ガラクタ道中拾い旅










第四話 民族を識る民族











STEP2 素性を拾う











ふ、と人の気配を感じ、ワクァは目を覚ました。殺気は無い。視線を少しだけ動かすと、その先にヨシの姿が見えた。

「……」

子ども達を起こさないよう何とか静かに毛布を抜け出し、テントの外に出る。そこでヨシは、からかうようにワクァに言った。

「ウルハ族に随分馴染んでるじゃない? どうする? このままウルハ族に加えてもらえるように頼んでみる?」

「いや……」

そう言って、ワクァは首を横に振った。

「目的はまだ達成できていないんだ。できれば、妥協はしたくない」

「あ、そう」

拍子抜けしたようにヨシが言う。

「……ヨシ」

いつになく穏やかな声音でワクァがヨシの名を呼んだ。それに少しだけ目を見開き、ヨシはワクァの顔を見る。

「もし俺が傭兵奴隷じゃなかったら……もし俺に兄弟がいたら、あんな感じだったんだろうか?」

「え?」

思わぬ問いに、ヨシは問い返した。ワクァは、少しだけ寂しそうに言う。

「あんな風に下の兄弟の面倒を見ながら同じ年頃の子ども達と遊んで、おやつを食べて、昼寝をして……」

「……多分ね」

言い淀むヨシの姿を、ワクァは見た。テントから出て行った時のままだ。旅装を解かず、鞄は二つとも肩から提げている。

「……今までずっと、集落内をウロウロしていたのか?」

「まぁね……」

肩をすくめて、ヨシは言った。そして、暫く気まずそうに沈黙した後、口を開く。

「……驚いた? 私がバトラス族だって知って」

「いや。……何となくそんな気はしていた」

ワクァの言葉に、ヨシは目を丸くした。

「辺りにある物を即座に武器に変えて使いこなしてしまう戦闘センスに、ヤギの乳しぼりに慣れているようだというトゥモの証言。どちらも、戦闘民族であり遊牧民族でもあるバトラス族の特徴だ。それに、お前自身が言った事だぞ。バトラス族は明るい色の髪を持っている、とな」

「そっか。バレてたんだ……」

ライオンの鬣色をしたみつあみを片手で弄びながら、ヨシは力無く呟いた。そんなヨシに、ワクァは問うた。

「……何があったんだ?」

「え?」

突然の質問に、ヨシは問い返した。いきなり「何があったのか」と訊かれても、何の事だかわからない。

「俺には、本当の家族がどういうものかわからない。勿論、幼馴染というものも。だが、トゥモ達と一緒に過ごした時間や、ウルハ族の子ども達と遊んだ時に感じた安らぎを思うと、決して悪い物ではないように思う。寧ろ、捨てろと言われても捨てたくない物だ」

「……」

ワクァの言葉に、ヨシは黙って耳を傾けている。ワクァの過去を知っているだけに、茶々を入れる事はできない。

「なのに、お前はそれを捨て、あまつさえ隠そうとした。何があったらそうする気になるのか……それを訊いている」

「……」

ワクァの問いに、ヨシは暫し沈黙した。そして、重そうに口を開いた。

「最初はさ、ただバトラス族としての訓練が嫌になっただけだったのよね」

「訓練?」

思わぬ単語に、ワクァは思わず問い返した。すると、ヨシはこくりと頷いて見せる。

「そ、訓練。その辺にある物をその場で武器に変えて、即座に使いこなす戦闘訓練。内容は主に、何人かの子どもが森や物置になっているテントに放り込まれて、後は素手での戦闘と急所狙いの攻撃を禁止する以外はルール無用のガチンコ勝負。これができなきゃ、一人前のバトラス族とは言えないわ」

「……一歩間違えば死人が出そうな訓練だな」

ワクァが素直な感想を述べると、ヨシは「本当にね」と苦笑した。

「そんな訓練だからさ、やっぱ子ども心に嫌だな、と思うわけよ。特に私は族長の長子ってだけあって、他の子よりもきつくしごかれてたしね」

「長子? という事は、お前は将来……」

「何事も起こらなければ、私がバトラス族の族長になる可能性が高いって事。バトラス族では、長になるのに性別なんか関係無いしね。もっとも、実力主義なところがあるから、弟が私より強くなればあの子が族長になるかもだけど」

「……弟がいるのか……」

一瞬、ヨシのような騒がしい少年の姿をワクァは想像した。だが、それを否定するようにヨシは苦笑する。

「私と比べようがないほど弱いけどね。要領が良いから訓練をサボるのが上手いのよ。だから、いつまで経っても弱いまま。優しい子ではあるんだけどね」

それだけ言うと、ヨシは話の軌道を元に戻した。

「まぁとにかく、キツイ訓練が嫌になってね。パパに言ったのよ。訓練なんかやりたくない、もっと遊びたい、って」

その結果、バトラス族の族長候補としてヨシに期待していたリオンと大喧嘩になったのだと言う。悪態をつき合い、最終的にバトラス族のテントから飛び出したのだと、ヨシは言った。

そこで、ワクァの中で先ほどのタズ達の言葉が繋がった。

「頭が冷えれば戻ってくると思っていたリオン……さんはお前を探さず、頭が冷えなかったお前はそのままヘルブ街まで行ってしまった……という事か」

「そういう事」

頷いて、ヨシは懐かしそうに言った。

「それで、初めて一人で旅をして、ヘルブ街へ行って。初めて街って物を見たわ。右も左もわからなかったけど、戻るのは癪だったから……住むところを借りて、働く事にしたのよ」

「よく住むところを貸してもらえたな」

思わずワクァが場違いな問いを素直に口にすると、ヨシは少しだけ馬鹿にしたような顔をして言う。

「知らないの? ヘルブ街では、正規の手続きを踏めば誰でも無料で家を借りられるのよ。……と言っても、屋内の設備は小さな暖炉だけ。拾ったベッドを運びこんだら足の踏み場も無くなるような広さの家だけどね」

夜中に寝がえりをうったら暖炉に足を突っ込んじゃって、大変な事になった事もあるわ、とヨシは楽しそうに言う。客観的に見るとそれは結構危険な状態なのではないかと思いつつ、ワクァは静かに耳を傾けた。

「そんな家だから、大概の人はまともな家を手に入れようと懸命になって働くわけ。だから、実際にはいつまでも無料の家を借り続ける人は少ないって話。それに、無料で家が借りられるから、例え仕事が無くても雨風を凌ぐ場所だけは最低限確保する事ができる。そういう安心感があるから、一旗あげたい、街で仕事をしたい、と思っている人達はヘルブ街に来易くなる。結果として、ヘルブ街には優秀な人材が集まり易くなる、と。ここまで考えていたのか、それともただ単に浮浪者を憐れんだだけなのか……どっちかはわからないけど、こんな予算を食いそうな政策を実行に移した王様は凄いと思ったわ」

そう言って、ヨシは一旦息を継いだ。

「で、住む家も確保できたし、はりきって職探しを始めたわけよ」

そこで、ヨシの顔が少しだけ暗くなった。

「けど、それまでヤギの乳搾りをしたり一時的に畑を耕したり……後は馬に乗って遊んでた遊牧民族の子どもが、いきなり街で仕事を得るなんて難しい話よね。装飾品を作ったり、お店で帳面を付けたり、なんて仕事は勿論できなくてさ」

確かに、細かい綺麗な物を作り上げたり、延々と計算を続けたり、という仕事はヨシには不向きに見える。旅の途中、宿で暇を潰す姿を見る限り本を読むのはそこそこ好きなようだが、本屋や図書館のデスクに座って一日中客を待つというのも恐らく性には合わないだろう。

「で、最終的に雇ってくれたのが、街中にある大きくも小さくもない酒場。そこで接客をするようになったんだけどね……」

そう言ってから、ヨシは先の言葉を言い淀んだ。そして、暫く迷った後に、決意したように口を開く。

「良いお店だったわ。マスターもおかみさんも、いつもニコニコしてて。お客さんも、気が短い人ばっかりだったけど、殆どの人は良い人だった……」









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