ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国(ツルギノクニ)












STEP1 よく似た少女を拾う




























城の奥、夕日の差し込む謁見の間に、二つの人影があった。

「……間違いございません。陛下の判断は、正しい事であるように思われます」

口を開いたのは、この国の王に仕える宮廷占い師、ウトゥア=ルヒズム。予言とも言える占いを歌によって告げる彼女は、この国の王を目の前にしているにも関わらずに手持ちの水筒から水を口に含み、先ほどまで歌っていたその唇を湿した。

「しかし……流石にまだ早過ぎるのではないか?」

王がやや不安を含む声で言うと、ウトゥアはぶはっと噴き出した。そして、憮然とする王の前でククッと楽しそうに喉を鳴らす。

「心配し過ぎですよ、陛下。ワクァちゃ……殿下、もう十八歳でしょう? 寧ろ、王族としては遅過ぎるぐらいですって」

「しかし……あの子は二歳になる前に攫われ、王族に復帰してからまだ半年も経っていないのだぞ? 学ぶ事もまだまだたくさんあるし……それに、まだ今の環境に慣れても……」

王がどれほど心配しても、ウトゥアの口からは「大丈夫ですって」という軽い言葉しか出てこない。

「殿下は強い人間ですよ、陛下。それは、この数ヶ月で嫌ってほどよくわかっているでしょう? 華奢な見た目とは裏腹に、剣術は武官も舌を巻くほどの技術を持ち、体力や腕力も意外なほどにある。それに、どんな劣勢に立たされてもそれを乗り越えてきた根性と運の良さもお持ちだ。……何を心配する事があるんです?」

「それは……そうだが……」

まだモゴモゴと言っている王に、ウトゥアは苦笑する。そして、面白そうに言った。

「……と言うか、突き放して険しい道を歩かせた方が成長するタイプですよ、ワクァちゃん。あと、案外一つ所にジッとしているのが苦手なようですからね。放っておくと、そろそろヨシちゃんやトゥモちゃん辺りが手引きして、フラッと危険な場所に行ってみちゃうぐらいしそうな気がするんですが」

王は、グッと言葉を詰まらせた。変装して偽名まで使って、闘技大会に参加していた息子の様子を思い出したようだ。

「それだったら、最初っから監視役をお供につけて、定期的に旅に出しちゃった方が、却って安心なような気がするんですけどねぇ」

ウトゥアの言葉に、王は反論ができないでいる。そして、はぁ、と深い溜め息を一つ吐いた。

「たしかに……お前の言う通りだな、ウトゥア。わかった、ワクァを行かせてみよう。王妃には、私から説明しておく」

そう言って、それでもまだ心配そうな顔をしながら王は退室していく。その後ろ姿を眺めながら、ウトゥアはまたも苦笑した。

「まったく……陛下は本当に、ワクァちゃんの事となると心配性だなぁ。おつかい一つでこれじゃあ、この先どうなる事やら……」

そう言いながらウトゥアは謁見の間の出入り口へと向かう。そして、扉の外に控えていた人物に視線を遣った。

「貴方もそう思いませんか? フォルコ殿」

問われて、声をかけられた人物……フォルコ=タティも苦笑した。視線は、ウトゥアの向こう。王が退室した王族専用の出入り口に、今も向かっている。

「突然呼び出され、盗み聞きをしろと言われた時には何の事かと思い申したが……たしかに、陛下と貴殿だけが知っていて良い話ではありませんな」

「でしょう? 陛下と私の密談で決まった、なんて万一にも言われたら面白くないですからね。せっかく、こんなに面白い話なのに」

「良い話だとは思うが……それほど面白い話であろうか?」

首を傾げるフォルコに、ウトゥアは「勿論!」と目を輝かせた。

「かの国の事なら、この国ではフォルコ殿が一番知っている筈ですよね? なら、あの国の王族の事もご存じの筈だ」

「まぁ……たしかに、そう言われれば面白いと思えなくもないかもしれぬが……」

まだ首を傾げたままのフォルコに、ウトゥアは「あぁ、もう!」と頭を抱えて見せる。

「これだから、ノリの悪い真面目な武官はっ! こんなに面白くなりそうな事、滅多にありませんよ? ふぅんとか言いながら冷めた目で見てたら、勿体無いですって!」

鼻息荒く詰め寄ってくるウトゥアに、フォルコは「わかったわかった」と後ずさる。

「そういう事にしておこう。大いに楽しい事になりそうだ」

「うむ、わかればよろしい」

腕を組み、満足そうに頷きながらウトゥアは言った。そして、にっこりとフォルコに笑って見せる。

「そういうわけだから、多分何日かしたら貴方にも陛下から命令が下ると思いますよ。内容は、王子殿下のお守り役。今のうちから留守にする準備とか体調管理とか、ちゃんとやっておいてくださいね」

「何故、某に命が下ると?」

不思議そうな顔でフォルコが尋ねると、ウトゥアはまたも楽しそうな顔をする。

「そりゃあ、お守り役ができそうな臣下の中で、殿下が一番懐いているであろうお人が、貴方だからですよ」

言われて、フォルコの目が丸くなった。

「殿下が、某に?」

「一目瞭然でしょう。他に殿下と親しげに話をしたり、剣の手合わせをした人なんて、いませんからね。ついでに、一緒に行くであろうヨシちゃんやトゥモちゃんも併せてお守りできそうな人も」

「しかし……」

まんざらでもなさそうな顔をしつつも、フォルコは言葉を濁した。

「殿下の教育係であるカロス殿は?」

「陛下としては、今回あまり目立たない人数で行かせたいようなんですよ。カロス殿は殿下の事を考えてはいますけど、戦闘はからっきしだし、歳が歳だから逃げ足も遅い。何かあった時、殿下の足手まといになります」

目立たないようにしたいから、護衛の数も少なくしたい。ワクァも、ヨシもトゥモも強いから、護衛の数が少なくても問題は無いだろう。だが、守る者が増えれば話は違ってくる。

「……三部族の族長達は……?」

「そりゃ、三人とも行きたがるでしょうけどね。闘技大会にホワティア国との戦いに、と、部落を留守にし過ぎましたから。お供に加えるわけにはいきませんよ」

納得したのか、フォルコは唸る。そして、「ん?」と首を傾げた。

「ウトゥア殿。貴殿は行かれませぬのか? 殿下が慣れ親しんでいる、という話であれば、最も付き合いの長い貴殿が適任なのではないかと思うのだが……」

「そりゃ、私だって行きたいですよ?」

ウトゥアの顔が、すっと冷えた。そして、フォルコがそのまずさに気付いた時には、既に遅かった。

「けど、仕方ないじゃないですか! ただでさえ仕事の立て込む戦後なんですよ、今!? 論功行賞だってまだ完全には終わってないし、近隣諸国への書簡もまだまだ出さなきゃいけない物がたくさんありますし! ホワティア国や、捕らえたホワティア王の動きも監視しなきゃいけない。陛下の仕事が多いから、相談役を兼ねてる宮廷占い師は身動きが取れないんですよ! じゃなきゃ、何でお城で指をくわえてジッとしてたりしますか! こんな面白そうな事! こんな面白そうな事!」

二度言ったという事は、余程悔しいのだろう。ウトゥアを「まぁまぁ」と宥めてから、フォルコはウトゥアに背を向けた。

「命が下るのはまだ先であろうが、貴殿の言葉に従っておこう。旅の準備は、怠りなくしておく事とする。それに、特異な事が起これば、帰国後、貴殿にも報告する事としよう」

そう言って、血涙すら流しかねない様子のウトゥアから逃げるようにさっさと歩き去っていく。「絶対ですよ!」と叫びつつその後ろ姿を見送りながら、ウトゥアはフッと、表情を引き締めた。その顔には、先ほどまでの騒がしさは微塵も見えない。

「それに今回は……私よりもフォルコ殿の方が適任だと思うんですよね」

言いながら、ウトゥアは扉の横に視線を遣った。美しい剣のレプリカが、額にはめられ飾られている。それを、ウトゥアは真剣な眼差しで眺めている。眺めながら、ウトゥアは口を開いた。そして、王にもフォルコにも聞かせなかった歌を、静かに紡ぎ出す。



守りの剣(つるぎ)は二つに折れて

刃(やいば)は地面に横たわる

眼より消え去る希望の光

再び灯すは



「……」

そこで、ウトゥアは歌うのを止めた。目は、未だにレプリカの剣に注がれている。

「占いが……私の聞いた言葉が本当なら。恐らくこの旅で、ワクァちゃんの心は折れる。そして、それを辛うじて支えられるのは占い師じゃない。……同じ剣を持つ者だ……」












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