ガラクタ道中拾い旅










第六話 証の子守唄












STEP3 真実を拾う
















辺りがシンと静まり返っている。誰も、一言も、言葉を発しない。

人々が注視する中、ヨシは再び、男の胸倉をつかんだ。そして、右の拳を振り上げる。

「ひっ……」

男が、短く悲鳴をあげた。だが、その拳はいつまで経っても男に振り下ろされる事が無い。振り下ろされないよう、ワクァが腕を掴んでいるからだ。

「……ワクァ……」

「もう良い……もう良いんだ、ヨシ……」

決して弱くはない声でワクァが言い、そして掴んでいた腕を放す。ヨシの腕はゆっくりと下され、握りしめられていた拳は次第に解かれた。

辺りにいた人々がホッと息を吐き、次いで、ざわめきが広がり始める。

「なぁ……今、あの子が言ってた事……」

「本当なの? じゃあ、十六年前に亡くなった王子様は、実は生きている!?」

「だとしたら、その王子様はどこにいるんだよ?」

「そう言えば……今あの子の腕を掴んだ奴……ワクァ、って呼ばれてたよな? 亡くなった王子様のお名前って……」

「言われてみれば……あいつ、王妃様に似て、もの凄い美人だよな。……いや、王妃様のお顔なんて、闘技場の高覧試合の時に遠くから拝顔したぐらいだけどさ……」

「じゃあ、あれは本当に……亡くなったはずの、ワクァ王子殿下!?」

ざわめきは波紋のように広がっていき、どんどん大きくなっていく。

「……まずいな……」

「ご、ごめんワクァ! こうなるってわかってはいたんだけど……」

「過ぎた事だ。それよりも……早くヘルブ街を出るぞ。街の人間達の口の端に上ったら、あっという間に広まってしまうんだろう!?」

そう言って、ワクァは視線を上に上げた。この街は細い道が幾本も絡み合い、迷路のようになっている。一刻も早く、迷う事無く街を出るためには、大通りに出る他無い。なら、大通りはどこか? 城を探すのが一番手っ取り早い。

「あった……!」

ある方角でワクァは首を巡らせる事を止め、呟いた。そしてそれと同時に、訝しげな顔をする。

「? どうしたの、ワクァ?」

少し焦った表情でヨシが問う。ワクァは、黙って城を指差した。その動きに従って、ヨシも城を見る。

城の外壁に、バルコニーが見える。小さいが、ヨシやワクァの目なら見える。バルコニーには何人かの人がいる。そして、それぞれが剣や槍を振り回し戦っているようにも見えた。そして、一人がバルコニーから落下してしまう。

「何、あれ……。戦闘訓練、とか……?」

「城のバルコニーで戦闘訓練をする奴があるか! 大体、仮に訓練だとしても、あんなところから人が落ちるような事をするわけがないだろう!」

「じゃあ……じゃあ! 何であんな……」

動揺するヨシ達の様子に、街の人達も訝しみ始めた。そして、先ほどとは違う種のざわめきが広がり始める。

「おい……城で、誰か戦ってるみたいだぞ。何やってんだ、あれ……」

街の住人達の中にも、遠目が利く者がいたのだろう。その言葉は、あっという間に人々に伝わった。

「え、何で。何でお城で戦いが起こってるのよ!?」

「今日って、何か行事がある日だったか?」

「いや、そんな事は聞いてないぞ」

人々がざわめく中で、「くくっ」という笑い声が聞こえ、ワクァとヨシは振り向いた。声の主は、またしてもあの男。そしてイサマだ。

「甘い……見通しが甘いな、バトラス族の娘に、タチジャコウ領の傭兵奴隷よ。道具とするはずだった奴隷が手に入らず、宮廷占い師に目論みを見抜かれた。それでなりを潜めるほど、クーデル宰相閣下が腰抜けと思うたか?」

「何……?」

眉をひそめるワクァに、二人は相変わらずくつくつと笑い続ける。

「折角集めた力があるんだ。一つや二つ上手くいかなかったぐらいで、やめるわけがねぇだろう?」

「クーデル宰相閣下は国王の遠縁の血筋。旗頭を手に入れられなければ、自らが旗頭となれば良い。宰相としての実績があり、血の正当性もある。元々、国王が完全に王子の生存を諦めていれば、次期国王候補でもあったのじゃ。国王が王子を諦めていれば、な……」

「……!」

ワクァの顔色が変わった。それを楽しむように、男が言う。

「何で宰相様がお前の様子を見るように言っていたのかわからなかったがな。さっきの、そこのバトラス族の話と、今のお前の態度でやっとわかったぜ。……つまり、お前が現れたから、ああなったんだよ。このままじゃ、どう足掻いても宰相様は王になれねぇからなぁ!」

男の言葉が終わるのも待たず、ワクァは駆け出した。どうやってここまで来たかわからないが、人の気配が多い場所を目指して走る。わからなくなっても、城を目指して走れば何とかなるはずだ。

「ワクァ!」

後を追おうとして、ヨシは躊躇った。今ここでヨシまでが城に向かってしまえば、この男とイサマはどうする? この二人は宰相の手先だ。放っておいたら、何をするかわかったものではない。そうでなくても、この二人がヨシ達の前に現れると、何かしら良くない事が起こる。二度と目の前に現れないようにしておく必要があるように思う。だが、どうやって?

「ほらほら、どうしたんだバトラス族? 戦いの場が、すぐそこにあるんだぞ? 行って戦わなきゃ、戦闘民族であるバトラス族の名折れじゃねぇのか?」

「追わなくても良いのか? 例えあの傭兵奴隷が強くとも、多勢に無勢。いずれは力尽き、倒れるじゃろう。助けに行かなくても良いのか? 大事な縁なんじゃろう?」

「はっ! 二人になったって、多勢に無勢なのは変わらねぇもんなぁ! 自分が生き残るために、大事な縁とまで言った奴の事も見捨てるか? 流石はバトラス族だな。蛮族らしい行動だ!」

「……っ!」

ギリ、と歯を食いしばる。挑発に乗るな、と自分に言い聞かせる。ここでワクァを追えば、こいつらは逃げる。そして、またどこかで、人に不幸を与えてしまう。

かと言って、ここでこいつらを殴ったりすれば……バトラス族が蛮族だというこいつらの言葉に、具体性を与えてしまう。例え、気絶させる事が狙いであっても、だ。ただでさえ、先ほど勢いに任せて一発スカーフで引っ叩いてしまっている。これ以上の暴力沙汰は避けたい。

王は、リオンを……ヨシの父親を知っていた。当然の事だが、バトラス族の者がヘルブ街を訪れる事もあるという事だ。もしいずれ……タズやセイ、カノといった、ヨシ以外のバトラス族がこの街を訪れた時。ヨシの取った行動によって、彼らが不利益を被る羽目になったら?

だが、このままここに残れば……イサマの言う通り、ワクァが危ない。自分が行かない事でワクァが命を落とすような事にでもなれば、きっと一生、自分を許す事ができなくなる。バトラス族である事を蔑まれた時以上のトラウマを抱えてしまう。

城と二人を交互に睨み、だがそれでも動けない。そんなヨシを、男とイサマはニヤニヤと見詰めている。その時だ。人ごみの中から、何人かの人影が飛び出した。

「おい、さっきから聞いてりゃ、若い女の子に下衆い事ばっかり言いやがって! 恥を知れ!」

「あの美人な兄ちゃんが王子殿下かそうでないかなんて俺達にはわからねぇし、宰相様が本当にやばい事をやろうとしてるのかどうかも知らねぇ! けど、これだけはわかるぞ。お前は前にもヨシちゃんに酷い事を言って、今また嫌な言葉を吐きかけた! そうだろう!?」

聞き覚えのある声に、ヨシは目を丸くした。

「らっ……ラダさん! ネーマさん!?」

それは、ヨシが働いていた酒場の常連客達だった。ラダ達は一斉に男やイサマに飛び掛かると、あっという間にねじ伏せ、取り押さえてしまう。

「え? これって……」

唖然とするヨシに、ラダ達はばつが悪そうに苦笑してみせる。

「おかみ……マミアさんから、ヨシちゃんが街に帰ってきてるって聞いてさ。俺達、探してたんだよ。あの時の事、謝らなきゃって」

「え?」

「あの時……ヨシちゃんが酷い事言われてるのに、俺達は誰も助けようとしなかった。それどころか、関わらないようにして……。ヨシちゃんが悪い子じゃないって事、暴れる時はちゃんと手加減して、誰も傷付いたりしないようにしてくれてた事。俺達、ずっとあの店に通ってて、知ってたはずなのにな。なのに、一見のそいつらの言う事の方を真に受けて、ヨシちゃんが危険人物みたいに思っちまって。……ヨシちゃんの生まれた民族の事も、危険な民族とか言っちまって……」

「バトラス族もヘルブ族も、関係無ぇ。ヨシちゃんは良い子だ。でもって、こんな良い子に育てるぐらいだから、きっとバトラス族って民族も、明るくて良い民族なんだろ。戦闘民族だからって、性格まで危険とは限らねぇ」

「ラダさん……ネーマさん……」

ラダとネーマは、イサマ達を取り押さえたまま頭を下げた。

「ヨシちゃん、悪かった! 俺達全員反省してるから……だから、また顔を見せに来てくれよ。あの酒場に。……良かったら、あの兄ちゃんも一緒にさ」

「お詫びと言っちゃなんだけどさ、こいつらは、俺達が責任持って届け出てやるよ! だからヨシちゃんは、安心してあの兄ちゃんを追い掛けな!」

「……」

言葉が出ないでいるヨシに、ラダとネーマは力強い笑みを浮かべて頷いた。応えるように頷き、ヨシは城へと向かって走り出す。

「ラダさん、ネーマさん! ありがとう! 今度あの酒場で、玉ねぎサラダとトマトジュースおごるから!」

「ちょっと、そこはフライ盛りと塩酒だろ、ヨシちゃん!?」

「俺は塩分を医者に止められたりしてねぇよ!?」

苦笑するラダとネーマの声を背に、ヨシは走る速度を上げる。大丈夫、ワクァと違って、自分はこの街の道に慣れている。そんなに間は離れていない筈だ。そう自分に言い聞かせ、ヨシは力いっぱい地を蹴った。





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