ガラクタ道中拾い旅















第七話 闘技場の謀















STEP4 変化を拾う
































「バトラスの民よ、立ち上がれ!」

石舞台に立つや否や、ヨシはかつてない張りのある声で叫んだ。それからほぼ一瞬のうちに、観客席のいたるところで大勢の人間が立ち上がった。

立ち上がった人物は、全員がライオンの鬣色をした髪を持っている。バトラス族だ。

バトラス族を警戒していたはずの賊達は、トゥモの叫び声に気を取られたせいで反応が遅れ、今や逆にバトラス族達に睨みをきかされている状態となっている。

「わ……ワクァ王子の仲間のバトラス族……!? そんな……バトラス族の中でも孤立している変わり者なんじゃ……」

 錘を振り解き、立ち上がったリューグが呻いた。それをひと睨みすると、ヨシは闘技場全体に向かって、声を張り上げる。

「私は、バトラス族族長、リオン=リューサーが嫡子にして次期族長、ヨシ=リューサー! 我らバトラス族は、王子ワクァを全面支持する事と相成った! ワクァ王子に害成す事は、最強の戦闘民族、バトラス族を敵に回す事であると心得よ!」

きっぱりとした宣告に、闘技場内はシンと静まり返った。観客達は息を呑み、賊達は完全に腰が引けている。

「……ヨシ?」

いつもと全く雰囲気が違うヨシに、ワクァは驚きながらも声をかけた。するとヨシは、視線をワクァに向け、いつもの不敵な笑顔を浮かべた。

「私がワクァを拾ったりしなきゃ、今、こんな事にはなっていないんだもの。拾った責任は取らないとねー」

「馬鹿を言うな。お前に会わなかったら、父さんや母さんには会えないままだったし、トゥモ達と知り合う事もできなかった。それどころか、タチジャコウ領で死んでいたかもしれない。この前話したばかりだろうが」

呆れた顔で言うワクァに、ヨシは「そうだったわね」と苦笑した。

「まぁ、冗談は置いておいて。ワクァが、手に入れた物を「手放したくない」って言えるように変わったんだもの。私も、いつまでもぬるま湯に浸かってないで、変わらないとね」

言いながら、ヨシは体を右に百八十度回した。ワクァと互いに少しずつ動き、背中合わせの形になる。

自棄になったのであろう賊達が、石舞台を取り囲んでいた。元々ここに配置されていた者と、控えの場にいた賊達だろう。少なく見積もっても、三十人はいる。

審判は、同じ石舞台の上で青褪めている。トゥモは舞台の下で、ナイフを構えて一部の賊とこう着状態になっていた。

「ワクァ……今から何をすべきか……わかるわよね?」

問われて、ワクァはヨシに倣って不敵に笑って見せた。

「当たり前だ。……ヘマはするなよ?」

「誰に向かって言ってんのよ? ワクァこそっ!」

ヨシの語尾が跳ね上がったのを合図に、二人は同時に駆けだした。

ワクァは出入り口に近い場所で賊達の足に斬り付け、血路を開いていく。襲い掛かってくる者が粗方片付いたところで、石舞台上で動けなくなっている審判に向かい叫んだ。

「何をしている? ここから早く逃げろ!」

言われて、審判はハッと我に返り慌てて石舞台を降りる。

「お、王子殿下もお早く……!」

「喧嘩を売られたのは、俺だ。俺が一緒に逃げれば、お前は俺と一緒に賊に狙われる事になるぞ。俺の事は気にせず、早く逃げろ!」

「ですが……」

煮え切らない審判に、ワクァは業を煮やした。新たに襲い掛かってくる賊を斬り倒しながら、怒鳴る。

「万が一にもそんな事にはならないだろうが! もしお前が俺を置いて逃げた事で罰を受けそうになったら、俺が責任を持って陛下に抗議する! だから、今は早く逃げろ! はっきり言うと、邪魔だ!」

「はっ……はいっ!!」

跳び上がるようにして、審判はやっと逃げ出した。あぁは言ったが、ちらりと見上げたゲスト席からは王が思わず苦笑している気配が感じられる。万が一にも、抗議をする事にはならずに済みそうだ。

ワクァは新たな賊達を片付け、トゥモの元へと走り寄る。ワクァが来た事で、こう着状態が崩れた。

「トゥモ! 怪我は無いか!?」

「勿論っス! ワクァは?」

「見ての通りだ。……一気に片付けるぞ!」

「はいっス!」

ユウレン村の時のように、ワクァとトゥモは共に戦いだした。襲い掛かる賊達をワクァが斬り伏せ、遠くの敵、ワクァの背後を狙う敵をトゥモが投げナイフで狙い撃つ。

石舞台の上ではヨシが周囲に視線を巡らせながら駆けていた。流石に、闘技大会開催中の舞台ともなると、都合よく物が落ちているという事は無い。

「うーん……これは流石に、自分で武器を確保するしか無いわね」

呟きながら、鞄に手を突っ込む。そして引き抜くと、その手にはやや細めの、何かの蔦が握られていた。

片端をしっかりと握ると、側面から襲い掛かってきた賊の足目掛けて横に振り抜く。すると蔦は鞭のようにしなやかに宙を飛び、賊の足を絡め捕った。あとは、これを引くだけである。

「はい、おしまい」

軽い口調で、蔦を思い切りよく引っ張る。賊は足を取られ、勢いよく後頭部から転ばされた。石舞台で強打してしまったのか、目を回してしまう。

「はいはい、ちょっとごめんなさいねー」

全く悪びれていない顔で、ヨシは気を失った賊の懐を素早く探る。賊の持っていたナイフを取り上げ、銅貨が数枚入った皮袋と鎧の代わりとして巻いていたのであろう鎖を取り上げる。

その時、ヨシはハッとした。背後から殺気を感じ、即座に横へと跳ぶ。つい先ほどまでヨシがいた場所に、剣が振り下ろされた。リューグだ。

「孤立していた変わり者が、バトラス族の次期族長だと? ハッタリもいい加減にしやがれ!」

余裕の無い、血走った目でリューグががなる。その言葉に、ヨシはムッと顔をしかめた。

「ハッタリなんかじゃないわよ。ちょっと今まで決心がつかないでいただけ。……と言うか、孤立しているだの変わり者だのって言わないでくれる? 確かにバトラス族が一人でいるのは珍しいかもしれないけど、集落に戻ればちゃんと迎えてもらえるし、バトラス族から離れて旅をしたのだって、無駄じゃなかったんだから!」

バトラス族から離れて、街へ出て、初めて他民族からバトラス族がどう見られているかを知った。

それに悩んで、己が疎ましく思っていたはずのバトラス族という民族に愛着を持っている事を知った。

バトラス族ではない者と旅をして、違う価値観を知った。変わってはいるがおかしくはないと言われて、悩みが晴れた。

ずっとバトラス族の仲間達と旅をしていれば、手に入らなかった、手に入るとしてももっと遅かった。それを言ったところで、このリューグには伝わるまい。

「バトラス族を離れたからこそ今の私があって、離れたからこそ次期族長になる決心ができるようになったの。何でもかんでも、アンタの常識ではからないでくれる? それから……バトラス族をナメないでくれる!?」

言いながら、ヨシはノーモーションで銅貨を投げた。銅貨はリューグの額にあたり、鮮血が勢いよく噴き出してくる。血が目に入り、リューグの視界が朱に染まる。

「……っ! 前が……!」

目を抑えた隙に、ヨシはリューグの懐へと潜り込む。気配を感じ取ったリューグは、当てずっぽうで前方に向かって剣を振り下ろした。ガキンという衝撃と、金属音。

リューグが開き難い目を無理矢理開けて見れば、剣はヨシの顔面すれすれで止まっていた。否、止められていた。

ヨシの手には、先ほど失敬した鎖。両手でピンと張り、剣を受け止めている。

「この……鎖で……っ!?」

無い話ではない。だが、戦い慣れぬ者が思い付きでできるほど簡単な芸当ではない。

そこでリューグは、やっと悟った。自分がとんでもない人物を相手にしているという事。最強の戦闘民族の名は伊達ではないという事。バトラス族を敵に回すという事が、何を意味するのかを。

「ま……待て! 降参する……降参する! だから殺さないでくれ! 頼む!」

青褪めた顔で命乞いをしながら、後ずさる。前の試合で、とんでもなく重い鎚を武器として使う者でもいたのだろうか。砕かれた舞台の石畳に足を取られ、腰を抜かした。

その様子と、リューグの言葉に、ヨシは深くため息をついた。「わかってない」そう言いたげだ。

「殺したりなんかしないわよ。バトラス族の戦闘力は、守るための力なんだもの。……あんたの剣とは違うわ」

そう言って、ヨシは手から鎖を外した。鎖は石畳にぶつかり、じゃらりと音を立てる。

それを隙と見たのか。相手は強くとも甘いと感じたのか。リューグが素早く立ち上がり、再び剣を構えた。

「馬鹿! 油断するな、ヨシ!」

目の前の敵を斬り伏せながら、ワクァが叫んだ。

「もう遅ぇよ!」

リューグの剣が、ヨシを貫こうと突進する。

「ヨシ!」

「ヨシさん!」

ワクァの顔が、トゥモの顔が青褪める。だが、その色とは不似合いに、ヨシは口元で笑った。トン、と軽くステップを踏むと、思い切り跳躍をする。

「あ……」

そうだ……と、ワクァは呟いた。剣が突進した場所に、いつの間にかヨシの姿は無く。代わりに、宙に大きな影が生じた。

太陽を背に、断崖を跳ぶ馬の如くしなやかに。ヨシは宙高く跳び、体を捻る。難無く、リューグの背後に着地した。

「そうだった……あいつの体捌きは、普通の人間よりもずっと柔軟で、自由なんだったな……」

ホッと安堵の息を吐き、何事も無かったかのように背後に迫ってきた賊を斬り倒す。トゥモも、遠くの賊を投げナイフで行動不能にした。

「すごいっス……ワクァもヨシさんも、すごいっス!」

「お前もな、トゥモ」

百発百中の腕前を持つのにそれを微塵も感じさせない友に、ワクァは苦笑した。その言葉に、トゥモは照れて頭を掻く。

「そ、そうっスか?」

「そうだ。……あと少しだ。ヨシは心配要らない。俺達は残りを一気に片付けるぞ!」

「はいっス!」

そして二人は、賊の残党を一掃しだす。賊の全滅は時間の問題だ。

一方、攻撃を避け、石舞台に着地したヨシに、リューグは再び剣を振り下ろした。ヨシは、今度は避ける事無く、先ほど賊から取り上げたナイフをかざした。

短いナイフでリューグの長剣を受け止め、相手の力を利用してナイフの刃の上を滑らせる。ギャギャッという金属がこすれる音と共に、火花が散った。

リューグの剣を受け流しながら、ヨシは石舞台に踵を打ち付ける。今度は、跳躍するためのステップではない。

踵を打ち付けたのは、先ほどリューグが足を取られた場所。舞台の、砕かれた石畳だ。

元々剥がれ掛けていた石畳は、ヨシの与えた衝撃によって完全に砕かれ、土台から剥離する。細かく砕けたそれを、ヨシは踵で器用に足元へ運ぶと、今度はつま先で思い切り蹴飛ばした。

蹴飛ばした石畳の欠片は前方に飛んだかと思えば大きな石畳の破片にぶつかり、角度を大きく変えて、そこから真上へと飛んだ。真上には、リューグの顎がある。

シャン、というキレの良い音がして、リューグの剣が完全に払われた。それから一瞬の間を置いて、ミシャッという嫌な音がする。宙を様々な角度で飛んだ石畳の破片は、見事、リューグの顎に直撃していた。

「あがっ……」

変な声を出し、リューグは思わず顎に手を遣る。その隙に、ヨシは再びリューグの懐へと潜り込んだ。

リューグが剣を振り上げる前に、ナイフをリューグの眼前すれすれにピタリと突き付ける。リューグの動きが、止まった。

それと時をほぼ同じくして、石舞台の周りでは自由に動ける賊が一人もいなくなっている。ワクァがリラを鞘に納め、トゥモがホォッと深い安堵の息を吐いた。











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