ガラクタ道中拾い旅










第二話 守人の少年











STEP3 厄介ごとを拾う











「お怪我はありませんか、ファルゥ様!?」

 丸縁眼鏡の少年が、ファルゥに問うた。その声で、ファルゥはハッとする。

「貴方は……シグ!? どうして……」

「話は後です!」

どうしてここに、と聞こうとするファルゥを、シグは声で制止した。そうして、懸命に盗賊の剣を押し返しながら、言葉を紡ぎ出す。

「僕じゃ力不足かもしれませんが……絶対に、ファルゥ様を守ってみせます! ファルゥ様の笑顔を奪わせたりはしません!」

「シグ……」

盗賊が、剣に込める力を増した。シグは次第に圧されていき、足が滑りそうになる。

「……う……くっ……!」

懸命に剣を押し返そうとするシグから、苦しげな声が漏れる。それでも、シグは懸命に剣を押し返そうとする。そんなシグに、共に乱入した少女は自らが相手にしていた盗賊をアッサリと薙ぎ倒しながら駆け付ける。

「シグ! 無茶をするな!」

女性にしては低い声をシグにかけながら、少女はシグの元に駆け寄り、あっという間にシグの相手をしていた盗賊を地に下した。その様子に目を丸くした頭は、自らと対峙していたヨシから少し距離を取り、警戒の色を満面に滲ませながら問うた。

「……何モンだ? あの状況で手下どもをアッサリと……小娘! 名を名乗りやがれ!!」

 問われて、少女は不敵に微笑んだ。

「何者? 名を名乗れ? 自分で招いておきながら忘れるとは、良いザマだな……!」

そう呟くと、少女は手にした剣を鞘に戻すと、素早く身に纏っていた衣服を脱ぎ棄てた。ゆったりとした薄水色のスカートの下からはすらりとした黒衣が現れ、長髪は黒いショートカットになる。少女が少年へと変身したその横ではシグもまた眼鏡とトレーナーをその場に棄てた。

正体を現した少年――ワクァとシグを見た盗賊達は、開いた口が塞がらない。特に、夕方ワクァ達を実際に目にしている盗賊達はワクァの化けっぷりに心底驚いている様子だ。

そんな彼らを尻目に、ワクァはリラを鞘付きのまま盗賊達に突き付けた。

「お前達の悪事もここまでだ、ジャンガル盗賊団! 街を混乱に陥れた罪、その身で償ってもらうぞ!」

「やだ、ワクァ! 遂に認めたの!? 自分が超絶美人の女顔で、女装が似合うって!」

「黙れ。それが助けに来た人間への態度か!」

 一瞬にして緊迫した空気をぶち壊したヨシと超が付くほど不機嫌そうに顔を顰めたワクァの漫才の如き会話を暫く呆然と眺めた後、気を取り直した頭は呟くように言った。

「黒衣に、黒髪……それに、美女の如き容貌の少年剣士……そうか。テメェがワクァか……!」

 名を呼ばれて頭に振り向いたワクァは、涼しい顔をして言った。

「だとしたら、どうする? 手下が倒され、人質に容易に手が出せなくなった今でも俺を八つ裂きにしたいと思っているのなら……あえて勝負を受けてやるが?」

キン、と音をたて、ワクァは再びリラを抜き放った。そして、辺りを緩やかに見渡す。盗賊の手下達は皆ワクァに薙ぎ倒されている。意識はあっても、立っている者は一人もいない。

「そうだな……このままじゃ、あまりに多勢に無勢だ」

状況の不利を認めると、頭はくるりと蹴破られた扉の方へ首を巡らせた。そして、その銅鑼声を辺りに響かせる。

「野郎ども、出てきやがれ!」

「!」

頭の呼び声に、廊下からぞろぞろと追加の手下達が入ってきた。どうやら、隣の部屋で頭の呼び出しを待っていたようだ。数を数えてみれば、少なくとも十人はいるように見える。

「こんな事もあろうかと、こいつらは隣で待機させていたんだ。俺様が呼べばいつでも増援に来れるようにな! さぁ、どうする? そっちの戦える味方は、ひょろい小僧と小娘だけ。それだけの人数で、屋敷の人間全員を守り切れるのか? 天才美少年剣士様よぉ……!」

「当然! 守り切ってみせるわよ! ね、ワクァ!」

 勝ち誇った顔の頭に、自信満々の笑顔でヨシが答える。その笑顔に、ワクァは思わずため息をついた。

「勝手に人の喧嘩を買うな。……が、まあ確かにその通りだ。お前ら如き、例え百人に増えても取るに足らない」

「なっ……何ぃっ!?」

不敵に微笑んで見せたワクァに、とうぞくの手下達は顔を真っ赤にして怒り、今にも襲い掛かりそうな殺気を露わにした。その様子に、ヨシは呆れたように肩をすくめる。

「ワクァはワクァで、しっかり相手を煽ってんじゃない……。あ、ところでシグくん?」

「え? ……あ、はい!?」

いきなりヨシに名を呼ばれ、シグは面喰って返事をした。驚きのあまり、声が少し裏返っている。そんなシグが肩からかけている鞄に指を指しながら、ヨシは問うた。

「ひょっとしなくても、そのウコン色の素敵な鞄は私の鞄よね?」

問われて、シグは思い出したように慌てて鞄を肩から外した。そして、それをヨシに手渡しながら言う。

「あ、はい。そうです! ワクァさんが、恐らく必要になるだろうから持っていけ、と……」

聞きながら鞄を受け取ると、ヨシは上機嫌に頷きながらそれを自らの肩にかけた。

「オッケー、オッケー! わかってるじゃない、ワクァ? 私の記憶が正しければ、こん中には今この場で使えそうな物が山ほど詰まってんのよね〜」

「なら、お前も戦えるな? 手伝え、ヨシ。守り切る自信はあるが、できるだけ早く終わらせたい」

そう言うワクァに、ヨシは胸をドンと叩きながら言った。

「まっかせといて! こいつらに目に物見せてやりましょ!」

その自分達をなめ腐った言葉に腹を立てたのか、頭は額に青筋を立てながら怒鳴った。

「ジャンガル盗賊団をナメんなよ、小僧ども! 野郎ども、やっちまえ!!」

「うぉぉぉっ!!」

頭の叫び声を合図に、手下達は各々勇ましい雄たけびをあげ、ワクァ達に一斉に襲い掛かった。それを見て、ワクァは諦めたような表情で本日何度目になるかわからない溜息をつきながら言った。

「やれやれ……血気盛んな事だな」

「まあまあ。いつまでも若々しい気持ちのままでいられてるって具合に、プラスにとってあげましょうよ。……んじゃ、やりますか!」

ヨシの言葉に、ワクァは軽く頷いた。

「そうだな。……やるぞ、リラ!!」

叫ぶや否や、ワクァはリラを構えて敵勢に突っ込んだ。一斉に振り下ろされた短剣をリラの刃で受け止めて力ずくで押し返す。跳躍して素早く敵の背後に回り込んだと思うと、その首に綺麗に手刀を決め、地に下す。衝いては敵の武器を破壊し、振り下ろしては武器を叩き落とす。薙ぎ払っては敵の足に深手を負わせ、リラを一度鞘に収めるとそれをそのまま突き上げて相手の顎にヒットさせる。阿修羅の如き奮戦ぶりだ。

そのワクァの様子を横目で見ながら、ヨシはゴソゴソと鞄の中をまさぐった。

「やるぅ! 私も、負けてらんないわね。それじゃあ、まずは第一弾!」

口笛を吹くと、鞄の中から熊のぬいぐるみを取り出した。つい最近拾ったばかりの、布の劣化したぬいぐるみだ。その特に布の劣化が激しい部分に指先を当てると、ヨシはそこから指を差し込み、一息に布を引き裂いた。そしてできた穴から、ずるりと綿を抜き出す。食卓の上からティーポットを拝借し、中の紅茶に綿を突っ込んで湿らせると、ビシッと綿をしごいた。

用済みになったティーポットは、折角だから盗賊達に向かって投げておく。ティーポットは寸分違わず手下の頭にぶち当たり、彼はそのまま脳震盪を起こして床に崩れ落ちた。そこでヨシにも警戒を向けた盗賊達は、残りの半数がワクァから離れてヨシへと襲い掛かる。すると、ヨシはタンっと床を蹴り、その場で軽やかに跳躍して見せた。彼女は空中でくるりと一回転を決めるとそのまま盗賊の背後に相当する床に着地し、先ほど湿らせた綿を盗賊の首に引っかけた。湿らせ、しごいた綿は今や丈夫な紐と化している。

「あっけないわね……どう? このまま降参するなら、真綿で首を締めないでおいてあげるけど?」

冷めた目で、ヨシが脅迫めいた言葉を呟く。すると、盗賊は少々青ざめながらも最後の抵抗を試みた。

「ぐっ……誰が、テメェみてぇな小娘に……」

「あら、そう。残念」

盗賊が言葉を言い終わらないうちに、ヨシは無表情で綿を握っていた両手を軽く動かした。文字通り真綿で首を絞められた盗賊は、そのままガクンとその場に倒れ込む。ピクピクと動いているので、どうやら死んではいないようだ。

「殺しちゃいないわよ、安心して。いくら相手が悪者でも、私達に生殺与奪の権限は無いもの」

綿を放り出しながら、ヨシは言った。その余裕の態度が、盗賊達に恐怖を与える。

「……さぁ、次は誰?」

そう言って、ヨシはニヤリと笑って見せた。その笑顔に、盗賊達は恐怖を覚えたのか……やがて、一人の盗賊が自棄になったように叫びながらヨシに襲い掛かった。

「うっ……うわぁぁぁぁっ!!」

ヨシは、焦る事無く鞄に手を突っ込んだ。抜き出した手には、コルク栓の小瓶が握られている。夕方拾ったばかりの、あの小瓶だ。

「次はアンタね? 気合いの入った雄叫び、ご苦労様! けど、残念!」

言いながら、ヨシは片手でビンのコルク栓を抜いた。きゅぽんと言う音がして栓が外れると同時に、ヨシは瓶を盗賊に向かって下投げで投げた。瓶は真っ直ぐに飛び、雄叫びをあげる盗賊の口に綺麗に収まった。瓶の口から星の砂が流れ出し、盗賊の気管に落ちていく。

「グェッ……カハッ……」

思わず咳き込む盗賊の懐に、ヨシは難なく入り込んだ。

「何が入るかわかったモンじゃないし、戦場では口を閉じておいた方が良いわよ。そういう風に咳き込んじゃって、隙を作って命取り……なんて事になるから……ねっ!!」

喋りながらも、ヨシは思い切り鞄を振り回した。それが盗賊の頭にクリティカルヒットし、彼はそのまま倒れて動かなくなった。それを見て、残った盗賊達は次第にざわめき始める。

「おい……この小娘、やべぇぞ……」

「全くだ……。たった一人で、武器も使わずあっという間に二人を転がすなんざ……常人にできる業じゃねぇっ……!」

盗賊達のその動揺を知ってか知らずか、ヨシは不敵に微笑んだ。そして、腰に手を当てて余裕を見せながら問う。

「どうしたの? もう、かかってこないわけ?」

その笑みと言葉により、盗賊達の間には更なる緊張と不安が走った。互いに顔を見合わせ、視線で仲間の動向を探り合っている。その姿に、ヨシは少々呆れ気味になった。自分達が有利な時はあれほどまでに不遜だったくせに、自分達が追い詰められるとここまで情けなくなるものなのか。所詮は、虎の威を借る烏合の衆……といったところだろうか。そんな事をつらつらと考えながら、ヨシは盗賊達に言った。

「来ないなら来ないで、別に良いんだけど。けどねぇ……相手は一人じゃないんだし、降参しないんだったら、ちゃんと後も見た方が良いわよ?」

「え……?」

盗賊達の一人が間抜けな声を出すのと、ワクァが彼のすぐ後ろに迫るのとどちらが早かっただろうか……。ワクァは、眼前の盗賊の胸の部分を思い切り強打した。突然の胸への衝撃に瞬間的な呼吸困難に陥った盗賊は、そのまま床に沈む。その光景に、付近にいた盗賊達は皆逃げ腰となり、足が扉へと向き始めた。すると、ワクァは足首と腰を上手く回転させて瞬時に方向を転換し、盗賊達の前に回り込んだ。抜き放ったリラの刃を彼らに突き付けると、ワクァは不機嫌そうな顔で抑揚無く言った。

「好き放題やっておいて、不利になったら逃げだすのか? 逃げたくなったのであれば、その感情にどうこう言うつもりは無いが……街を騒がせた落とし前だけはつけてもらうぞ」

言うや否や、ワクァはあっという間に前へ踏み出しリラを一閃させた。ヒュンと言う軽い音と共に、ある者はバンダナを切り落とされ、ある者は肩を負傷し、またある者は肩口でまとめた髪がはらりと落ちた。そしてそれと同時に、彼らは皆ヘナヘナとその場に座り込む。

肉体よりも、闘争心にでっかい切傷がついちゃったみたいね。そう思いながら、ヨシは軽く床を蹴った。軽やかに宙を舞った彼女は目測を誤る事無くトン、とワクァの背後に着地をすると、そのまま背中合わせで室内を見渡した。いつの間にやら手下達は全て地面に下され、残るは頭ただ一人となっている。その頭は、ワクァとヨシの二人に強く睨み付けられ、思うように身動きが取れなくなったまま呆然と呟いた。

「な……馬鹿な……! たった二人で、あれだけの人数を……!? 間違いだ……。これは何かの、間違いだ……!!」

藁にもすがる思いで辺りを見渡す頭に、ヨシは不敵に微笑み、ワクァは睨み付けたまま言った。

「真実は、時として非常に残酷なものよ。特に、正義の味方と鉢合わせた時の悪役にはね」

「もう、お前の味方はこの場にはいない……。観念するんだな!」

「ぐ……くそっ!」

悔し紛れに呟きながら、頭が一歩、後ずさった。すると、それが合図であったかのようにワクァが剣を構え、斬りかかる。頭は素早く自らの剣を構え、ギィンという剣と剣とがぶつかり合う激しい金属音が辺りに響いた。数度剣を交え、ワクァはふ、と呟いた。

「型に拘らない剣筋……それに、盾に頼らず剣一本で攻守を共にこなそうとするその身のこなし……。元傭兵奴隷と言うのは、本当のようだな……」

その言葉に、頭は不愉快そうに顔を歪めた。傭兵奴隷と言う言葉は、傭兵奴隷であった者、傭兵奴隷である者が一番言われたくない言葉だ。勿論、ワクァはそれを十二分に承知している。それでも、その不快な言葉を口にして相手を挑発してでも、早くこの戦いを終わらせたかった。守る者の多い戦いという物はそれほどまでに心が焦るものなのだ。

そして、ワクァのこの言葉に頭は案の定反応した。

「だったらどうした!?」

目を剥いて怒鳴るその姿から、彼がワクァの言葉に本気で怒りを覚えた事がよくわかる。ここまでは、狙い通りだ。このまま怒り狂って冷静さを欠いてくれれば、難なくこの男を倒す事ができる。

だが、頭は気付いてしまった。

「……そうか、テメェもだな……?」

「……!」

頭の言葉に、ワクァは心の中で舌打ちをした。そして、あくまでも表面上は冷静さを保ったまま更に挑発の言葉を紡ぐ。

「……一口に傭兵奴隷と言っても、様々な人間がいるものなんだな。シグのように環境に恵まれ主人を慕っている者もいれば、お前のように貴族を憎み逃げ出した者もいる……」

遠回しな人格否定に、頭は一瞬嫌な顔をした。だが、すぐにニヤリとほくそ笑むと言う。

「そういうテメェはどうなんだ? ……ハッ。訊くまでもないか。何せ、もう傭兵奴隷じゃないんだ。主人も守らず、こんな処をうろうろしてるんだからな!」

「……っ!」

瞬間、ファルゥやシグに言った自分の言葉が、そして、過去自らの主であったアジル・タチジャコウに言われた言葉がフラッシュバックした。



「そうじゃない。……言い方が悪かったな。単に俺が貴族の屋敷のように豪奢な建物や家具が苦手なだけだ。気にしないで欲しい」
「傭兵奴隷は自分を買い、育てた家から逃げる事はできない。歳をとって戦えなくなっても、ただの奴隷に格下げになるだけだが……まぁ、色々とあって家を追い出されたんだ。だから、ヨシと旅をするようになった」
「見れば、ニナンは随分とお前に懐いているようだな……だが、それでは困る。貴族が奴隷と仲が良いというのは、それだけで世間体を悪くするものだ。だが、今更「懐くな」と言っても、ニナンは聞くまい。だからワクァ、お前には暇を出す事にした。怪我が治り、充分に動けるようになったら……この屋敷を出て行くんだ」



「……」

忌々しそうな顔で、ワクァはギリ……と歯噛みした。その表情に、頭は満足そうに頷いて見せる。

「やっぱりな! お前の顔が、貴族は嫌いだ、って言ってるぜ! 傭兵奴隷っつー立場に加えて、その容姿だ。随分と可愛がられたんじゃねぇのか? 嫌って当然だよなぁ!?」

「……黙れ!」

振り絞るように、ワクァが叫んだ。すると、頭はニヤリと品の無い笑みを浮かべて言った。

「へっ……声が震えてるぜ? ……そうだ。お前も、俺様達の仲間にならねぇか?」

「……何?」

一瞬何を言われたのか理解できず、ワクァは問い返した。すると、頭は窓から外の世界を眺めて言う。

「そろそろ一旗あげてぇと思っていたんだ。お前ほどの剣士が仲間になれば百人力だしな。……俺様達と組んで、憎い貴族の奴らをギッタギタにしてやるんだ。貴族だけじゃねぇ。いずれは国王もぶっ倒して、俺様達がこの国を支配する……どうだ? 面白い話だと思わねぇか?」

その提案に、ワクァはキッと頭を睨みつけた。

「ふざけるな! 誰が……」

「なら、斬るが良いさ。同じ元傭兵奴隷で、恐らくこの世で唯一お前の心情を理解できる仲間になれるであろう、この俺様をな!」

瞬間、ワクァの剣先が宙を彷徨った。頭はニヤニヤと笑い、シグとファルゥは不安そうにワクァを見る。

「……ワクァさん……」

「ワクァ様……?」

だが、ワクァの耳に二人の声は届かない。代わりに、傭兵奴隷時代の周囲の人間達の言葉が生々しく耳元に蘇った。



「はぁ? 怪我をした腕が痛む? 傭兵奴隷のクセに、そんな理由でサボろうってのか?」
「とっとと戦えよ! お前は僕の家の傭兵奴隷なんだぞ! 主家の命令に従うのは奴隷の義務だろうが!」
「あいつ、ムカつくよな。俺らと同じ奴隷のクセに……あいつばっかり良い物食って、勉強もさせてもらえてよ……」
「傭兵奴隷は貴族の道具。道具が主人に逆らうと言うのか?」



「……俺は……」

記憶に蘇った過去に説得されでもしたかのように、ワクァの剣を持つ腕が下がりかけた。その時だ。

「なぁ〜に口車に乗せられそうになってんのよ、ワクァ!」

「!」

強い……それでいて軽く明るいヨシの声に、ワクァはハッと我に返った。そんなワクァに、ヨシは畳み掛けるように言う。

「アンタと言いそこのヒゲモジャと言い、傭兵奴隷だった事を随分と気にかけてるみたいだけど……昔は昔、今は今、でしょ? 何を今更グダグダ考えてんのよ?」

「……ヨシ……」

思わず、ワクァはヨシの名を呼んだ。すると、ヨシは更に言う。

「ってかアンタ、折角自由の身になれたってのに、そいつと組んで一犯罪犯したらま〜た奴隷になっちゃうかもしれないわよ? 下手すりゃ死刑だし。それに、貴族をギッタギタにするって事は、ワクァの事をあんなに慕ってくれてたニナンくんを攻撃する事にもなるって事よ? アンタはそれで良いわけ? 良くないでしょ? はい、この話はこれでおしまい! わかったら、さっさとそいつを倒す!」

「……」

ヨシの軽い言葉の羅列に触発されたのか、ワクァの脳裏に新しい記憶が蘇った。



「お困りのようね〜?」
「! お前は……何の用だ?」
「失礼ね〜。人が折角声をかけてあげたってのに! その様子だと、どうせこの後どうするかなんて決まってないんじゃないの? 何せ、初めての自由だもんね。自由じゃない人間ってのは、自由に憧れてたクセに……いざ自由になってみると何をして良いかわからなくって途方に暮れちゃうもんなのよ。どう? 当たってるでしょ? それとも、何処かへ行く当てでもあるの?」
「……」
「特に当ても無いならさ、私と一緒に行きましょうよ!」
「……お前と?」



旅を始めたその日、旅を始める直前の、ヨシとの会話だ。それを思い出し、噛み締めるように脳内で反芻してから、ワクァは苦笑した。

「全く……お前はいつもこうだな。よくも毎回毎回こんな軽々しい空気を作り出せるものだ」

そう。ヨシは、周りが落ち込んでしまう暇すら無くす明るさで、重い空気を取り払ってしまう。口には本心を出さずについ嫌味っぽく言うと、言葉通りに受け取ってしまったのかヨシが軽く頬を膨らませる。

「何よ? それを言ったらワクァなんかいつもいつも暗〜い空気を作り出してるじゃないの! 相殺するのに、私がどれだけ苦労してると思ってるの!?」

ヨシの抗議に、ワクァはフッと笑って見せた。

「なら、お互い様というところだな……」

言いながら、ワクァは顔を再び頭に向けた。

「……そういう事だ。俺はお前の仲間になる気は毛頭無い。観念して、縄につくんだな」

「こっ……この野郎!」

上手くいきかかっていたスカウト話が脆くも崩れ去ったばかりか新たな挑発のおまけまで付けられ、頭は怒り狂った顔でワクァに斬りかかってきた。その剣筋は、どう見てもヤケクソだ。ワクァはそれを体勢を低くしてかわし、頭の足に自らの足を引っ掛けて前のめりに転ばせた。そして、転んできた勢いに手伝わせて、鞘に納めた剣で鳩尾を強烈に突き上げる。頭は、胃液を吐きながらその場にダウンしてしまった。

「一丁あがりぃっ! やっぱりプラス思考モードのワクァにかかれば、傭兵奴隷崩れの強盗なんか目じゃないわね!」

「……一応俺も傭兵奴隷崩れなんだが……」

「……訂正。ワクァにかかれば、強盗なんか目じゃないわね!」

「……」

舌を出しながら言葉を訂正するヨシに、ワクァは溜息をついた。

「馬鹿な事を言っていないで、さっさとこいつらを役人に引き渡すぞ」

「そうね。けど、どうする? 誰が呼びに行くの?」

言われて、ワクァはハッとした。それに無言で頷き、ヨシは口を開く。

「下手に屋敷の人を行かせても、残党がいるかもしれないから危ないし……私かワクァのどっちかが欠けて、もし何かがあったら流石にこの人数を守りきるのは難しいわよ?」

「……確かにな……」

そう言って、ワクァは腕を組んで考え込んだ。どうすれば一番危険が無いか……暫し頭を巡らせたが、中々良い案は浮かばない。

その思考に気を取られていて、ワクァもヨシも気付かなかった。二人の足元で転がっていた二人の強盗がゆっくりと首を巡らせ、ニヤリと凶悪に笑った事に。

「……まだだ。まだ俺達が負けたとは決まっちゃいねぇっ!!」

叫ぶや否や、一人の強盗が勢い良く立ち上がり駆け出した。彼は叫びながらもテーブルを乗り越え、短剣を振り回してファルゥ達に襲いかかろうとしている。

「! しまった!」

ワクァとヨシが、慌てて走り出そうとする。だがその瞬間、倒れていたもう一人の強盗が二人の足に渾身の力で掴みかかった。

「!?」

二人は思わず足元を見る。二人の驚いた顔に、強盗はニヤニヤと笑いながら言う。

「へへっ……そう簡単に、思い通りにいかせるかよ。何が取るに足らない、だ。全員を守れなかった事……一生悔むと良いぜ、正義の味方さんよぉ!!」

「!」

ワクァとヨシの目が見開かれる。その間にも、駆ける盗賊の剣はファルゥとシグに迫っていく。

「……っ! シグ! 剣を構えろ!!」

ワクァが焦って叫んだ。だが、そんな彼を嘲笑うかのように強盗は言う。

「ハッ! なぁにが「構えろ!」だ! さっきからの様子を見てりゃ、あの傭兵奴隷のガキが弱っちぃってのは明らかなんだよ! あの二人を盾に取られても、まだ戦えるのか? え?」

その言葉に、ワクァはキッとシグ達を見た。ファルゥは恐怖で顔が引き攣り、シグは剣を構えてはいるものの手や足が震えうつ向き気味になっている。その顔は、戦って勝てる自信が無いと言っているようにも見える。堪らず、ワクァはシグに向かって言った。

「シグ! 自信を持て! お前は確かに領主と血は繋がっていないかもしれない。売られていた子どもかもしれない。だが、だから何だ!? そんな事とは関係無く、お前の主人はお前を家族として育ててくれたじゃないか! 卑屈になるな。自分の存在と、今まで磨き続けてきた剣に自信を持て! 今この場でファルゥを守れるのは、お前しかいないんだ!!」

「!」

シグが、ハッと顔を上げた。その眼前には、既に短剣の切っ先が迫っている。その時だ。

「マフ!」

「まふっ!!」

ヨシの鋭い声が響き、マフがその白黒い身体を宙に踊らせた。マフは力強く飛び上がると、視界を遮るように強盗の顔にへばりついた。

「ぐわっ……この! 畜生がっ! 離れろっ!!」

強盗はマフを振り落とそうと、懸命に上半身を振っている。だが、マフは根性で離れない。その間に、ヨシが鞄をまさぐった。

「今は絶対に離れちゃ駄目よ、マフ! ……よし、あった!」

言いながら鞄から抜き出した右手。そこには、旅の途中で拾ったらしい他国の髪飾りが握られている。しゃらしゃらと音がする先の尖ったそれを構えると、ヨシは更にマフに言った。

「マフ! もう良いわ。危ないから離れて!」

言うや否や、ヨシは投げナイフの要領で髪飾りを擲った。それと同時に、マフは再びその身を宙に踊らせる。勢い良く飛んだ髪飾りは寸分違わず強盗の手を貫き、強盗は短剣を取り落とした。

「ぐぁぁぁぁっ!」

手を抑え、強盗は叫び声をあげた。だが、それでも起死回生を図ろうと、彼は血まみれの手をファルゥに向ける。

その頃、ワクァは自分とヨシの足を捉えた強盗をやっとの事で倒していた。足を使えない状態で足元の敵を殺さずに倒す事が予想以上に困難だった事に焦りを覚え、その身をファルゥ達の元へと急がせる。

「間に合うか……!?」

心の声なのか実際の声なのかわからぬままに呟く。だが、その呟きを打ち消すように、狂ったように、強盗は叫ぶ。

「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキどもが! どいつもこいつも! 全員! ぶっ殺してやるぁぁぁぁっ!!」

その声がその場に響き渡り終わるか終らぬかの瞬間。新たな声が叫んだ。

「駄目です! ファルゥ様を殺させはしません!!」

シグだ。彼はキッと強盗を睨みあげると、鞘に収まったままの大剣を振り回すように横に思い切り薙いだ。その剣は強盗の膝を捉え、骨を砕く鈍い音を辺りに響かせた。

「うぐっ……」

呻き声をあげて、強盗は前のめりに倒れ込む。その隙を逃さず、シグは剣を振り上げた。鞘の先端は、倒れ込んできた強盗の腹に見事なまでにめり込んだ。もしこの剣が鞘に収まっていなければ、強盗は間違いなく串刺しになっていただろう。辺りはシンと静まり返り、一瞬時が止まったかのように思われた。

「かはっ……」

強盗は胃液を吐くとそのまま倒れ伏した。その様子に、ワクァを始めとする周囲の者は驚き茫然としてシグを見詰めた。当のシグは、肩で息をしながら目を丸くしている。

「や……やった……!?」

強盗はピクリとも動かない。ワクァは無言のまま強盗に近寄り、その様子を見た。

「完全に気絶しているな。膝も砕けているようだし……もうこいつは戦えないだろう。……シグ、お前の勝ちだ」

「……!」

ワクァの言葉に、シグは驚いたように目を更に丸くした。その横ではファルゥが、嬉しそうに瞳を輝かせている。

周囲が少しずつざわついてきた中で、ワクァはヨシに声をかけた。

「ヨシ」

「何?」

「さっきの話の続きだが……縄や、縄に代用できそうな物は持っているか?」

この部屋の者達を守る人数が足りないという問題は、どうやらワクァの中では解決したようだ。そして、同じ理由でヨシの中でも解決したらしい。ヨシは胸を張ってワクァに言った。

「私を誰だと思っているの、ワクァ?」

その答に、ワクァはフッと表情を崩した。

「そうだったな。……俺は後片付けをしてくる。お前はそこに転がっている奴らを動けないようにしておいてくれ」

「了解!」

返事を聞くと、ワクァはすぐにリラを片手に部屋を出て行った。その後姿を見送った後、ヨシは鞄から麻縄やら木のツルやらを取り出して手当たり次第に強盗達を縛り始める。そうしながらも、ヨシは横目でファルゥ達の様子を窺った。

ファルゥは、瞳をキラキラと輝かせながらシグに抱きつかんばかりに話し掛けている。

「やりましたわね、シグ! 一体いつの間にそんなに強くなりましたの!?」

「……ワクァさんに、少しだけ稽古をつけてもらったんです。……けど、あの瞬間、稽古の事はちっとも覚えていませんでした。ただ、ファルゥ様を守りたくて、必死で……」

「それで良いんじゃない? 大切なのは技術じゃなくて、大切な人を守りたいって気持ちと、守る為に一歩踏み出す勇気よ。それさえあれば、技術はあとからついてくるわ。勿論、普段の努力は必要だろうけどね」

口を挿みながら、ヨシは手をパンパンとはたいた。辺りには芋虫のようになった強盗達がゴロゴロと転がっている。

「……そう、ですね……。ファルゥ様を守りたいという気持ちがあったから、僕はあれだけの事ができた……。普通に戦ったら、僕なんかまだまだです……」

苦笑しながら、シグが言う。すると、ファルゥはキッと目を吊り上げて言う。

「そんな事はありませんわ! 普通に戦ったって、シグは充分強いですわよ! ただ、今までは自信が無かったから勝てなかった……。ワクァ様は、そんなシグに稽古をつける事で自信を与えてくださったんですわ!」

そこまで口に出したところで、ファルゥはふと辺りを見渡した。

「そう言えば、そのワクァ様は……?」

「あぁ、ワクァ? 後片付けに行くって言ってたけど?」

「後片付け?」

ファルゥとシグが同時に首を傾げた。すると、ヨシはニッコリと笑いながら言う。

「そ! まだ廊下とか他の部屋とか庭とか門とか……残党が多分いるでしょ? そんな奴らが急に襲い掛かってきたりなんかしたら、お屋敷の人達が危ないじゃない? だから……ね?」




# # #




ヨシがファルゥ達と話していた頃、ワクァは強盗達が点々と転がる廊下に立っていた。辺りを見渡しても、動く強盗の仲間は出てくる気配が無い。どうやら残党は全て片付けたようだと判断すると、ワクァはリラを鞘に収めた。

少々疲れた顔をして溜息をついた時、ワクァは辺りが明るい事に気が付いた。窓を見てみれば、そこからは朝陽が射し込んでいる。どうやら、戦っている間に夜が明けたようだ。

騒々しかった夜の終わりを告げる暖かい光に、ワクァは思わず顔を綻ばせた。











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