ガラクタ道中拾い旅










第一話 双人の旅人











STEP0 相棒を拾う











それから二日間、ワクァは昏々と眠り続けていた。声をかけても揺さぶっても、一向に起きる気配は無い。

医者からは、「一命は取り留めたが絶対安静!!」と言い渡された。言われなくても、意識すら取り戻さない人間が動き回れるとは誰一人露とも思っていない。

何故こうなったかの経緯はヨシとニナンの二人から聞き及んでいるので、流石に無理矢理起こそうとする者もいない。

誰にも起こされる事無く、二日間眠り続けた。

その間の看病は、ヨシとニナンが引き受けた。特にニナンは、自分の所為でこうなったという負い目があるのか、朝誰よりも――それこそ、執事達よりも――早く起きてはワクァの元へ行き、夜眠くなる限界まで付き添っているという徹底振りである。

それだけ長く付き添っていても、七歳の子供にできる事はたかが知れている。……が、共に看病をしていたヨシは特に何を言うでもなく、ニナンの好きなようにやらせている。

「一生懸命やってるんだし、悪化するんじゃなきゃ良いんじゃない?」という事らしい。

そんな調子だったものだから、三日目にワクァが目を覚ました時のニナンの喜び様は並大抵ではなかった。

「ワクァ! 僕がわかる!? ごめんね……僕の所為で……痛かったよね……? 本当にごめんね……ごめんね……!!」

涙を流して謝るニナンに驚いたのか、ワクァは起きたばかりで働かない頭をフル回転させて状況を確認しようとする。

「……若……!? どうされたんです!? ……それに、ここ……! 盗賊達は!? ……痛っ……!?」

ガバッ! と起き上がろうとして、ワクァは再びベッドに倒れ込んだ。痛みと貧血のダブルパンチだ。はっきり言って、起き上がれる筈が無い。

そんな様子を呆れて見ながら、ベッドの傍らに控えていたヨシは言う。

「盗賊は全員捕まったわ。アンタがお花畑を見てる間にね。それよりも、ニナンくんに感謝しなさいよ? アンタがやられてから盗賊達が捕まるまで……ずっとニナンくんがアンタの事を守ってたんだから」

「……若が……!?」
驚いた顔で、ワクァはニナンを見た。ニナンは、照れ臭そうな顔をして言う。

「ワクァは、いつも僕を守ってくれてるでしょ? だから、そのお返しだよ! ワクァがいつも頑張って僕を守ってくれてるから、僕も頑張ってワクァを守ったんだ!」

そう言う顔は、照れながらも誇らしげで。その顔に微笑みながら、ワクァは言う。

「……ありがとう、ございます……。いつもと、立場が逆になってしまいましたね、若……」

その言葉に、ニナンは嬉しそうに笑った。ニナンくんのこんな嬉しそうな顔、一週間ぶりかしらね……と思いながら、ヨシは二人の様子を見る。

そのヨシの視線に気付いたワクァが、ふと思い出したようにヨシに問うた。

「ところで……俺がやられてから盗賊が捕まるまで、若がずっと守ってくれていた……という話だったが……結局盗賊達はどうやって捕まえたんだ? 俺が倒れた時には、まだ十人は残っていた……簡単に捕まえられる数ではないと思うんだが……?」

その言葉に、ヨシは思わず目を逸らす。何となく、あの人数を女の子が一人で片付けたというのは嘘臭いし、話し辛い。

それに、話せば連想ゲームの方式で自分がバトラス族だとバレてしまう。さぁ、どうするか……?

答あぐねて、ヨシが考え込んでしまった時だ。



ガチャリ



ノックもせずに、部屋に入ってきた者がある。この屋敷の主人、アジル=タチジャコウだ。

「……目が覚めたようだな、ワクァ」

「だっ……旦那様! ……申し訳ございません! ご迷惑をお掛けして……痛っ……」

驚いて、慌てて起き上がろうとしたワクァに、再び痛みと貧血のダブルパンチが襲い掛かった。だが、今度はワクァはそのまま大人しくしていない。主人の前で失礼があってはならないと、何とか起き上がろうとしている。

見るに見かねたヨシが、起き上がるのを手伝った。起き上がったらあっという間に顔色が悪くなるのも見ていられない状況だとは思うが、体調が悪くなる本人が起き上がろうとしているんだし、まぁ……好きなようにさせてやろう。

ヨシに支えられて何とかベッド上に上半身だけ起こしたワクァを見た後、アジルはニナンに言う。

「ニナン……私はワクァに大事な話がある。お前は部屋に戻っていなさい」

「え? でも……」

僕はまだ此処にいたいよ……と言いたげな顔のニナンに、アジルは先程よりも少し強い口調で言う。

「戻っていなさい」

その口調に、ニナンはビクリとなる。そのまましょげ返り、「はい……」と言うと、部屋から出て行った。「また後から来るからね」という言葉を残して。

そして、部屋にはワクァとヨシ、アジルの三人が残った。ワクァは元々アジルを苦手としている。一緒にいるだけで緊張感が高まっているのがわかり、体調が悪化しやしないかと、ヨシは気が気ではない。そんな重苦しい空気の中、アジルは勉めていつもよりは厳しさの無い口調でワクァに言った。

「……まずは、礼を言おう。お前がいなければ、ニナンは死んでいた。私の命令を無視して出て行っただけの事はある……傭兵奴隷にしては、上出来だ」

それが礼を言う者の態度か! とヨシは瞬時に怒鳴りそうになった。何とかそれを堪えて、ヨシは成り行きを見守る。

「だが……やはり命令違反は命令違反だ。お前も、出て行く際に「咎めは後でいくらでも受ける」と言った。ならば、それなりの罰を与えねば示しがつかない……わかるな?」

「……はい……」

顔を強張らせて、ワクァは頷いた。

ヨシは、ただ黙ってアジルを睨み付けている。死にかけてまで息子を守った者に、どんな罰を与えようと言うのか。事によっちゃ承知しない、という顔だ。

そんなヨシなど気にかける事も無く、アジルは冷たく言う。

「見れば、ニナンは随分とお前に懐いているようだな……だが、それでは困る。貴族が奴隷と仲が良いというのは、それだけで世間体を悪くするものだ。だが、今更「懐くな」と言っても、ニナンは聞くまい。だからワクァ、お前には暇を出す事にした。怪我が治り、充分に動けるようになったら……この屋敷を出て行くんだ」

「!?」

突然の言葉に、ワクァは目を見開いた。

ヨシも、睨む事を忘れ、呆れた。完全に向こうの都合だ。ワクァには何の落ち度も無いと言うのに……信じられない。

言葉を失ったワクァに、アジルは更に言葉を続けた。

「餞別として、リラはお前にくれてやる。本来なら暇を出すと同時に返還させるのが当然なのだが……傭兵奴隷が使っていた剣など、誰も使いたくはないだろうからな……お前の剣技があれば、何処の土地へ行っても護衛として何とかやっていけるだろう……。それがせめてもの情けだ。わかったな?」

そう言って、アジルはワクァの返事も待たずに部屋を出て行った。奴隷の部屋になど、一分一秒でも長くいたくはない……そんな顔で。

「……」

ヨシは、かける言葉が見付からない。主の為に必死に戦ってきた者が、主の勝手な都合でクビになってしまった……そんな時にかける言葉など、初めから持ち合わせていないのだから、見付かる筈がない。

ワクァは、ただ黙って俯いていた。俯いて、声も出さずに泣いていた。ぽたり、ぽたり、と、膝の上で握りしめた拳に涙が落ちた。

ヨシは、それを見なかった事にした。








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