ガラクタ道中拾い旅










第五話 占者の館(センジャノヤカタ)










STEP1 占い師を拾う













少々の冷気を含んだ秋の風が吹き抜ける。だが、よく晴れて太陽の光が降り注いでいるお陰で寒さはあまり感じない。それでも何となく木陰を避けながら、ヨシとワクァ、そしてパンダイヌ――パンダのような姿で、犬の顔をした生物。生物学上、イヌ科にもパンダ科にも属さない――のマフは黙々と歩いている。

「結構急ぎ足で歩いてるのに、見付からないわね……あの怪しい人」

「元々向こうは馬車を利用していたんだし、俺達だって夜になれば宿を取ったり食事の為に休憩したりしているんだ。追い付ける方が奇跡なんじゃないのか?」

不満そうに口をとがらせるヨシを宥めるように、ワクァが言う。そう、のんびりしていてとてもそのようには見えないが、彼らは現在ある人物を追っている最中なのである。

先日訪れたウルハ族の集落。そこを襲撃した奴隷商人の男が、ワクァを見て言ったのだ。

「なっ……何でタチジャコウ家の傭兵奴隷がこんなところに……!?」

確かに、ワクァは元々タチジャコウ領を治める貴族・タチジャコウ家の傭兵奴隷であった。だが、それは昔の話。主人であるアジル=タチジャコウから暇を出され、今はタチジャコウ領から遠く離れた土地にいる。腰に帯びたバスタードソード――リラはタチジャコウ家から賜った剣で、柄にタチジャコウ家の家紋であるタイムの紋が彫り込まれているが、これに気付く者は滅多にいない。戦闘中であれば尚更だ。何しろ、紋が手で隠れてしまうのだから。第一、タイムの紋が彫られた剣を所持しているくらいで傭兵奴隷だと言えるものではないし、体のどこかに傭兵奴隷の証しである刺青が施されているわけでもない。

全く情報の無い状態で、何故あの男はワクァの素性を一発で見抜いたのか? それがわかれば、まだ見ぬワクァの親に関する情報も何か手に入るかもしれない。そう考えた為、二人と一匹は現在その男を捜しつつ旅を続けているという状態だ。

「あ!」

突如、ヨシが素っ頓狂な声をあげた。見れば、先の道が二手に分かれている。

「……どちらだ? 右か、左か……」

「ねぇ、どっちに進んでも最終的にはまた同じ道になる、なーんて事は……無いわよね、多分」

「そんな都合の良い事がそうそうあるわけないだろう。……?」

言いながら、ワクァは、ふ、と耳を澄ます仕草をした。それに倣い、ヨシも耳を澄ましてみる。

歌声だ。歌声が聞こえてくる。ただし、先日ウルハ族集落付近で聞こえてきたような穏やかな歌ではない。明るく、そしてどことなく珍妙な感じのする歌だ。



スタコラサッサと逃げるが良いさ

それができなきゃ痛い目みるぞ

勇者はそこまで来ているぞ

一人は美貌の聖騎士様だ

銀のつるぎが闇を斬る

闘神宿りし聖女もいるぞ

清きその手で武器を取り

宙を舞い飛び悪を討つ



「?」

二人は、顔を見合わせて首を傾げた。そして、声の聞こえる方へと走ってみる。声は次第にはっきりと聞こえるようになり、次いで複数の人影が視界に入った。

「ワクァ、あれ!」

走りながら前方を指差すヨシの声は緊張を帯びている。その声にワクァは黙って頷き、リラの柄に手をかけた。

複数の人影は、正確に言えば二人と五人のグループに分ける事ができた。

二人組の方は身なりの良い初老の男と、二十代前半と思われる中性的な人物。初老の男はしゃがみ込んでいる為に顔はよく見えない。中性的な人物は仕草を見る限りどうやら先ほどの歌の発信人物であるらしく、そして声と体格から推測するに女性であるようだ。

五人組の方はほぼ全員同じ格好をしている。薄汚れたシャツに、ズボン。手入れのされていない不精髭に髪。そして、手に手に短剣を持って先の二人組を取り囲んでいる。どうやら強盗の類であるらしかった。

しかし、気になるのが女性の行動だ。強盗に取り囲まれているにも関わらず、その顔には全く緊張の色が窺えない。それどころか、余裕綽々といった表情で先ほどのような明るく珍妙な歌を歌っているような始末だ。ひょっとしたら、恐怖で既に頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。

「いけるな、ヨシ!?」

走りながら、ワクァはヨシに問い掛けた。すると、ヨシはニヤリと不敵に笑って見せる。

「誰に向かって言ってんのよ? 戦闘になったらその場で即刻対処できなきゃ、バトラス族の名折れだわ」

言いながらヨシは体を屈め、あっという間に辺りに転がっていた石ころを数個拾いあげる。そして

「はい、そこでストーップ!」

叫びながらノーモーションで投げ付けた。石はヒュンッという風を切る音と共にまっすぐ飛んでいき、寸分違わず強盗の脳天に直撃する。思わず強盗の生死及び記憶の有無を心配したくなるほどの良い音がした。

「なっ……何だお前ら!?」

突然の闖入者に驚き、強盗が声を荒げた。すると、さっきまでヘラヘラと楽しそうに歌っていた女性がニヤリと不敵に笑って言う。

「さぁ、聖騎士様と聖女様の到着だ。痛い目を見る前に泣いて謝って逃げ帰るのが得策だと、私は思うな」

「うるせぇ! 何が騎士だ。何が聖女だ! 小娘二人に何ができるってんだ!」

「誰が小娘だ!」

瞬時にワクァはリラを抜き放ち、強盗達へと斬りかかった。白銀の刃が閃く度に、強盗達は武器を取り落とし、無様に地面へと転がっていく。

その横では、ヨシが相手を見据えつつも鞄の中をまさぐっている。やがて彼女は鞄の中から一枚の紙を取り出すと、立ったまま器用に折り付けた。あっという間に剣のような形を折り上げると、ヨシはその紙の剣を相手に向かって振り上げる。馬鹿にしたような表情で男が軽くかわそうとした瞬間、蛇腹状になっていた刃の部分がバッと広がり、男の視界を遮った。

「うわっ!?」

男に一瞬の隙ができ、その隙にヨシは地面に落ちていた棒きれを拾い上げ渾身の力で男の鳩尾にめり込ませた。男が前かがみになって倒れそうになったところでヨシは軽やかに跳躍し、男の肩に棒を叩き付けた。今度こそ男は完全に倒れ伏し、その背中にヨシが華麗に着地する。その衝撃で、男の意識は夢の世界へと旅立った。

「やー、お見事! 流石は聖騎士様と聖女様だねぇ」

楽しそうに拍手をしながら、女性が言う。ワクァとヨシは顔を見合わせ、怪訝な顔をしながら問うた。

「……ねぇ、さっきからその、聖騎士とか聖女とかって、何……?」

「俺は騎士以前に城勤めすらしていませんが……と言うか、怪我はないですか?」

一応年上ではある様子だがどうにも言葉に気を付ける気になれない相手にワクァが言葉の選択を迷いながらも問うと、しゃがみ込んでいて今まで存在を忘れられていた初老の男がガバリと顔を上げた。

「その声……ワクァか!?」

いきなり名を呼ばれ、ワクァは目を白黒させた。そして男の顔を暫く眺め、更に考えた後に一つの答に行き着いた。

「リィ……執事長!?」

その名を呼ぶのとほぼ同時に、ワクァの顔があからさまに引き攣った。そこでヨシも記憶の発掘作業が完了したのか、目を丸くして問う。

「え、何で? 何でタチジャコウ家の執事さんがここにいるのよ!?」

その男は、ワクァが以前仕えていたタチジャコウ領を治めるタチジャコウ家の執事長と呼ばれる男だった。

蛇足になるが、タチジャコウ家の執事は彼一人であった筈である。ただ、誰かが役割と役職をごちゃ混ぜにして呼んでしまった事があり、何故かそれがそのまま彼への呼称として定着してしまったらしいという事を、ヨシは以前ワクァから聞いた事がある。

そんな呼称を容認してしまったり、以前タチジャコウ領で会った時もワクァに関わらないようにしている素振りはあったが積極的に邪険に扱うような事は無かったように思う事から考えて、悪い人間ではないのだろう。多分。

尤も、ワクァにとってはリラとニナン以外のタチジャコウ領に関係する事は全て忌避したい事なのだろうが。

「旦那様から休暇を頂戴してな。一時的に故郷へ帰省するところだ」

ヨシの問いに律義に答えながら、リィは横の女性に顔を向けた。

「一人旅を楽しんでいたらこいつらに絡まれてな。どうしたものかと思っていたらこの女性が間に割って入ってきた。どうするのかと思って見てみれば、いきなり珍妙な歌を歌い出す始末。これはもうお終いだと思ったところで、お前達が来た、というわけだ」

「あー……なるほどねぇ……」

「歌と言えば、さっきの聖騎士だの聖女だのという歌は一体……」

納得したようにヨシが頷き、ワクァができる限りリィとの会話を避けようと女性に目を向ける。すると女性はニコッと破顔すると言った。

「うん、良い質問だ! けど、ここで立ち話もなんだしね。丁度近くに町がある事だし、そこでこいつらの事を役人に話して、それからどこかのお店でお茶でも飲みながら話すっていうのはどうかな?」

そう言いながら、女性は既にスタスタと歩き始めている。ワクァ達が慌てて追おうと歩き始めると、今度は急にピタリと足を止めた。そして、くるりと振り返ると女性は穏やかな笑みを崩さないまま言った。

「あぁ、名乗り忘れてたけど、私の名はウトゥア。ウトゥア=ルヒズムというんだ。職業はさすらいの宮廷占い師。そんなわけで、以後よろしく」




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