フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~




























「ごめんごめん、お待たせしちゃったね」

数十分後、接客を終えた乾と和樹が、鉢植えコーナーで待ち続けていた涼汰の元へ戻ってきた。乾は何故か、菓子の箱を持っている。待ちくたびれていた涼汰は、思わず二人の事を睨んだ。

「間島さんも乾のおっちゃんも、遅いですよ」

「おっちゃ……! ちょっと、僕、ギリギリ二十代なんだけど……」

「仕方ないですよ、乾さん。中学生から見れば、二十代後半なんてオジサンですから」

「……言ったね? 四年後に同じ事、言えるものなら言ってみなよ?」

ひとしきり漫才のような会話を演じてから、乾は涼汰に、手にある菓子箱を指差して見せた。

「常連さんが、お菓子をおすそ分けしてくれたんだ。丁度良いから、これから休憩時間にして、お茶を飲みながら和樹くんの推理を聞くっていうのはどうかな?」

その横では、和樹がレジカウンターの中でごそごそと何かを探している。取り出されたそれを見せてもらえば、「ただいま休憩中」と書かれた看板だ。

看板をドアに引っかけ、乾がバックヤードへと続くドアを開けた。男ばかりの店だが、中は案外片付いている。乾の仕事用と思われる事務机の他に、パイプ椅子が四脚と、今はやりのDIYとやらで作ったのかと訝りたくなる雑な作りのテーブル。事務机の上には、型落ちもののデスクトップパソコンが一台、置かれている。

給湯スペースで乾が三人分の茶を淹れ、和樹がテーブルに菓子を広げた。そして三人揃って椅子に座ったところで、和樹が「さて……」と口を開く。

「じゃあ、早速あの暗号の説明を始めようか」

「はっ……はい、お願いします!」

「まぁまぁ、そんなに固くならないで。ほら、お菓子食べなよ」

乾に促されて、涼汰は個包装になっているチョコチップクッキーを手に取った。乾と和樹もそれぞれ、ジンジャークッキーとママレードジャムクッキーを手にしている。

一口大のクッキーを口に放り込み、かみ砕いて飲み込む。マグカップからストレートの紅茶をすすりながら、和樹はメモ用紙の文章を指差した。

「まずは、確認。メモ用紙に書いてある文章は、この通りだね」



花見は東でせぬように。

そこに見るべき物は無い。

葉も要らぬので、見ぬように。

見ても宝はありはせぬ。

左右に七を従えた、人の行き交う中の土中。

深く奥底覗き見よ。



「この暗号を解く最初のポイントは、このメモ用紙が発見されたのが、涼汰くんの通う中学校の敷地内だという事。〝花見は東でせぬように〟……〝花見〟で、〝東〟ときたら、涼汰くんは何か思いつく事が無いかな?」

「え?」

言われて、涼汰はクッキーをかじりながら考えてみる。……が、特に思い浮かぶ事は無い。首を、横に振った。

「本当に? 例えば、生徒手帳の表紙を見ても、思い浮かばない?」

「生徒手帳?」

首をかしげながら、涼汰は生徒手帳を鞄から取り出した。校章と、学校名が印字されているだけのシンプルなデザインだ。

「……あっ!」

しばらく見てから、涼汰は声をあげた。和樹が、ニヤリと笑う。

「学校名。それ、何て読むのかな?」

「葉南、東中学校……です」

「葉南東……あぁ、それ、〝はみなみ〟じゃなくて〝はなみ〟って読むんだ。……え? はなみ、って……」

和樹が、頷いた。

「そう。暗号文の〝花見〟は、学校名を指しているんですよ。〝東でせぬように〟というのは、学校名から〝東〟という文字を除け、という事でしょうね」

「じゃ、じゃあ……三行目の、〝葉も要らぬので見ぬように〟っていうのも……?」

涼汰は、再び生徒手帳の表紙を見た。その文字は、たしかに印字されている。

「同じように、〝葉〟の字も取り除け、という事だろうね。つまり、この文章を書いた人物が伝えたいのは、〝南〟という文字だけ。ここまでわかれば、何となく、〝宝物〟がどこにあるのかわからない?」

「学校の敷地の……南側。五行目に〝土中〟って書いてあるから……土の中?」

「そうか。更に六行目の〝深く奥底覗き見よ〟って言葉から考えると、結構深いところに埋まっている可能性があるね」

明るい声で言う乾に、和樹は「そうです」と同意した。

「けど、南と言っても、葉南東中はかなり広いらしい。では、南のどの辺りにあるのか? それを示しているのが、五行目の文章です」

「〝左右に七を従えた、人の行き交う中〟……左右に、七?」

涼汰と乾は、揃って眉間に皺を寄せた。その様子に苦笑しながら、和樹は新しいクッキーの袋を開け、かじる。

「先に、答を言っちゃいましょうか。南側にある、真ん中の花壇ですよ。南門の正面にある、ね」

「あっ!」

答がわかり、涼汰は先ほどよりも大きな声をあげた。乾は、まだわからないような顔をしている。

「そう言えば……南門は、運動場から見れば南側の塀の真ん中にあるって言ってたっけ。門なら、大勢の人が出入りするから、人が行き交う場所でもあるね。……けど、〝左右に七を従えた〟っていうのは……?」

「乾のおっちゃんにも話したじゃん。南側に、花壇は十五あるんだよ」

「何で和樹くんには敬語で、僕にはタメ口なのかな……? ん? 十五?」

涼汰と和樹は、二人揃ってニヤリと笑った。

「乾のおっちゃん、算数できる?」

「ここまでくれば、さすがにもう、説明は要りませんよね?」

馬鹿にされているのにも構わずに、乾は少しの間考えた。次第に、目が丸くなっていく。

「あ……あぁーっ! そういう事か!」

ぽんと手を打ち、「なるほどねぇ!」と一人合点している。

「左右に七。つまり左に七、右に七、あわせて十四。それを従えている王様的な存在もあわせれば、合計十五。花壇の数とぴったり合いますよね?」

「この文章だと、〝左右に七を従えた〟王様的な奴がメイン扱いになってるもんな。……つまり、南側ど真ん中の花壇ってわけ!」

胸を張って言うと、涼汰はすっきりとした気持ちになりながら新たなクッキーに手を伸ばした。

「ありがとうございました、間島さん! モヤモヤしてたのが、すっげーすっきりした気分です!」

「良かったね。それで……今から早速、掘りに行くの?」

問われて、涼汰はクッキーの袋を破りながら「あー……」と間の抜けた声を発した。

「それが……南側の花壇。ついこの前、夏の花の種とか苗とか、植えたばっかりなんですよね。目的の花壇は、ヒマワリだったかな……?」

「あー……それじゃあ、掘り返すわけにはいかないねぇ」

紅茶を飲みながら、乾が残念そうな顔をしている。和樹も同様だ。

「そう。だから、掘り起こせるのは夏の花の始末をする、秋ごろになるのかな? ……あ、掘り起こしたら、何が出てきたのか報告しますね!」

「うん、楽しみにしてるよ」

そう言って、和樹はニコリと笑う。やっぱり、イケメンだ。悔しいが敵わないな、と涼汰は思う。

……と、その時だ。カランコロンという軽快なドアベルの音が、店の方から聞こえてきた。

「ありゃ、お客さんだ。休憩中の看板、見落としちゃったかな?」

乾が立ち上がり、店の方へと姿を消す。

「あれ、三宅さん。いらっしゃい、どうしたの?」

「え、三宅さん?」

店から聞こえてきた乾の声に、和樹も立ち上がり、店へと出て行く。何となく、一人バックヤードに取り残されるのが嫌で、涼汰もついて行った。

店へ行ってみれば、そこには和樹や海津と同じぐらいの歳であろう女性が一人、乾と話をしていた。セミロングの明るい茶髪に、すらりとしたパンツスタイル。どこか、海津と似たような雰囲気を持っている。

「三宅さん、今日はどうしたの?」

和樹が声をかけると、女性――三宅は顔を和樹に向け、「あぁ」と呟いた。

「これ」

言いながら、三宅は一枚の封筒を和樹に差し出してくる。和樹が受け取って見てみれば、何枚かの写真が入っていた。

「この前の、ゼミの飲み会の時の写真。ついさっき現像ができあがったのよ。写真屋さんからこの店が近かったから」

「ありがとう。何だか悪いなぁ」

にこやかに話す二人を見ながら、涼汰は乾に近寄った。こそっと、小さな声で問う。

「……なぁ、乾のおっちゃん。あの人って、間島さんの彼女?」

「三宅さん? 彼女じゃないよ。もっとも、三宅さん本人は、彼女と間違えられてもまんざらじゃないだろうけどね」

「ふーん……イケメンで、頭が良くって、愛想も良いと、やっぱモテるんだなぁ……」

「そうだねぇ。……ただ、ねぇ……」

含みのある言い方をする乾に、涼汰は「ん?」と首をかしげた。

「ところで間島くん、乾さん。その子は?」

三宅が不思議そうに、涼汰の方に目を向ける。和樹は、「あぁ」と手を打った。

「紹介しないとね。この子、葉南東中の、浅海涼汰くん。涼汰くん、この人は、三宅友美さん。大学で俺と同じゼミで……中学でいうところの、クラスメートみたいなものなんだ」

「は、はじめまして」

「はじめまして。……へぇ。男子中学生が花屋さんにいるのって、何か新鮮な感じね」

「その気持ち、和樹くんがバイトを始めた頃に、僕も味わったよ。中学生じゃなくて、大学生だけど」

「でしょうねぇ」

言いながら、乾と三宅は二人で和樹の事を見る。苦笑しながら、和樹は涼汰の肩に手をかけ、三宅を指した。

「えーっとね、涼汰くん。この三宅さんは、きれいな見た目とは裏腹に、中々男前でたくましい人なんだ。俺達の所属してる文学ゼミでも、姐御って呼ばれているぐらいでね。これから男として成長していく涼汰くんは、ぜひ見習った方が良いよ。うん」

これはやばい、と涼汰が思った時には、既に手遅れだった。見れば、三宅は顔を真っ赤にして震え、乾は額に手を当てて「あちゃー……」と呟いている。

「中学生になんて事教えてくれるのよ! 最ッ低!」

叫ぶや否や、三宅の平手が和樹のほおへと飛んだ。ぱぁん、という、乾いた小気味よい音が店内に響く。

「それじゃあ、乾さん。お邪魔しました!」

そう言って、三宅は店を出て行ってしまう。ドアベルが、カランコロンと軽快な音を立てた。

「……え? 乾さん、俺……今、何かまずい事言いました……?」

顔に真っ赤な紅葉マークを貼り付けたまま、和樹は呆然としている。涼汰は再び乾に近寄り、こそりと小さな声で問うた。

「……なぁ、乾のおっちゃん。間島さんって、ひょっとして……」

「うん。いわゆる、残念なイケメン、って奴だよ……」

「中学生の俺でも、あの言い方はまずいってわかるのに……」

「それがねぇ……不思議と、わからない人間っているものなんだよねぇ……」

「なんか……イメージが一瞬で変わったかも……」

「……その様子だと……和樹くんに対しても、タメ口で良くなった?」

「……うん」

頷き、涼汰と乾は二人揃ってため息をつく。目の前では、相変わらず和樹が呆然と、ドアの方角を見詰めていた。










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