フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~












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「……というわけで、今度もまたお預けだったんだ……」

フェンネルへ報告のために訪れて、涼汰は疲れた声で報告を終えた。

「なるほどねぇ……一度目と二度目は次の季節を待たないと掘り出せない場所に埋めて、三度目は殺気立ってて受験がひと段落するまで近寄りがたい三年生の教室か。その暗号を隠した人、ずいぶんと焦らすんだねぇ。……あ、パウンドケーキあるよ。食べる?」

大量に並んだポインセチアに水をやりながら、乾はバックヤードを指差した。どうやら、常連客からクリスマスのお菓子をおすそ分けしてもらったようである。

「……よく常連さんからおすそ分け貰ってるみたいだけどさー……乾のおっちゃんも間島さんも、クリスマスプレゼントくれたり、ケーキを焼いてくれる彼女とかいないわけ?」

「それ、言わないでくれる?」

「いたら、二十四日と二十五日にシフト入れたりしてないよ?」

乾は悲しそうな顔をしているし、花の剪定をしていた和樹は笑顔がどこか怖い。これ以上突っ込んだらいけない話題のようだ。

「……ってか、間島さん。試験勉強が忙しいんじゃなかったっけ? 今日、バイトしてて良いわけ?」

「正直ギリギリだけど、勉強以外の予定も入れておかないと気が滅入りそうなんだよね……」

風邪と二日酔いは治ったようだが、目が死んでいる。どうやら、本当にギリギリのようだ。

「……うちの姉ちゃんが、試験やレポートは、教授の性格や好みを把握していれば八割はできたも同然って言ってたけど」

「……一理ある。特に俺みたいな文系だと本当に一理あるんだけど……男性教授の性格や好みを把握するのに心血を注ぎたくない……!」

「……涼汰くん。これが残念なイケメン改め、ダメな大人の見本だからね。できる事があるのにグダグダと理由を作ってはやろうとしない、そんな大人になっちゃダメだよ?」

「……わかった」

頷いてから、バックヤードから個包装のパウンドケーキを頂いた。

「そ、それにしてもさぁ!」

残念なイケメン改めダメな大人、もとい、和樹が話題を変えようと声を張り上げた。

「その暗号を考えて埋めた人、本当にどんな人なんだろうね? どうやら、園芸部の関係者で、葉南東中の卒業生みたいだけど……」

「えっ?」

パウンドケーキをくわえたまま、涼汰は和樹の顔を見た。

「どうしてわかるのさ? 暗号を埋めた人が園芸部の関係者だとか、卒業生だとか……」

「そりゃ、話を聞く限り、花壇のかなり奥深くに埋まってたんでしょ? そんな作業、五分や十分でできる作業じゃないし、誰もいないところで一人作業していたら目立つじゃない。それが誰も気付かなかったって事は、暗号を埋めた人は花壇で長時間作業をしていても不思議に思われない人、って事になるよね?」

「あぁ。だから、園芸部」

「用務員さんの可能性も考えましたが……修学旅行に行かないとわからないネタを暗号に盛り込んできていますから、生徒の可能性が高いですよね」

そう言ってからはさみをしまい、和樹は手を洗った。剪定を終えたようだ。

「生徒となると、最新の暗号が隠されているのは三年生の教室だという事だから、これらの暗号を仕込んだのは現在の三年生か、既に卒業した人という事になる。ただ、この一連の暗号は最後に見付かる物から順番に仕込んでいく必要があるわけで、そうなるとどれだけ最近であっても暗号を全て隠したのは、涼汰くんが暗号を発見した五月下旬よりも前という事になる。もちろん、涼汰くんが暗号を発見したのは春の花壇の始末をしている時で、箱を埋めたのは春の花壇に種や苗を植える前という事になるから……」

「だとしたら、俺が入学する前……今年の二月か、三月ぐらいだ」

和樹は、頷いた。

「その時、三年生の教室を使っていたのは? 今の三年生じゃなくて、先代の三年生。つまり、卒業生だよね? ひょっとしたら、一年以上暗号は誰にも見つからなかったのかもしれない。だとすれば、もっと前の卒業生が暗号を埋めた人物という可能性もある」

「だから、暗号を作って隠した人物は卒業生か。なるほどねぇ……」

乾が頷いたところで、ドアベルがカランコロンと軽快な音を立てた。どうやら、客が来たようだ。

「いらっしゃいま……あ、三宅さん、この前はどうもね!」

客は三宅だったらしい。顔見知りであるので、涼汰も出ていって挨拶をする。

「あ、涼汰くんも来てたんだ」

顔と名前を覚えてもらっていた事が、少しだけ嬉しい。

「三宅さん、今日はどうしたの?」

「クリスマスが近いので、家に飾るポインセチアを買いに。……良いの、ありますか?」

「うん、きれいなのが入ってるよ! どれでも、好きなのを選んで!」

乾に示された棚の前に移動し、三宅は真剣な表情でポインセチアを選び始めた。そして、一鉢選ぶと、レジでお金を払う。

「毎度ありがとうね。……あ、ところでさ、三宅さん」

「はい、何ですか?」

ポインセチアを受け取りながら応じる三宅に、乾はしばし、言葉を探す顔をした。えー、とか、あー……という言葉にならぬ声がしばらく続く。

「三宅さんってさ、中学校ってこの辺だった?」

「中学ですか? えぇ、葉南西中ですけど」

「……惜しい」

残念そうに、乾は拳を握った。何を訊き出そうとしているのか察したのだろう。和樹も、乾と三宅の会話に耳を傾けている。

「えーっとさ……変な事訊くんだけど……三宅さん、隣の葉南東中出身者で、知り合いとかいないかな?」

「え? ……何人か、いるにはいますけど……?」

「じゃあさ、その人達から、こんな話を聞いた事って無い? 学校の花壇をかなり深く掘って、いくつも暗号を隠して、宝探しを仕掛けちゃった人!」

「……は?」

三宅が、意味がわからないと言いたげに首をかしげた。それは、そうだろう。前情報を何も知らないまま聞いたところで、さっぱり意味がわからない。

「そういう話は聞いた事、無いですね。東中の女子文学部員と西中の男子文学部員が文化祭の時に出会ってロミオとジュリエット状態になったとか、病気がちでほとんど学校に来れなかった子とか、卒業式の直前に事故で亡くなっちゃった子とか、修学旅行で東大寺の大仏に登ろうとして怒られた子がいたとか、そういう話なら結構聞きましたけど」

「け、結構濃い話を聞いてるんだね……」

顔をひきつらせながら、乾は視線を和樹に寄せた。和樹は頷き、三宅に近寄る。

「三宅さん、良かったら……なんだけどさ。そういう話、もうちょっと詳しく集められないかな? ちょっと……知りたい事情があってさ」

言いながら、涼汰の肩をぽんと叩く。それで何事かがあると理解したらしい三宅は「わかった」と頷いてくれた。

「その話を聞いた子達に連絡をとってみるわ。年末だし、久々に会って女子会をするのも楽しいかもね」

「ありがとう! さっすが三宅さん! 文学ゼミの頼れる姐御!」

乾と涼汰が「あ」と言う頃には、時は既に遅かった。三宅が、顔を真っ赤にして和樹の事を睨んでいる。

「だから……中学生の前で変な事言わないでって言ったでしょ!」

パァンという、乾いた良い音が店内に響く。涼汰と乾は顔を見合わせ、二人揃ってため息をつき、そして声を合わせた。

「本当……残念なイケメン……」











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