13月の狩人








第三部







18








「カミルさん。こちらのネジは全部締め終わりました」

「ありがとう。こっちの作業ももう終わるから、一旦休憩にしようか」

「はい! じゃあ、厨房からお湯を貰ってきますね」

 テオの作業を初めて見守った日から、早十日。今が十三月である事を疑いたくなるほど、平和な時が続いている。

 北の霊原の住人達はカミルに見覚えが無い様子だし、この調子なら、少しぐらいは辺りを出歩いても大丈夫だろう。そう判断して、五日ほど前からカミルはテオを助手にして、北の霊原に住む人々が持つ魔道具の修理を請け負っている。

 四年前の十三月でも、カミルは似たような事をした覚えがある。何だかんだで、一ヶ月というのは長い。金持ちでない限り、宿代を稼ぐ必要はどこかで出てくるのだ。

 幸いと言うべきか、北の霊原には魔道具を作ったり修理したりといった技術を持つ職人がほとんどいない。お陰で、カミルの稼ぎは上々だ。

 修理の手伝いをしてもらう事で、テオの手際も良くなってきているように思える。それを伝えると、テオは勿論、エルゼも喜んだ。そのためか、ここ数日でテオの声が少し大きくなった気がする。技術の向上が、自信に繋がっているのかもしれない。

 テオが厨房に行っている間に机の上を片付け、宿場町で買ってきた菓子と茶葉を出す。

 宿の備品であるカップを準備したところでテオが戻ってきたので、二つのカップに紅茶を作る。少し冷ましてから、飾られていた花の花弁に少しだけ紅茶を移し、レオノーラとエルゼに手渡した。

 紅茶を飲みながらよもやま話をしていると、テオが「ところで……」と呟いた。

「実は、一つだけ完成した魔道具を持ってるんです。カミルさんに見て貰いたいんですけど、ずっと言いそびれちゃってて……」

 大分、カミルに馴染んだらしい。少し前だったら言い出せなかったであろう事を、茶飲み話に言えるようになっている。

「良いよ。見せてくれる?」

 カミルが頷けば、テオは嬉しそうに鞄の中を漁り始めた。

 何が出てくるか、カミルには大体見当がついている。このぐらいの歳の時に、カミルが完成させる事ができた魔道具はそれほど無い。数少ないそれらの中で、テオの鞄に邪魔にならずに収まる物と言えば……。

「これです。このカード!」

 そう言って、テオは一枚のカードと小さなインク瓶を取り出した。やっぱりな、と思いつつ、カミルは目を細める。懐かしい一品だ。

「このカードに、こっちのインクで署名をすると、辺りの様子をそのまま記録する事ができるんです。……あ、いや。記録している間、魔力の補充は必要なんですけど……」

 妖精か魔法使いの手助けが無いと記録する事ができない。魔力をあまり持たない一般人が気軽に使える物ではない上に、カードとインクを両方揃えるのが少々面倒臭い。それらの理由から商品化はできなかったが、良い出来だとヴァルターに褒めてもらった覚えがある。

 懐かしい記憶を思い出しながら、カミルは頬を緩ませ、カードを見詰めた。

「面白いね。例えば、故郷を離れている人が、親や昔の友達に近況を報せるために使うと良さそうかな?」

「そうなんです。それで、親元を離れて魔法使いの修業をしている友人に試してもらったんですけど……」

 そう言って、テオはくすりと笑った。

「もう一人の友人が、記録している後ろで水を飲もうとして水桶を被ってしまって、しかも外れなくなってしまって。何とか助けようとバタバタしてる様子まで一緒に記録して友人の両親に送っちゃったんです」

「それは……忘れられない記録になりそうだね。受け取ったご両親も、記録したテオ達も」

「本当に、フォルカー=バルヒェット様は、あのドジさえ無ければ、快活で素晴らしいご友人なのですけれども……」

 すかさず言い放ったエルゼに、カミルとテオは揃って苦笑した。カミルの横では、フォルカーの事を思い出したのか。レオノーラも苦笑している。

 エルゼを宥めてから、テオは「友人と言えば……」と呟いた。何事かを真剣に考える顔をしている。

「カミルさん。……前から気になっていたんですけど……」

「何?」

 カミルの問いに、テオはしばし逡巡した。言っても良いものかどうか、迷っている様子だ。だが、この機を逃すと次はいつ訊けるかわからないと思ったのだろう。思い切った様子で、口を開く。

「狩人の〝獲物〟は、僕達だけなんでしょうか……?」

 ピクリと、カミルは口元でカップを傾けていた手を止めた。

 勿論、違う。獲物は何人も招かれているはずだ。四年前に代行者を務めた経験のあるカミルは、知っている。

 あの時カミルが見た獲物リストには、たしかにテレーゼとフォルカー以外の名前もたくさん載っていた。年によって数が変動する事はあるだろうが、大幅に増えたり減ったりする事は無いと思った方が良いだろう。つまり今年も、カミルとテオ以外にも獲物はいるはず、という結論になる。

 勿論、この推測はテオには言えない。代行者をやった事があるなど、口が裂けても言いたくない。

 そんな心の内を悟らせないよう平静を装いながら、カミルはカップを机に置く。

「……どうして、そう思うの?」

 そう、問うた。テオは、うーん、と唸りながら言葉を探している。

 時間をかけて言葉を探す癖が自分にはあるな、と、ここ数日のテオの様子からカミルは感じている。短い時間なら良いのだが、あまりに長いとこれまた気弱であると侮られる原因になりかねない。改善点として意識するようにしよう、とカミルは心密かに誓った。そして、誓っている間に、テオは言葉を見付けたようだ。

「この宿に泊まるようになってから、もう十日以上経っていますよね? 上手く隠れる事ができたにしても、平和な時間が長過ぎるような気がしていて……」

「それで、僕達以外にも獲物がいて、その獲物を見付けたブルーノがそちらにかかりきりになっているかもしれない、って?」

「はい……」

 少々自信無さげに頷くテオに、カミルは「なるほど……」と静かに唸った。平和過ぎる。たしかに、そうかもしれない。

「言われてみれば、そうだね。僕達以外の獲物がいる可能性は、思っていたよりもずっと高いのかも……」

 考えを肯定されたからか、テオが少し照れた顔をする。そんなテオに、エルゼが不服を隠さない顔で言った。

「ところでテオ様? 何故ご友人の話から、獲物の話を思い出しましたの?」

 テオの「友人と言えば……」という呟きが引っ掛かっているらしい。恐らく、ブルーノがしばらくの間襲撃してこずにいる事を思い出したのだろう。いじめっ子とは言え、実家の近所に住む同年代。一応、〝友人〟という言葉から連想できる範囲にいると言えなくもない……かもしれない。

 同じ事を思ったのだろう。エルゼの不服顔は収まらないままだ。

「テオ様は人が良過ぎますわ。あれだけ馬鹿にされておきながら、ブルーノをご友人の範囲に留めておくだなんて……」

 エルゼ──レオノーラが人の名前に敬称を使わないとなると、よっぽどだ。狩人によるものかカミルの中でブルーノの記憶は薄れているが、相当酷い目に遭わされたらしい。……記憶が薄れているのは、幸いなのかもしれなかった。

「よく考えてもみてくださいませ。他にもたくさんの獲物がいるらしいのに、ブルーノは真っ先にテオ様を狙い、躊躇せずに攻撃を仕掛けてきましたのよ? そんな者を、どうしてご友人の範囲に入れる事ができるのですの?」

 エルゼの言葉に、カミルはまた息苦しさを覚えた。

 カミルもブルーノと同じだ。知った顔だからという理由で、真っ先にテレーゼやフォルカーを狙い、攻撃を仕掛けた。

「その事なんだけどさ、レオノ……エルゼ。何かちょっとおかしくない?」

「おかしい……?」

 エルゼが首を傾げる前に、カミルが首を傾げた。テオは頷き、「だって……」と言う。

「いくらたくさん獲物がいても、獲物の顔を知らなきゃブルーノも襲えないでしょうし。そうなると、どれだけの人数が獲物でも、結局ブルーノが狙うのは顔を知っている僕って事になりますよね?」

 成り行き上、カミルも併せて狙われている。しかし、偶然カミルと会う事が無ければ、ブルーノはテオだけを狙い続けていたはずだ。

「……なんか、不公平じゃないでしょうか……? 代行者の顔見知りだって理由だけで僕が狙われ続けて、他の獲物の人達は狙われる事無く十三月を終える事ができて……ひょっとしたら、生き延びた事で願いも叶えて貰えるかもしれないなんて……」

 ドクン、と、カミルの心臓が脈打った。

 そうだ、何故今まで気付かなかったんだろう。一部の獲物だけが代行者に狙われ、他の獲物は悠々と十三月を終える。そんな不公平を、狩人が許すわけがないではないか。

 いたのだ。

 カミルがテレーゼやフォルカーだけを狙っていた時も。テレーゼがフォルカーを狙っているように見せかけて狩人を倒そうとしていた時も。テオがブルーノに狙われている今回も。

 他にもいたのだ。代行者は、一人とは限らない。

 テレーゼやフォルカーには、カミルという代行者がいたように。フォルカーにはテレーゼが、テオにはブルーノが付いたように。

 どの獲物にも、必ず顔見知りの代行者がいる。そう考えた方が、筋が通る。

 では、カミルは?

 今回のカミルには、誰が代行者としてついているのだ?

 テレーゼやフォルカーは、既に一人前だ。獲物としては勿論、代行者としても十三月に招かれているとは考え難い。だが、だとしたら一体誰が……?

 考えてもわからない事だが、この考えに思い至った以上、今までのようにのんびり構えているのも危ないかもしれない。宿を引き払う事まではしなくても良いだろうが、誰かもわからぬ代行者からの襲撃を警戒する必要はある。

 黙り込んで様々な事を考え始めてしまったカミルの様子に、テオは困惑して辺りを見渡す。レオノーラが「しばらくそっとしておいて欲しい」と伝えたために、何とはなしに立ち上がり、窓へと近寄った。

 そして、テオは窓の外を見てぎくりと顔を強張らせる。その様子に、エルゼは気付いた。しかし、考え事をしているカミルと、そのカミルを気遣い見守っているレオノーラは気付かない。

 カミルは考え続け、テオも何事かを考え始めている。そして、それをレオノーラとエルゼが気遣わしげに見守り続けている。

 部屋は沈黙に満ち、外は次第に暮れていく。

 氷響月が──一年が終わるまで、あと九日。










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