ガラクタ道中拾い旅













最終話 ガラクタ人生拾い旅












STEP1 近況を拾う





























結婚して二年。ワクァが二十二歳になった時の事である。

その日ワクァは、フォルコなどの武官や、城内にいた兵士達と剣の手合わせをしていた。

剣の腕に関しては既に強過ぎるヘルブ国王子に剣を教えられる者は、中々いない。自然、手合わせで腕を磨く事となる。

フォルコと、互いに木剣を構えて打ち合う事数合。フォルコの剣を弾き飛ばし、ワクァは周りで控えていた兵士達に目を向けた。

「次!」

叫んでも、兵士達は物怖じしてかかってこようとしない。軍の総指揮を任されているフォルコに勝ってしまうような王子に向かって行っても勝てる気がしない、というのがその理由だ。

今日はここまでか。そう思って木剣を収めようとした、その時だ。

物陰から、急に打ちかかってくる者がある。ワクァは咄嗟にその攻撃を防ぎ、飛び退ってニヤリと笑った。

「不意打ちを仕掛けてくるのは久々だな、ヒモト」

「初めてお会いした時以来でしょうか。たまにはこういうのもよろしいでしょう?」

にこりと笑い、キモノとハカマ姿のヒモトが木剣を構える。尚、互いに腰にはラクと雪舞を帯びている。二人とも、戦闘スタイルは昔のままだ。今でも、時々剣を合わせて切磋琢磨している。

しかし、その日は何となくだが、いつもと勝手が違った。数合打ち合ったところでワクァは首を傾げる。そして、顔を険しくすると腕に力を籠め、ヒモトの木剣を叩き落とした。

「わっ……ワクァ様?」

いつに無く荒い剣に、ヒモトも周りの者達も目を丸くする。そんな中、ワクァはヒモトにつかつかと近寄ると、額に手を当てた。

「……熱は無いようだが……調子が悪いんじゃないのか? いつもよりも剣が鈍いぞ」

ヒモトが「そうでしょうか?」と首を傾げると、ワクァは真剣な面持ちで頷き、すぐ医者に診てもらうように言う。その顔があまりに心配そうなので、ヒモトは大袈裟だと思いながらもその言葉に従った。

その数時間後である。

「おめでとうございます。ご懐妊でございます」

医者に言われ、全員が呆気に取られた。そして、次第に喜びの空気が広がっていく。そんな中、ワクァだけはいつまでも呆けていた。

「ワクァ? 大丈夫っスか? ヒモト様、ご懐妊だそうっスよ?」

「あぁ……」

「ワクァ、お父さんになるんスよ?」

「あぁ……」

「……聞いてないっスね?」

「あぁ……」

本気で、聞いていない。トゥモはこの時ほど、この場にヨシがいればと思った事は無いと後に語った。

話はすぐに当時の王と王妃――ワクァの両親の元にも届き、二人からは祝福の言葉が届いた。そしてそれと同時に、言われたのだ。

「今のうちから、名前を考えておきなさい。生まれてくる子に、最初にあげる贈物なのだからな。それに、ヘルブ王家は名前を付けるのに非常に時間がかかる決まりごとがあるのは知っているだろう?」

そこで、ワクァは現実に引き戻された。

そう、ヘルブ王家には少々変わった名付けのルールがある。それは、戸籍という戸籍を調べて、国民とできる限り被らない名前にする事。王族と名前が被る事で、特定の人間が不利益を被る事が無いように……という配慮から生まれたルールらしい。流行りに乗りたがる親が、生まれた王族と同年生まれの子どもに同じ名を付ける事が無いよう、生後数年は子の名前を伏せておくという徹底ぶりだ。同じ名前の王族がご乱心などしたら、子どもが可哀想な事になるだろうから。

この一見変わったルールのお陰で、ワクァは再び両親と巡り合う事ができた、という過去がある。それほどまでに、王家の者の名前は考え抜かれて付けられているのだ。

つまり、ありきたりで無難な名前を付ける事はできない。先祖と同じ名を採用する事もできない。新しく、誰とも被らない、良い名を考えなければならない。

しかし、ワクァは名前を考えるのが非常に苦手である。昔、マフを仲間にした時。名前を考えても考えても何一つ思い付かず、ヨシが考えた名前を採用した事があるほどだ。

今度は、責任がマフの比ではない。

考えに考え、それでも思い付かず。困り果てたある日、ヒモトに問われた。

「あの……ワクァ様。生まれてくる子の名前なのですが……もし女児であれば、私が名付けてもよろしいでしょうか?」

どうやら、ヒモトには名付けたい名があるようだ。どのような名かと問うてみれば、トヨ、という。

「テア国では、豊かさを意味する名です。生まれてくるこの子が、豊かな愛情と友人に恵まれた人生を送る事ができますよう……」

その言葉に、ワクァは「なら……」と言った。

「男でも女でも、そのトヨという名を付けるのはどうだ? テア国の名なら、ヘルブ国で被る事はまず無いだろう。それに、以前ホウジから聞いたんだが……テア国では、男児の無事な成長を願って、女装をさせる事もあるんだろう? なら、男に女の名前も付けるのも、ありなんじゃないか?」

「それは……たしかにそうする者もいますけれど……」

ヒモトは困惑していたが、男でも女でも自分の好む名を付ける事ができる、というのは嬉しいらしく、承諾した。女児名と言ってもテア国の響きなので、ヘルブ国ではそうだとわからない。

こうして、生まれてくる子の名はトヨと決められ、出産の日を迎えた。

今日あたり生まれそうだと聞かされていたワクァは落ち着きがまるで無く、何を言っても上の空である。会議の場でもそうだったため、ヨシに部屋から蹴り出された。

「その状態じゃ、鬱陶しいし邪魔。ここにいても役に立たないから、ヒモトちゃんの傍にいてあげなさいよ」

尚、ここまで会議の主催者である王の許諾無しである。苦笑する王達の前でヨシは扉をバタンと閉め、良い笑顔でいけしゃあしゃあと言い放った。

「陛下。王子殿下は体調が優れぬようなので、退席して頂きました」

そこで、何人かは堪えきれず笑い出した。その後、母子共に元気な状態で子どもは生まれ、その子には予定通りトヨと名付けられた。そして、今に至る。

ところで、ヨシに蹴り出されたのは国内の領主や族長達を全て集めた御前会議での出来事であったため、こちらは城内どころか国内の殆どの領主が知っているという体たらくである。後程、ヨシ、フォルコ、ヒモトから「少しは落ち着け」と説教を喰らった話は、辛うじて伝わっていない。











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