ガラクタ道中拾い旅










第一話 双人の旅人











STEP5 旅のお供を拾う











親パンダイヌの死骸は、すぐに見付かった。肉は殆ど他の動物達に食べられてしまった後だったが、骨はまだ残っている。

ワクァとヨシは地面に穴を掘り、残った骨を埋めてやった。そして、手作りの簡素な墓標を立てる。野生動物相手にここまでする必要は無いのだろうが、気持ちの問題だ。

出来たての墓に手を合わせた後、ヨシはワクァに問うた。

「ねぇ……ワクァ、これからどうするの?」

問われて、ワクァは冷静に言う。

「如何するも何も……旅を続ける以外に何かあるのか?」

その顔には、最早動揺も怒りも残っていない。しかし、何かが抜けてしまったような感じもする。

そんなワクァに、ヨシは言う。

「私達の事じゃなくって! この子よ! どうするの? 親が死んじゃって……この子、一人ぼっちなのよ!? この広い森の中で、他のパンダイヌを探すのは難しそうだし……」

言われて、ワクァは少し考え込んだ。

「確かに……それに元々パンダイヌは群れではなく単独で行動する生物だからな……他のパンダイヌを見付けたからと言って、こいつの世話をしてくれるとは思えない……」

そう言って、子パンダイヌを見る。子パンダイヌは首を傾げて、「まふ?」と鳴いた。親が死んだ事は理解していると思うが、これから自分がどうすべきかはわかっていない顔だ。

「……やっぱり、連れてく?」

ヨシが問うと、ワクァは更に考え込んで言った。

「……一度、地面に下ろしてみろ」

「え?」

言われて、怪訝な顔をしながらもヨシは言われた通りにした。地面に下ろされた子パンダイヌは、不思議そうな顔でヨシを見詰めている。

「……それで、どうするの?」

訊かれて、ワクァはアッサリと言った。

「このまま出発する」

「は!?」

ワクァの言葉に、ヨシは素っ頓狂な声をあげた。

「ちょっと、何考えてんのよ!? このまま出発するって……それって、この子を置いていけって事!? 見殺しにしろって事!? うわ、サイテー! 鬼! 悪魔!! 女顔!!」

思い付くがままに罵声を飛ばすヨシに、ワクァは米神に筋を作りながら言う。

「誰が見殺しにすると言った!? それと、女顔と言うなと何度言ったらわかるんだ!?」

怒鳴り返して、一息ついた後ワクァは言う。

「そうじゃなくて……こいつの好きなようにさせてやれと言っているんだ。無理矢理連れて行ったら、さっきの奴らと同じだろうが! こいつが野生で生きたければ自力で何とかするだろうし、俺達に付いて来たいと思うなら付いて来れば良い。そう言ってるんだ」

言われて、ヨシは一瞬きょとんとした。だが、すぐにワクァの言葉の意味を掴んで納得する。

「あぁ、そっか。結局、この子が如何したいか……が大切なんだもんね」

「そういう事だ」

ヨシが理解してくれた事に安堵しつつ、ワクァは頷いた。その様子に微笑んだ後、ヨシは子パンダイヌに言う。

「そういうわけなんだけど……君はどうしたい? 私達はもう出発するけど、もし付いてきたかったら付いてきて良いんだからね? 個人的には、付いてきてくれるととっても嬉しいんだけど……」

「まふ!」

ヨシの言葉を理解してかしないでか…子パンダイヌはしっかりと返事をした。その姿に胸をときめかせながら、ヨシは立ち上がる。

「じゃあ……行きましょうか、ワクァ?」

「あぁ……」

ワクァが言葉を返し、二人は森を後にする。すると、背後から声が聞こえた。

「まふー!!」

「!」

声に素早く反応し、ヨシは振り向いた。

追ってくる。子パンダイヌが、ヨシ達を必死に追ってきている。てってけ、てってけと。短い足を必死に動かして、ヨシ達目掛けて走っている。

その姿を見たヨシは、嬉しそうにその場にしゃがみ込んだ。子パンダイヌはヨシの膝元まで来ると、懸命に頬を摺り寄せ、甘えている。

「追っ掛けてきてくれたんだね?」

「まふ!」

「一緒に、来てくれるんだね!?」

「まふー!!」

「ありがとう!!」

「まふ!!」

一連の会話のようなものが繰り広げられた後、ヨシは子パンダイヌをガシッ! と抱き締めた。そして、ワクァに言う。

「ワクァ! この子、追ってきたからね! 今日からこの子も、仲間だからね! 良いでしょ!?」

言われて、ワクァは溜息をつきながら言う。

「……まぁ、仕方が無いな……」

「やったぁ!!」

嬉しそうに子パンダイヌを抱きかかえて小躍りした後、ヨシはふ、と何かが引っ掛かったのかワクァに問う。

「……ワクァ……今回は拾う事に関していやにアッサリ認めてくれたけど……どういう風の吹き回し?」

「……」

問われて、ワクァは暫く沈黙した。そして、何か思いついたような顔をすると言う。

「昨日お前に助けられた時、お前は言っただろう? 「助かった暁には何か動物を拾って旅の供にする」と。約束は約束だからな……変な動物を拾ってこられる前にその約束を果たそうと思っただけだ」

……あれ、もの凄く一方的だった上に、承認すらされてなかったと思うんだけどな〜……。

少し納得いかない顔で、ヨシはポリ……と頬を掻いた。そして、徐に何かが思い当たったのか、ニヤリと笑って言う。

「はっはぁ〜ん……さてはワクァ……暫く一緒にいたもんだから、この子に情が移っちゃったんでしょ〜?」

「なっ……何を馬鹿な事を言ってるんだ!?」

ヨシの言葉に、ワクァは異常なほどに焦った顔で言い返した。どうやら、図星のようだ。

「だってそうでしょ? ハヤだっけ? あいつが現れるまで、ワクァはずーっとこの子に構われてたワケだし……私が最初に「連れて行きたい」って言った時には「親と子を引き離すな」とか言って怒るわ、この子の親が殺されたとわかった時には本気になって怒るわ……情が移ったとしか思えないじゃない?」

それに、この子とワクァって何となく置かれた立場が似てるもんね〜。親がいないところとか、貴族に嫌な思いをさせられたとか。そりゃあ情も移るわ〜。

……と、ヨシは散々言いたい放題だ。そして、それに反論できないワクァがいる。そして、一通りからかい終わったあと、ヨシは真剣な顔をして言う。

「ところで……この子の名前なんだけど……」

「あぁ……そう言えば……」

ワクァも、思い至ったように言う。

この子パンダイヌには、まだ名前が無い。名前が無ければ、不便な事この上ない。だから、名前は当然必要だ。ヨシとワクァは、言葉を交わした後同時に考え込む。どんな名前が良いか……。

「紛らわしいのは嫌だし……ありきたりな名前にしたくはないわよね……」

「あぁ……かと言って、常軌を逸した名前も嫌だけどな……」

「……この子、男の子かしら? 女の子かしら……?」

「毛皮の白い部分に青みがかかっているからオスだな。メスは黄色がかっている」

「そっかぁ……男の子かぁ……」

「奇をてらって女の名前を付けようとか考えるなよ?」

「……どうせ男の子なら、カッコ良い名前が良いわよね」

「あぁ……だが、お前のセンスでカッコ良いと思う名前を付けようとか考えるなよ?」

「……」

「……」

一通りの会話後、二人は沈黙した。

決まらない……と言うよりも、ヨシが名前を決めそうな雰囲気になると、それをワクァが阻止しているようにも思える。ヨシもそれは感じていたのか、ワクァに問う。

「……ワクァ、何かさっきから、私の意見にケチをつけるような事ばっか言ってない?」

「おかしな名前になるのを未然に防いでいるだけだ」

「やっぱりケチつけてるんじゃないの!! 私の意見の何処が悪いって言うのよ!?」

「そう言うなら、一応聞いてやる。どういう名前を付けるつもりだったんだ? 言ってみろ!!」

「ゲーリッファリクァストロノーマン三世とか」

「やっぱりおかしな名前じゃないか! 大体、何でいきなり三世なんだ!? ワケがわからん!」

「語呂が良いでしょ!?」

「そんな理由で初代もいないのに、いきなり三代目に就任させる奴があるか!!」

「じゃあ初代なら良いワケ!?」

「そういう問題じゃない! 大体、長過ぎるだろう! 名を呼ぶ度に舌を噛みかねん!」

「文句があるなら、ワクァはどんな名前を考えたわけ!? 言ってみなさいよ、ほら!!」

「う……」

まるで子供の名付けを巡って勃発した夫婦喧嘩のような不毛な言い争いは、ワクァが言葉を詰まらせた事によって、一時終結した。どうにもこのワクァ、真面目過ぎて新しく物事や名前を考えるのは苦手であるらしい。

文句はあるが、良い名前が思い付かない。かと言って、ゲーリッファリクァストロノーマン三世なんて長ったらしい滑稽な名前を呼ぶのは嫌なわけで…。

だから、何とか反論しようと言葉を探している。何とか良い名前を考えてヨシを納得させようと、必死になって考えている。

因みに、このように新しい事を思い付こうと考える作業というのは、必死になって考えれば考えるほど思い付かなくなり、それで焦ってまた必死に考える……という悪循環に陥りやすい。現在のワクァが良い例だ。良い名前を思い付こうと必死になるあまり、思い付かなくなるという悪循環に見事な程に陥っている。

そんなワクァを見て、呆れた様子でヨシは言う。

「も〜……しょうがないわねぇ……長くなくて、シンプルなら良いワケ?」

「……?」

ヨシの言葉に、ワクァは怪訝な顔で振り返った。そのワクァに、ヨシは言う。

「マフ。これならどう? 無茶苦茶短いから、センスもへったくれも無いと思うんだけど?」

「……マフ?」

意味を問うように、ワクァが言葉を反芻する。すると、ヨシはこっくりと頷いて言った。

「そ! 毛皮がまふまふしてて、「まふー」って鳴くから、マフ! わかり易いでしょ?」

……わかり易過ぎる……。瞬時に、そんな言葉がワクァの脳裏を過ぎった。確かに、短くて覚え易い。……が、まふまふしていて「まふー」と鳴くからマフとは……。

だが、どんなに単純な名前でも、ゲーリッファリクァストロノーマン三世よりは確実にマシなわけで。これに文句を付けたら、今度はどんな滑稽な名前が飛び出してくるかわからないわけで。

それを考えると、とてもじゃないが文句を付ける気にはならない。それでなくても、自分は名前を一つも思い付く事ができなくて相当分が悪いのだ。ワクァは、諦めたように溜息をつくと言った。

「……それで良い……」

その顔には、思い切り疲労した様子が見える。恐らく、今夜も早めに寝付き、ぐっすり眠る事ができるだろう。もっとも、昨日とは全く違う種類の疲れではあるが。

そんなワクァの言葉を聞き、ヨシはニィッと笑って子パンダイヌに言う。

「よぉーっし! そんなワケで、君の名前はマフに決定〜! よろしくね、マフ!!」

「まふー!!」

マフが、力強く鳴いた。まるで、「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」と言っているようだ。

そして、マフはワクァにも近付くと、やはり「まふー!!」と力強く鳴いた。

その姿に毒気を抜かれたのか、ワクァはしゃがみ込んでマフの頭を撫でた。すると、マフは嬉しそうにワクァの腕にしがみ付き、そのまま一気に肩まで登っていった。その様は、パンダというよりもコアラに近い。

「おっ……おい!?」

予想していなかった行動に度肝を抜かれたのか、ワクァは少々焦った声で言う。その様子を羨ましそうに見ながら、ヨシは言った。

「あらあら……マフってば、会ったばっかりの時もワクァの肩に登ってたけど……すっかりその位置が気に入っちゃったみたいね。良いな〜ワクァばっかりマフに構ってもらえて……」

そう思うなら、お前が肩に乗せろ……そう言いかけて、ワクァは止めた。自分の肩の上で、マフがあまりにも心地良さそうにしているのが見えたからだ。

それに、こういった動物は基本的に丈夫でしっかりした木にしか登らない。野性の本能が「その木は危ない」と告げるのか、頼りない木には登ったりしないものだ。つまり、マフはワクァが「頼れる存在である」と思ったから、ワクァに登っているとも考えられるわけで。頼られていると思うと、誰でも悪い気はしない。

それで諦めがついたのか、ワクァは肩上のマフを軽く撫でた。すると、マフはその手に縋って、頬を摺り寄せる。

「まふ〜……まふ〜……」

頬を摺り寄せながら鳴く声は、まるで「僕の代わりにあいつらをとっちめてくれてありがとう」と言っているようで。その行動と鳴き声に、ふっと頬を緩めながらワクァはヨシに言う。

「……随分と時間をかけた……急がないと、日が暮れる前に次の町に辿りつけないぞ、ヨシ?」

言われて、ヨシは空を見る。太陽は中天を少し過ぎた頃。次の町まではまだ大分あるだろうから、歩くペースを早めなければ、今夜は野宿になってしまう。

「そうね! よぉ〜し、走るわよワクァ! あ、けどもし途中に良さそうな物が落ちてたら足を止めてよね! 私の旅の目的は、王様への献上物を探して拾う事なんだから!」

「だからと言って、おかしな物ばかり拾うなよ!? 一々足を止めていたら、絶対に日暮れに間に合わないぞ!?」

「わかってるわよ! ほら、早く走る!!」

そう言って、ヨシは迷う事無く道を走り始めた。その顔には、走るというその行為自体を楽しんでいる笑顔がありありと浮かんでいる。それを見て、ワクァも慌てて走る体勢に入る。

「振り落とされるなよ、マフ」

「まふ!!」

会話でないような会話を交わし、ワクァも走り始めた。

「待て、ヨシ! 一人で突っ走るな!!」

そう叫ぶワクァの顔にも、薄っすらとではあるが、微笑みが見えた。

青い青い空の下。長い長い道程を、彼女達は走り続ける。見捨てられたモノ達を拾い集めながら。旅の全てを、楽しみながら。

ガラクタ道中とも、拾い旅とも言えるこの旅は……まだまだ、終わりを迎えそうにはない。






(第一話 了)







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