ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP4 折れた心を拾う




























 暗い部屋の中、白く浮き上がって見える雪舞を、ワクァはジッと見詰めていた。ヒモトが自ら打ったというその剣を見詰めていると、まるでそこにヒモトがいるかのように感じられて。そして、去り際にヒモトの言っていた言葉が頭の中に何度でも蘇る。

「今まで貴方様が、りらで何を守ってきたのか。りらは何を守ってきたのか」

何を、守ってきた? ヒモトの問いを己の言葉に置き換え、自分自身に問い掛ける。

タチジャコウ領にいた頃は、タチジャコウ家の者達を守ってきた。ニナンが生まれ、ワクァに懐いてくれてからは、特にニナンを守ろうと躍起になっていたように思う。ニナンを守る事が、延いては己の心の安寧に繋がっていたからだと、今なら臆面も無く言える。

旅に出てからは、何を守っていたか、具体的に挙げるのは難しい。己の身を守るために戦った事もあれば、ギルドの仕事で商人や荷馬車を守った事もある。盗賊や奴隷商人に襲われた町や集落を助けるために戦った事もあった。

ヘルブ街に着いてから――両親と再会してからは、国のために戦ったとでも言えば良いのだろうか。……いや、そんなに聞こえの良いものではない。

両親を助けるためにクーデターを起こしたクーデルと戦い、両親を含む闘技場の観客達を守るために戦い、母や友人達を守るためにホワティア国と戦った。

思えば、全て自分のためだ。

心の安寧のために、ニナンや両親、ヨシやトゥモ達……仲間を守った。そんな彼らと心安く過ごす場所を失いたくなくて、村を、街を、集落を、国を、守った。

恐らく、守る者というのは皆こうなのだろう、とは思う。誰かのためも、自分のためも、全て最後は己のため、という答に繋がる。誰かのために何かを守りたいと思うのは、その誰かのために動きたいという、己の気持ちを守るためになるからだ。

今まで……リラを手にしてからの八年で守ってきた物は、己の心。己が、守りたいと思った物。

では、ワクァではなく、リラが守ってきた物とは?

「……俺……?」

思わず、呟いた。酷く久しぶりに声を発した気がする。乾きの為か疲れの為か、声は掠れていた。

それすら気にする暇無く、ぐるぐると、過去の記憶が頭を過ぎる。

リラを手に入れて、初めて傭兵奴隷として仕事をした時。リラの輝きに勇気を貰い、だからこそ一人で何人もの盗賊を倒す事ができた。

その後も、リラを手にするだけで勇気が湧いた気がした。リラの名を呼ぶだけで、勢い付き、負ける気がしなくなった。

リラが手元にあるというだけで、心強かった。

そうだ、旅をしている時に、盗賊にリラを奪われた事があった。あの時、それだけで自分は命を絶とうとすら考えなかったか?

今も、そうだ。リラが折れてしまった。それで、このように力が入らなくなってしまっている。

これまで、リラはずっとワクァの心を支えていてくれた。ワクァの心を守ってくれていた。延いては、ワクァ自身を守ってくれていたのだ。

「……何を、やっているんだ。俺は……」

弱々しくも、はっきりとした声で呟いた。腕に力を籠め、ゆっくりと身を起こす。

「泣いて、呆けて、返事もしないで蹲って……ヨシ達を不安にさせてまで落ち込み続けて……。これじゃあ、リラは何のために、俺を今まで守ってきたんだ……!」

前のめりになりながら、雪舞を掴む。そして、立ち上がろうとして大きくふらついた。

いつの間にか、外が明るくなっている。そう言えば、リラが折れてしまったあの戦いから、どれほどの時が経っているのだろう? 呆けていた時間、雪舞を前に考え続けていた時間。それに費やした時間が一切わからない。

何度か明るくなって、また暗くなったような気もする。何度か、人が部屋の前に何かを置いて、また下げていった気配があったような気もする。

とにかく、酷く時間が過ぎている事はわかる。雪舞を支えにふらつきながらも立ち上がり、部屋から出た。掃除をしていた女性が、ハッと強張った顔をする。自分はそんなに長い時間、部屋に閉じこもっていたのだろうか? それとも、泣いたせいで酷い顔にでもなっているのだろうか?

「一つ、教えて欲しいんだが……ヨシ達……ヘルブ国の者は、今どこにいるだろうか?」

問われた女性は、一階の中広間にいると丁寧に教えてくれた。礼を言い、ふらつくのを堪えて慎重に一階まで下りる。見かねた女性が付き添ってくれ、目当ての中広間前に着いた時だ。

中から、緊迫した声が聞こえてきた。

「ホワティアの者が、再び領内に侵入致しました!」

その言葉に、ワクァはショウジにかけようとしていた手を止めた。部屋の中も、水を打ったように静まり返っている。そしてまた、報告の声が聞こえた。

「先日ホワティア者が人質を取り立てこもった祠に、続々と集結しております! 狙いは恐らく、ヘルブ国の方々及び、お館様方の首! 数は、六十とも、七十とも……!」

「その大盤振る舞いは要らねぇ!」

狙いは、自分。そして、そのためにホワティア国の者がテア国の人々に恐怖や焦燥を与えている。

そう思った瞬間には、体が走り出していた。先ほどまでふらふらだったのに、何故走る事なんてできるのだろうか。そんな考えも、背後から聞こえた女性の「あっ!」という咎めるような声も、何もかもが、あっという間に思考の外だ。

自分でも、何が己を突き動かしているのかわからない。わからないままに、ワクァは玄関で靴を掴み取ると外へ飛び出し、そしてあの忌むべき場所へと駆けて行った。

その姿を、どこからか姿を現したヒモトが見ていた。ヒモトはハッと顔を強張らせると慌ててどこかへ駆けて行き、そして、館内から姿を消した。













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