ガラクタ道中拾い旅










第四話 民族を識る民族











STEP5 衝撃を拾う





「何だって奴隷商人がこんなところまで来るのよ!? あいつらって、人目に付かない場所で子どもを攫うんじゃないの!?」

先日の事件を思い出しながら、ヨシが問う。見た目の大らかさからは想像もできない脚力と肺活量で走りながらショホンは答えた。

「子どもばかり攫っていては、育てて商品≠ニするまでに時間と費用がかかって仕方がありません。基本的に奴らが子どもを攫うのは将来色街に売れば高値が付きそうな子どもがいた場合か、大人の奴隷だけでは足らない時。あとは……大人を捕らえる力が不足している時ぐらいです」

そこまで言って一旦言葉を切ると、ショホンは少しだけ言い辛そうに言った。何か物を言いたそうなワクァの顔が視界に入ったからだ。

「ワクァさんにとっては嫌な話になりますが……傭兵奴隷にする為に子どもを攫うという事はまずありませんよ。傭兵奴隷は剣術や多少の教養を教え込まなければならない他に、主人に逆らってはいけないという心理を幼いうちから長い時間をかけて刷り込む必要があります。高い戦闘能力や多くの知識を持つ分、他の奴隷よりも主人に逆らう可能性が高くなりますからね。そしてこれは当然、商人側ではできません。つまり、買う側はまだ何も覚えていない幼い子どもを買い、主人に対する恐怖心を刷り込みながら剣術や教養も仕込まなければならない。買い手にこれほど負担のかかる奴隷はありませんから、奴隷商人側も傭兵奴隷にする事を目当てに子どもを攫う事は殆どと言って良いほど無いんです」

「じゃあ……やっぱりワクァには嫌な話になるけど、例えば傭兵奴隷が欲しいと思ってる人がいたらどうするの?」

ヨシの問いに、ショホンはやはり言い辛そうに言った。

「様々です。奴隷商人が連れている奴隷の中に気に入った子どもがいればその子を買い取って傭兵奴隷として育てます。いなければ新たに子どもを連れてこさせる。時には、剣術の素養がありそうな子どもを攫いにいかせる場合もあります」

「傭兵奴隷の買い手となれば、それは貴族か……そうでなくても、相当の金持ちだろう。奴隷商人側もある程度の要求は聞くというわけだ」

意外な事に、ワクァは特に反応も見せず淡々と言ってのけた。その様に、ヨシは思わず目を見張る。少し前であればこの手の話題には必ず表情を暗くしていたのに、今回は無反応に等しい。その淡白さが、逆に怖い。

「あそこです!」

ショホンの声が鋭く響く。言われて前方を見れば、何十人もの体格の良い男達が手に武器を持ち、狩りや畑仕事の帰りと思われるウルハ族の大人達に襲い掛かっている。ウルハ族側も武器や農具を手に抗戦しているが、如何せん体格が違い過ぎる。それでなくても、元々ウルハ族は「その蓄えた知識はヘルブ国一」と言われるだけあって戦闘よりもデスクワークを得意とする民族だ。何の準備もせずに、戦う気満々の奴隷商人達と一戦交えるのは荷が重い。

「なるほど? 即戦力として使える大人を比較的容易に捕まえられるから、大勢で徒党を組んでウルハ族を狙うってわけね」

「そういう事だ。っつーか、遅いぞ、ヨシ! ワクァ!」

突如横から飛んできた怒鳴り声に、ヨシとワクァは一瞬身をすくめた。見れば、リオンとタズ、カノ、セイのバトラス族達は既に到着し、辺りに置いてあったと思われる農具やらバケツやらを構えて臨戦態勢に入っている。

「パパ!? それに、タズちゃん達まで!」

「そうか。今この集落には、ヨシも含めて五人のバトラス族がいるんだったな。奴隷商人達にとっては不運だったと言うべきか……」

ワクァが頼もしそうにリオン達を見る。すると、リオンは不機嫌そうに言った。

「馬鹿言え! 奴隷商人に攻め込まれた時たまたま戦闘民族が遊びに来てる、なんて上手い話がそうそうあるわけねぇだろう! バトラス族とウルハ族はな、手を結んでんだよ」

「手を?」

リラを振るい始めながらワクァが首を傾げると、リオンは農業用のザルで相手の攻撃を受け流しながら言った。

「そうだ。ウルハ族は戦闘能力的に奴隷商人に狙われ易いからな。三ヶ月交代で、バトラス族から二人ぐらい貸して常駐させてんだよ。代わりにバトラス族は、ウルハ族から色んな知識を貰ったり、時には農作物や道具類を分けてもらってんだ」

「……持ちつ持たれつ、というわけか」

「そっか。だから私、ウルハ族のテントを見た事があったんだ……」

ワクァとヨシが、揃って納得したような顔をした。ヨシがウルハ族のテントを見た事があったのは、ここを訪れた事があるからだ。持ちつ持たれつでやっているという事は、族長であるリオンはこれまでにも何度もウルハ族の集落を訪れている事だろう。そして、昔は幼いヨシを連れてきた事もあったのかもしれない。

「まぁ、確かにこれだけの人数がいるのは奴らにとっちゃ不運だったかもな。今回はたまたま常駐組の交替の時期だったんだ。だから俺がいるし、次の交代要員のタズとカノ、それに道中の俺のお供としてセイまで来てる。これで前任者が先に帰ってなけりゃあ、奴らに更なる地獄を見せてやれたんだがな!」

「交替……だからパパ達が……」

ヨシは、何故リオン達がここにいるのか納得したようだ。すると、リオンが少しだけ険しい顔をして言う。

「タズ達は、今回が初めてのウルハ族集落常駐だ。これから少しずつ、若い奴らの常駐を増やして経験を積ませてやろうと思ってるところだ。本当は、今回はお前を参加させるつもりだったんだぞ、ヨシ。お前は俺の……族長の継子なんだからな!」

「……」

リオンの言葉に、ヨシは黙り込んだ。だが、リオンは容赦が無い。ザルを相手に叩き付けながら、尚言った。

「わかるか? お前は逃げたんだ、ヨシ! バトラス族の訓練から、バトラス族の義務から、バトラス族族長継子という立場から! それでもなぁ! 旅をしていればまた別の面が成長するかもしれねぇと思って、放っておいた! お前の旅が有益だったか無益だったか……今ここで見せてみろ! 無益だったと判断した場合は、お前をセイと一緒に連れ帰る!」

「あー、もう! うっさい!」

爆発したように、ヨシが叫んだ。その顔にははっきりと「親父ウザイ」と書かれている。とは言え、当のリオンには見えていないだろうが。

ヨシは傍に落ちていた籠の中からウルハ族が拾い集めてきたらしい銀杏の実を手荒く掴み取ると、奴隷商人達に向かってノーモーションで投げ付けた。腐りかけた実は男達の顔面にべちゃりと当たって潰れ、強烈な臭いをまき散らす。

「ぬわっ! 臭っ!」

「水っ! 水ーっ!」

あまりの臭さに、ぶつけられた男達は著しく集中力を欠き始めた。もっとも、臭いが強烈過ぎてワクァや他のバトラス族達の集中力もかき乱す事になったが。

「ヨシちゃん! それは無いわよ!」

「少しは周りの事も考えろ、ヨシ!」

周囲から非難めいた声があがるが、ヨシはお構い無しだ。セイの手からバケツを奪い取ると、即座に土を詰め込んだ。そして、バケツの取っ手を両手で掴むと同時に、グルグルと回転を始める。そして、三度ほど回ったところで急にバケツから手を離した。バケツは遠心力によって勢い良く飛んでいき、油断していた男の腹にめり込み相手を地に下す。

地に転がったバケツを拾うと中の土を一気に捨て、今度はそれを握ったまま別の戦いの場へと足を向ける。そして、数人のウルハ族を相手に戦っている男の背後に忍び寄ると、その後ろから頭にバケツを被せてしまった。急に視界が閉ざされて混乱する男を思い切り蹴飛ばして肥溜に突き落とすと、そのまま踵を返して走り、出入り口に繋いであった馬の処へ向かった。

リオン達が来る際に使ったのであろう馬達のとも綱を解き、そのうちの一頭に跨る。そして思い切り馬の腹を蹴って、急発進させた。どうやら馬達の中でもリーダー格であったらしいその馬が急発進したのにつられ、他の馬達も勢い良く走り始める。そして戦闘する奴隷商人達の間を突っ切ると奥に向かい、武器やら何やらを詰め込んであるのであろう馬車に肉迫する。馬車をひく馬達の鼻先スレスレを走って馬達を煽り、更にその鼻面に先ほどの銀杏を投げ付けた。煽られた上に急に鼻先に強烈な臭いの塊をぶつけられた馬達は混乱し、車に繋がれたまま猛スピードで走り始めた。

「おっ……おい!」

荷物と移動手段を一気に奪われた事に気付いた数人の商人達が、慌ててその後を追う。いつの間にかその場に残っている奴隷商人は、たった数人となってしまっていた。

そのたった数人をリオンが、タズが、カノが、セイが、まるで赤子の手をひねるかのように下していく。その様に舌を巻きながら、ワクァも一人の奴隷商人と対峙していた。見た処、相手の歳は四十代の半ばごろ。そこそこの体格に、小悪党めいた顔。そして、自分が追い詰められたと認識した途端に青ざめる肝の小ささ。どれを取っても、先日戦った奴隷商人達とそっくりだ。奴隷商人とは皆このような人間なのだろうか。そんな人種に自分の人生を狂わされたのかと思うと、怒りを通り越して情けなくなってくる。溜息をつきたくなりながら、ワクァはリラを正眼に構えた。

すると、ワクァの顔を初めて正面から見た相手の男の表情に変化が現れた。目が、見開かれたのだ。それも、恐怖ではなく驚きで。

「なっ……何でタチジャコウ家の傭兵奴隷がこんなところに……!?」

「!?」

今度は、ワクァの目が驚きで見開かれた。そして、男はそのワクァの隙を見逃さなかった。動きが止まったワクァの横を駆け抜け、なりふり構わず一目散に逃げていく。

「族長、一人逃げました!」

「構うな! 放っておけ!」

叫びながら、リオンは訝しげにワクァを見た。同じ疑問を持ったのだろう。馬に乗ったまま戻ってきたヨシが、責めるように問う。

「ちょっと、どうしちゃったのよワクァ! あの程度の奴、ワクァなら朝飯前で倒せるでしょ? 取り逃がすなんてらしくないじゃない!」

だが、ワクァは凍りついたように動かない。その様子に、ヨシとリオンはただ顔を見合わせるしかなかった。








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