ガラクタ道中拾い旅










第二話 守人の少年











STEP2 決意を拾う











薄っすらと明るい月明かりの下、鈍い金属音が響き渡る。ワクァとシグが鞘に納めたままの剣を打ち合い、ぶつかり合う度にガキィン、という音が鳴る。

シグは剣を振り上げ、そのまま剣を前方上段に構えたまま打ちかかろうとする。ワクァが、それを打ちかかられる前に押しのけ、厳しく叫んだ。

「踏み込みが甘い! 攻撃を剣に頼るな!」

「はい!!」

言われて、シグはすぐさま剣を振り上げ直す。だが、一秒と待たずに再びワクァからの言葉が飛んできた。

「振り下ろすだけが攻撃じゃないぞ。切り上げる、薙ぐ、突く……攻撃方法はいくらでもあるはずだ! そんな風に振り下ろすばかりでは、すぐに太刀筋を読まれてしまうぞ!」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、ワクァはリラを鋭く横に薙いだ。勿論、手加減はしている。それでも風を切ってヒュンと唸る攻撃を、シグはギリギリの体勢で何とか避けた。「はい!」と返事をして、再び剣を構えて打ちかかる。だが、打ちかかったと思った瞬間、目の前のワクァがふっと消えた。素早くしゃがみ込んだのだ。そしてワクァは低い姿勢を保ったままシグの腹部を思い切り掌で押した。思わずシグが尻餅をつくと、ワクァは彼を起き上がらせながら言う。

「稽古や実際の戦闘は試合じゃないんだ。剣だけを使う必要は無い。相手に隙があれば、足でも拳でも……使える物は何でも使え! でなければ、主人を守る事なぞできないぞ!」

「!」

ワクァの言葉に、シグはハッと目を見開いた。そして、すぐに真剣な表情に戻ると、力強く返事をする。

「はい!!」

シグのやる気がまだ失われていないのを確認すると、ワクァは再びシグに剣を向け、軽く打ちかかった。シグは慌ててそれを受け止め、剣を弾いたところで横に薙ぐ。ワクァは後に跳躍してそれを避け、再びシグに打ちかかる。

そんな攻防を何十分続けただろうか。流石に疲れたのか、シグは地面に座り込み、ワクァは木にもたれ掛かって休憩をとることにした。肩で息をしながら、シグはワクァに言った。

「ありがとう、ございました……。お陰で、少し……自信が持てた気がします」

そう言うシグに、ワクァは額に薄っすらとかいた汗が身体を冷やしていくのを感じながら、シグに声をかけた。ワクァは、シグとは違い息はまだあがっていない。

「……シグ」

「はい?」

突如名を呼ばれ、シグは無防備な顔で返事をした。そんな彼に、ワクァは言葉を続ける。

「お前は、筋は悪くない。基礎もしっかりできている。……だが、剣を交えているとどうにもお前が戦う事を恐れ、逃げ腰になってしまっているように思える。恐らく、生来人と争う事を嫌う優しい性格なのだろう。そんなお前が、何故剣を取る? 主人を守る為と言っていたが、何も剣だけが守る術ではないだろう?」

「それは……」

ワクァの言葉に、シグは言葉を詰まらせた。だが、少し迷った後に搾り出すようにして言葉を続ける。

「いえ、僕は……剣でファルゥ様を守らなければいけないんです。だって……」

そこで、また言葉が詰まる。今度は、その沈黙は中々破られない。続きを話そうかどうしようか迷っている……そんな顔だ。そこでワクァは、声のトーンを落とし、呟くようにシグの言葉を引き取った。

「……傭兵奴隷だから……か?」

「!?」

瞬時に、シグの表情が驚いたように引き攣った。大きく目を見開きワクァを見るその顔は、不安の色で満ちている。

間違いない……シグは傭兵奴隷だ。ワクァは、そう思った。傭兵奴隷であるのであれば、今までの彼が理由を言いよどんだ訳もわかる。自分だとて、同じ立場なら言葉を濁した事だろう。

目の前のシグは、傭兵奴隷であると知られた事からワクァの彼への態度が豹変するかもしれないと恐れているのだろう。不安の色が刻一刻と濃くなっていく。その不安を拭い去る為、ワクァは言った。搾り出すような、少々暗い声だ。

「……心配するな。…………俺も、そうだった……」

「え……!?」

ワクァの言葉に、思わずシグはワクァの顔を仰ぎ見た。そんな彼に、ワクァはぽつぽつと呟くように言う。

「傭兵奴隷だったんだ……俺も。だからだろうな。似たにおいを感じたと言うか……お前がただの侍従や執事見習いではなく、傭兵奴隷だという事は薄々勘付いていた」

「傭兵奴隷だった……。ワクァ、さんも……?」

信じられない、という顔でシグが呟く。そして、数秒迷った後、ワクァに問おうとした。

「けど、ならどうして……」

「どうして今こうして旅をしているのか、か?」

シグの言葉の続きを引き取るように、ワクァは問い返した。その問いに、シグはこくりと頷く。すると、ワクァは少しの間だけ言葉を選ぶように考え込んだかと思うと、口を開いた。

「……確かに、傭兵奴隷は自分を買い、育てた家から逃げる事はできない。歳をとって戦えなくなっても、ただの奴隷に格下げになるだけだ」

ワクァの口からぽつりぽつりと傭兵奴隷の境遇が紡ぎだされる度、二人の顔は暗くなっていく。だが、ワクァは「だが……」と少々語調を変えて言った。

「まぁ、色々とあって家を追い出されたんだ。だから、ヨシと旅をするようになった」

その家を追い出された理由も、ワクァにとっては辛い物でしかない。だが、そんな事はシグに悟られないよう、無理矢理に苦笑して見せた。その顔が、シグに何を伝えたかはわからない。ただシグは一言、「そうだったんですか……」とだけ呟いた。

辺りに、重い沈黙が漂う。すると、それを破る為と言わんばかりにシグが慌ててワクァに声をかけた。

「あ……あの……」

「? 何だ?」

シグの声に、ワクァは訊ねた。すると、シグは無理矢理話題を変えようとするように、ワクァに問う。

「ヨシ様とは、どうして一緒に旅を?」

「どうして?」

思わぬ問いに、ワクァは思わずきょとんとなった。すると、話題転換こそ無理矢理だったものの質問内容は実際に思っていた事だったらしく、シグは大真面目な……だが、これを訊いても良いものかと迷ったような顔で言う。

「お二人のやり取りを拝見していると、失礼ですが仲が良いようには思えなくて……。戦いにも参加されないようですし、何故ワクァさんがヨシ様と旅をなさっているのかがわからなくて……」

シグの言葉に、ワクァはさもありなん、という顔をすると、少しだけ考えた。そして、三ヶ月前の記憶を手繰り寄せながら言葉を紡ぐ。

「そうだな……きっかけはあいつが俺のいた街に偶然来た事だったと思うが……」

そこまで言って、再び思案顔になる。そして、数秒考えたかと思うと諦めたように苦笑し、言う。

「……俺も、何であいつと一緒に旅をしているのかは、今となってはよくわからない」

「わからない?」

ワクァの言葉に、シグが首をかしげた。だがワクァはそれ以上自らの旅について考える様子は見せず、宿屋に歩き出しながら言う。

「もう遅い。傭兵奴隷があまり長い時間屋敷を抜けていると酷い折檻を受ける事もあるからな……早く帰れ。足りないというのであれば、明日の朝、出発前にもう一度稽古をつけてやる」

ワクァが、自らの経験からシグに忠告をする。その言葉にシグは一瞬戸惑うような表情を見せたが、ワクァの「明日の朝、出発前にもう一度稽古をつけてやる」という言葉に顔を輝かせ、元気良く「はい!!」と答えた。そして、ワクァに背を向け帰ろうとしたが、ふと足を止めた。

「?」

帰ろうとしないシグの姿を怪訝そうにワクァが見ていると、シグは勇気を振り絞ったような真剣な声で、言った。

「あの……ワクァ、さん……」

「? 何だ。まだ何かあるのか?」

ワクァが問うと、シグは少しだけ迷うような間を作った後、振り向く事無く言った。

「……ファルゥ様は……僕の姉みたいなものなんです……」

「?」

ワクァには、まだシグが言わんとする事がわからない。少しだけ不思議そうな顔をすると、黙ってシグの言葉に耳を傾けた。シグは、言葉を続ける。

「僕は……果報者です。旦那様や奥様は僕の事を「奴隷商人から買ったから街の人間は奴隷と思っているかもしれないが、お前を奴隷と思った事はない」と言ってくださって。屋敷の皆さんは、僕に本当の家族のように接してくれて……」

その言葉で、ワクァは理解した。何故傭兵奴隷であるシグが一人で辺りをウロウロする事ができるのか。傭兵奴隷であるとは言え、何故シグが剣でファルゥを守ることにこだわるのか。

「成る程……領主一家はお前を奴隷として買ったわけではない。親から引き離され奴隷として売られた子どもを哀れんで買い取り、育てた。貴族に育てられたのだから、当然教養や剣術も学ぶ事になる。だが、街の人間は領主が奴隷商人から買った子どもに剣術や教養を仕込んでいると聞いて、お前の事を傭兵奴隷だと勘違いした。……そういう事か」

「……はい……」

シグが、力無く頷いた。

「恐らく、お前の中に血の繋がりも無いのに育ててくれる領主一家への済まなさのようなものでもあったのだろう。だから、街の人間に傭兵奴隷だと言われた時、「自分はそうあるべきだ」と思ってしまった……?」

「……はい……」

シグが、再び力無く頷いた。その姿を見て、ワクァは思う。もし自分がシグの立場だったら、自分もこのように育っていたのだろうか。あの家ではまず有り得ない話だとは思うが、もし自分が奴隷として売られた立場を哀れまれタチジャコウ家に買われていたら……。もし、イチオやニナンの血の繋がらない兄として育てられていたとしたら……。やはり、このシグのように済まなさのようなものを感じたのだろうか。自分は傭兵奴隷であるべきだと思ったのだろうか。そんな事をちらと考えながらも、ワクァはシグに更に問う。

「……その事を、領主には言ったのか?」

「……はい。哀しそうなお顔をされていましたが……それで僕の気が済むのであれば、名目上は傭兵奴隷であるという事にしよう、と……」

それはそうだろう。可愛がって育ててきた子どもが、自分達が可愛がったあまりに思い悩み「奴隷にして欲しい」などと言い出せば、血は繋がっていなくとも親だ。哀しくなるのも、わかる気がする。だが、シグの育ての親であるのと同時にこの街の領主でもあるマロウ家当主は、このままシグを貴族の子として育てていれば街の人間がシグの事をよく思わないかもしれない、とも薄っすら感じ取ったのだろう。

人間の妬みとは、恐ろしいものだ。ワクァとて、タチジャコウ家にいた時、他の奴隷達に妬まれた。陰で悪口を囁かれ、同じ立場である筈なのに心を許せる者が一人もいなかった。ワクァが普通の奴隷ではなく、傭兵奴隷であったのが、その理由だ。

傭兵奴隷はいつ戦闘になっても満足に戦えるよう、普段から力の付く食事を与えられる。その内容は、決して満足できるような内容ではないとは言え、味、質、栄養バランス、どれをとっても普通の奴隷の食事とは比べ物にならない。また、傭兵である以上貴族に付き従う事も多い為、主人に恥をかかせぬよう教養を付ける為の勉学も受ける事ができたし、衣服も地味ではあるものの清潔で縫製のしっかりした物を与えられていた。剣術の稽古は、人によっては羨まないかもしれないが、それでも奴隷仕事に比べたらずっと良いと考えるのが普通だろう。

そんな待遇であった為、ワクァは常に他の奴隷達の妬みの対象となっていた。奴隷と傭兵奴隷の差でもそうなのだから、街の人間と貴族の子どもではその差はかなり大きなものとなるだろう。元は自分達と同じかそれ以下の生まれである筈の子どもが貴族の子どもとして育てられ、自分達よりも良い暮らしをしている、などという条件が加われば尚更だ。

だから、シグの主人はあえてシグを傭兵奴隷とした。奴隷にすることで、シグ自身を守ろうとしたのだ。その為だろう。シグは、ワクァに比べて主人への恐怖感や、貴族に対する嫌悪感のような物を持っていないように思える。少しだけシグの事を羨ましいと思いながら、ワクァはシグに問うた。

「そして傭兵奴隷となった今でも、扱いは変わらない、と……?」

その言葉に、シグは一瞬きょとんとしたかと思うと、ワクァに振り向き、穏やかな笑みを浮かべて強く肯定した。

「はい。特に、末っ子のファルゥ様は……僕の事を実の弟のように可愛がってくださっています」

「……」

主人を心の奥底から慕っているのであろうシグの笑顔に、ワクァは思わず目を細めた。自分が持つ事の無かった主人に対する思慕の情が、微笑ましいのと同時にとても眩しく感じる。そんなワクァに気付く事無く、言葉を続ける。

「確かに、ファルゥ様は多少お転婆なところがあります。戦士や騎士に憧れて、僕もよく修行と称する無茶な遊びに付き合わされています。けど、戦士に憧れている分、正義感は人一倍で……僕が傭兵奴隷である事でいじめられていた時には、大人だろうと子どもだろうと叱り飛ばして、追い払ってくださいました」

成る程……と、ワクァは思う。戦士や騎士に憧れていて、正義感も強い。だからこそ、盗賊達に無謀とも言えるケンカを売ったのであろう。一つは、恐らく剣の実戦訓練の為に。もう一つは、盗賊に絡まれていた自分達を心の奥底から助けたいと思った為に。実力的には決して誉められたものではないが、その肝の太さや心意気は賞賛に値するかもしれない。ワクァがそんな事を考えている間にも、シグの言葉は更に続いていく。

「それだけじゃありません。お菓子を分けてくださったり、もっと小さい頃には絵本を読んでくださったり……本当に、本当の姉のようなんです。僕は……僕はそんなファルゥ様を守りたい。今はまだ、傭兵奴隷として半人前で……守るどころか、守られてばかりですけど……」

そこで一度言葉を結び、シグは胸に溜まった空気を吐き出した。今まで胸のうちで燻っていた思いや決意を吐露したからだろうか。その顔は、先ほどまでと比べてややすっきりとしている。そんなシグに、ワクァは少しだけ暗い表情のまま問う。

「……何故、それを今、俺に言う気になった?」

先ほどまでは、戦う理由を喋りたがらないでいたシグだ。それが、気付けば聞いていない事まで全て吐露する形となっている。その疑問に、シグは少しだけ苦笑すると言う。

「何故でしょう? 僕にも、よくわかりません……。ひょっとしたら、ワクァさんが僕と同じ立場だった事があるって聞いて、親近感が湧いたのかもしれません。……ワクァさんにも、僕と同じように……守りたい人がいたのかなって、聞きたくなったのかもしれません……」

実際には同じどころか、待遇の差が相当あるのだが。しかし、そんな考えがワクァの脳裏を過ぎる事は無かった。代わりに、かつて唯一自分が守りたいと思った少年――ニナンの姿が思い浮かぶ。

「……そうだな。お前ほど恵まれた環境ではなかったが……それでも、命を懸けて守りたいと思える人はいた……。家を追い出された今となっては、叶わない事だが……」

「ワクァさん……」

その声音に、何となく寂しさのような物を感じ取ったのだろうか。シグは、何と声をかけて良いのかわからなくなり、戸惑いがちにその名を呼んだ。その時だ。



カーン、カーン、カーン、カーン……



「!?」

突如、何かを鳴らす音が街中に響き渡った。鈍い金属音に、家々から人が飛び出してくる。街は騒然となり、ざわざわという人のどよめきが街の隅に位置するこの宿屋にも聞こえてくる。

「何だ!?」

それまでの暗い空気は何処かへと投げ遣り、思考を切り替えたワクァは鋭く呟く。それに、シグが不安を隠しきれない表情で答えた。

「警鐘です! 火事とか……街に異変が起きた時に鳴らす事になっています」

それが激しく鳴り響いているという事は、高確率で今この街に何かしら異変が起こっているという事だ。大きな火事ならば火から離れたところに避難しなければならないし、もし賊が現れたと言うのであれば臨戦態勢を取らねばなるまい。だが、行動を起こすには情報があまりに不足している。

「詳細を知る方法は!?」

ワクァが問うと、シグは少し焦りながらも言う。

「あの……街の中央にある講堂が、異変が起きた時に報せる番所にもなっています。街の人達が日替わりで寝ずの番をしていますから、そこに行けば……!」

「よし……行くぞ!」

それだけ言うと、ワクァは即座に駆け出した。その後に、慌ててシグも続く。その間も警鐘は、止む事無く鈍い音を街中に鳴り響かせた。








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