台無しだよ……。









荒廃した大地。暗雲が立ち込め、雷鳴轟く空。

世界の終焉を示唆するかのようなこの地において、この世界をここまで追い込んだ根源である魔王は鈍色に輝く大刀を振るう。

真紅の竜を模したその姿は恐怖を振り撒き、その背に纏った紅蓮の炎はわずかに残った草花を焼き焦がした。

それに対抗するは白銀の騎士。

白銀の鎧、白く鋭い光を放つ剣。蒼き瞳は強く魔王を睨めつけ、朱のマントは風になびく。

彼こそが、レイス=クラヴァン。

この地に住まう妖精に見入られ守護騎士となった弱冠十六歳のこの少年は、この世界の唯一であり最後の希望だった。

守護騎士となり、仲間を集め、世界を魔王から救おうと決意したのはいつの事だったか。辛く長い道を歩き、精霊達の課した試練を乗り越え、彼はみるみるうちに強くなっていった。

強くなっただけではない。頼もしい仲間も増えた。

黒き陣術師・ロゥリィ=ノーマ

森に住まう聖霊術師・モォリン=スナイフス

心優しき弓使い・ナノ=フェイマック

双剣を携え、レイスと共に守護騎士となった女剣士・フィナ=ディライシス

彼らと共に世界をめぐり、一体どれほどの経験をしただろう。辛い事も、楽しい事もあった。その全てが、彼らを強く、大きくしてくれた。

だが、その旅ももうすぐ終わりを迎えようとしている。

魔王を倒せば、旅は終わる。世界には光が戻り、人々は何にも怯える必要が無くなるだろう。

「絶対に勝つ……!」

魔王との戦闘に臨む直前、レイスは力強く呟いた。魔王の凶行を絶対に止める、と。例え差し違え、自らが命を落とす事になろうとも……。

そう、決意した。

そんな彼に、仲間達は言ったのだ。

絶対に皆生きて戻ろう、と。全てが終わったら、今度はもっとのんびりと皆で世界を旅しよう、と。

レイスは頷き、皆で誓った。絶対に魔王を倒し、皆で生きて帰ろう、と。

だが、その誓いも空しくレイス達は今や絶体絶命の危機に陥っていた。

まず、ナノの矢が尽きた。モォリンの聖霊術で限界まで強化した銅の矢は、何十何百撃とうとも魔王に傷を負わせる事はできなかった。

次に、ロゥリィの魔力が底をついた。パーティ全員の能力値全てを最大限まで引き上げながら同時に幾つもの大技を繰り出していた彼は、力無く膝を折りその場から動けなくなってしまう。

更にはフィナが重傷を負った。魔王の放った鋭い一撃は彼女の胸を寸分違わず貫き、命は無いものと誰もが思った。

幸いにもモォリンの聖霊術で一命は取りとめ意識も戻ったが、とても戦える状態ではない。

そしてフィナを地獄の淵から救い出したモォリンも、それで全ての魔力を使い果たし戦線を離脱した。

故に、現在戦えるのはレイス唯一人。必然的に、世界の命運は彼に託された。

だが、五人でも敵わなかった魔王に、どうして彼一人で太刀打ちできるだろう? 次第に彼の体内にも疲労が蓄積されていき、白銀の鎧には無数の傷が刻み込まれ、朱のマントは血で赤黒く染め上げられている。

もう、駄目なのか……? 全てが終わってしまうのか……?

本当に、世界は魔王の手に堕ちて……闇に包まれてしまうのか……!?

その場にいる者たち……いや、世界中の全ての人が、諦めた。

……少なくとも、魔王にはそう見えた事だろう。

しかし、レイスだけは諦めなかった。

「まだだ! 俺は……まだ戦える! 俺達はまだ生きている! 戦う力がある限り……命がある限り……俺達は絶対に諦めない!!」

熱き魂の篭った叫び声が、その場に響き渡った。

その言葉を聞き、戦線を離脱した仲間達の顔には生気がともる。逆に、魔王は不愉快そうに顔をしかめた。

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

気合一閃。

こげ茶色の髪を振り乱し、全ての人間の魂を揺さぶるかのような声を発しながら、レイスは渾身の一撃を放った。

その一撃は猛烈な爆音と閃光を発しながら、魔王に直撃する。

与えられるダメージは微々たる物だ。だが、初めてまともに入った攻撃にレイスは希望を、魔王は驚きを感じた。

「何っ!?」

驚きを隠しきれない魔王は、今まで止む事が無かった攻撃の手を思わず止める。

魔王に、隙が出来た。

今だ!

「いけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

レイスは再び吼えた。全身の体力、魔力を全て剣に集中させる。

この為に力が空っぽになろうとも構わない。

魔王を倒すんだ。皆で、生きて帰るんだ!

ただその想いが、レイスを突き動かしている。

剣から強烈な光が放たれた。光は強大な矢となり、魔王に向かっていく。

「お……おのれぇぇぇっ!」

魔王が構えの態勢をとった。

駄目だ、防がれる!

せめてもう少し……もう少しだけ力が残っていたならば。あと少し力があれば、魔王に押し勝つことができるというのに。

レイスの眼前で、希望と絶望が交錯する。

あと少しで倒せる。そうすれば、皆と一緒に帰る事ができるんだ。

けど、そのあと少しが出ない。

魔王を倒せなければ、世界は滅びるというのに。自分だけじゃなく、皆死んでしまうというのに。

今までの旅の記憶が、走馬灯のように全身を駆け巡る。

生まれ育った村を、村人達の温かい笑顔に見守られながら出発した。

生まれて初めて海を見て、生まれて初めての航海をする中、ロゥリィと出逢った。

モォリンと共に力を合わせ、森の民を悪魔達から守った。

精霊村で石碑の謎を解き、新たなる力を解放した。

花の咲き乱れる園で、護衛官であったナノと戦った。

危ないところをフィナに助けられ、背中合わせで戦った。

過去を見た。

本当か嘘かもわからない未来を見た。

沢山の人と別れた。

それと同じくらい、沢山の人と出逢った。

よく泣いた、よく怒った、よく笑った。

その全ての記憶が、まるで遠い過去の事のように思える。

全てが、懐かしかった。

(失いたくない!)

そう、レイスは強く思った。

この旅の記憶を……旅した世界を……共に旅した仲間達を……!

その想いが、レイスを一歩踏み出させる。

あと一歩だ。……大丈夫、皆がいてくれる……。俺は、一人じゃない……。

「みんな……」

思わず、呟いた。その言葉に、仲間達が自分を見る。

レイスは、その仲間達の気配を背に感じながら、叫んだ。



「皆の力を、俺に分けてくれっ!!」



「皆の力を俺に分けてくれっ!」

「皆の力を俺に分けてくれっ」

「皆の力を俺に分けてくれ……」

「皆の力を俺に……」

「皆の……」

叫んだ瞬間、周囲は異様に静まり返り、レイスの言葉が空しいほどに木霊する。

そして瞬時に、辺り一面の空気が凍りついた気がした。「あーあ、言っちゃったよ、こいつ……」とでも言いたそうな冷たい空気だ。

仲間達は一瞬唖然としたかと思うと、互いに顔を見合わせる。そして、頷き合うと声を揃えて言った。

「無理」

「無理だろう」

「無理です」

「無理だ」

「な……!?」

あまりの展開に、思わず口をあんぐりと開けながらレイスは間抜けな声を出した。魔王も思わずレイスと仲間達を見詰め、展開を見守る態勢に入っている。

そんな状況の中、ロゥリィは十四歳の少年特有の生意気な顔を作って言う。黒い法衣に収まりきらずにこぼれ出ている白金の髪が放つ輝きが、妙に眩しい。

「あのさぁ……『皆の力を俺に分けてくれ』とか簡単に言ってくれるけど、僕達だってさっきまでその魔王と戦ってたんだよ? それで、敵わなかったから今君が一人で戦うって状況になってるんだよ? そんな僕達に、君に分け与えるような余力があると思う?」

今の展開に至るまでの経緯は、既に説明した通りである。確かに、仲間達にレイスに分け与えるような余力があるとは考え難い。

「大体、力を分けるとはどのようにすればできるのだ? 目に見えぬ物を分け与える方法など、私は知らぬが……」

そう、首を傾げて問うたのはモォリンだ。首を振る度に、セミロングで乳白色の髪がさらりと揺れる。

更にナノが

「西の果てにある国には、〝電気〟と呼ばれる目に見えない力をずっと遠くまで運ぶ為のコードがあると聞きますが……それを使うんでしょうか?」

けど、そのコードを持っていないからどの道無理ですね、と困ったような顔で言った。

全体的に色素が薄いこのメンバーの中で、彼女の長い漆黒の髪は美しく映えている。

そして、その美しい髪と困った顔が相まって、彼女をより一層美しく見せている。

「……って! 何困った顔してるんだよ!? 困ってんのは俺だよ! 何で皆して『無理』とか言うんだよ! カルテットで言うのやめてくれよ! 皆で生きて帰るんだろ!? そんな夢も希望も無い事言わないでくれよ!!」

「お前は『建前』や『言葉の綾』、『演出上の都合』という言葉を知っているか、クラヴァン?」

トドメを刺すかのようにフィナが言う。淡い栗色をした短い髪と鋭い赤銅色の瞳が、魔王の発する炎の光を受けてきらりと輝いた。いや、別に輝いたからどうという事は無いのだが。

その輝きが妙に眩しい気がして、レイスは目を細めながら呟いた。

「せめて嘘でもさ……応援してくれる素振りを見せてくれれば頑張れるかもしれないのにさ……そんな真正面から『無理』とか『演出上の都合』とか言わなくても良いじゃないか……」

レイスのやる気が目に見えて下がっていく。しかし、仲間達は口撃の手を緩めようとしない。

ロゥリィが冷たく突き放すように問うた。

「まさかさ、レイス。君、僕達が祈るだけで君がパワーアップする、なんて甘っちょろい事考えてるわけじゃないよね? 元々地力に物凄い差があるんだよ? 魔王が精神的フォローだけで勝てるような相手じゃないって、君ならわかってるよね?」

「……」

レイスは、黙りこくっている。

えぇ、まさにその通りでしたとも。後ろで仲間が応援してくれれば、それだけで勝てると思ってましたよ、文句あるかコン畜生。

そんな思考が顔に出たのか、仲間達は目を丸くする。

「レイス殿……何だ、その顔は……」

「まさか……本当に祈るだけでパワーアップするって思ってたんですか!?」

「お前は何様だ?」

モォリン、ナノ、フィナの言葉がどすどすどすっ! と突き刺さる。ガラスのハートは既に粉々寸前だ。

そして、ひび割れだらけのガラスのハートに金槌を持って迫るはロゥリィ=ノーマ。

彼は、フィナの言葉に回答を添えるような形で言い放った。

「あぁ、主人公様か」

ハッ! と鼻で笑うかのような言い回しに、レイスは撃沈した。しかし、ロゥリィは情け容赦無い。

「あのさぁ、レイス。主人公って、一番目立つ立場なんだよ? その一番目立つ立場の人がいい加減な事言ってたら駄目だと思わない? 君、主人公なんだからさ。もう少し考えてモノを言ってよね」

致命傷を負ったわけではないのに、レイスは最早動けない。戦闘不能状態だ。

それでも、レイスは何とか力と声と勇気を振り絞り、最後の抵抗を試みた。

「折角……折角ラストシーンっぽくキメれると思ったのに……お前らの言葉のお陰で、全部台無しだよ……」

そう言う彼に、ロゥリィは引導を渡した。

「それはこっちの台詞。折角良い感じだったのに、君がお約束過ぎる台詞を言ってくれちゃったお陰で台無しだよ……」

「……」

大地を、沈黙が支配する。

これ以上は何も進展が無いと判断した魔王が、両翼を羽ばたかせた。

世界が滅びたのは、それから五分後の話である……。













(了)










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