ガラクタ道中拾い旅













STEP5 周りの気持ちを拾う































ヒモトがヘルブ国の王子の名を初めて聞いたのは、まだ半年も前ではなかったように思う。他国の情勢を兄達と話している時に、そう言えば、とゲンマが言った。ヘルブ国で十六年前に行方不明になっていた王子が、最近見付かったのだという。

ヒモトが生まれた頃からつい最近まで、ずっと行方をくらましていたという王子。一体何をやっていれば、それほどの長い時間行方知らずになるのだろうと、首を傾げた。兄達に訊いても、詳しい事情までは知らないようだった。

長兄のセンだけは、ひょっとしたら知っていたかもしれない。しかし話さなかったのは、茶飲み話に話すのは失礼にあたると思ったのだろうと、ワクァの素性を知った今ならわかる。

行方不明になっていた王子が現れて、美しい白銀の剣を振るいクーデターを鎮圧したという話は、幼い頃から剣を愛するヒモトにとって非常に興味深い話で。その王子はどのような人物なのだろうと、剣の稽古をする度に考えた。

次に名前を聞いたのは、それから数ヶ月後。ホワティア国からの嫌がらせが過激になってきた頃だった。

ホワティア国の王は、領民の中から美しい娘を三十人ほど選んで寄越せだの、領土を割譲しろだの、降伏しろだの、ふざけた要求を幾度も寄越してきた。

無視をするのにも飽き、国全体がホワティア国に対して怒りを高め切った頃に、ホワティアの軍がヘルブ国に侵入したとの報告が届く。どうやら、ホワティア国はヘルブ国に対してもふざけた要求を送り続けていたらしい。そして、ヘルブ国の王子が十六年もの間行方不明であったのも、ホワティアが一枚噛んでいるらしいと聞いた。

それに対する怒りのためか、ヘルブ国は時間稼ぎや講和を考える事無く、ホワティアとの国境に国王自らが軍を率いて赴いた。しかし、状況は決してヘルブ国に有利なものではなく。ヘルブ国の武官、フォルコが援軍を乞いにやってきた。

テア国もホワティアにはいい加減堪忍袋の緒が切れていたため、クウロは援軍を快諾。しかし、他国のために自国の民が傷付くかもしれないという事に、ヒモトは胸が痛んだ。せめて、自分が男であれば。そうすれば自らホワティア国王の陣地に赴き、王にひと泡吹かせてやるものを、と歯噛みした。

そして、ヘルブ国を援けるために出掛けて行った軍は、予想外に早く帰ってきた。何でも、ヘルブ国の王子が仲間と共に自らホワティア王の陣地へ乗り込み、王を捕らえたのだという。そのため、ホワティアの兵士達の目はヘルブ国王子一行に釘付けとなり、ヘルブ国とテア国の連合軍はホワティア軍の虚を突いて大した損害無く事を収める事ができたのだという。

驚いたのは、王子達のホワティア陣への潜入方法。何と、王子自身が王妃に姿を変え、ホワティア王に投降するフリをしたと。それではまるで、テア国の伝説にある英雄と同じではないか。

その話を聞いた夜は人知れず興奮し、中々寝付けなかった。ますます、そのヘルブ国王子に会ってみたくなった。

そして、その王子が使節としてテア国に来ると聞き、ヒモトの期待は増々高まった。剣で幾度も国を救った、武勇の王子。その彼と会う事ができる。願えば、手合わせもできるだろうか、と。

本気で戦ってみたくなり、正体を隠すために面まで用意した。相手が遠慮する事の無いよう、奇襲もかけた。

戦ってみて、驚いた。ヘルブ国の王子は、ヒモトと戦い方が酷似していた。戦い方だけではない。戦いの前に剣の名を呼び、己を鼓舞するところまで。

予想に反して華奢な体躯で、顔も女のように美しい王子ではあったが、剣の腕は興味深い。もっとこの王子と話してみたいと思った。

互いの刀剣を見せ合い、武器屋を訪い、話が合うと感じた。どうやらワクァも、ヒモトの剣の腕を認めてくれている。

ならば、もう一度手合わせを願い出てみようか。そう思った矢先に、ワクァの剣と、心が折れた。

落ち込んだワクァの様子は見るに堪えず、仲間のヘルブ国の者達の顔も暗い。兄達もどこか消沈している。己の心も落ち込んだが、それ以上に周りの暗さを見ていられなかった。

だから、新しい剣を打とうと思った。

折れてしまったワクァの剣を、新しい命として蘇らせる。ヒモトにできるのはそれだけだと、そう思ったのだ。

町で良い鋼を用意させた。ホワティア者に脅され、蟄居中だった男達に声をかけて手伝わせ、調達した鋼とワクァの剣の残骸から新しい剣を打った。職人に無理を言い、新しい剣に合った鞘を大急ぎで作らせた。

そして、三日という信じられない早さで剣は出来上がり。それをワクァに見せようと、館の裏にある鍛冶場から館の内に入り、上階に上った時、ヒモトはハッとした。

廊下に、ワクァがいたのだ。手には、三日前に己が預けた雪舞。顔色は悪い。侍女に付き添われているが、ふらふらとして非常に心許無い足取りだ。

二人に気付かれる前に、ヒモトは思わず下の階へと駆け下りた。すると、中広間から騒がしい声が聞こえてくる。兄達と、ヘルブ国の者達の声だ。

話を盗み聞くに、どうやらワクァはこの三日間、何も口にしていないようだ。なるほど、それであの顔色の悪さと足取りかと、ヒモトは顔を顰める。ひょっとしたら、睡眠もろくにとっていないかもしれない。

そこへ、ワクァが降りてきた。思わず物陰に隠れたヒモトに気付かぬまま、少しばつが悪そうな顔をして中広間に入ろうとする。

その時、中広間の中から大きな声が聞こえてきた。

ホワティア者が、また領内を侵したと。先日騒ぎのあったあの場所に、続々と集まっていると。

その話を聞いた途端に、ワクァが駆け出した。食事も摂らず、先ほどまでふらふらしていたというのに、何故あそこまで速く走れるのだろうと、ヒモトは一瞬だけ呆気に取られる。そしてハッと気付くと、慌てて館の鍛冶場へと赴く。鍛冶場には、手伝いに狩り出した男達がまだ残っていた。

男達に事情を話し、揃って例の場所へと駆けた。そこで目撃したのは、既に危地を脱したワクァの姿。そして、助けに入ったヘルブ国の者達と、兄のホウジ、それにテア国の者達。ヘルブ国の者達の顔は、心底安心したように見えた。

しかし、このままでは戦いに支障があるだろう。共に来た男達のうち、足を負傷していない者にワクァを回収しに行かせた。

そして今、ヒモトはワクァに新しい剣を渡し、共に戦いに臨もうとしている。

今までに無い高揚感を覚えながら、ヒモトは真っ直ぐに駆け続けた。












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