ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い














STEP3 願いを拾う































「何と、ヘルブ王妃が?」

報告を受け、ホワティア王の声が弾んだ。すぐさま己のいる天幕に通すように命じ、座について待つ。

やがて、王妃に扮したワクァと、侍女に扮したタズ、兵士の姿をしたバトラス族のカノが入ってくる。

俯いた顔を見るや、ホワティア王は即座に「おぉ……」と喜色を露わにした。

「これは……噂には聞いていたが、これほどとは……」

顔を綻ばせてから、「ん?」と首を捻る。

「報告では、侍女と兵士はもっといるという事だったが?」

「ヘルブ王妃も含めると、十六人もの大人数。全員を入れるわけにもいきますまい。それに、あの森を王妃を護衛してきただけあって、兵士も侍女も気の強そうな者ばかりでございまして……その中で、一応は大人しそうな気性の者を選んで随行させた次第にございます。他の者も、すぐそこに」

ワクァ達を連れてきた武将の言葉に、ホワティア王は「なるほど」と頷いた。

「多いとは言え、たった十六人。我が軍の数に比べたら、無いに等しき数だ。敵陣まで、王妃をそんな少ない人数で護衛するとは、中々肝の据わった者達よの。後程全員と謁見し、良さそうな者がいれば我が国で取り立ててやろう」

そう言うと、ホワティア王はワクァに視線を戻した。目尻が、見る見るうちに下がっていく。

「さて……やっとお目にかかれましたな、ヘルブ王妃。……いや、今宵よりは我が愛妃よ。まずは顔を上げ、その美しさをもっとよく拝ませてはもらえぬか?」

「仰せとあらば、失礼をして……」

小さな声でそう言って、ワクァはゆるゆると顔を上げる。正面から顔を見たホワティア王は、「おぉ」と感嘆を発した。

「何と……」

しばし絶句し、しばらくして何とか口を開いた。

「話に聞けば、そなたは私と十ほどしか変わらぬ歳だとか。なのに、その美しさと若さはどうした事か……とても十八になる子がいるとは思えぬ」

その言葉に、ワクァは少しだけ顔を歪めて見せた。その表情の変化を、ホワティア王は目敏く見付ける。

「あぁ……息子の事が気掛かりか。……そうよの。折角十六年の時を経て再会できた息子とまた切り離されたのでは、辛かろう」

自ら切り離す指示を出しておいて、よくもぬけぬけと言う。右の拳が自然と握られていくのを、ワクァは何とか左手で抑えた。その様子も、ホワティア王は見逃さない。

「怒っているのか? ……まぁ、当然であろう。だが、案ずるな。そなたが望むのであれば、いつでも息子と会えるようにしてやろう」

言われた事の意味がわからず、ワクァは少しだけ首を傾げた。そんな僅かな仕草にも、ホワティア王は嬉しそうな顔をした。

「おぉ、その表情も良いの。……何、知れた事。ヘルブ国の王子もホワティアに呼び寄せてやれば、いつでも会う事ができよう?」

そして、ホワティア王はワクァに向かって手招きをした。「こちらへ」と言われ、ワクァはタズ、カノと素早く視線を交わす。二人に頷かれ、ワクァは密かに唾を呑んだ。

ホワティア王へ近付く間にも、王は気を良くして喋り続けている。

「ヘルブ国の王子は、剣技に長けていると言うではないか。我が国が原因とは言え、その戦い方は少々品が無いとも聞くが……人より優れた物を持っているのであれば、すぐに頭角を現し、我が国に無くてはならぬ存在となろう」

「それは……ありがたいお話しではございますが……」

「それに、王子はそなたに似て、美しい容姿を持っているのであろう? ならば、私の稚児としても良い」

その言葉に、ワクァはぎしりと動きを止めた。演技抜きで、顔が強張っていくのが自分でもわかる。

「それは……どのような意味で……?」

「どのようなも何も……美しい稚児と言えば、その後はわかろう?」

そろそろ、己はキレる。そう感じたのは、自分自身だけではないのだろう。背後からタズとカノの「堪えて!」という気配が伝わってくる。

ワクァが、ホワティア王の前に辿り着いた。ホワティア王はすぐさまワクァの背に手を回し、抱き寄せてくる。

「今宵は、たっぷりと可愛がってやろう。だが、その前に……ヘルブ国の王子もこちらへ来させるよう、手配をせねばな。仕事は早い方が良い。さすれば、床の中で私の技と、息子と再会できる報と……二つの意味で、そなたを喜ばせてやれよう」

ワクァは、そろりと己の腰に手を伸ばした。ドレス越しに、リラの硬い触感が手に伝わってくる。大丈夫だ、ホワティア王は顔の方に視線を集中させている。この動きには気付かれていない。

「さて……どこへ書状を出すのが、一番早いか……。我が愛妃よ、ヘルブ国王は今、どこにいる? 王子も、王と同じ場所か?」

「どこも何も……王子なら、今お前の目の前にいるだろうが!」

この陣に入ってから最も大きな声で言い、聞き返す暇も与えずにワクァはホワティア王の足を思い切り踏み付けた。自陣の天幕で気を緩めていたホワティア王の装備は薄い。指先を踏まれた痛みから、思わずワクァの背に回していた手を離した。

それだけの隙があればワクァには充分で、すぐさまリラをドレスの下から引き出し、抜き放つ。白銀色の刃を、ホワティア王の首に突き付けた。

「お前……お前は……」

 口をパクパクと開閉させるホワティア王に、ワクァはにやりと笑って見せた。そして、すぐさま顔を険しくし、相手を睨み付ける。

「ヘルブ国の、ワクァ=ヘルブ。お前のお陰で十六年間親と引き離されていた、少々品の無い剣技を持つ王子だと言ったら?」

「あっ……」

ホワティア王の顔が、青褪めた。天幕の内側にいた兵士や武将達が武器を構えるが、王に剣を突き付けられていて動くに動けない。

ならばこちらも人質を……と思ったのだろう。兵士の一人が、今まで大人しく座っていたタズとカノに向かって剣を突き付けた。……が、突き付けたと思った瞬間、その場から二人の姿は消えている。……と思えば、突き付けた剣の刃の上に、二人は着地した。

「ヨシちゃんほどではないけど、僕達だってバトラス族の一員。これぐらいの芸当はできるんだよ?」

「あ、ワクァさん。ヨシちゃんが言ってたんですけど、そのドレス。王妃様はボロボロに破れても汚れても構わないから、まずは生きて帰って来る事を考えなさい、って仰ってたそうです」

「そうか。……流石に母さんは、お見通しだったわけだ」

「ここまで過激な事をやるとは思ってなかったでしょうけどね」

そう言うと、タズは髪を結っていた飾り紐を取り外した。ウズラの卵ほどの大きさの石に穴をあけ、そこに空色の紐を通した物だ。それを、右手にグルグルと巻きつけ、緩まないようにしっかりと縛る。石は手のひら側、手首と親指の付け根の間に位置している。

タズは、剣に載られて途方に暮れている兵士の額に向かって、思い切り張り手をお見舞いした。硬い石で眉間を張られ、兵士は即座に昏倒してしまう。

カノは手首にはめていた金属製のブレスレットをはずすと、右手でしっかりと握る。そして、「ごめんなさい!」と叫ぶや、やはり途方に暮れていた兵士の咽に向かって思い切り拳を突き出した。兵士は、一瞬呼吸が止まって、頽れる。

ヘルブ王妃と思っていた女性は実は男で、ヘルブ国の王子で、ホワティア王に向かって剣を突き付けている。弱そうに見えた侍女と兵士は、武器も使わずにホワティアの兵を倒してしまった。天幕の中に、一気に動揺が広がる。

更に、急に外が騒がしくなった。金属のぶつかり合う音、土を踏み締める音、誰かの叫び声が、絶え間なく聞こえてくる。天幕内の兵士達は、不安そうに視線を泳がせ始めた。

すると、何者かが天幕の中に転がり込んでくる。泣きそうな顔をしたホワティアの兵だ。

「もっ……申し上げます! 外で待たせていたヘルブ国の兵士と侍女が、突如武器やらガラクタやらを構えて暴れ出し……」

「中のやり取りが聞こえてなかったのか? 中は中で取り込み中だ。お前は、こっちで俺達の相手をしろ」

アークの声が聞こえて、逞しい腕が兵士を外へ引っ張り出す。次いで、ヨシがひょこりと顔を覗かせた。

「あ、タズちゃん、カノ、それにワクァ? こっちはこっちで好きなようにやってるから、とりあえずそっちはヨロシク!」

「わかったよ!」

「ヨシちゃん、あんまり好き勝手やり過ぎても駄目よ!」

「油断はするな!」

三人に言われ、ヨシはニッと笑った。ついでと言うように、街で拾ったベルトの金具で傍にいた兵士に素早く鼻フックを決める。

「じゃ、また後でね!」

そう言って、姿を消した。後には、鼻の奥深くまで金具を突っ込まれ、ダラダラと鼻血を出し続けている兵士が蹲るのみ。やっと戻ってきたいつものペースに、ワクァはため息を吐いた。

「タズ! カノ!」

叫び、タズ達に向かってホワティア王を突き飛ばす。多くのホワティア兵や武将達の目がタズ達へ移り、その間にワクァはドレスと鬘を脱ぎ捨てた。

王を手放したワクァ目掛けて、武将と兵士が襲い掛かる。タズとカノが駄目なら、こちらを人質にしようという腹か。ワクァは苦笑し、ちらとリラを見た。

「待たせて、済まない。いくぞ、リラ!」

叫び、地を蹴る。迫りくる兵士の手に薄く刃を走らせれば、兵士は剣を取り落とす。足を傷付けられた者はその場に蹲り、額を斬られた者は傷の割に多く流れ出る血で視界を塞がれた。

「……ヘルブ国の王子は、品が無いながらも類稀なる剣の技能を持っている。……報告は正しかったようだな……」

苦々しい顔で、武将が剣を構えた。ワクァ達をここまで連れてきた武将だ。

「女装などして相手を騙すような見苦しい戦法をとるとまでは聞いていなかったが……」

「騙されたのが、そんなに悔しかったのか? ……一応苦言を呈させてもらうが、馬の扱い方が悪過ぎるな。乗っている間、ずっと馬の苛立ちが伝わってきていたぞ。乗馬を学び始めてそれほど経っていない俺ですらわかるぐらいだ。このままだと、そのうち振り落とされて蹴られてもおかしくないな」

余裕を見せ付けるワクァの言葉に、武将は顔を歪めた。

「黙れ、クソガキがっ!」

叫ぶや否や、武将は剣を抜き放ち斬りかかってくる。……が、その剣は一度、ワクァも手にしている。リーチは把握済み。その意味では、下級の兵士達よりも相手をし易い。

バックステップで攻撃を躱し、重ねて突き出された剣はリラで横に薙ぎ払う。相手の懐が空になった瞬間に距離を縮め、リラを繰り出す。

相手も、流石に武将として戦場に立っている男。初撃は躱され、新たに剣を突き出される。それをリラで受け止めた。ギィン、と金属のぶつかり合う音がして、微かに火花が散る。

受け止めた姿のまま、ワクァは相手の刃の下でリラを滑らせた。金属がこすれ合う音を響かせながら相手に肉薄し、力一杯リラを跳ね上げる。再びギィン、という音がして、相手の剣は宙へと弾き飛んだ。

「しまった!」

叫んだ時には、ワクァは既に次の動作に移っている。相手に守りの暇を与えず、ワクァはリラを突き出す。白銀の刃は、事も無げに鎧の隙間に入り込み、相手の右肩を貫いた。

「ぐあぁぁぁっ!」

相手が叫んでいる間に、ワクァはリラを抜き、血を振り払う。そして、他へと視線を遣った。

ワクァを取り囲む兵士達は、及び腰になっている。タズとカノを取り囲んでいた兵士達は、彼女達に襲い掛かるものの、次々と返り討ちにあっている。

タズはいつの間に借り受けたのか、右手には己の飾り紐。左手にはカノのブレスレットを握っている。そして、カノは。

「ごめんなさいっ!」

謝りながら、何とホワティア王を振り回していた。ぐるぐると振り回されて、ホワティア王は目を回している様子だ。兵士達も、自国の王を武器兼盾にされて、手が出せない。戸惑っている間に、振り回されるホワティア王にぶつかられて、転倒した。

「……バトラス族にとっては、人間も武器になり得るのか……」

「流石に、これができるのはカノと族長ぐらいのものですよ。人間って重いですから。カノは一見小柄で大人しいですけど、実はバトラス族で族長の次に腕力があるんです」

どこか誇らしげにしながら、タズが新たに一人倒した。なるほどと頷き、ワクァはリラを構え直した。

「カノ、ホワティア王を殺さないよう、ほどほどにしておけよ!」

それだけ言うと、残りの兵士や武将達に突撃する。この調子なら、天幕の中は十分もしないうちに片付くだろう。ホワティア兵達が、悲鳴をあげた。











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