13月の狩人
第三部
9
鞄の中から、簡易テントになる魔道具を二つ取り出し、一つをテオに渡す。カミルが自分の分を目の前でテントにして見せると、テオは感動したように目を輝かせた。
「すごい……。こんな立派なテントを、こんなにコンパクトにまとめる事ができるなんて……!」
「そちらのカミル=ジーゲル様も、魔道具職人でいらっしゃいますのね」
先程まで何度も睨んできたエルゼが、感心したように簡易テントを見詰めている。その口ぶりから、やはりテオも魔道具職人であるらしいと知れた。
「でも、妙ですわね。これほどの腕をお持ちでしたら、さぞや名が知れ渡っておいででしょうに……。それも、こちらと同じカミル=ジーゲル様というお名前で、記憶に残らないはずがございませんのに。なのに、今まで全く存じ上げなかっただなんて……」
技術を褒めてくれるのは嬉しいが、全く知らなかったと言われるのは、流石に少々悲しい。
「……しばらく、病気で寝ていたからね……」
嘘ではないが、全て真実とも言い難い。そう思いながらもそう言うと、テオにも魔道具をテントにしてみろと促す。
魔道具を扱ってテオが再び驚きと感動の声を発している間に、カミルは鞄の中をちらりと見た。自分の分と、テオに渡した分。そして、鞄の中にもう一つ。簡易テントは、全部で三つ。それを目ざとく見付けたレオノーラが、少しだけ寂しそうな顔をして問うた。
「カミル=ジーゲル様。テントを三つ用意されていたのは、やはり……?」
「うん。もしテレーゼとフォルカーも一緒に野宿するような事があったら……って思って。……結局と言うか、やっぱりと言うか……二人は十三月には呼ばれなかったけど、一つは役に立ったみたいで良かった」
そう言って薄く笑うと、カミルはテオ達に簡易テントの使い方で質問は無いか、夜中に飢えや乾きを覚えた場合に備えた水や食料は持っているか、を問う。
質問は今のところ特に無く、水や食料は少しなら持ち合わせがあるとの事だったので、そのまま就寝の挨拶をして、カミルとレオノーラは自分達のテントに引っ込んだ。
魔道具を使ってテント内を明るくすると、二人揃って「さて……」と言わんばかりに頷きあう。時間が時間で眠いのは間違いないのだが、情報の摺合せは早めに行っておきたい。
「まず……テオとエルゼなんだけど……」
「信じ難い現象ですけれども、数年前の私達、と思った方が良さそうでございますわね。あまりにも類似点が多過ぎますわ」
カミルは頷き様々な事を思い出すように目を閉じる。
「エルゼ──向こうのレオノーラは、十三月の事にあまり詳しくないみたいだった。けど、こっちのレオノーラは知っていて、四年前にはテレーゼとフォルカーに説明もしている」
それに、とカミルは言葉を足した。
「一言一句ではないかもしれないけど、さっきレオノーラが二人にした説明……多分、四年前にテレーゼ達にした説明と、ほぼ同じ言い回しだったよ」
恐らく、エルゼが誰かに十三月の説明をするとなれば、先程のレオノーラとほぼ同じ言い回しになるだろう。まるで、レオノーラからレオノーラへ、またレオノーラからレオノーラへと、ループしているかのように。
「十三月の狩人は……昔の私達のコピーを作り出したのでございましょうか……?」
「……いや、それだとレオノーラからレオノーラへ話が伝わり続ける例えが成り立たなくなるよ。……となると、考えられるのは……現在と過去が、十三月で繋がっている、とか……」
シン、と、テントの中が静まり返った。レオノーラはしばらく考えていたかと思うと、ふぅ、と軽くため息を吐く。
「たしかに、考えられない事ではございませんわね。ここは十三月の世界で、狩人が創り出した夢の世界ですもの。〝有り得ない〟は有り得ない……そう考えた方がよろしゅうございますわね」
うん、とカミルが頷くと、レオノーラは再びため息を吐いた。
「つまり、あの二人は創り物などではなく本物の、数年前の私達の魂という事になりますから……下手な事をすれば影響を受け、その後の私達の行動に影響が出かねませんわね」
「そうなるね……」
緊張した面持ちで頷き、「それから……」と話題を変えた。
「今回の代行者……テオが、ブルーノって言ってたよね?」
「えぇ……たしか、昔住んでいた家の、近所の子どもだと……。テオ様がカミル=ジーゲル様の数年前の魂という事でしたら、昔住んでいた家というのは、カミル=ジーゲル様のご実家という事になりますわね」
しばらくはレオノーラもそこで共に暮らしていた、と述べてから、首を傾げた。
「でも……ブルーノなんて子どもがいた記憶がございませんわ。カミル=ジーゲル様は、覚えておいでですの?」
「うん。……いや、覚えている、というか、思い出したんだけどね。テオ達の話を聞いているうちに」
たしかに、いた、実家の近所に、何かにつけてカミルの事をチビだの貧弱だのと馬鹿にしてくる、ブルーノという名の子どもが。忘れるには、あまりにも馬鹿にされた頻度が多い相手だ。なのに……。
「何で僕達、ブルーノの事を忘れていたんだろう……?」
成長して顔がわからなかったぐらいであればともかく、名前も、その存在すらも忘れていた。カミルだけ思い出したのは、付き合いの長さの違いか。それとも、憤るエルゼと昔のレオノーラがダブったからか。
「完全に……とは申しませんが、記憶を消されてしまったのでございましょうか? ……十三月の狩人に」
「……そうかもしれないね」
今は十三月で、ここは十三月の狩人が創り出した夢の世界。〝有り得ない〟は、有り得ない。
情報の摺合せをして、二人の認識はほぼ一致した。だが結局、確実と言える答えは何一つ得られないままだ。
これ以上は、明日以降もテオ達と行動を共にして、少しずつ情報を集めるより他無い。そう結論付けて、カミルは灯りを消し、二人揃って眠る事にする。
氷響月が──一年が終わるまで、あと三十一日。