待されるのって……苦しいんだね……」
「……そうね。嬉しい時もあるけど、今みたいな状況だと……ね……」
同じく小さな声で返され、トヨは、「うん」と力無く頷いた。
「父様も……こんな風に苦しいって思った事、あったのかな……?」
ヨシは、黙って頷いた。
十六年間行方不明だった王子の帰還。クーデターを鎮圧した王子。自ら敵陣に乗り込み敵の王を捕らえた英雄。人々の期待を一身に背負う事になった、若き王。
悩みは尽きなかったろう。期待を裏切らぬよう、心を砕き続けてきたのだろう。その姿を、ヨシはずっと見てきている。そのヨシの頷きは、ワクァがこれまでに苦労してきたのだろう事を、何よりも雄弁に語っていた。
「やっぱり……父様はカッコ良い人なんだ……。こんなに苦しいのに、そんな姿、ちっとも僕に見せなかったんだから……」
ウルハ族の若者達がテントから出て行く後姿を眺めながら、先ほどまでよりも少しだけ大きな声で呟く。
その声を、ショホンが聞いていた。テントの外で、若者達よりもトヨに近い距離で。山のような書物を抱えたまま、痛ましげに首を振った。