ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP4 折れた心を拾う




























「駄目っス……。すごく落ち込んでて、声をかけても全く反応してくれないっス……」

ワクァを部屋に落ち着かせたトゥモが、一同の前に戻ってきた途端に泣きそうな顔をして言った。

あの後……ホワティアの者達を全て下し、リラの刃が折れてしまったのだと皆が認識した後。ワクァは酷く取り乱した。

言葉にならない絶叫をあげ、誰かが宥めようにもその声が届かなかった。このままでは埒が明かないと、フォルコがワクァに当身を喰らわせ、気絶させ。そして、館まで戻ってきた。そこで意識を取り戻したワクァを、トゥモが部屋に連れて行った。そして、今に至る。

場所は、館の一階に位置する、中庭に面した中広間。騒ぎを聞き付け、クウロとセンもそこに集っている。中広間から直接出る事ができる中庭には、ホワティアの者達に脅されていた男達が所在無さげに控えていた。戦闘で受けた傷は、全て処置を終えている。

「長い間、心の拠り所としていた愛剣を損なったのだ。無理もあるまい」

「拠り所?」

テア国の面々が首を傾げたので、ヨシが頷き口を開いた。そして、ワクァの生い立ち、リラを入手した経緯、これまでの人生でワクァがどれほどリラに助けられてきたのかを、掻い摘んで話す。

話を聞くうちに、ホウジ達の顔が次第に険しくなっていく。中庭の男達は、顔が青褪めていった。

「言ってみりゃ、自分を守り続けてきてくれた親みてぇなモンで、同時に共に戦ってきた仲間でも友でもあるわけだ。……それが急に、目の前で折れたとなったらなぁ……」

「テア国の刀は、ヘルブ国の剣よりも多くの鋼を使って打つからね。同じ長さでも、重みや刃の厚みがまるで違う。ヘルブ国の剣がテア国の刀を何度も受けていたら……そりゃ、折れるよね……」

ゲンマの言葉に、男達が耐え切れなくなったかのように頭を下げ、地に額を打ち付けた。その行動にギョッとするヨシ達を前に、涙声で叫ぶ。

「そんな……そんな大切な刀を、我らは……」

「よりにもよって、他国の王族の……この失態、何とお詫びいたせば良いのか!」

「かくなるうえは、我ら四人、揃って腹を召す覚悟! お館様、どうか我らの首を斬り落とし、ヘルブ国に謝罪の意を……」

剣の刃を己の腹に突き立てようとする男達に、ヨシ達は思わず立ち上がり、双方を制すようにクウロがため息を吐いた。

「落ち着かぬか。ヘルブ国の国王は、そのような謝罪を喜ぶような御仁ではあるまいて。それよりも、ワクァ殿に精気を取り戻して頂く事の方が先決じゃろうて」

「それに、貴殿らはご子息をホワティアの者共に人質とされていた。事情が事情……仕方があるまい。ヘルブ国側は、貴殿らの行動に関して咎める事はできぬ」

フォルコの言葉に、男達はしおしおと項垂れる。その様子に、センが苦笑した。

「とは言え、やってしまった事が事ですからね。一切の処罰無しというわけにもいかないでしょう。後程沙汰を出しますから、まずは帰り、蟄居していなさい。子ども達も心配しているでしょう?」

男達は頭を下げ、中庭から退出していった。その後ろ姿が完全に見えなくなってから、一同は揃って唸る。

「……私が悪かったかもしれないわね……」

ぽつりと、ヨシが呟いた。全員の視線が集まる中、ヨシは俯いたまま「だって……」と言う。支えを必要とすると言うように、マフを抱き寄せた。

「一緒に旅をして……ワクァと一番長く時間を過ごしてきたの、私だから。ワクァがどれだけ、精神的にリラに依存してるか、知ってる筈だったのに……」

「そんな……ヨシさんは悪くないっス! たしかにワクァ、最近よく剣の名前を呼んでて、ちょっとびっくりしたっスけど……あれだけで剣に依存してるなんて、わかるわけがないっス!」

必死な表情で言うトゥモに、ヨシはふるふると首を振った。

「実を言うとね……前は、しょっちゅう呼んでたのよ。リラ、って。トゥモくんと会った辺りから、ワクァがリラに呼び掛ける回数、減ったような気がするわ。多分、一人じゃなくなって、余裕が出てきて。それで、リラだけに頼らなくても良くなってきたからだと思う。それが最近、また頻繁にリラの事を呼ぶようになった……」

「ヨシ殿、それはまさか……」

険しい顔をするフォルコに、ヨシは頷いた。

「闘技大会の騒ぎに、ホワティア国との戦争……何度も大きな騒ぎがあって、その度にワクァは自分が責任のある立場になってしまったんだって事を自覚したんだと思うの。自分の代わりはいなくて、こればっかりは私やトゥモくんに頼っただけじゃどうにもならないって事も」

「それで、再び依存するようになっていた……って事か?」

ヨシは、再び頷いた。

「多分、本人も無自覚だったんだと思うわ。ほとんど呼ばなくなっていたと言っても、元々呼んでいた事は事実だから。違和感無く、回数が増えている事にも気付かないまま。周りが気付くべきだったのよ。周りが……私が……」

リラがいなくなったら、ワクァが取り乱す事は知っていたはずなのだ。以前、旅をしていた時。一時的に喧嘩別れをしたワクァが盗賊に捕まった時。盗賊にリラを奪われ、一歩間違えれば自ら死を選びかねない状態になった事を、ヨシは知っていた。ヨシだけが知っていた。

「どうしよう……このままワクァが、元に戻らなかったら……」

悔やんでも悔やんでも、死ぬほど悔やんでも、悔やみきれない。そう言って悔しそうに拳を握るヨシに、一同は押し黙る。そんな中、ヒモトが静かに口を開いた。

「ワクァ様は……きっと立ち直られると、思います」

そう言って、部屋の中央に寄り、手を伸ばした。そこには、布の包み。中には真っ二つに折れてしまったリラが収められている。

「私も、戦いに挑む際に刀の名を呼ぶ身。たしかに、刀を頼り、依存している面もあるかもしれません。ですが、それと同時に……刀と同化するためでもございます」

「同化?」

首を傾げるヨシとトゥモに、ヒモトは「えぇ」と頷いた。

「名を呼ぶ事で、刀が手に馴染み、刀が私の腕となったように思うのです。すると、より一層、刀を巧みに操れるようになる……そのような気がするのです」

「ワクァ殿も、そうだと?」

センの言葉に、ヒモトは再び頷いた。

「父上とセン兄上はご覧になっていないのでご存じ無き事ですが……私とワクァ様は、戦い方が非常に似ているのです。手合わせをして頂いた時、まるで鏡と戦っているかのような錯覚を覚えました」

「手合わせをしてもらったっつーか、完全にヒモトの奇襲だったけどな、あれ……」

「ホウジ兄上は、今は黙っていてくださいませ」

ぴしゃりと言われ、ホウジは首を竦めた。それを横目に、ヒモトは話を再開させる。

「刃を交えた感覚から考えても、間違いはございません。ワクァ様もまた、りらの名を呼ぶ事で、あの剣を己の腕となさっていた」

「……だとしても、よ。ヒモトちゃん? それと、ワクァがきっと立ち直るっていうのと……どう関係があるの?」

話の先を急くヨシに、ヒモトはゆるりと微笑み、左手で右腕に触れた。大きな袖から覗く腕は、本来はきっととても白いのだろう。しかし、日に焼けてやや黒くなっている。

それだけ、日頃から領内を歩き回り、剣の稽古に励んでいるという事なのだろう。そう考えると、あれだけ外を歩き回って旅をしていたにも関わらず、まったく焼けなかったワクァは少々おかしい。フーファ族の血のなせる業だろうか。

ヒモトは、右腕を突然ぴしゃりと叩いた。叩いた場所は赤くなるが、時が経つにつれて次第に色が引いていく。

「己と一体化していた刀が折れるのは、言わば腕を折ったようなもの。治る速さに個人差はございますが……それでも、然るべき処置を施せば、折れた腕は治りますでしょう? それも、以前にも増して、頑強になって」

そう言って、ヒモトはリラの包みを抱えたまま立ち上がった。

「りらは、こちらで供養させて頂こうと思います。テア国は刀を愛する者が多い国。刀を供養する儀式も、その冥福を祈る場もございますから……」

誰も、異を唱えない。それを同意と取ったのか、ヒモトは廊下に向かって歩き出す。

「供養の前に、りらの持ち主であるワクァ様に許可を取って参ります。……聞いてくださるかはわかりませんが……」

そう言って苦笑し、ヒモトは中広間を出て行った。後に残された者達は顔を見合わせ、難しそうに唸り声をあげる。

ただ、テア国王のクウロだけが、何かを考えるような表情でヒモトが去っていった後を見詰めていた。











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