ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い(イクサバデノチカイ)












STEP1 戦う意思を拾う



























隣国、ホワティアが国境を脅かしている。闘技大会のさ中にもたらされたこの報によって、ヘルブ国は騒然となった。

闘技大会は中止され、すぐさま主だった大臣達が集められた話し合いの場が開かれる。

王は玉座に着き、その両脇に大臣達が並ぶ。ワクァとヨシは、末席に着いた。

「……ワクァ、何で末席にいるのよ? 王子様なんだから、王様の横とかにいるもんじゃないの?」

「つい最近突然出てきた奴が、当然のように父さ……陛下の横に座ってみろ。ヘルブ街で噂が広がるよりも早く、大臣達の反感を買うぞ」

こういう場を学ぶ為にも臨席はする必要があると言われたが、特に戦争に関して知識があるわけでも、考えがあるわけでもない。言いたい事が無いなら、末席で充分だ、とワクァは小さな声で返した。

「……と言うか、お前もよく臨席が許されたな……」

「あれだけ派手に、バトラス族族長の後嗣だって宣言しちゃったから。後嗣たる者、こういう場面での場数も踏めって、パパに首根っこ掴まれて連れてこられたのよ。……つまり、出席理由はワクァと同じ」

そして互いに頷き、小さくため息を吐いた。

人生の先達たちは、細長いテーブルを間に挟んで意見をぶつけ合っている。

迎え撃て、戦力的に無謀だ、降伏してはどうか、馬鹿な事を言うな、ならばどうする、誰か良い案は無いのか。

怒鳴り声だけは延々と出続けるのだが、誰からも妙案らしき物は出てこない。

「とりあえず、新参者で不慣れな私達は、今ある情報を整理しましょうか。まず、隣国のホワティアが国境近くに来ていて、どうやらヘルブ国に攻め込むつもりらしい。そうよね?」

「そうだ。場所は、このヘルブ街から見て北西。ホワティアは国土のほとんどが北部にあり、寒い国だと聞く。暖かい土地を手に入れるために南下しようとしている……そう考えて良いだろうな」

「それに加えて、ホワティアの王様は野心家。暖かい土地云々を差し引いても、領土を拡大しようと狙っている……と」

ワクァは頷き、「それだけじゃない」と言葉を足した。

「ホワティアは元々、強力な軍隊を持つ軍事国だ。対してヘルブ国は、防衛のための軍こそあれ、積極的に兵士を育ててこなかった」

「他国に攻め込む気が無ければ、そこまで軍隊を強くする必要は無いものね。けど、隣国が野心家で、強力な軍隊を持っているのであれば、軍の強化はしておくべきだったんじゃないかしら?」

「防衛はしっかりしていたんだ。それに、国土だけならヘルブ国の方がホワティアよりもずっと広い。国土が広ければその分人材も豊富で、軍隊にもそれなりに力があると考えるのが普通だろう」

実際、隣り合っていながらもホワティアが力を付け始めて十数年、ヘルブ国とホワティアはこれまで戦争になった事は一度も無い。ホワティアも、ただ攻め込むだけではヘルブ国を落とす事はできないと考えていたのだろう。

「だが、人材が多くても指揮系統に能力が無ければ、その軍隊は無力に等しいからな。この十六年、世継ぎ問題で大臣達はけん制し合い、連携は無いも同然だ。おまけに、この前のクーデターの影響で、各地の軍隊はすぐに動く事ができないようになっている。指揮通りに動かす事のできる兵が少ない、兵士の一人一人の技量はそれほどでもない……となれば、いくら国土が広くても、ヘルブ国がホワティアに勝つ事は、戦力的に難しい……」

「これを狙って、ホワティアはクーデルと手を組んで……ワクァを城から連れ去った……ってわけね」

ヨシが再びため息をついたところで、近くに座っていた大臣から睨まれた。

「そこのバトラス族! ため息などついて、何が言いたい!」

「殿下も、意見がおありなのでしたらコソコソと喋らず、はっきりと仰っていただきたい!」

怒鳴り声に、二人は揃って首を竦める。そして、竦めた首を更にめり込ませるように二人の頭に掌底が叩き付けられた。

「……っ!?」

「った!?」

頭を押さえて振り返れば、いつの間に背後に回ったのか、リオンが腕を組んで立っている。

「りっ……リオン!?」

「リオン殿、娘御はともかく……いや、娘御の頭を思い切り叩くのもどうかと思うが、王子に対して何と言う事を……」

目を見開く王と、焦った顔をする大臣達。そんな彼らに、リオンは呆れた顔をした。

「なぁに言ってんですか。娘だろうが王子だろうが、その場にそぐわぬ事をしたら痛い思いさせてでも正してやらなきゃいかんでしょうに。そうでなくても、この二人は闘技大会で王子として、バトラス族族長の後嗣として、はっきりと自分の立場を自覚した発言をしたんだ。なら、その立場に恥じぬ大人になるよう、躾けてやるのが、人生の先達なる俺達の役目だ。違いますか?」

言われて、王や大臣達は口を噤む。中には、言い辛そうに口を開く者もいたが。

「だが、いきなり殴らずとも……」

「さて、ヨシにワクァ!」

かけられた躊躇いがちな言葉を無視し、リオンはワクァとヨシの二人に視線を戻した。真剣な眼差しだ。

「いくら状況の整理とは言え、国の大事を話し合う席で勝手な私語は感心しねぇな。お前らに出せる意見は無ぇから、とりあえず……ってトコなんだろうが、それとこれと話は別だ。この場に来たのであれば、意味がわからなくても話は聴け。つまらない事でも、気になる事や思い付いた事があるなら言え。状況に追い付けてねぇって言うなら、状況整理を全員でするよう提案しろ。ここは、そういう場だ」

「……わかったわ」

「済みません……」

頭の痛みも忘れ、二人は神妙な面持ちで頭を下げた。リオンは頷き、二人に席に着き直すよう促す。そして、もう一言二言、小言を言うような素振りをしながら、二人にこそりと囁いた。

「折角上げた評判を落とすような真似、すんじゃねぇぞ。特に、ワクァ」

その言葉に、ワクァはハッとリオンを振り返った。リオンが、黙ったまま頷いてくる。

闘技大会での活躍で民衆の評価は上がったものの、大臣達からすれば二人は〝奴隷として育てられた、王としての資質は不明な王子〟と〝野蛮なバトラス族の族長後嗣〟だ。下手な事をすれば、風当たりが酷くなりかねない。

「……庇って、くれたんだろうな。リオンさんは……」

まだまだ大人になりきれていない彼らを殴る事で、批判の的を逸らした。そして、失態を謝る機会を設けてくれた。

「……みたいね。……子どもの時間は終わりだーとか偉そうな事口走ったけど、大甘だったわ。……伊達にずっと大人をやってきてるパパには、敵わないわね」

ため息をつき、背筋を伸ばす。大臣達が再び意見を出し始めてからは、真剣に聴く事に徹した。

しかし、真面目に聴き始めたところで、内容は先ほどまでに出た意見を出し直したという印象が否めない。

迎え撃て、戦力的に無謀だ、降伏してはどうか、馬鹿な事を言うな、ならばどうする、誰か良い案は無いのか。

堂々巡りの様子に王は顔を険しくし、ショホンは苦笑し、フォウィーは呆れた顔をし、リオンはため息をついている。

「おい、ヨシ。何か気付いた事があったら言え」

「私としては、知り合ったばかりの我が従甥が、このような事態に何をどのように考えるのか、興味がある」

「……だ、そうですよ。ワクァさん、ヨシさん。何か、思うところはありますか?」

三人の族長に相次いで言われ、ワクァとヨシは顔を見合わせた。気付けば、王や大臣達の視線も二人に集まっている。

「……まず訊きたいんだけど……ですけど。ホワティアと戦った国って、戦争が終わった後はどうなっちゃったの? ……たんですか?」

使い慣れぬ敬語を何とか使いつつ、ヨシが問うた。すると、大臣の一人、三十代後半と見られる大臣にしては若い男が渋面を作った。たしか彼は、先ほど「迎え撃て」と意見していた大臣だ。武官だろうか。

「良い噂は聞かぬな。知っての通り、ホワティアは軍隊が強く、おまけに陰謀術数も躊躇い無く使う国だ。そのため、今までホワティアを撃退した国は無い。つまり、負け無しという事だ。そして、ホワティアに敗れた国は……事実上、滅びる」

シン、と、辺りが水を打ったように静まり返った。

「滅、びる……だと? しかし、今までホワティアと戦って滅びた国など聞いた事が無いぞ!?」

「事実上、と申し上げた。民や王族が殺されたという話は聞かない……が、死んだ方がマシと言える扱いを受けると聞く。何でも貴賤関係無く、男は奴隷とされ、女は攻め込んだ兵士達の妾にされるとか。それ故、民族としての血は残る。だから、完全に滅びるわけではない。だが、ホワティアの者が支配しているのであれば、その国は滅びたも同然だ」

「しっ……しかし! 貴賤関係無く奴隷や妾に落とされるのであれば、いくら何でも他国は気付くはず! 全く外交を行っていない国ばかりが攻め込まれているわけでもないだろう!?」

動揺を隠しきれない問いに、武官らしき大臣は頷いた。

「そこが、ホワティアの姑息なところであると言えよう。先ほど、貴賤関係無く奴隷にすると言ったが……実際には、多少の違いがある。王や大臣は、普段は城の小間使いとして使われるが、衣服や食は充分な物が与えられる。そして、他国の者と会う時だけ、一時的に彼らを王や大臣に復職させるのだ。勿論、余計な事を言わぬよう、厳重な監視下に置いてな。……これは、ある国を訪った際に妙な雰囲気を感じたため、某の子飼いの部下に調べさせた、たしかな情報だ。だから、他国の者が気付かなかったのも無理無き事」

「そんな……そのような奴隷は……それは……それでは……」

何人かの大臣が、口をパクパクと開閉させた。それを呆然と眺めながら、ワクァとヨシが息を呑む。それ以上は言うな、言わなくて良い。

「それではまるで、傭兵奴隷ではないか……!」

その言葉が出た途端、場の空気がハッと固まった。何人かの視線が、ワクァに注がれる。

気遣わしげな視線を首を振って払い、ワクァはため息を吐いた。

「……俺の意見ですが……。敗れた国の王族や大臣が傭兵奴隷さながらの扱いを受けるとなれば、降伏は避けるべきであるように思います。経験から言うと、アレは決して楽しいものではありません。勿論、俺だって……再びやりたいとは思わない」

苦い物を吐き出すような声に、大臣達は顔を強張らせた。

これで、一つ決まった……。ヘルブ国は降伏などしない。恐らくは国境線上に集められるだけの軍を敷いて、徹底抗戦する事になるだろう。

そう、ワクァとヨシが共に考えた時だ。

「もっ……申し上げます!」

一人の兵士が、顔を青褪めさせて飛び込んできた。











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