ガラクタ道中拾い旅










第五話 占者の館











STEP4 切っ掛けを拾う












「どうやら……ワシに力を貸すために来たわけではなさそうじゃの」

扉の向こうにいたイサマは、フン、と鼻を鳴らして不機嫌そうに言った。その態度に、ウトゥアは「そりゃ、そうでしょ」と苦笑する。

「今の王に不満が無いのに、反乱に手を貸す筋合いは無いし。第一、インチキ占い師に傾倒するなんて、古今東西ロクな事になったためしが無いからね」

「あ、街中でのアレってやっぱりインチキだったんだ?」

ヨシが言うと、ウトゥアは頷いた。

「そう。道行く人にいきなり声をかけて、家に具合の悪い人間がいるとピタリと当てた……アレはある程度街の人達を観察していれば、別に占い師でなくてもできる芸当だよ。あの時声をかけられた男の人が落とした紙袋。あの中からこぼれた粉は、舐めてみたら薬だったよ。そう言えば、近くに薬屋もあったしね」

「そうか……路上占いをしながら、適当に相手を見繕って……薬屋に入り、出てきた人間がいたら踊り出して人々の注目を集め、薬屋から出てきた人間に声をかける……後は動揺した人達を煽って、不安にさせれば現在の状況の出来上がり、というわけだ」

「薬屋に行く理由なんて、一つしか無いものね。ズバリ、具合の悪い人がいる。そう言えば、具合が悪いとだけ言って。どこを怪我してるとか、どんな病気にかかってるとか、具体的な事は何も言ってなかったものね」

納得して頷きながら、ヨシは辺りを見渡した。そんなに広い部屋ではない。ワクァとヨシの二人が揃って暴れたら、互いの足を引っ張ってしまいそうな空間だ。奥には棚と机、それに暖炉があり、暖炉には火が赤々と燃えている。

そして、暖炉の横には一人の男が控えていた。四十半ばぐらいで、体格は中々良い。肌の色は浅黒く、髪は芝生のように短くして……。

「あ……あーっ!?」

ヨシの叫び声に、その場にいる全員がビクリと震えた。そして、全員がヨシの視線の先へと目をやる。そこで、ワクァの目が見開かれた。

「お前は……!」

「何でアンタがここにいるのよ!?」

「お前はあの時のバトラス族の小娘!? それに、何でタチジャコウ家の傭兵奴隷までこんなところに……!」

そこで、全員が「ん?」と首を傾げた。特にワクァとヨシは、怪訝な顔をして互いの顔を見ている。

「ヨシ……何を言っているんだ? 相手は奴隷商人の仲間だぞ。確かにここにいる事は予想外だったが、そこまで驚く事でも……」

「え? ワクァの事知ってた奴隷商人の仲間って、やっぱりコイツ? ……ほら、この前の時は私、パパの事でカッカしてたから、相手の顔とかあんまり見てなくて……」

「それで? なのに何でヨシちゃんはこいつの事を知ってる風なのかな? あっちはあっちで、ヨシちゃんとワクァちゃんに会ったのが別の時みたいな言い方だし」

「そりゃ、私がクビになる原因になった、ヘルブ街の酒場でいちゃもんつけてきたの、こいつだし!」

「……」

「……」

全員が、黙りこくった。ウトゥアだけは「なるほどねぇ」という顔で苦笑しているが。

ワクァは、せっかく両親捜しに繋がるヒントとなる人物を見付けたというのに、次の行動を取りかねている。イサマや男も、ワクァ達が動かないので、下手に動けないでいる。

「……ワクァ」

やがて、地獄の底から湧きあがって来たかのようなヨシの声が聞こえて。ワクァは恐る恐る視線をヨシへと遣った。

「証拠のアリ無しとか、もうどうでも良いわ。こいつがここにいて、つるんでるらしいって時点で、この屋敷にいた奴全員クロ決定っ!!」

キレている。珍しくヨシがキレている。ウルハ族の集落でのキレ方とはまた違う。あの時ヨシの顔に書いてあったのは「親父ウザイ」だったが、今回は「こいつ絶対許すまじ」だ。

触らぬ神にたたりなし、的な判断と、ワクァ視点でも全員クロに異論が無かったため、ワクァは黙って頷いた。……というよりも、黙って頷くしかない。ヨシの目が「こいつは私の獲物だ」と言っている……気がする。怖い。

「そうと決まれば、先手必勝!」

そう言ってヨシが鞄に手を突っ込むと、それだけで男は「ヒッ……」と一歩後ずさった。前回のアレとヘルブ街の酒屋でバトラス族の恐ろしさは身に沁みているだろうし、今回は戦える仲間もいなければ、威を借る偉そうな人間もいない。

情けないほどあっさりと蛇に睨まれた蛙のようになった男はヨシに任せる事にして、ワクァとウトゥアはイサマと向かい合った。

「傭兵奴隷風情が、ワシに盾突く気か?」

「俺はもう、傭兵奴隷じゃない。仮にまだそうだったとしても、俺は四大貴族の一つであるタチジャコウ家に仕えていた身だ。どの道、反乱を起こそうとするような奴の味方にはなり得ない」

リラを構えたワクァの後で、ウトゥアが「そうそう」と頷いた。

「それに、傭兵奴隷経験者をナメちゃいけない。どこだったかな? 元傭兵奴隷がその知識と剣技を持って主家を滅ぼしたって話もあったしね。おまけに、辛酸を舐めてる分、打たれ強い。元々、賢く、強くなる素質を持った子どもが選ばれて傭兵奴隷にされているんだ。それなりの後ろ盾を持てば、下級貴族ぐらいは目じゃないぐらいの力を持つ可能性だってある」

「……その小僧が、それだけの力を持つ可能性があると?」

イサマの問いに、ウトゥアは「やれやれ」と溜息をついた。

「インチキと言っても、占い師を名乗る以上ある程度は良い勘を持ってるんじゃないかと思ったんだけどね。私の見当違いだったかな。若者の可能性の光を見落とすようじゃ、到底未来なんて見えっこ無いね」

宮廷占い師と、インチキ占い師。二人の間に挟まれ、頭上で言葉を交わされ、おまけに話題の中心にされたワクァは気が散って仕方が無い。

「あの、ウトゥアさん……?」

たまりかねて、何の話をしているのか問おうとした。その時だ。

パパパパパッという音が辺りに響き、火が激しく燃え盛る音が聞こえた。次いで、男の「うわったたたったった!」という慌てて逃げ惑う声も。

今までの会話を全て忘れたように一同が音のした方を見ると、聞こえてきた音の通り、男が辺りを飛び跳ねている。そしてその横で、ヨシが何やらスカーフを片手に振り回している。時折、部屋のあちらこちらでピシパシと何かが壁にぶつかる音もする。

「……ヨシ? 一体何を……」

しているのかと問おうとした時、何か黒く小さい物がワクァ達に向かって飛来した。ワクァは反射的にリラを振るい、ウトゥアとイサマは羽織っていたマントで顔を隠した。

二人のマントやリラの刀身にぶつかった黒い何かは、そのまま床に転がり落ちる。ワクァが見てみれば、それは黒く焼け焦げたドングリだ。そう言えば、役所周りを掃除しながらヨシが拾っていたな、と思い出す。どうやら、暖炉にドングリが投げ込まれ、弾けたようだ。

「……前回の銀杏と言い、最近無差別攻撃が過ぎないか?」

非難がましくワクァが言うと、ヨシは「そんな事無い無い」と、片手をひらひら振りながら言った。恨みのある人間相手に滅茶苦茶をやって、多少機嫌が良くなっているようだ。

ひょっとしたら、この無差別攻撃もバトラス族の本領のうちなのかもしれない。……という事は、バトラス族だとバレるまでのヨシは本当に戦闘やら何やらで遠慮をしていたという事か……。

ワクァが戦慄している間に、男がイサマの元へと駆け寄った。すると自然に、ヨシもワクァ達に合流する形となる。イサマ達は壁を背にして、ワクァ達は扉を背にして。二人と三人が睨みあう拮抗状態が続いた。

先に動いたのは、イサマだった。右手を懐に入れると、何かを取り出し、振り上げる。反射的にワクァ達が防御の体勢を取ったのと、イサマが手に握った何かを床に叩きつけたのは、ほぼ同時だった。

イサマがそれを床にたたき付けたと同時に、部屋の中には白い粉が充満する。どうやら、小麦粉をしこたま詰め込んだ小袋だったらしい。

一時的に視界を奪われ、粉が目や鼻、口に入った事でむせ返りながら、ワクァ達は第二撃に備えた。だが、いつまで経ってもイサマや男が視界が悪い事に乗じて襲いかかってくる様子は無い。代わりに、ズズズズズ……という何かを引き摺るような音が聞こえた。

「!」

ワクァとヨシは二人同時に、ある考えに思い至る。そもそも、この部屋に入るために隠し通路を通って来たのだ。なら、この部屋から更に別のどこかへ行くための隠し通路があってもおかしくはない。

粉が床に落ち、視界が落ち着いてくると、案の定。机の横の棚が移動しており、棚が元あった場所にはぽっかりと暗い穴が開いている。穴の奥からは、ゴオゴオと風の音が聞こえてくる。

「この音は……外に通じているのか?」

「それっぽいわね。宰相様のお屋敷だって言うし……有事の際の脱出経路か何かなのかしら?」

ヨシが言うと、ワクァは「だろうな」と頷いた。

「それで……これからどうする?」

「決まってんでしょ! 追いかけるわ。今からなら、まだ追い付きそうだもの」

ワクァがヨシの言葉に同意し、二人は穴の奥へと駆け出そうとした。



 穴の出口は一人分

 出口の外には待ち伏せ十人

 身動きとれずに首だけ出して

 どうして賊に勝てるだろう



「!?」

背後から聞こえてきた歌に、二人は思わず足を止めた。振り向けば、ウトゥアが机の上やら棚やらを物色しながら歌っている。

「二人とも、落ち着きなよ。色々な事が一気に解決しそうで気が逸るのはわかるけど、闇雲に穴に飛び込むのはおススメできないな。……ほら、無茶をするのは若者の特権なら、その無茶が暴走にならないように止めるのは大人の義務だからさ」

不満げな二人を諭すように、ウトゥアは笑う。その手には、いつの間にか何束かの書類が握られている。

「……ウトゥアさん、それ……何?」

ウトゥアの態度と時間の経過から、もう追っても無駄だと判断したのだろう。諦めたような顔で、投げ槍気味にヨシが問うた。するとウトゥアは事も無げに言う。

「あー、うん。反乱の証拠とかになる書類?」

本当に事も無げに言う。あまりにアッサリと言われたその言葉に二人がぽかんとしていると、ウトゥアは相変わらず飄々とした態度で言った。

「とりあえず、目的は達したんだし。宿屋に戻ろうか。リィのおじさんとマフちゃんが、心配して待っているよ」

態度が、「今はこれ以上訊くな」と言っている。ヨシとワクァは目を見合わせ、不承不承、元来た道へと歩を進めた。





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