13月の狩人








第三部







21








 矢の雨は止まない。今射かけてきているのがブルーノで間違いないのであれば、これは魔道具のクロスボウによる攻撃であるわけだが……一体どれほどの魔力を充填してきたのだろうか。

 ブルーノに相棒となる妖精や魔法使いの仲間はいる様子が無いので、魔力の充填は全て魔道具屋で行った事になる。相当の額が必要であっただろうと思われるが、その辺りは流石に金持ちの子息といったところか。

 そんな事を考えているうちに、準備ができた。レオノーラとエルゼが、今しがた記録したばかりのカードをそれぞれカミルとテオに手渡してくる。

 カミルとテオは頷き合うと、同時にカードの署名に指で触れる。そして即座にテオはカードを地面に置き、カミルの後へと姿を隠す。カミルはカードを、己の正面に掲げた。

 テオが地面に置いたカードからは、カミルとテオの姿が現れる。ただ立っているだけで、近くで見ればすぐに本物ではないとわかってしまうカカシのようなものだが、扉との距離を考えればこれでも充分誤魔化せるはずだ。

 カミルの持つカードから現れるのは、辺りの風景だ。南の砂漠は、どこを見ても一面砂だらけ。ずっと天気が良いので、空に雲が無い。これの後ろに隠れれば、容易に姿を消せてしまう。

 ブルーノは扉や壁を結界代わりに利用しているつもりだろうが、そのお陰で距離を詰められる恐れが無い。

 カードが出した偽物のカミルやテオに向かって矢が射かけられる中、偽の風景で身を隠しながら、カミル達はそろそろと場所を移動する。矢が当たる恐れが無い位置まで来たところで結界を解除し、そこから更に隠れたまま移動する。

 少しずつ、ゆっくりと。壁に近付いていく。

 そして、壁の、矢が噴き出す扉を真横に見る事ができる位置に辿り着いた時。カミルは身を隠すために持っていたカードをテオに預け、魔道具の銃を取り出した。ブルーノに初めて襲われた時、彼を追い払うのに使った物だ。

 護身用の割に威力が強過ぎるので調整の必要性を感じていたが、敢えて調整はしないままにしてある。レオノーラに頼んで、魔力は予め充填済み。それを両手で構えると、カミルは壁を正面に見据え、躊躇なく引き鉄を引く。

 轟音が響き、魔力の塊が銃口から射出された。それは壁を容易に破壊し、瓦礫へと変化させる。どうせ夢の世界の事だし、十三月は今日で最後のはずだ。この壁の重要性だとか、壁が壊れてしまう事による危険性だとかは、この際考えない事にしよう。

 カミルは瓦礫の山を軽々と跨ぐと、右手のみで銃を己の右に向かって構える。ちらりと視線を横に流してみれば、そこには案の定、ブルーノがいた。

 銃を正面に構えられ、顔を青くしている。そんなブルーノに、カミルは淡々と言い放った。

「次は君に向かって撃とうか?」

 本当に撃つつもりは無い。……が、前回は岩を粉砕し、今回は壁を瓦礫と化した威力を、ブルーノは見ている。カミルが躊躇い無く引き鉄を引いた事実も、目の当たりにしている。

 ブルーノはごくりと唾を飲み込むと、じりじりと後退していく。そして。

「くっそぉ……。何なんだよ、お前は! 何で邪魔するんだよ! お前はカミルの何なんだよ!」

 カミル──テオの、未来の姿。そんな事を言ったところで、ブルーノは勿論、テオだって信じないだろう。信じたところで、何がどうなるものでもない。

「……さぁね」

 それだけ呟き、引き鉄に指をかける。その様子に、ブルーノは完全に戦意喪失したらしい。クロスボウを地面に放り出すと、東の沃野へと続く扉に向かって走り出す。

「く……くそっ! 何が、夢が叶うだよ! こんな目に遭うなんて聞いてねぇ! 割に合わねぇよ! これだったら、親父の商会で下働きから始めた方がマシじゃねぇか!」

 ヤケクソになって今までの彼の経緯が大体わかる捨て台詞を吐きながら、ブルーノは走り去っていく。しかし、扉を開けっ放しにしているのに、番人が閉めにこない。ちらりと外を覗いてみれば、番人の姿が見当たらないではないか。

「……小金を掴ませて、一時的にどこかに行ってもらったかな……?」

 頬を掻きながらカミルが推測を口にすると、レオノーラは呆れた様子で頷いている。

「ブルーノなら、大いに有り得ますわね。番人も番人ですわ。明らかに一人で南の砂漠に入るには危険な見た目のカミル=ジーゲル様が入っても何も言わない。カミル=ジーゲル様に似ているという理由だけで、子どものテオ様を一人で通す。挙句、お金を掴まされて職場を放棄するだなんて……」

 役所に苦情を入れるべきだとまで言い出したレオノーラを宥めながら、カミルは砂漠の中へと引き返す。テオに、もうブルーノに襲われる心配は無いと伝えなければ。

 そして、最後の扉……があった壁の瓦礫を跨いだ時。カミルはギクリとして、足を止めた。……いや、足が止まった、と言うべきかもしれない。

 そうだ……十三月の終盤で代行者を追い払ったのだから、彼が出てきても何も不思議もない。

 全身を黒い衣装で包み、黒い帽子の影のためか顔も真っ黒で表情を伺う事ができない。黒い弓と矢を持っている。

 十三月の狩人が、テオの前に立っていた。











web拍手 by FC2