ガラクタ道中拾い旅










第二話 守人の少年











STEP1 小瓶と宿を拾う











キィン、という音と共に、シグの剣――クレイモアーは遥か後方に弾き飛ばされた。剣が地面に落ちる音と共に、盗賊達が土を踏むジャリ……という音が耳に届く。

「!」

追い詰められたシグ……そして、その横で同じく追い詰められたファルゥの顔に緊張が走った。幼い少年少女に、下卑た笑みを浮かべながら巨体の男達が迫る。

「手間かけさせやがって……」

「なますにして、酒の肴にしてやろうか?」

「そこの小娘は色町に売り飛ばしてやる! 逃げんじゃねぇぞ!」

悪意に満ちたどら声に、ファルゥの顔が恐怖で引き攣った。そんなファルゥを背後に庇うように一歩前に踏み出したシグが、震える声で搾り出すように叫んだ。

「ファルゥ様、お逃げ下さい!!」

「ですが……」

「僕の事は構わないで下さい! マロウ家を……ファルゥ様をお守りするのが、僕の務めなんですから!」

二人が言葉を交わす間にも、盗賊達は二人に迫り来る。シグの足にその影が被るほどに接近した男達は手にした剣を振り上げ、そして躊躇う事無く一斉に振り下ろした。

「死ねぇっ!!」

「シグっ!!」

ファルゥの悲痛な叫び声が響き、腕で防御の体勢を取ったシグは思わず目を閉じた。頭上で金属のぶつかり合うギィンという音が響く。だが、何も起こらない。いつまで経っても、痛みは襲い掛かってはこなかった。

「……?」

遅い。いくらなんでも遅過ぎる。不思議に思ったシグは、恐る恐る閉じた目を開いてみた。そして、小さく「あっ……」と呟いた。

シグの眼前には、裾の長い黒の上着と短い漆黒の髪を風に靡かせ剣を構える人物がいた。ワクァだ。彼は鞘に納めたままの愛剣リラを両腕で頭上に構え、盗賊達の全ての剣を受け止めている。その顔に追い詰められた様子は微塵も見られない。見方によっては余裕綽々ともとれる……そんな顔だ。

「なっ……」

「この小僧……!?」

思いもよらぬ展開とワクァの落ち着き払った表情に盗賊達が驚愕したのを、ヨシは見飽きた演劇でも見るように眺めていた。視線を移して見れば、ファルゥとシグも思わぬ援軍に呆然とし、声も無いままにワクァを凝視している。

「やっぱり弱いと思われてたんだ。本当、こういう時に見た目で損してるわよね、ワクァは。……あ、違うか。相手が手を抜いてくれるから得してるのか」

本人がこの言葉を聞いたら激怒する事請け合いなので、あえて声には出さずに心の中で呟く。そんな旅の相方の心境を知ってか知らないでか。ワクァは集中する為、胸に溜まった空気をゆっくりと吐き出すと、ファルゥとシグを横目でちらりとだけ見て言った。

「下がっていろ……いくぞ、リラ!!」

言うが早いか、ワクァは一瞬のうちに柄から鞘へと左手を移動させ、盗賊達の剣を受け止めたまま刀身を鞘から抜き放った。そのまま力ずくで鞘を相手に押しやり、盗賊達が思わぬ衝撃によろけたところで剣を横に薙ぐ。白銀の刃が夕陽の光を受けてきらりと輝き、風を切るヒュンという音が辺りにいる者の耳に心地良く届いた。

すると、一瞬のうちに盗賊達の一斉にズボンがずり落ち始める。どうやらワクァが相手も傷付けぬよう男達のベルトだけを切ったらしい。盗賊達のある者は慌ててズボンを直そうと腰に手をやり、またある者は直すのは無駄と見たのかズボンを脱ぎ捨てた。その様子を見て、ファルゥは顔を赤らめ目を掌で覆い隠す。ヨシが表情も変えずにこちらを見ているのは見なかったことにしておこう。

そんな少々間抜けな状況の中、ズボンに気をとられて隙だらけになった盗賊達に切っ先を向け、ワクァは静かに……だが、はっきりとした声で言った。

「……勝負、あったな」

「王手飛車取りだ。観念してお縄につけ。陽の当たらない牢獄でお天道様の有り難味を思い知ると良い」

「……勝手に人の台詞を作るな、ヨシ……」

ワクァが言っているかのようにわざわざ声を低くして何かが間違っている決め台詞を呟くヨシに、ワクァは脱力しながら抗議をした。すると、当の本人であるヨシはあっけらかんとして言う。

「良いじゃない、減るもんでもあるまいし」

「著しく減る。主に俺の神経と、俺への正当な評価が」

思わずヨシに向き直り、ワクァは反論した。至極真っ当な意見なのだが、折角の決め台詞にけちを付けられた事が気に入らないのか、ヨシは不満そうに頬をプーッと膨らませた。そのまま二人は睨み合い、先ほどとは比べ物にならないほど険しい空気が辺りに流れ始めた。険悪ではないが巻き込まれたくは無い……そんな空気だ。

その様を見てファルゥとシグは戸惑い、マフはワクァとヨシの顔を交互に見てはおろおろする。だが、言い合う二人の更に向こうが視界に入りハッとすると、マフはすぐさまおろおろするのを止め、慌てた様子で鳴きだした。

「まふー! まふー!!」

「ん、どうしたの、マフ?」

マフのただならぬ鳴き声に気付いたヨシが、片手でワクァの言葉を制止しながらマフに問うた。するとマフは、更に盛大に鳴き声をあげる。これはただ事ではないと感じたのか、ヨシもワクァも顔を上げ、マフの視線の先を追った。すると視線の先には、ズボンを上げつつ逃亡する盗賊達の姿がある。

「あ……あーっ!?」

ヨシが、非難めいたような悔しそうなような叫び声を発した。するとその声に、盗賊達が遠くから台詞を捨てていく。

「覚えてやがれ!!」

「このままじゃ終わらねぇからな!」

「首を洗って待ってろよ、クソガキどもがぁっ!!」

「こらーっ! 待ちなさーいっ!!」

「まふー! まふー!!」

テンプレートな捨て台詞を残して去ろうとする男達を、ヨシとマフが追おうとする。すると、その肩をワクァが掴んで制止した。

「あれだけ離されたら、追いかけても無駄だ。それに、もう日が暮れる……むやみやたらと単独行動を取らない方が良い」

「……そうね。あ〜あ、あと一歩だったのにねぇ……」

冷静に判断を下すワクァに、ヨシが残念そうに言う。そんな彼女に、ワクァは少々睨みを効かせながら溜息交じりに言う。

「元はと言えば、お前がくだらない台詞を口走ったせいだろうが……」

「……ワクァが全部無視しておけば良かっただけの話じゃないの」

「人のせいにするな。大体、お前はいつも……」

ヨシの反論に、ワクァが眦を吊り上げる。ともすれば、口論の第二ラウンドが始まりそうな雰囲気だ。ワクァは顔を険しくし、ヨシは頬を膨らませ、マフは再びおろおろし始める。その空気をまずいと思ったのか、それともこのままでは存在を忘れられそうだと危惧したのか……おずおずと二人の会話に割り込んできた声がある。

「あ、あの〜……」

その声に、ヨシ、ワクァ、マフはきょとんとした顔で振り向いた。そこには、すっかり忘れられていたファルゥとシグが畏怖と尊敬の入り混じったような表情でこちらを見ている。

「あの……ありがとうございました。危ないところを助けていただいて……」

「……あぁ……」

シグの礼の言葉に、ワクァが何と答えれば良いのかわからない、という困惑の表情で短く返した。ヨシはそんなワクァを見て、お礼を言われた事なんて殆ど無いんだから仕方が無いか、と心の中で呟き、くすりと笑う。そして、その笑いをワクァに気付かれないうちに言葉をファルゥ達に向けた。

「大丈夫だった? 怪我は無い?」

問われて、ファルゥは少し緊張の解けた声で答える。さっきの戦闘とは打って変わった、穏やかで優しそうな声だ。

「はい。お陰様で、わたくしもシグも無傷ですわ。本当に、何とお礼を申し上げれば良いのか……」

「良いのよ、お礼なんて! 元はと言えば、私達があいつらに絡まれてるのを助けようとしてくれたんだものね。こっちこそ、お礼を言わなきゃだわ」

そのヨシの言葉に、ファルゥは恥ずかしそうに肩をすくめ、申し訳無さそうに言った。

「いいえ……かえって足を引っ張ってしまったようで……お恥ずかしい限りですわ」

そう言ってうな垂れるファルゥに、心配そうな表情でシグが寄り添う。その存在に気付いたのか、ファルゥは気を取り直してヨシ達に向き合い、名を名乗った。

「あ、申し遅れました。わたくしはこの辺りの土地を治めているマロウ家の次女、ファルゥ=マロウと申します。そしてこちらは、わたくしの大切な友人、シグですわ」

名を呼ばれ、シグは慌ててぺこりとお辞儀をした。その様子を微笑ましく思いながら、ヨシは二人の名を反芻した。

「ファルゥちゃんに、シグくんね。私はヨシ。こっちはパンダイヌのマフよ。よろしくね」

「まふ!」

名を呼ばれ、こちらは元気良く鳴き声をあげる。それに微笑み返しながら、ファルゥは言葉を繋いだ。

「ヨシ様に、マフ様ですわね? それで……あの、そちらのお方は?」

そう言って、彼女はワクァに視線を移した。その瞳には、強い憧れのようなものが確実に宿っている。その視線に気付いたのか、ワクァは少々間が悪そうに答えた。

「……ワクァだ」

呟くような……聞く気が無ければ聞き落としてしまいそうな声だ。だが、そんな事は一切気にする様子も無く、ファルゥは目を輝かせながら立て続けにワクァに言葉を投げかけ続けた。

「ワクァ様! とてもお強いのですね! わたくし、感動致しましたわ!! その若さでそこまでお強いだなんて……剣のお稽古は、一体どちらで!?」

「……言ったところで何になる? 俺はベラベラと自分の事を語るのは趣味じゃない」

数秒前とは百八十度違ったハイテンションにいくらかうんざりしながら、ワクァは答える。その顔は、いつも以上に不機嫌そうだ。そんなワクァに、ファルゥはしゅんとしながら「失礼致しました……」と詫びの言葉を述べる。それが気に食わなかったのか……珍しくヨシが顔を顰め、ワクァに食って掛かった。

「ちょっとワクァ! そんなキツイ言い方しなくても……」

「いえ、良いのです。今のは確かに、わたくしが礼を失しておりました。ワクァ様が心中お怒りになられるのも、ごもっともですわ」

ヨシの言葉を制止するように、ファルゥが言う。そんな彼女に、シグがおずおずと声をかけた。

「あの、ファルゥ様……?」

「何ですの、シグ?」

「いえ、あの……そろそろお戻りになりませんと、旦那様や奥様が心配なさいます。日も落ちてしまいましたし、街へ向いながらお話されてはいかがですか……?」

「それもそうですわね」

シグの言葉に、ファルゥはさもありなん、という顔をした。そしてそれから数秒と間をおかず、何か良い事を思いついた、という顔をした。表情が明るく輝いている。

「……日が落ちると言えば、お三方は今夜のお宿はお決まりですの?」

「まだよ。この土地に来たのは今日が初めてだし」

ファルゥの言葉に、ヨシは即答した。そして、思い出したように言葉を付け足す。

「確か、早く街に行って宿を取ろうって話してる時にあいつらに絡まれたのよね」

「本を正せば、お前が余計な物を拾っていたせいで遅くなったんだがな」

ヨシの言葉に、ワクァはむすっとしながら言葉を発した。そんな彼の態度に、ヨシは怪訝な顔をする。

「……ワクァ。何だか今日、やけに絡むわね……。何でそんなに機嫌が悪いのよ?」

「お前には関係無い」

取り付く島も無いほどに即答。いつも以上のとっつき辛さに、呆れながらヨシは言う。

「関係あるわよ。絡まれてる張本人なんだから。……まぁ良いわ。それで、ファルゥちゃん? 私達はまだ宿は決まってないけど……それがどうかしたの?」

即座に思考をワクァからファルゥに切り替えたヨシに、ファルゥは少々遠慮がちに言った。

「いえ……もしよろしければ、わたくしの屋敷にお泊りになりませんこと? 助けて頂いたお礼もしたいですし、ご迷惑でなければお三方のたびのお話なども伺いたいですわ」

その言葉に、一瞬のうちにヨシの顔が輝いた。

「泊めてくれるの!? やったわよ、ワクァ! 宿を探す手間が省けたわ!」

小躍りでもしかねない勢いで喜ぶヨシ。だが、そんな彼女の喜びなど意に介さないといった様子で、ワクァはきっぱりと言った。

「……悪いが、俺は断る」

「!?」

この申し出を当然受けるであろうと思っていた一同は驚き、ガバッとワクァの顔を凝視した。その表情に笑みは無く、冗談で言っているわけではなさそうだ。

「何で!? 折角泊めてくれるって言ってくれてるのよ!?」

「あの……わたくし、また何か失礼な事を申し上げたのでしょうか……!?」

ヨシが信じられない、といった顔付きで非難めいた声をあげ、ファルゥが不安そうな顔をする。流石にその表情に罪悪感を覚えたのか、ワクァは慌てて言葉を付け足した。

「そうじゃない。……言い方が悪かったな。単に俺が貴族の屋敷のように豪奢な建物や家具が苦手なだけだ。気にしないで欲しい」

「ワクァ……」

ワクァの言葉を聞き、ヨシは声を詰まらせた。思い当たる節があるからだ。……そう、ヨシは忘れがちだが、ワクァは元貴族に仕える……いや、使われる傭兵奴隷だ。主人である貴族達によって、嫌な目にも幾度となく遭ってきた。豪奢な建物や家具は、そんな目に自分を遭わせてきた貴族達を……ひいては、嫌な記憶を思い出させる。だから、ファルゥの申し出を断ったのかもしれない。そう思うと、ワクァにマロウ家への宿泊を無理強いする事はできない。そんなヨシの思考が表情に出たのだろうか。ワクァは少々場が悪そうな顔をすると、自らの言葉の補足をするようにヨシに言った。

「ヨシ。俺は別に泊まる事を断れ、とは言ってない。俺は泊まるつもりはないが、お前とマフは泊めてもらったらどうだ? 折角の好意だからな」

「あ、うん……ワクァは?」

「俺は街に着いてから宿屋を探す」

何となく申し訳無さそうなヨシの問いに、ワクァはアッサリと答えた。そして、更に言葉を足す。

「……お前の拾い物専用の鞄は俺が持っていてやる。そんな泥だらけの鞄を持ち込んだら、良い顔はされないだろうからな」

「あ……そう? じゃあ、お願い」

ワクァの思わぬ提案に、ヨシは複雑そうな顔をしながら頷き、いつも肩から掛けているウコン色の鞄をワクァに託した。ワクァはそれを受け取ると、そのまま街に向って歩き出す。

「行くぞ。グズグズしていると、またあの手の奴らに絡まれるかもしれないからな」

「そうね……急ぎましょう」

「はっ……はい!」

ワクァの言葉に今度はまじりっ気無しの本音でヨシが頷き、それにシグが慌てて返事をする。そうして一同が歩き出そうとした時に、ファルゥが不思議そうな顔でヨシに訊ねた。

「あの……ところで、ヨシ様?」

「ん? 何?」

ヨシが振り向いて答えると、ファルゥはこれを言って良いものか、と言いたげな顔で数秒迷い、問うた。

「いえ……先ほどワクァ様が戦いに臨まれる時、誰かの名を呼んでいたように聞こえたのですが……誰か他にお連れ様が……?」

問われて、ヨシは一瞬きょとんとした。そして、思い当たる事があったのか、軽く苦笑する。

「あぁ、あの……いくぞ、リラ!! ってやつ?」

「はい」

ヨシが声色を微妙に変えつつ言うと、ファルゥはこくりと首を縦に振った。そんなファルゥに、ヨシはまるでその辺りの草花の名前でも教えるようにさらりと言う。

「リラってのはね、ワクァの剣の銘よ」

「銘……ですか?」

ファルゥが不思議そうな顔をすると、ヨシは肩をすくめたり人差し指を立てて見せたりとリアクションをしながら、説明をする。

「そ! ワクァって、小さい頃から剣の修行に打ち込んでたり、その他諸々の事情から友達がいなくてさ。私に会うまではあの剣が唯一無二の戦友(ともだち)だったのよね。で、いつの間にやら戦う時には剣の名前を呼んで士気を高める、痛い人になっちゃっていましたとさ」

「……聞こえてるぞ、ヨシ」

ヨシのあまりと言えばあまりな説明に、当の本人であるワクァが機嫌悪く声をかけた。その声に、いたずらっ子のようにぺろりと舌を出しながら、ヨシは話題を転換する。

「それはそうと、ファルゥちゃんとシグくんって、いくつ? 私は十五だけど……」

「わたくしは十四、シグは十一ですわ」

ただ間を埋めるための物と思われる問いに、ファルゥが丁寧に答える。そして、その言葉にヨシが感心したように言う。

「ファルゥちゃんは私の一個下なんだ〜。それに、シグくん十一歳!? 凄いわね〜。その歳であそこまで剣が使えるなんて、大したもんだわ」

ヨシに誉められて、シグは照れながら言った。

「あ、ありがとうございます! ……でも、ワクァ様はもっとお強いんですよね……歳はファルゥ様と殆ど変わらないのに、あそこまで……」

そのシグの言葉に、ワクァは苦虫を噛み潰したような顔をし、ヨシはプッと噴出した。そしてヨシは、ひらひらと手を上下に振りながら言う。

「いやいやいや、ワクァはああ見えて十八歳だから。多分。背は低いけど、私より年上だから」

その言葉に、ワクァの顔が更に不機嫌そうに歪む。その顔にヨシは、「あぁ、普段そんな様子は見せないけど、やっぱり背が低い事は気にしてんのね」と妙に納得する。そんな二人の微妙な心情など知る由も無く、少々興奮気味にファルゥが言う。

「十八でも、充分凄いと思いますわ。あれほどの使い手、我が家の護衛兵にはおりませんもの! あ、ひょっとして、あの世界最強と謳われる戦闘民族、バトラス族の方ではございません事!? それならあの強さにも納得ですわ!」

ファルゥの言葉に、ワクァは一瞬だけ悲しそうな……それでいて寂しそうな……そんな顔をした。そして、ぽつりと呟くように言う。

「……それはない。バトラス族は皆、明るい色の髪を持つと言う。……見ての通り、俺は黒髪だからな。バトラス族である事は有り得ない」

「……そうですの……」

実際のところ、ワクァ自身も以前自分はバトラス族の人間なのではないかと思っていた事がある。傭兵奴隷として幼い頃に売られ、親の顔も知らぬ自分。剣の上達が目覚しい事から、戦闘民族であるバトラス族の血をひいているのではないかと言われた。それが唯一の親の手掛かりだと思っていた。だが、数ヶ月前彼の前に現れた旅人の少女、ヨシは言ったのだ。バトラス族は皆、明るい色の髪を持っている。黒髪のワクァがバトラス族である事は有り得ない。実際に血をひいているとしても、それは先祖にバトラス族がいたという程度で、親の手掛かりにはなり得ないだろう、と。だからこそ、バトラス族ではないかと言われると寂しい気持ちになる。その言葉が、自分の親を探すのは困難であるという事実を思い出させるから。

そんなワクァの心情が見えたのか、ファルゥの声も暗くなる。その暗さを払拭する為に、ヨシはあえて明るく言葉を紡いだ。

「そうそう。ワクァの強さは血筋じゃなくて、努力の賜物なのよ。こう見えて、天才型じゃなくて努力型なの」

その言葉に、ファルゥの顔が再びきらきらと輝き始める。

「なら、尚更素晴らしいですわ! 努力であれほどの強さを手に入れるなんて!!」

「……まぁ……苦労したしねぇ……」

事情を知るヨシは、思わずぼそりと呟いた。だが、幸いにもファルゥの耳にその言葉は届いていない。顔の輝きが曇る事無く、ファルゥは興奮しながら言った。

「本当に……素晴らしいですわ! お強くて、冷静で美しくて……その上、驕らない。こんな女性が存在するだなんて……!」

瞬時に、ヨシ、ワクァ、マフがフリーズした。ヨシの場合、「美しくて」の辺りから何となくオチは読めていたのだが、話の流れ上今回は少々笑えない。居心地悪そうに恐る恐る横に並ぶワクァを見れば、その姿は見事に予想と違わない。拳を震わせ、完全に冷静さを欠いた様子で彼は思わず叫び声をあげた。

「だから……俺は男だーっ!!」

ワクァのあまりの大声に驚いたのか……木に止まり休もうとしていた鳥達が一斉に飛び立った。









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