ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い














STEP4 誓いを拾う































夕方近くになって、ヘルブ国軍は戻ってきた。死傷者数は奇跡的なほど少なかったと聞いて、胸を撫で下ろせばいいのか、死んだ者が一人でもいるらしい事に悲しめば良いのかがわからない。

ホワティア王の身柄は国境から離れた場所に護送され、今後ホワティア国とは国境線を巡る交渉に入ると言う。

すぐ護送されると聞き、ワクァは疲れた体を引き摺ってホワティア王の元へ向かった。護衛には、フォルコが付いている。

牢越しに対面したホワティア王は、ワクァの事を睨み付けた。

「傭兵奴隷育ちの小童が……卑怯な手を使いおって……」

一気に老け込んだようにも見えるホワティア王の言葉に、ワクァは軽くため息をついた。

「その小童の卑怯な手にまんまと引っ掛かって、鼻の下を伸ばしていた奴に言われても、腹は立たないな。そもそも、最初に卑怯な手を使ったのはお前だろうが。親と引き離され、傭兵奴隷にされ、クーデターで親子ともども殺されそうになるわ、暗殺されそうになるわ……よくも、一人の人間に対してここまでの嫌がらせをやれるものだな」

「殿下。そのような恨み言を言いに来たのではないかと察しまするが」

嗜めるように言うフォルコに、ワクァは肩を竦めた。フォルコに謝り、改めてホワティア王を睨む。その視線の鋭さに、ホワティア王は思わず縮み上がった。

「本当は……お前なんかには二度と会いたくなかった。会えば、俺はお前を許せずに殴ってしまうと思ったから。……だから、フォルコについてきてもらったんだ」

いつになく低い声で、呟くように言う。

「けど、これだけは言っておかないといけないと思った」

ワクァの視線に怯えるホワティア王の目を、ワクァは真っ直ぐに見詰める。

「俺は、何も捨てたくない。家族も、友人も、彼らと過ごす場所も、何もかも。それを、お前は俺から奪い取ろうとした。捨てさせようとしたんだ」

ぐっ、と拳を握り締める。小刻みに震える拳を、フォルコは黙って見詰めている。止めようとはしない。

「俺は、この国に住む誰もが、大切な物を捨てずに、失わずに済むようにしたい。そのために、俺自身が別の何かを捨てる事になるかもしれない。けど、それを惜しむためにもっと大切な物を失ったりはしたくない。王族も、民も、今はまだ奴隷の身にある人達も……誰もが、一番大切な物を手放さずに済む国にしたい。……いや、する。して見せる」

大きく、息を吸った。そして、今までよりも更に強くホワティア王を睨み付け、「だから……」と呟いた。

「今後、またお前がヘルブ国に兵を向けるようなら……俺や、俺じゃない誰かに、大切な物を捨てさせようとするなら……俺は、絶対に容赦しない。なりふりは構わない。綺麗事も言わない。どんな手を使ってでもお前を打ち負かして、この国を狙った事を後悔させてやる。……わかったな!?」

それだけまくし立てると、ホワティア王の返事も待たず、ワクァは踵を返した。後で見守っていたフォルコに、頭を下げる。

「済まない、手間を取らせた。……ありがとう」

「いえ……」

首を横に振り、フォルコは苦笑した。

「こんなところではありまするが……ほんの少しだけ、砕けた話し方をしてくれるようになった事、嬉しゅうございますぞ、殿下」

フォルコに言われ、ワクァはきょとんとする。目を丸くして己の言葉を反芻し、苦笑した。

二人で牢を後にし、部屋へと戻る廊下を歩く。廊下を照らす蝋燭の炎は、ゆらゆらと揺らめいている。

「……誰に誓われたのか……お聞かせ願いたい」

「……誓い?」

怪訝な顔をするワクァに、フォルコは頷いた。

「誰もが、最も大切な物を捨てずに済む国にする。そう仰る殿下の顔は、目の前のホワティア王ではなく、他の誰かに向けられているように見え申した。あれほど大切な事……一体誰に誓われたのかと……」

「誰か……」

呟き、ワクァは考えた。誰かと問われても、あの時はただ夢中に喋っていた。誰に向けてなど、考えてもいない。

「……わからないな」

首を横に振り、フォルコより一歩先んじて歩く。その後ろ姿を眺め、フォルコは声をかけた。

「今日は、ゆっくり休まれますよう」

そう言ってから、何かを思い出した顔をした。

「……ヨシ殿や、トゥモ。ユウレン村やバトラス族の若者達は、食堂でしばし語らうと申しておりました。眠れぬようでしたら、そちらに行くのも良いかと存じます」

それだけ言うと、「御免」と言い残し、ワクァを追い抜いて自らの部屋へと戻っていく。

フォルコの去った後を眺めながら、ワクァは「食堂か……」と呟いた。










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