13月の狩人
第三部
23
どうしたものかと、カミルは顔を険しくしながらも頭を抱えた。
このままテオが……過去のカミルがリストを受け取るのを見過ごせば、現状は変わらない。カミルは二年間のブランクを抱えたまま、テレーゼ達の背を追いながら、今後ももがき続ける事になる。
では、リストを受け取る事を阻止したら?
わからない。
少なくとも、二年間死ぬ気で努力をしたという事実がテレーゼとフォルカーから消え、二人の将来はわからなくなる。将来がわからないのはカミルも同じだが、少なくとも、二人に対する劣等感は消える。
どちらを選ぶべきか?
一般的な考え方をするのであれば、このまま見過ごし、現状を維持するべきであろう。だが、二年間でついた差で、カミルが苦しい想いをしているのも確かなわけで。
迷う
答えが出ない。
狩人は、まるでカミルが答えを出すのを待っているかのように、行動を止めている。
どうすべきだ。
どうすべきだ?
あまりにも迷い続けたからだろうか。いつしか、どうするのだ、と問う声が、耳の中で反響し始めた。
それは、カミルの自問自答する声ではなく。知らない声だった。男の声だが、女の声のようにも聞こえる。
その声から与えられるプレッシャーに、カミルは目を見開き、顔を上げた。
二人目の狩人が、そこにいた。
何故、という言葉しか浮かんでこない。何故、狩人が二人いる?
……いや、〝有り得ない〟は有り得ないのが、十三月だ。狩人が二人いたからといって、驚いていてはいけない。
ひょっとして、先程からリストを渡そうとしているのは過去の狩人、今現れたのは現在の狩人なのだろうか。
混乱するカミルの脳裏に、くすくすと笑う声が聞こえてくる。男のようで、女のよう。それでいて、大人のような、どこか子どもっぽいような。何者でもあって、何者でもない。そんな声だ。
その声が、「何をそんなに迷う事がある?」と問うてくる。
カミルの願いは何だ? 一人前の魔道具職人になる事だろう?
そのために必要な努力ができなかった事を、この二年間悔いてきただろう?
四年前に代行者を引き受けてしまった事を、ずっと後悔していただろう?
その代行者になる機会を潰すチャンスではないのか?
あのリストが手渡されなければ、カミルは代行者として、テレーゼやフォルカーを騙さなくて済むのではないか? 攻撃しなくて済むのではないか?
代行者にならなければ、二年間も眠らなくて済む。その分努力をして、腕を磨く事ができるのではないか?
テレーゼやフォルカーと、切磋琢磨して共に成長する事ができるのではないか?
「……僕が答えを決めるまで、このままでいるつもり?」
カミルが苦し紛れに問うと、くすくすという笑い声が聞こえてくる。どうやら、そのつもりらしい。
現在の狩人は、過去の狩人の動きを止めている。それに付随して、過去の人であるテオやエルゼも止まっている。彼らは、カミルがどうするか答えを決めた瞬間に動き出すのだろう。
決めかねて俯き続けるカミルを、レオノーラはただ見守っている。いつもならこういう時にカミルを叱咤激励する彼女だが、恐らく今回は、彼女もどうするのが正解なのかわからずにいるのだろう。
プレッシャーが、どんどん強くなっていく。カミルは思わず、脈を取るように右手で左手を掴んだ。そして、急に力が抜ける。
目の前で、過去の狩人達が動き出した。
カミルが立ち上がる。
その姿に満足したのか、笑い声はいつしか止み、最後にこう言った。
今回の記憶は残しておいてあげますよ、と。
あぁ、やっぱり最初の記憶は……自分がテオだった時の十三月の記憶は、ブルーノの思い出ごと消されていたのか。
納得し、苦笑しながら、カミルはテオの方へと歩みを進めた。