ガラクタ道中拾い旅













STEP6 未来を拾う






























「あー……笑った笑った」

「ワクァも、久々によく怒鳴ったっスねぇ」

荷物をまとめるワクァの横で、ヨシとトゥモが満足気に言った。マフも、心なしか嬉しそうに床を転がっている。

明日は、前回途中で終わってしまった城下町散策の続き。そして明後日には、帰国する予定になっている。

ヨシ達の言葉を聞き流しながら、ワクァは黙々と荷物をまとめている。……と言っても、旅慣れているため、荷物をまとめるのにそれほど時間はかからない。おまけに、元々必要最低限の荷物しか持ち歩いていないワクァは、すぐに荷造りを終えてしまった。そうなると、ヨシ達の言葉を聞き流すのにも限界があるわけで。

「ワクァ、寂しい? 帰ったら、しばらくヒモトちゃんと会えなくなっちゃうけど」

「……」

どう答えたものか。寂しくないと言えば多分嘘になるのだが、それを言った瞬間に冷やかしが降りかかってくるのはわかりきっている。

「ヒモト様の作った料理、美味しかったっスよね!」

「そうね。ワクァがおかわりしてるとこなんて、初めて見たわ」

どうやら、どう足掻こうとも当分はこのネタでからかわれそうだ。ワクァは諦めて、頷いた。ヨシとトゥモが、嬉しそうに顔を輝かせる。

「珍しい! ワクァがこのテの話題で、素直に頷いたわよ、トゥモくん!」

「本当に珍しいっス! 雪でも降るんじゃ……あ、もう降ってるっス」

トゥモがショウジを開ければ、確かに静かに雪が降っている。それほど多くはないようなので、明日の予定に影響は無いだろう。

「おい、お前ら。まだ起きてるか? 明日の行き先を相談したいんだけどよ」

バタバタと足音をさせながら、ホウジがやってきた。後に、ゲンマとヒモトも連れている。

ヒモトの姿を認めた瞬間に、ヨシとトゥモがにやりと笑った。次に何を言い出すか大体予想がついたが、もう止める気にもなれない。

「そうね、相談しないと。入って入って! あ、トゥモくん。こっち来て、私の隣に座って。だって……ね?」

「そうっスね。ワクァとヒモト様を隣にしてあげた方が良いっス」

棒読みで、とてもわざとらしい。ワクァがため息を吐いている間に、ホウジとゲンマも「それもそうだ」と棒読みで言って、ヒモトをワクァの横に並べてくる。ヒモトも、ため息を吐いていた。

ワクァ、ヒモト、ホウジ、ゲンマ、トゥモ、ヨシの順番に座って車座になり、ゲンマが城下町の地図を広げる。ヒモトが淹れてくれた茶を皆で飲みながら地図を眺めた。

「それで、明日は皆で回る予定だけど……ヒィちゃん、二人っきりにしてあげた方が良い?」

不意打ちのように言われ、ワクァは茶を噴き出しそうになる。咽たところでヒモトが背中をさすり、残る四人がニヤニヤとそれを眺めた。

「どう見ても、もう夫婦っス」

「トゥモくん、この辺りにしておかないと。どっちかがキレて明日の外出自体がなくなりそう」

ヨシがひそひそと言い、トゥモが頷いて黙る。双方にとって幸いな事に、トゥモの言葉はワクァには聞こえていなかったようだ。

「とりあえず、食い物は外せねぇだろ。蕎麦に団子に……この季節なら湯豆腐も良いな」

「薬種問屋を見てもらうのも面白いかもね。トゥモ殿はよく転んで怪我をするって話だし、ヨシ殿は各地を転々とする遊牧民族の出だそうだから、薬には興味があるんじゃないかな?」

そう言えば、トゥモと初めて会った時には薬草を追い掛けて川沿いを走ったな、とワクァはふと思い出す。ヨシと薬、全然縁が無いように見えるが、実は切っても切り離せないものなのかもしれない。

そうワクァが考えているうちに、ヨシが少し思案していたかと思うと、口を開いた。

「テア国のお菓子で、日持ちする物ってあるの? お土産にお菓子とか買えたらな、って思うんだけど。……家族とか、バトラス族の皆に」

その言葉に、ワクァとトゥモは驚いてヨシの顔を見た。ヨシがバトラス族の仲間に土産を買う。それが意味するのは、一つしか無い。

「ヨシさん、ひょっとして……」

「バトラス族のところに、戻るのか?」

バトラス族の生活が嫌で、家出をしたヨシだ。そんな彼女が、自分から一族の元に帰ると言う。

ヨシは、「うん」と頷いた。

「家出して、そろそろ一年経つか経たないかって頃だしね。バトラス族族長後嗣って自分で名乗っちゃったし、パパについて色々学ばないと。……今回の事で、ワクァも多少は無茶をしたり自分を粗末にしたりしなくなるだろうし、お城にトゥモくんと王様達以外の味方も増えてきたし。良い機会だから、帰国したら……ね」

「……そうか」

「寂しくなるっスね……」

しんみりとした空気の中、ヨシはからからと笑う。

「時々遊びに行くわよ。……あ、そうだ。バトラス族の生活にパンダイヌは向かないと思うから、マフはワクァの傍についててあげてね?」

「まふっ!」

マフが元気良く返事をし、そこで空気が少し明るくなった。その機を逃すまいとするように、ホウジが口を挟む。

「日持ちを気にするなら、干菓子が良いだろうな。ヘルブ国のどの辺りまで持って行くのかは知らねぇが、今は冬だし、持つだろ」

「じゃあ、干菓子を買える店には必ず寄るとして……他に、行きたいところはある?」

「武器屋をお忘れにならないでください、ゲンマ兄上」

すかさず言ったヒモトに、双子の兄は苦笑した。

「お前……この期に及んで、まだ武器屋に行くか……」

「ヒィちゃんとワクァ殿、ホウジ兄上もまだ良いとして。僕とヨシ殿、トゥモ殿は待ってる間何してれば良いのさ」

ゲンマが苦笑した瞬間、ホウジとヒモトがすかさず口を開いた。

「ゲンマ。お前はもう少し武器や武術に興味を持った方が良いぞ」

「せめて、私より弱いなどと自ら言わない程度には強くなってください」

「無茶言うなぁ……」

笑うゲンマに、トゥモが恐る恐る手を上げた。

「あの……自分、テア国のナイフとかあったら見てみたいっス」

「あー……じゃあ、私も後学のために」

ヨシまで武器屋に行くと言いだし、ゲンマはお手上げと言うように両手を挙げた。そして、挙げたままワクァに視線を遣る。

「ところで、ワクァ殿は行きたいところは無いの? ヨシ殿とトゥモ殿が行きたいところに行くんだし、ワクァ殿も行きたいところがあるなら遠慮無く言ってよ」

言われて、ワクァは「え」と固まる。そして、少し考えると「あ」と呟いた。

「その……ヨシ達が良ければ……なんだが……」

妙に歯切れが悪い。ヨシ達が首を傾げると、ワクァは非常に言い難そうに口を開いた。

「先日、ヒモトが喧嘩の仲裁をしている間に見た店。あそこに、もう一度行っても良いだろうか?」

そう言われて、一同は目を丸くする。ワクァがヒモトを待つ間見ていた店と言えば。

「あそこっスよね? 何か細々したアクセサリーとか鏡が置いてあった……」

「小間物屋だな。何でまた?」

問い掛ける視線を五人分向けられ、非常に居心地が悪い……が、言わなければ話が進まない。更に言い難そうに、消え入りそうな声でワクァは言った。

「あそこの店主に……求婚する時にはカンザシを買うと約束したからな……」

最後は、ほとんど聞き取れなかった。しかし、ヨシ達にはそれで充分だったようで。途端にニヤニヤし始める。

「あらあら、お熱い事ね」

「やっぱり、自分達とワクァ達、別々に行動した方が良いんじゃないっスか?」

「だな。じゃ、集合する刻限だけ決めて、後は若い二人に任せましょうって事で」

「兄上、その言い方だと、関係が遡っちゃうから」

ゲンマが言うと、ホウジが上機嫌に笑う。

「あ、それもそうだな。折角婚約までいったのに、見合いまで引き戻しちまったら悪いなぁ!」

恐らく、この四人はまた後を尾行するのだろう。行き先がわかっているから、先回りもあるかもしれない。

何か誤魔化しようがあったのではないかと反省しながら、ワクァはヒモトに顔を向ける。

「……済まない。俺の言い方がまずくて……」

妙な事になった、と続けようとして、ワクァは目を見開いた。今まで何があっても動じていなかったヒモトが、顔を赤くしている。

「……どうした?」

熱でも出たのだろうかと、心配になる。しかし、ヒモトは「いいえ……」と首を振った。

「その、実は……町の娘達が簪を贈られる姿、羨ましく思ってはいたのです。王家の姫は、他国に嫁ぐのが常。他国に嫁ぐとなれば、簪を贈って頂ける事などありえませんから。それが、頂けると聞いて……」

嬉しくて、恥ずかしくて。不意を突かれた事もあって、顔が赤らんでしまったという。その言葉に、ワクァも顔が熱くなるのを感じた。それを見て、ヒモトが顔を赤くしたままくすりと笑う。

「ワクァ様……この国に来てから、赤くなったのはこれで何度目ですか?」

「え……」

何度目だろうか。ヒモトのいない場でも何度も赤くなっていた気がする。数え切れない。それだけの回数赤面していたと思うだけで、また頬が火照る。

ヒモトはくすくすと笑いながら、言った。

「明日は袴ではなく、気に入りの着物を選んで、めかし込みます。それに一番合う簪を、店主に見繕って頂きましょう」

「……そうだな」

そう言って、ワクァは穏やかに笑った。顔の火照りは、いつの間にか無くなっている。ヒモトもだ。二人顔を合わせ、初めて笑い合った。

いつの間にか、ヨシ達の姿は消えている。二人残された部屋の中、どちらからともなく、そっと手を重ねる。

冬の寒さで冷えていた二人の指先が、触れ合っているうちに、少しずつ、温かくなっていった。
















(第九話 了)














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