葦原神祇譚












逃げ惑う人々に紛れて、仁優(まさひろ)は走った。背後には燃え盛る炎。そして、巨大な影が迫っている。

「あっ……!」

短い悲鳴をあげ、後を走っていた男の子が転んだ。だが、彼を助け起こそうとする者はいない。皆、自分が逃げる事に必死なのだ。

「……っ!」

仁優は舌打ちをし、一人人並を掻き分けて後方へと戻る。逃げる者達に罵声を浴びせかけられたが、それに一々反応してはいられない。

「大丈夫か!?」

駆け寄り、男の子を助け起こす。それとほぼ同時に、辺りが暗くなる。

「……!」

目を見開き、恐る恐る頭を上げる。

予想通りだ。そこには、仁優達――街の人間を追い、殺し続けてきた化け物が佇んでいる。

それは、今まで仁優が見た事の無い姿を持つ化け物だった。目は鬼灯のように赤く、背には苔や木が生え、そして腹は血でただれていた。

それは、仁優が知っている化け物だった。その化け物は、蛇のような尾と八本の頭を持っていた。

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)――日本神話に登場する、素戔鳴尊(スサノオノミコト)に倒された化け物。記載よりもずっと小さい姿なれど、その化け物は伝説上の生物、八岐大蛇その物だった。

「何で……何でこんな事になっちまったんだ……?」

掠れた仁優の呟きは、炎の轟々と唸る音に掻き消された。




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